第16話◇ 秘密を預ける
朝食を終えて店を出ると、コウイチはまずミアの身の回りの物を揃えることにした。
昨日まで奴隷商館で暮らしていたミアが持っている物は少ない。今着ている服も商館から渡されていた簡素な物で、これから毎日使うには着替えも足りなかった。
「まず服だな。あと靴」
「今のままでも大丈夫です」
「俺が大丈夫じゃない」
「でも……お金が」
「必要な物に使う金まで惜しんだら、稼いでる意味ないだろ」
そう言って衣料品を扱う店へ入り、普段着と着替え、それに丈夫な革靴を選ばせた。ミアは値札を見るたびに遠慮したが、これから森を歩く以上、特に靴だけは妥協させるつもりはない。
金貨3枚を払った翌日なのだから、財布が軽く感じるのは確かだった。それでも、人1人を働ける状態にするには金がかかる。それを惜しむ方が、たぶん間違っている。
買い物を終えると、次に向かったのは冒険者ギルドだった。
◇
「奴隷でも冒険者登録はできます」
受付嬢の説明に、コウイチは頷いた。
「主人と同じランクになるわけではないんですよね?」
「はい。登録は本人名義ですので、最初はFランクからになります。依頼の受注についても、基本的には本人のランクが基準です」
それなら今後、ミア自身のランクを上げていけば、簡単な依頼を任せることもできる。
登録料を支払い、必要な手続きを進める。ミアは文字を書くことにはあまり慣れていないらしく、受付嬢の説明を聞きながら一つずつ確認していた。
やがて、新しい登録証が渡される。
【ミア Fランク】
両手で受け取ったミアは、しばらく登録証を見つめていた。
「これで私も……冒険者なんですね」
「登録上はな」
「登録上……」
「戦えるかどうかは別問題だろ」
「……はい」
「だから、それを見てもらおう」
向かったのは訓練場だった。
そこには、見覚えのある大柄な男がいる。
「おう。死んでなかったか」
「会うたびそれ言いますね」
バルガスは鼻を鳴らすと、コウイチを上から下まで眺めた。
「今いくつだ?」
「Lv9です」
「9?」
太い眉が上がる。
「前に見た時、6じゃなかったか?」
「それくらいでしたね」
「1か月で3つか。ずいぶん上げたな」
「無茶はしてませんよ」
「お前の場合、それならいい」
バルガスはそう言ってから腕を組んだ。
「あと1つで10か」
「Lv10って、そんなに違うんですか?」
「急に別人になるわけじゃねえ。ただ、冒険者としては一つの区切りだな」
「区切り?」
「駆け出しを抜けて、そこそこ1人でやれる身体になってくる奴が多い。もちろん、数字だけ10でも戦い方を知らなきゃ簡単に死ぬがな」
「じゃあ10になったら、そこそこ一人前?」
「入口だ、入口。調子に乗るな」
「ですよね」
バルガスは呆れたように鼻を鳴らした。
「それとな。10を越えた辺りから、元々得意だったところが前より目立って伸びる奴も多い」
「得意なところ?」
「力のある奴なら力、足の速い奴なら足だ。魔力の扱いが得意な奴もいる。全員同じじゃねえが、何年も冒険者を見てると、そういう奴は珍しくねえ」
コウイチは自分のステータスを思い出した。
今のところ極端な偏りはない。ただ、DEXとMPは他より伸びている。Lv10を越えれば、その差がもう少し目立つようになるのかもしれない。
「で?」
バルガスの視線がミアへ移った。
「今日はそっちだろ」
「はい。この子に何が向いてるか見てほしくて」
「名前は?」
「ミアです」
「Lvは?」
「1です」
「戦ったことは?」
ミアが首を横に振った。
「ありません」
「武器は?」
「使ったことがありません」
「本当に最初からか」
そう言いながらも、バルガスに嫌そうな様子はなかった。
「嬢ちゃん。そこまで走って戻ってこい」
「はい」
言われた通りにミアが走る。
次は急停止。方向転換。横への移動。
何度か繰り返したあと、バルガスが不意に手を伸ばした。
「っ!」
ミアの身体が反射的に横へずれる。
続けて反対側から手を出すと、今度は一歩遅れながらも距離を取った。
「なるほどな」
「どうです?」
「力で押すタイプじゃねえ」
バルガスはミアを見ながら顎を撫でた。
「だが、反応と足は悪くねえ。長い武器で間合いを作るより、軽い武器で相手の間合いから外れる方が合いそうだ」
「短剣ですか?」
「ああ。最初は1本だけだ」
「2本じゃなくて?」
「初心者に2本持たせてどうすんだ。まず1本をまともに使えるようにしろ」
「納得です」
バルガスは今度はミアへ向き直った。
「明日、武器を持って来い。構え方からやる」
「はい」
「言っとくが、訓練代は取るぞ」
「そこは取るんですね」
「当たり前だ」
以前、自分も金を払って教わったのだから当然だった。
コウイチは苦笑しながら訓練場をあとにした。
◇
冒険者ギルドを出たあと、コウイチとミアは武具店へ向かった。
バルガスに見てもらった結果、ミアに向いているのは短剣を使った戦い方らしい。ならば明日から訓練を始める前に、最低限の装備は揃えておきたかった。
店に入ると、まず防具を選ぶことにした。
自分の装備なら《生成》すればいい。実際、グレイウルフの革から作った防具は品質Bで、市販品より性能も良かった。
当然、ミアの分も作ることは考えた。
だが、革の胸当てを試着しているミアを見て、その考えは早々に捨てた。
防具は身体に合わせる必要がある。肩幅だけではなく、胸回りや腰回り、腕の長さ、それに身体を捻った時にどこが当たるのかまで考えなければならない。
寸法だけなら測れば済むのかもしれないが、《生成》が求める理解はそれより深い。
自分の身体なら問題ない。
だが――。
「…………」
「コウイチ様?」
「いや、何でもない」
ミアは18歳の女性だ。
しかも昨日買ったばかりである。
理解を深めるためだから身体を触らせろ、などと言えるわけがない。
そもそも防具は命を守る物だ。少し合わない程度なら我慢できる服とは違い、動きを妨げれば、その一瞬が致命傷になることもある。
なら、ここは専門家に任せるべきだろう。
「店主さん。これ、もう少し腰のところ調整できます?」
「ああ。嬢ちゃん、ちょっと腕上げてみな」
「はい」
店主が慣れた手つきで革紐の位置を変えていく。その様子を見ながら、コウイチは値札から目を逸らした。
高い。
金貨3枚を払った翌日だけに余計にそう感じる。
それでも、必要経費だ。
「動いてみて」
「はい」
ミアが腕を上げ、身体を捻る。
「どう?」
「さっきより動きやすいです」
「痛いところは?」
「ありません」
「じゃあ、それにしよう」
「……いいんですか?」
「防具なしで森に連れていく方が嫌だよ」
ミアは何か言いたそうだったが、やがて小さく頭を下げた。
「ありがとうございます」
防具が決まると、次は短剣だった。
「初心者向けのを何本か見せてもらえます?」
店主が壁際の棚から数本を持ってくる。
長さも重さも違う。
「ミア、持ってみて」
「はい」
最初の1本は少し重い。
2本目は軽かったが、柄が太いのか握りにくそうだった。
3本目を持たせる。
ミアが何度か手首を返した。
「これは?」
「……これが一番使いやすいです」
「何が違う?」
「分かりません。でも……これが一番、動かしやすいです」
「なら、その感覚は覚えておいて」
戦ったこともない人間に、重心がどうだの刃渡りがどうだの説明できるはずがない。それでも実際に持った本人が使いやすいと感じるなら、その感覚を無視する理由はなかった。
コウイチも同じ短剣を受け取る。
「店主さん、これは他の2本と何が違うんです?」
「刃が少し短い。それと重心が柄寄りだ。威力は落ちるが、嬢ちゃんみたいな小柄な奴なら取り回しやすい」
「刃の厚みは?」
「根元は厚めだ。先へ行くほど薄くしてある。初心者は変な角度でぶつけることがあるからな。薄すぎると欠ける」
聞きながら《鑑定》Lv2を使う。
【鉄製短剣】
【品質:C】
【刃渡り:24センチ】
【材質:鉄・木・革】
【片刃】
【重心:柄寄り】
【用途:近接戦闘】
性能や大まかな構造までは分かる。
だが、それだけで同じ物を作れるわけではない。
今度は《生成》へ意識を向ける。
【生成理解度:89%】
まだ少し足りない。
「柄の中ってどうなってます?」
「妙なところ気にするな、お前」
「ちょっと興味があって」
「刃の芯が柄の奥まで通ってる。安物は途中までしか入ってねえ物もあるが、戦闘で使うならこっちの方が丈夫だ」
別の短剣との違いも聞き、刃の厚み、柄の作り、鍔、重心を順番に確かめていく。
ミアが扱いやすいと感じた理由も、少しずつ分かってきた。
【生成理解度:94%】
これならいける。
「これ、買うか?」
店主に聞かれ、コウイチは短剣を棚へ戻した。
「いや、今日は大丈夫です」
「……あんだけ聞いて買わねえのかよ」
「すみません」
「まあいいけどよ」
店主が呆れた顔をする。
ミアも不思議そうにコウイチを見ていたが、何も聞かなかった。
代わりに購入したのは、防具と腰に装着する革帯、短剣用の鞘、それから左腰に付けるナイフ用の鞘だった。身体に直接合わせる必要がある物は、店主に位置を調整してもらう。
「右手で抜いてみな」
「はい」
空の鞘から抜く動作をさせる。
「もう少し前だな。そこなら走っても邪魔にならねえ」
位置を直す。
「左は?」
ミアが尋ねた。
「仕事用」
「仕事?」
「魔物の解体を覚えてもらうつもりだから」
「私が、解体を?」
「そのための人手でもあるからな」
「……はい」
「最初からできるとは思ってないよ。覚えてくれればいい」
金貨3枚で人を買えば終わりではない。
働いてもらうなら、働ける環境を用意するのも自分の仕事だ。
◇
宿へ戻ると、コウイチは部屋の扉を閉めた。
「ミア。さっき一番使いやすいって言ってた短剣、覚えてる?」
「はい」
「ちょっと待って」
右手を前へ出す。
店で触った短剣を思い浮かべた。
そのまま再現するのではない。ミアが握っていた時の様子も思い出し、柄を僅かに細くする。重心は手元寄りで、刃渡りは24センチのまま。
初心者が多少乱暴に扱っても耐えられるよう、強度も落とさない。
【生成対象:鉄製短剣】
【理解度:94%】
【投入MP:3】
【予測品質:B】
「《生成》」
魔力が抜け、手の中に1本の短剣が現れた。
「……え?」
ミアの耳がぴんと立つ。
品質だけ確認するため、《鑑定》Lv1を使う。
【鉄製短剣】
【品質:B】
問題ない。
「持ってみて」
「…………」
「ミア?」
「あ……はい」
恐る恐る受け取り、何度か手首を返す。
「どう?」
「……使いやすいです」
「店のより?」
「はい」
「なら成功だな」
コウイチが頷くと、ミアは短剣ではなく、何もなかった場所からそれを生み出した右手を見つめていた。
「あの……」
「ん?」
「今のは……何ですか?」
聞いた直後、ミアの耳が下がる。
「すみません。聞いてはいけないことなら――」
「《生成》っていうスキルだ」
ミアが顔を上げた。
「生成……?」
「俺が理解している物を、魔力を使って作ることができる」
ミアが手元の短剣を見る。
「では、お店で短剣を買わなかったのは……」
「作れると思ったから。実物を見て、店主から話を聞きたかった」
「だから、あんなに質問を……」
「そういうこと」
「何でも作れるんですか?」
「いや。知らない物は作れないし、構造が分からなければうまくいかない。魔力も使う。俺自身、まだどこまでできるのか分かってない」
「それでも……すごいです」
「だから秘密にしてる」
その言葉で、ミアの耳が僅かに動いた。
「……私が聞いてもよかったんですか?」
「もう聞いただろ」
「そうではなくて……こんな大事なことを、私に……」
コウイチはすぐには答えなかった。
これまで《生成》は誰にも話してこなかった。
武器も、防具も、加工品も作れる。知られれば商人は利用価値を考えるだろうし、貴族なら何を求めてくるか分からない。
だから隠してきた。
ミアにも隠すべきだ。
今までの自分なら、そう考えただろう。
だが、これからミアには自分の側で働いてもらう。森へ行く時も、商品を作る時も、一緒にいる時間は増える。そのたびに《生成》を使うためだけに追い払ったり、隠れたりするのは現実的ではない。
それに奴隷契約がある。
指定した秘密を意図的に漏らすことは禁止できる。
だから話しても問題はない。
そう考えたところで、コウイチは自分がずいぶん長く黙っていたことに気づいた。ミアは質問を取り消したつもりなのか、短剣を持ったまま俯いている。
日本にいた頃なら、どうしていただろう。
信じていた人間。
簡単にひっくり返った言葉。
昨日まで笑いかけてきた人間が、噂1つで目を逸らすようになった。
何を言っても疑われ、自分の言葉より他人の言葉の方が簡単に信じられた。
秘密を預ける。
そんなことを、いつからしなくなったのだろう。
「このことは、他の人間には話さないでくれ」
ミアの背筋が伸びた。
「はい」
「契約上の秘密にも指定する」
「……はい」
これでいい。
契約がある以上、ミアが意図的に《生成》の存在を漏らすことはできない。
それで十分なはずだった。
「でも――」
なぜか、そこで言葉が続いた。
「契約で禁止されてるからじゃなくて……俺が話したことだから、守ってほしい」
言ってから、自分でも妙なことを言ったと思った。
契約で守らせるのと何が違う。
結果は同じだ。
秘密が漏れなければ、それでいい。
だが、ミアはそうは受け取らなかったらしい。
目を少し見開いたあと、持っていた短剣を静かに鞘へ収め、コウイチを真っ直ぐ見た。
「誰にも言いません」
「……うん」
「絶対に」
「そこまで力まなくていいよ」
「でも、大切な秘密なんですよね?」
「まあな」
「なら、守ります」
命令に対する返事ではなかった。
少なくとも、コウイチにはそう聞こえた。
「……頼む」
「はい」
何かが劇的に変わったわけではない。
ミアは奴隷のままだし、コウイチが人を信用できないことも変わらない。ただ、2人しか知らないことが1つ増えた。
それだけだった。
◇
「そうだ。左のナイフ」
少し重くなった空気を変えるように、コウイチは自分の荷物から1本のナイフを取り出した。
こちらの世界へ来て間もない頃から使っていた物だ。
「これ使って」
「コウイチ様のでは?」
「新しいの用意するからいいよ。戦闘用じゃなくて、素材採取とか、解体を覚える時に使えばいい」
ミアへ渡す。
右腰には新品のB品質短剣。
左腰には使い込んだナイフ。
「右は戦うため。左は仕事用」
「はい」
「間違えて左で戦わないように」
「……そんなに間違えますか?」
「俺に聞くな。短剣使ったことないんだから」
ミアの口元が僅かに緩んだ。
「では、私が覚えたら教えます」
「俺に?」
「はい」
「それは頼もしいな」
コウイチが笑うと、ミアも小さく笑った。
昨日より少しだけ自然だった。
◇
翌朝。
訓練場へ着くなり、バルガスはミアの腰を見た。
「ほう。それが武器か」
「はい」
「抜いてみろ」
右手が短剣へ伸びる。
まだ遅い。
鞘へ引っ掛かり、一度止まった。
「もう一回」
抜く。
「もう一回」
10回ほど続けたところで、最初よりは多少滑らかになった。
「左も抜け」
「これは解体用です」
「分かってる」
ミアが左のナイフを抜く。
「いいか。その2本は役目が違う。右は戦うための刃、左は仕事の道具だ。今のお前が格好つけて両方抜いても、2倍強くなるどころか自分の指を切るのがオチだ」
「……はい」
「まず右1本を身体に覚えさせろ」
ミアがナイフを戻す。
「それと」
バルガスが短剣を指差した。
「随分いい物持ってんな」
コウイチの眉が僅かに動く。
「分かるんですか?」
「何年武器握ってきたと思ってんだ」
ミアから短剣を受け取り、軽く振って刃を見る。
「品質Bってところか。新人に持たせるには上等すぎる」
「知り合いから安く手に入れました」
「そうかよ」
バルガスはそれ以上聞かなかった。
短剣をミアへ返す。
「武器に負けんなよ」
「はい」
訓練が始まった。
◇
その日の訓練は、ほとんど地味なものだった。
短剣を抜く。構える。前へ出る。戻る。横へ動く。また構える。
バルガスが木剣を振れば、それを受けずに避ける。
最初のうち、ミアはどうしても後ろへ逃げた。
「違う! 後ろに逃げ続けたら、いつか壁か木にぶつかる! 横だ!」
木剣が来る。
ミアが右へ跳ぶ。
「逆!」
もう一度。
今度は左へ避けたものの、その場で動きが止まった。
「そこで終わるな! 避けたら相手を見ろ!」
「はい!」
失敗する。
またやる。
何度も繰り返した。
昼前になる頃には、ミアの額から汗が流れている。それでも朝より動きは良くなっていた。
劇的ではない。
だが、確実に。
「今日はここまで」
バルガスが告げると、ミアはその場に座り込みそうになった。
「大丈夫?」
「……はい」
「それ、大丈夫じゃない奴の返事だろ」
「大丈夫です」
「どっちだよ」
水を渡す。
ミアは両手で受け取り、少しずつ飲んだ。
「明日もやるぞ」
バルガスが言う。
「はい」
「返事だけは一人前になってきたな」
ミアの耳が少し下がる。
「褒めてんだよ」
今度は少し上がった。
分かりやすい。
コウイチはそれを見ながら、ふと思った。
昨日までのミアなら、疲れた顔を見せることすら避けていたのではないだろうか。
まだ自分の顔色を窺うことは多い。それでも、少しずつ変わっている。
「帰るか」
「はい」
二人で訓練場を出ようとしたところで、コウイチは足を止めた。
そういえば、ミアの《???》。
購入してから変化を確認していない。
同じ食卓で飯を食った。
冒険者登録をした。
装備を揃えた。
《生成》の秘密も話した。
訓練も始めた。
だからといって、どれかが正体不明の固有スキルに関係しているとは限らない。それでも、一度確認しておきたかった。
「《鑑定》」
普段通りLv2でミアを見る。
【名前】ミア
【種族】犬獣人
【年齢】18
【Lv】1
【HP】31/31
【MP】14/14
【STR】8
【VIT】9
【AGI】13
【DEX】12
【INT】8
【MND】10
【通常スキル】なし
【固有スキル】
《???》(未覚醒)
変わっていない。
「……やっぱり分からないか」
「何か言いました?」
「いや」
視線を外そうとした時だった。
【《鑑定》がLv3に上昇しました】
「……え?」
突然現れた表示に、コウイチは足を止めた。
何がきっかけだったのかは分からない。
ただ、この1か月で武器も素材も魔物も、そして人間も何度鑑定したか分からない。使い続けてきたことが無関係とは思えなかった。
新しく何が分かるようになった?
《鑑定》へ意識を向ける。
これまでより深い状態まで読み取れるらしい。
健康状態。
病気や怪我。
身体に起きている異常。
そして、スキルのより深い状態。
コウイチはもう一度ミアを見る。
「《鑑定》」
今度はLv3を使った。
【健康状態】
軽度の疲労
【固有スキル】
《???》(未覚醒)
【覚醒進捗】
16%
「…………」
コウイチは最後の数字を見つめた。
16。
0ではない。
つまり、この固有スキルには何らかの覚醒条件があり、ミアはすでにその一部を満たしている。
いつからだ?
奴隷契約を結んだからか。
同じ食卓で飯を食ったからか。
冒険者になったからか。
短剣を渡したからか。
それとも、《生成》の秘密を話したことが関係しているのか。
分からない。
ただ一つだけ分かった。
これは、生まれつき目覚めないスキルではない。
何かを積み重ねれば、進む。
「コウイチ様?」
「ん?」
「難しい顔をしてます」
「ちょっと考え事」
今は本人に伝えない方がいい。
覚醒条件が分からない以上、数字だけ教えれば、ミア自身が何とか進めようとしてしまうかもしれない。それがかえって邪魔になる可能性もある。
それにLv3はMPを4使う。
毎日確認するようなものでもない。
体調がおかしい時や、何か変化があった時に見れば十分だろう。
「帰ろう」
「はい」
歩き始めたコウイチの横を、ミアがついてくる。
昨日までと同じようで、少しだけ違う。
2人しか知らない秘密が増え、ミアには自分で選んだ武器があり、明日からも訓練が続く。
そして、本人も知らないところで何かが16%まで進んでいる。
何がその数字を動かしているのか。
コウイチには、まだ分からなかった。
ただ隣を歩くミアが、昨日より少しだけ自然な顔をしていることには気づいていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




