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『異世界無双なんて後回し。まずは生きるために稼ぎます』  作者: ミタテ屋


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第15話◇ 金貨三枚の買い物

翌朝、コウイチはいつもより少し早く目を覚ました。


窓の外にはまだ薄い朝靄が残っている。黒狼の森へ向かう日なら、朝食を済ませたあとに装備を確認し、商業ギルドへ寄ってその日の需要を見るのが、この1か月ですっかり習慣になっていた。


だが、今日は違う。


ベッドから起き上がると、《アイテムボックス》から小さな革袋を取り出した。


中に入っているのは4枚の金貨。


普段の宿代や食費に使う銀貨と銅貨は別に残してあるし、《アイテムボックス》には売っていない商品や素材もある。だから、この4枚を持っていっても明日の生活に困るわけではない。


昨夜も数えた。


確認する必要などないのだが、それでもコウイチは金貨を1枚ずつ指で確かめてから革袋を閉じた。


「……行くか」


誰に言うでもなく呟き、部屋を出た。


◇


ガルディ奴隷商館は、1か月前と何も変わっていなかった。


商業区の外れに建つ大きな石造りの建物。入口には武装した警備の男が立ち、壁も看板もきちんと手入れされている。


初めて訪れた時にも感じたことだが、やはり外見だけなら奴隷を扱っている店には見えない。


もっと陰湿で薄暗い場所を想像していた。


だが実際には、建物も清潔に保たれており、出入りする客も普通の商人や冒険者と大して変わらない。その様子がかえって、この世界では奴隷という存在が特別なものではないことを感じさせた。


扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


受付にいた若い女性が頭を下げた。


「以前ここで奴隷を見せてもらったんですが」


「ありがとうございます。お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」


「コウイチです」


女性が手元の帳簿へ目を落とした。


「……コウイチ様。ございました。1か月ほど前ですね」


「はい」


「本日はどのような者をお探しでしょう?」


その問いに答えようとして、コウイチは一瞬だけ迷った。


奴隷を買うと決めて来たわけではない。


1か月前もそうだったし、金貨4枚を用意した今も、正確には変わっていない。


ミアの《???》が何なのか分からない以上、金貨3枚を払うことが正しい選択なのかは判断できない。だから、まずはまだここにいるのかを確認しに来ただけだ。


「前に見せてもらった犬獣人の女性がいたと思うんですが。18歳で、固有スキルが――」


そこまで言うと、受付の女性が理解したように頷いた。


「ああ、ミアですね」


名前がすぐに出てきたことに、少しだけ安心する。


だが、すぐに気づいた。


名前が記録に残っていることと、まだ売れていないことは別だ。


「もう一度、見せてもらえますか?」


「少々お待ちください。担当の者を呼んでまいります」


女性が奥へ消える。


しばらくして戻ってくると、そのまま前回と同じ廊下へ案内された。


最初に見た評価の高い奴隷たちの区画を通り過ぎ、さらに奥へ進む。


見覚えのある部屋だった。


そして――コウイチの足が止まった。


以前ミアが座っていた場所に、誰もいない。


小さな椅子だけが残され、その隣には見覚えのない男が座っている。


「…………」


売れた。


真っ先に浮かんだのは、それだった。


半年間売れなかったとは聞いていたが、だからといって今日まで残っている保証など最初からなかった。


分かっていたはずだ。


それなのに。


「……いないのか」


口から出た声が、自分で思っていたより低かった。


損をしたわけではない。


金貨3枚はまだ手元にある。


むしろ正体の分からない固有スキルを持つ奴隷へ、大金を使わずに済んだとも考えられる。


もっと確実に役立つ人材を探せばいい。


解体技能を持つ者。護衛ができる者。読み書きや計算ができる者。


さらに金を貯めれば、選択肢はいくらでも増える。


その方が合理的だ。


「……そうか」


納得するために出した言葉が、妙に空々しく聞こえた。


「何かお探しですか?」


後ろから声を掛けられ、コウイチは振り返った。


立っていたのは、20代後半ほどに見える男だった。


焦げ茶色の髪を短く整え、濃紺の上着を着ている。派手な装飾品はなく、腰に武器も見当たらない。


細身だが、弱々しい印象はなかった。


むしろ、目が妙に印象に残る。


こちらを見た一瞬で、服装や靴、腰の魔法袋、それに立ち方まで確認されたような気がした。


「コウイチ様ですね」


「……そうですが」


「初めまして。ルークと申します。この商館で奴隷の仕入れと査定を担当しています」


「仕入れ?」


「はい。あなたが以前ご覧になった犬獣人――ミアを仕入れたのも僕です」


コウイチの目がわずかに細くなる。


「ミアは?」


ルークが一瞬だけコウイチを見る。


それから、ほんの少し口元を緩めた。


「おりますよ」


「……いる?」


「ええ」


自分でも分かるほど、肩から力が抜けた。


その反応を見られたことに気づき、少しだけ居心地が悪くなる。


「じゃあ、なぜここに?」


「今朝は裏で洗濯を手伝わせています。半年も何もさせずに座らせておくわけにもいきませんから」


「そういうことか」


「売れたと思われました?」


「……まあ」


「残念でしたか?」


「確認しに来ただけです」


「なるほど」


ルークはそれ以上追及しなかった。


ただ、少し面白そうに見られている気はした。


「こちらへどうぞ。せっかく来ていただいたんです。ミアを呼ぶ前に、少しお話ししましょう」


◇


通されたのは、小さな応接室だった。


机と椅子が4脚。壁際には奴隷契約に使うらしい書類が整理されている。


コウイチが座ると、ルークは向かいへ腰を下ろした。


「1か月前、ミアを見て帰られたそうですね」


「金が足りなかったので」


「記録には、取り置きはせず、残っていれば再検討するとあります」


「随分細かく残すんですね」


「人を売る仕事ですから」


ルークの口調は軽かったが、その言葉だけは妙に真っ直ぐだった。


「道具なら多少客と相性が悪くても、使い方次第で済むことがあります。でも奴隷は違う。買われたあと、何年も主人の側で働く場合がある。売る相手と奴隷の組み合わせが悪ければ、あとでこちらにも話が戻ってきます」


「売れればいいわけじゃない?」


「短期的には、それでも金にはなりますよ」


ルークはあっさり認めた。


「でも、そんな商売を続けていたらガルディの看板は長く持ちません」


若い。


それでも、単なる店員ではなさそうだった。


「ミアを仕入れたのはあなたなんですよね?」


「そうです」


「なぜ?」


「犬獣人で18歳。健康な成人ですから、普通なら十分商品になります。それに、仕入れた時点で固有スキル持ちだと分かりました」


「当たりだと思った?」


「思いましたね」


ルークが苦笑する。


「固有スキルは珍しい。戦闘系でなくても、商売や製造、農業に使える能力なら値段は大きく変わります」


「でも《???》だった」


「何人に見せても、それ以上分かりませんでした」


「それで訳ありになった」


「そういうことです」


そこまでは1か月前にも聞いている。


ただ、商売を少し覚えた今だからこそ、コウイチには一つ気になることがあった。


「半年売れてないなら、もっと値段を下げないんですか?」


「下げることはできます」


「食費だってかかるでしょう」


「かかりますね」


「なら在庫として抱えている方が損じゃないですか」


ルークが少し目を細めた。


「商人らしいことを言いますね」


「最近、勉強してるので」


「なるほど」


ルークは小さく笑った。


「値段を決める時に見るのは、スキルだけじゃありません。性格や仕事の覚え方、体力、周囲への反応も見ます。ミアは技能こそありませんが、教えたこと自体は覚えますし、周りを見て動くこともできる」


「なら、なぜ売れない?」


「《???》が嫌われます。それと、自分から何かをやろうとするのが苦手ですね」


「苦手?」


「間違えるのを嫌がる、と言った方が近いでしょうか。教えればやる。でも、自分から試す前に引いてしまうところがある」


コウイチは少し考えた。


それだけなら、少なくとも致命的な欠点には聞こえない。


「だから金貨3枚を維持してる?」


「それだけではありません。若く健康な犬獣人というだけでも一定の値段はありますから。それに――」


ルークがわずかに肩をすくめた。


「僕は、もう少し見てみたいと思っているんですよ」


「勘ですか?」


「最後はそれも使います」


「外したら?」


「損します」


「随分あっさりしてますね」


「何度か外してますから」


ルークは平然としていた。


その返しに、コウイチもわずかに口元を緩めた。


少なくとも、嫌いなタイプではない。


信用するかどうかは別の話だが。


◇


「お呼びですか?」


しばらくして、扉の外から声がした。


ルークが入室を許可すると、扉がゆっくり開く。


茶色がかった髪。


その間から伸びた犬の耳。


同じ色の尻尾。


1か月前とほとんど変わっていない。


ミアだった。


コウイチの顔を見た瞬間、ミアの足がわずかに止まった。


「……あ」


覚えていたらしい。


その反応を見て、なぜか少し安心した。


「久しぶり」


「……はい」


ミアは小さく頭を下げた。


「お久しぶりです」


嬉しそうでもない。


かといって、嫌そうにも見えない。


ただ、1か月前と同じように警戒が残っている。


「こちらへ」


ルークに促され、ミアが少し離れた場所へ立った。


コウイチはルークを見る。


「もう一度、《鑑定》しても?」


「もちろんです。購入前の確認として許可します」


ミアにも視線を向ける。


「いいか?」


「……はい」


朝の時点で、睡眠によってMPは59まで回復している。


コウイチは意識を集中させた。


《鑑定》


MPが59から57へ減る。


視界に、1か月前と同じ情報が浮かんだ。


【名前】ミア

【種族】犬獣人

【年齢】18

【Lv】1


【HP】31/31

【MP】14/14


STR:8

VIT:9

AGI:13

DEX:12

INT:8

MND:10


【通常スキル】


なし


【固有スキル】


《???》(未覚醒)


変わっていない。


名前も分からない。


効果も分からない。


ただ、未覚醒という表示だけは今も残っている。


「どうです?」


ルークが尋ねる。


「前と同じです」


「《???》?」


「ええ」


嘘ではない。


全部を言っていないだけだ。


ルークは少しだけコウイチを見たが、それ以上聞こうとはしなかった。


「ミア」


「はい」


「この1か月、何してた?」


突然聞かれたからか、ミアが少し戸惑う。


「……掃除と、お洗濯を。あとは食事を運んだり……」


「何か新しく覚えた?」


「……特には」


耳がわずかに下がった。


まるで、自分には売りになるものがないと自分から申告しているように見えた。


コウイチはもう一度、先ほど見た数字を思い出す。


AGI13。


DEX12。


飛び抜けて高いわけではない。


だがLv1としてまったく何もない数字にも見えなかった。


何より――。


【固有スキル】


《???》(未覚醒)


金貨3枚。


安くはない。


この1か月で、それだけの金を稼ぐ大変さはよく分かった。


もっと金を貯めれば、即戦力になる奴隷を買える。


解体技能を持った人間なら、明日からでも役に立つだろう。


ミアは違う。


今のところ、コウイチが欲しかった技能を何一つ持っていない。


それでも、1か月経って戻ってきた今も、この表示が気になっている。


なら、少なくともその場の勢いではない。


「ルークさん」


「はい」


「買います」


ミアの耳が動いた。


ルークは驚かなかった。


「ミアを?」


「はい。金貨3枚で」


「値切らないんですね」


「値下げする気あります?」


「ありません」


「なら時間の無駄でしょう」


「いい商人になりそうですね」


「まだ駆け出しですよ」


「だから面白いんです」


ルークが立ち上がった。


「では、契約の準備をします」


◇


契約は思っていたよりも厳格だった。


別室へ移動すると、ルークは縁に細かな魔法文字が刻まれた厚い紙を机へ置いた。


「まず、内容を確認してください」


主人への故意の危害。


主人の財産の窃盗。


許可のない逃亡。


それらが奴隷契約の基本条件として説明され、そのうえで追加条件についても確認していく。


「以前お尋ねになった秘密保持ですが、契約へ加えられます」


「どういう形になります?」


「主人が秘密として指定した内容を、本人が意図的に第三者へ話す、書き残す、売るといった行為を禁止できます。ただし、何でも防げるわけではありません」


「例えば?」


「本人が秘密だと知らない情報や、偶然見られたものまでは止められません。また、契約そのものも本人の意思を完全に奪う魔法ではありません」


「何でも命令できるわけじゃない、と」


「その通りです」


1か月前に商業ギルドで聞いた説明とも一致している。


十分だった。


少なくとも普通に人を雇うより、《生成》や《アイテムボックス》の秘密を守りやすくなる。


「ミアにも内容は説明するんですよね?」


「もちろんです」


ルークがミアを見る。


禁止される行為や、主人の命令だからといって何でも契約が強制するわけではないことを、一つずつ簡単な言葉にして説明していく。


「分からない部分はありますか?」


「……ありません」


「本当に?」


「はい」


「なら、契約を進めます」


そのやり取りを見て、コウイチは少しだけ印象を改めた。


奴隷なのだから本人の意思など関係ないと思っていたが、少なくともこの商館では、何を契約されるのかは本人にも説明するらしい。


コウイチは腰の魔法袋へ手を入れるふりをして、《アイテムボックス》から革袋を取り出した。


金貨を3枚。


机の上へ置く。


小さな音が3度鳴った。


1か月かけて用意した金が、一瞬で大きく減る。


惜しくないと言えば嘘になる。


かなり惜しい。


「……高いな」


思わず漏れた。


ミアの耳がぴくりと動く。


ルークは笑いを堪えていた。


「今言います?」


「払ってから実感しました」


「返品は受け付けませんよ」


「まだ契約前でしょう」


「では、やめますか?」


コウイチはミアを見る。


目が合う。


ミアはすぐに視線を落とした。


「いや」


コウイチは契約書へ視線を戻した。


「買います」


魔法契約が結ばれる。


淡い光が契約書の文字を走り、一瞬だけコウイチとミアの間を何かが繋いだような感覚があった。


すぐに消える。


「これで契約成立です」


ルークが告げた。


「本日からミアは、コウイチさんの奴隷となります」


その言葉を聞いた瞬間、妙な重みがあった。


人を買った。


金貨3枚で。


理解して来たつもりでも、実際に契約が成立すると感覚が違う。


目の前にいる18歳の女性が、法的には自分の所有物として扱われる。


この世界では普通なのだろう。


それでも、日本で35年生きてきた感覚まで消えたわけではない。


「……コウイチ様」


ミアが小さく呼んだ。


「ん?」


少し間を置き、ミアは頭を下げた。


「これから、よろしくお願いいたします」


言葉は丁寧だった。


だが、その声に期待は感じなかった。


新しい主人がどんな人間なのか分からない。


ただ、契約が成立したから従う。


今はまだ、そんな声だった。


「こちらこそ」


コウイチはそれだけ返した。


今は、それでいいと思った。


◇


「最後に一つ」


商館を出ようとしたところで、ルークに呼び止められた。


「なんです?」


「次に人手が必要になったら、また僕に声を掛けてください」


「商売熱心ですね」


「もちろん。それもあります」


ルークは笑った。


「でも、コウイチさんが次にどんな奴隷を選ぶのか、少し興味があります」


「普通に役立つ奴を選びますよ」


「今回は技能なしで、正体不明の固有スキル持ちですが」


「……今回は例外です」


「分かりました」


絶対に信じていない顔だった。


「次は解体のできる奴が欲しくなると思います」


コウイチが言うと、ルークの表情が少し変わった。


「解体ですか」


「魔物の」


「どの程度?」


「できればフォレストボアくらいを一人で処理できる奴」


ルークが数秒考える。


「今はいませんね」


「そうですか」


「ただ、条件は覚えておきます」


「お願いします」


「予算は?」


「……まだ聞くんですか?」


「商人ですから」


「金貨を貯めてから来ますよ」


「では、その頃までに候補を見つけておきます」


「今度は普通の奴でお願いします」


「努力します」


「保証は?」


「できません」


コウイチは少し笑った。


「じゃあ、また」


「はい。またのお越しを」


ルークと別れ、商館の外へ出る。


隣にはミアがいる。


そこで初めて、コウイチは困った。


人手が欲しい。


だから奴隷を買った。


そこまでは考えていた。


だが、買ったあと最初に何をすればいいのかまでは、ほとんど考えていなかった。


「……とりあえず」


コウイチはミアを見る。


「服だな」


「服……ですか?」


「それ、一着しかないのか?」


「替えはあります」


「何着?」


「……2着です」


「じゃあ買おう」


「でも、まだ着られます」


「2着じゃ足りないだろ」


ミアが黙る。


なぜか困ったような顔をしている。


「服と靴。それから、必要な物も見ないとな」


仕事で使う道具も必要になる。


ただ、何をさせるかはこれからだ。


魔物の解体も覚えてもらいたいし、森へ連れていくなら装備も要る。


その前に――。


「腹減ってないか?」


「……え?」


「朝飯」


「私は大丈夫です」


「食べたのか?」


「……まだです」


「じゃあ、先に飯だな」


「あの、私は――」


「俺もまだ食ってない」


コウイチは歩き出した。


数歩進んだところで、ミアがついてきていないことに気づいて振り返る。


ミアはその場に立っていた。


「どうした?」


「……いえ」


慌てたように追いかけてくる。


その様子を見ながら、コウイチは少し首を傾げた。


奴隷を買ったからといって、急に2人での生活の仕方まで分かるわけではないらしい。


◇


近くの食堂へ入り、コウイチは朝食を2人分頼んだ。


焼いたパン。


卵と野菜。


薄く切った肉。


温かいスープ。


この1か月で何度か食べた店だった。


料理が運ばれてくる。


コウイチは椅子へ座った。


だが、ミアは座らない。


少し後ろで立ったままだ。


「何してるんだ?」


「……お食事が終わるまで、お待ちしています」


「なんで?」


ミアが困ったようにコウイチを見る。


「私は奴隷ですので……」


それで説明になっているらしい。


コウイチは目の前の料理を見る。


2人分ある。


もう一度ミアを見る。


「座れよ」


「……よろしいのですか?」


「2人分頼んだんだから、食わないと余るだろ」


「ですが……」


それでも動かない。


周囲を見ると、何人かの客がこちらを見ていた。


主人と奴隷が同じ席で食事をするのは、珍しいのかもしれない。


それなら、別々に食べさせるのがこの世界では普通なのだろう。


だが、コウイチにはどうでもよかった。


この世界の常識に合わせるためだけに、わざわざ1人で飯を食う理由もない。


「ミア」


「はい」


向かいの椅子を指す。


「一人で食うより、二人で食った方が美味いだろ」


「…………」


ミアが動かなくなった。


「どうした?」


「……いえ」


「冷めるぞ」


「……はい」


ようやくミアが椅子へ座った。


それでも料理にはすぐ手をつけない。


コウイチがパンをちぎり、スープを一口飲む。


それを確認してから、ミアも恐る恐るパンへ手を伸ばした。


妙な奴だと思った。


いや。


この世界の奴隷にとっては、これが普通なのだろう。


妙なのは自分の方なのかもしれない。


コウイチはもう一口スープを飲んだ。


「ここのスープ、結構うまいぞ」


「……はい」


ミアも一口飲む。


犬の耳がほんの少しだけ動いた。


それを見て、コウイチは何となく笑った。


「美味いだろ?」


「……はい」


今度の返事は、さっきより少しだけ早かった。


コウイチにとっては、それだけのことだった。


奴隷を買った初日に腹が減っていたから食堂へ入り、2人分の料理を頼んだ。ただ一緒に朝飯を食べただけで、それ以上の意味など考えていない。


それがミアにとってどんな意味を持ったのか、今のコウイチにはまだ分からなかった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。

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