第12話◇ 作れることと、売れること
翌朝、目を覚ましたコウイチが最初に確認したのはMPだった。昨夜はフォレストボアの牙からB品質の櫛を3本、ホーンラビットの角からC品質の留め具を6個、さらにB品質の小型ナイフを4本作り、グレイウルフの皮も加工済みの革へ変えている。
それでもMPは26残していたが、一晩眠ったことで47まで戻っていた。
《アイテムボックス》の中には、それ以前から作り貯めている品もある。今日もMPを使えばさらに増やせるが、今の問題は作れるかどうかではなかった。
「……まず、売る方だな」
朝食を済ませたコウイチは黒狼の森へ向かわず、以前から取引している雑貨商の店へ向かった。
◇
店に入ると、顔を覚えていた店主がすぐに気づいた。
「お、また来たか。今日は何だ?」
「少し相談があって」
「相談?」
コウイチは《アイテムボックス》から直接取り出すことはせず、あらかじめ袋へ移しておいたB品質の牙製櫛を1本、台の上へ置いた。
店主はそれを見ると、少し呆れたように笑った。
「また持ってきたのか?」
「3本あります」
「相変わらず品を用意するのが早いな」
店主は櫛を手に取り、歯の並びや表面を確認した。以前持ち込んだものと同じB品質なので、今さら品質そのものに驚く様子はない。
「前の6本はどうでした?」
「4本は出た。2本はまだ残ってる」
「1週間以上あっても、そんなもんですか」
「そんなもんだ。櫛なんて毎日買い替える物じゃないからな。品質がいいからって、街の女全員が一斉に買うわけじゃない」
言われてみれば当然だった。
作る側から見れば、材料さえあればいくらでも数を増やせる。しかし買う側には必要になる速度があり、どれだけ品質が良くても、客の数や買い替える頻度まで急に増えるわけではない。
「今日は何本なら買えます?」
「俺の店だけなら、今は要らんな。他へ回す分まで考えるなら1本くらいだ」
「前は6本までいけたのに?」
「その6本を売ってる途中だからだよ。物が悪いわけじゃない。むしろ良すぎるくらいだ。ただ、売れる速さより持ってくる速さの方が早い」
「……ですよね」
昨日手に入れたフォレストボアの牙は4本あり、そのうち1本を使って櫛を3本作ったが、まだ3本残っている。《生成》を使えば、残った牙だけでも最大9本の櫛を増やせる。
今後もフォレストボアを狩れるなら、牙はさらに手に入る。つまり商品を増やすこと自体はできても、それが作った瞬間に金へ変わるわけではない。
「例えば、こういう商品をもっと扱ってくれる店を探すなら、どうするのがいいです?」
「自分で回るなら雑貨屋を片っ端から当たればいい。ただ、お前みたいにいろんな物を持ってくるなら、商業ギルドへ行った方が早いぞ」
「商業ギルド?」
「ああ。商人同士をつないだり、何が欲しいって情報を集めたりしてる。俺も仕入れ先を探す時に使う」
コウイチは少し考えた。冒険者ギルドには毎日のように出入りしているが、商業ギルドへ行ったことはまだない。
「登録しないと使えないんですか?」
「本格的に取引するならな。登録料はかかるが、お前なら払えない額じゃないだろ」
「場所を教えてもらえます?」
「いいぞ。ただ、その櫛1本は置いていけ。前と同じ値段なら買う」
「銅貨100枚?」
「ああ」
売れるなら断る理由はない。コウイチはB品質の櫛を1本、銅貨100枚で売り、残り2本を袋へ戻してから教えてもらった商業ギルドへ向かった。
◇
商業ギルドは、冒険者ギルドとはかなり雰囲気が違っていた。
建物そのものは同じように大きいが、武器や防具を身につけた人間より、荷物を抱えた商人や職人の姿が目立つ。壁際には商品の見本らしき布や金属製品が置かれ、奥では帳簿を広げた男たちが何やら数字について話し込んでいた。
その中で一番目を引いたのは、大きな掲示板だった。
【買付希望】
【グレイウルフ毛皮 C品質以上】
【鉄製工具 数量相談】
【保存食 継続取引希望】
【革製品 種類問わず】
他にも穀物や薬草、木材、布、金属部品など、様々な品の名前が並んでいる。
冒険者ギルドの掲示板が「何をしてほしいか」を並べたものなら、こちらは「何が欲しいか」を並べたものらしい。コウイチはしばらく掲示板を眺めてから受付へ向かった。
「登録したいんですが」
対応したのは30代くらいの男性職員だった。
「商業ギルドへの登録ですね。個人商人としてでしょうか?」
「多分、それで」
「現在、店舗は?」
「ありません」
「露店の営業許可などは?」
「それもまだです。今は持っている品を店へ直接売っています」
職員は頷きながら用紙を取り出した。
「でしたら個人商人登録で問題ありません。登録料は銀貨1枚です」
銀貨1枚。銅貨にすれば100枚。
安い金額ではないが、槍の訓練へ銀貨2枚を払った時ほど迷いはなかった。売り先を探すために毎回何軒もの店を歩く時間を考えれば、商売を続けるうえで必要な費用だと思えた。
コウイチは銀貨1枚を支払い、簡単な説明を受けた。
商業ギルドは、商品を何でも直接買い取ってくれる場所ではない。売りたい者と買いたい者を仲介し、需要の情報を集め、必要に応じて取引相手を紹介する場所だという。
一定量以上の取引になれば、倉庫や輸送業者の紹介も行っているらしい。
「直接買い取ってもらえる物もあるんですか?」
「あります。ただし、ギルド側で扱いやすい物に限ります。基本的には仲介だとお考えください」
「じゃあ、掲示板に出ている物を持ってくれば必ず売れる?」
「いえ。品質、数量、価格がありますから」
職員は即座に否定した。
「例えばグレイウルフの毛皮を10枚欲しい商人がいたとして、すでに8枚集まっていれば必要なのは残り2枚です。そこへ20枚持ち込まれても、全部をその商人へ売ることはできません」
「別の買い手がいれば売れる?」
「もちろんです。ただ、いなければ待つことになります」
店で言われたことと同じだった。需要があることと、無限に売れることは違う。
コウイチには《アイテムボックス》があるため、売れなかった商品を保管する倉庫代もかからない。櫛やナイフのような物なら場所にも困らず、急いで処分する必要もなかった。
だから、売れ残ること自体はそれほど怖くない。一晩眠れば戻るMPを何もせず余らせるくらいなら、使い道が分かっている物へ変えて保管しておく方がいい。
ただし、それを全部すぐに金へ変えられるかは別の話だった。
「大量に用意できる方ほど、そこで苦労されますよ」
職員は何気なくそう答えた。
普通の職人なら、大量の商品を作るにも時間がかかる。しかし自分は素材と理解度、それにMPさえあれば、かなり速く商品を増やせる。
今の自分にとって、《生成》の問題は生産能力ではなくなりつつあるのかもしれない。
売る能力の方が追いつかない。
◇
登録手続きが終わると、小さな金属製の登録証を渡された。
【商業ギルド登録証】
【名前:コウイチ】
【信用等級:第五級】
「第五級?」
「商業ギルドでは取引実績を信用等級として管理しています。第五級から始まり、第四、第三、第二、第一と上がっていきます」
「売上が多ければ上がるんですか?」
「それだけではありません。契約した数量や期限を守ること、品質を偽らないこと、代金の支払いを滞らせないこと。取引相手と問題を起こさず、継続して信用できる取引を重ねること。それらを見ています」
「一度ものすごく大きな取引をしても?」
「すぐ第一級にはなりません」
「つまり、金があっても信用は買えない?」
「少なくとも、うちでは」
その答えが妙に印象に残った。
商品なら《生成》できる。金も、稼ぎ方さえ分かれば増やせるかもしれない。だが信用だけは、一度に作ることができないらしい。
「……面倒ですね」
「だから価値があるんですよ」
職員は笑った。
それには反論できなかった。
◇
登録後、コウイチはすぐに帰らず、しばらく掲示板を眺めることにした。
見ていると、単純な買付希望だけではなく、継続的に欲しい物、一定期間だけ大量に必要な物、品質より価格を優先する物など条件はかなり違う。同じ革でも用途によって求める品質は異なり、同じ金属製品でも数を優先する依頼と品質を優先する依頼があった。
その中には、加工済みの革を求める掲示もある。
今の自分なら、グレイウルフの皮を持ち帰れば加工済みの革へ変えられる。完成品にする前の状態で保管しておけば、そのまま売ることもできれば、あとから別の商品へ加工することもできるはずだ。
何に加工できるかは、まだ知らない物も多い。それなら街にある革製品を見て回ればいい。
「……加工した状態で持っておくのもありか」
何でもすぐ完成品にする必要はない。売れやすい物は商品へ変えて保管し、用途の広い物は加工済み素材として残しておけば、あとから必要な形へ変えられる。
《アイテムボックス》がある自分には、それができる。
しばらく掲示板を見ているうちに、今までとは逆の考え方も浮かんできた。
これまでは森で手に入れた素材を見て、何にできるのか、いくらで売れるのかを考えていた。だが商業ギルドでは、先に何が欲しがられているのかを見ることができる。
欲しい物が分かれば、その材料になる魔物を狙うこともできる。
冒険者として森へ入り、商人として需要を見る。どちらか一つを選ぶ必要はなく、自分ならその間をつなげられる。
「……これ、結構使えるな」
コウイチはもう一度掲示板を見上げた。
◇
その日は森へ行かなかった。
商業ギルドを出たあと、街の店をいくつか回ることにしたからだ。
革製品を扱う店では、財布や小銭入れ、小さな袋、肩から掛ける鞄などが並んでいた。以前、防具を調べた時とは違い、身体へぴったり合わせる必要がない物が多く、構造も比較的単純に見える。
何種類か手に取って作りを確認し、その中でも特に単純な小銭入れと小型のポーチへ《鑑定》Lv2を使った。
MPは47から45へ。
【革製小銭入れ】
品質:C
素材:加工革
用途:硬貨などの収納
構造:革を折り、縫い合わせた小型収納具
理解度:93%
もう一つ。
MPは45から43へ。
【革製ポーチ】
品質:C
素材:加工革
用途:小物収納
構造:革を組み合わせ、紐で口を閉じる収納具
理解度:91%
どちらも防具ほど複雑ではない。
肩掛け鞄についても外から構造を確認したが、今日は《鑑定》を使わなかった。大きさも構造も様々で、今すぐ覚えなければならない物でもない。
革製品の店を出たあとは、金属製品を扱う店で工具や日用品を見て、雑貨屋でも櫛や留め具以外の商品を確認した。今すぐ全部を覚えるつもりはなくても、どんな物が売られているかを知っておけば、手持ちの素材を別の価値へ変える選択肢が増えていく。
そうして街を回っているうちに、別の問題も見えてきた。
森へ入って魔物を倒し、冒険者ギルドで解体を頼む。そこから使える素材を選び、《生成》で加工し、売り先を探す。さらに商業ギルドで需要を確認し、新しい商品を知るために店も回るとなれば、それだけで一日の大半が消えていく。
戦闘技術の訓練だって、これで終わりにするつもりはない。
「……一人じゃ回らなくなるな」
今はまだ何とかなる。だが扱う素材や商品の種類が増えれば、すべてを自分だけで行うのは難しくなる。
例えば魔物の解体を任せられる者がいれば、冒険者ギルドへ毎回手数料を払う必要はなくなるかもしれない。商品を店へ届けてくれる者がいれば、その時間を森や商品研究へ回すこともできる。
普通なら、人を雇えばいい。
そこまで考えたところで、コウイチの思考が止まった。
人を雇うということは、自分のすぐ近くで働かせるということでもある。倒した魔物の数や持ち帰った素材の量、いつの間にか増えている商品、普通なら数日かかるはずの加工が一晩で終わっていることまで、長く一緒にいればいずれ気づくだろう。
《アイテムボックス》と《生成》。
どちらも、今まで慎重に隠してきた力だった。
「……駄目だな」
誰でもいいから雇うというわけにはいかない。
守秘義務を契約に入れることはできるかもしれない。だが、契約に書いただけで秘密が外へ出ることまで防げるのかは分からない。
そう考えた瞬間、昔の記憶が蘇った。
信用していた人間が変わり、いつの間にか事実とは違う話が広がった。否定しても聞いてもらえず、自分が知っている真実より、他人が信じたい話の方が強かった。
この世界で会った人間が、全員そうだと思っているわけではない。バルガスも、グレンも、これまで取引した店主たちも、今のところ自分を騙したり裏切ったりしてはいない。
それでも「多分大丈夫だろう」というだけで、自分の秘密の中へ誰かを入れる気にはなれなかった。
コウイチはポケットから、今日受け取った商業ギルドの登録証を取り出した。
【信用等級:第五級】
これから自分は取引を重ね、他人から信用されなければならない。その一方で、自分は他人を簡単には信用できない。
「……勝手な話だな」
商品なら作れるし、金も増やせる。商人としての信用だって、時間をかければ積み上げられる。
だが、自分が誰かを信用する気持ちだけは、《生成》では作れない。
それでも、人手が必要になる未来まで消えるわけではなかった。
◇
宿へ戻って夕食を済ませると、コウイチは昼間に見た革製品を思い出しながら、《アイテムボックス》から加工済みのグレイウルフ革を取り出した。
小銭入れもポーチも、すでに構造はかなり理解できている。
まずは小銭入れを思い浮かべる。
【素材補助生成】
対象:革製小銭入れ
理解度:93%
使用素材:加工済みグレイウルフ革
【投入MP:1】
生成予測品質:C
「……1か」
防具を作った時より明らかに軽い。
身体へ合わせる必要もなく、構造も単純だからだろう。コウイチは加工革の一部を使い、C品質の小銭入れを4個生成した。
MPは43から39へ減った。
次はポーチ。
【素材補助生成】
対象:革製ポーチ
理解度:91%
使用素材:加工済みグレイウルフ革
【投入MP:1】
生成予測品質:C
こちらも4個作る。
MPは39から35へ減った。
加工済みの革まで用意しておけば、そこから単純な革製品へ変えるのに必要なMPはかなり少ない。これなら、品物の種類を増やすこと自体は難しくなさそうだった。
ただし、今日見ただけの品をいきなり大量に作るつもりはない。小銭入れもポーチも、実際にどれだけ売れるのかはまだ分からないからだ。
一方で、売れなかったとしても《アイテムボックス》へ入れておけば邪魔にはならない。
なら、試す分くらいは作っておいていい。
コウイチは続けて、すでに販売実績のあるC品質の角製留め具を6個作った。
MPは35から29へ。
さらに、売れなければ自分でも使えるB品質の小型ナイフを4本追加する。
MPは29から21へ減った。
そこで一度手を止め、《アイテムボックス》の中身を確認した。
B品質の櫛。
角製留め具。
小型ナイフ。
加工済みの革。
今日新しく増えた小銭入れとポーチ。
まだ加工していないフォレストボアの牙や、他の素材も残っている。
MPはまだ21あるため、作ろうと思えば同じ物をさらに増やせる。それでも今夜はここで止めることにした。
余ったMPを価値へ変えることに意味はあるが、同じ商品だけを際限なく積み上げても、売れる速度そのものが上がるわけではない。
むしろ今日分かったのは、そのことだった。
自分には、作る力がある。
《アイテムボックス》があるから、作った品を長く保管することもできる。売れなければ、すぐ処分する必要もない。
だが、街で必要とされる量には限界がある。
作れる量と、売れる量。
その差は、これからもっと大きくなるかもしれない。
そして扱う物が増えれば、売るために使う時間も増えていく。
コウイチは生成した品を収納してから、もう一度商業ギルドの登録証を取り出した。
人を雇うなら、せめて秘密を守れる仕組みが欲しい。普通の雇用でも、そういう契約ができるのか。商業ギルドなら人材の紹介も扱っているかもしれない。
「……明日、聞いてみるか」
答えがあるかどうかは分からない。
それでも、一人で全部を抱え続けるよりはましだった。
コウイチは登録証をしまい、翌朝もう一度商業ギルドへ向かうことにした。
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