第11話◇ 仕入れの獲物
翌朝、コウイチは宿を出る前に装備を確認した。手にするのはB品質の鉄槍。腰には投擲にも使えるナイフを差し、身体には加工済みのグレイウルフ革を素材に《生成》した胸当てと腕当てを身につけている。
そして、昨日新しく増えたものがもう1つあった。《槍術》Lv1だ。
スキルを得たからといって、急に槍の達人になった感覚はない。それでも槍を構えてみると、バルガスから何度も言われたことが以前より自然に身体へ馴染んでいるのが分かった。
腕を伸ばし切らず、穂先の正面から相手を外さない。突いたらすぐに戻し、無理に追わず、槍の長さを使って間合いを保つ。覚えたこと自体は単純だが、以前の自分はそのほとんどをできていなかった。
「……問題は、実際にどこまで通じるかだな」
今日の目的は、魔物をたくさん倒すことではない。狙うのはフォレストボアだった。
以前は倒すことこそできたものの、槍を身体へ残したまま持っていかれ、最後には予備の石槍まで使うことになった。今は鉄槍があり、防具があり、1週間とはいえ槍の扱いも学んでいる。その状態なら、フォレストボアを危険な一発勝負ではなく、仕入れの対象として扱えるのか。
それを確かめるため、コウイチは黒狼の森へ向かった。
◇
森へ入ってすぐにフォレストボアを探すことはしなかった。身体を慣らすため、最初に見つけたホーンラビットを相手にし、跳び込んできたところへ穂先を合わせて、急所へ届いた瞬間に槍を引く。
以前なら一撃で深く突き刺そうとしていたが、今日は必要以上に槍を入れない。相手を倒したあとも体勢を崩さず、そのまま次の動きへ移れることを意識した。1匹目を収納し、しばらく進んだところでもう1匹を同じように仕留める。
その後、単独のグレイウルフを見つけた。灰色の身体が横へ回り込もうとするのを槍だけで追わず、足を動かして正面へ戻す。飛び込んできた瞬間に小さく突き、相手が退けばこちらも無理には追わない。
傷を負ったグレイウルフが再び飛び込んできたところで首元へ槍を入れた。以前より戦闘時間が極端に短くなったわけではないが、危ない距離へ入られる回数は明らかに減っている。
「……ちゃんと違うな」
レベルが上がった影響もあるだろう。だが、以前との一番大きな違いは数字ではなかった。何をすればいいのか分かっているだけで、戦っている最中の余裕がまるで違う。
コウイチはグレイウルフも《アイテムボックス》へ収納すると、そのまま森の奥へ向かった。
◇
フォレストボアの痕跡を見つけるまで、それほど時間はかからなかった。地面には大きな蹄の跡が残り、その近くでは低い木の幹が泥で汚れている。足跡は1頭分で、周囲に別の気配もない。
慎重に痕跡を追っていくと、やがて木々の間に大きな茶褐色の身体が見えた。以前戦った個体と、大きさはそれほど変わらない。
コウイチは距離を取ったまま《鑑定》を使った。
【フォレストボア】
種族:魔物
Lv:7
HP:68/68
MP:6/6
STR:18
VIT:16
AGI:10
DEX:8
INT:3
MND:6
【スキル】
《突進》Lv1
MPは41から39へ減った。
能力値だけなら、以前倒した個体と大きな差はない。だからこそ、今の自分がどこまで変わったのかを確かめるには都合がいい。
コウイチが鉄槍を構えると、フォレストボアはこちらに気づき、大きな頭を持ち上げた。前脚が地面を掻いた次の瞬間、巨体が真っ直ぐ突っ込んでくる。
以前なら、正面から槍を深く突き入れることばかり考えていただろう。今回はギリギリまで待たず、槍先を前へ出して相手の進路を狭めながら自分は横へ動く。フォレストボアが槍を嫌って僅かに頭を振ったところで肩口へ浅く突きを入れ、そのまま素早く槍を戻した。
巨体が横を通り過ぎていく。槍は、きちんと手元に残っていた。
「……これだな」
まだ倒してはいないが、それでいい。バルガスに何度も言われたように、刺したあとに武器を相手へ預ける方が問題なのだ。今は一撃の深さより、槍を手元へ戻しながら傷を積み重ねることを優先すればいい。
フォレストボアが向きを変え、再び突進してくる。今度も正面から深く刺そうとはせず、槍の長さを使って牽制しながら身体を横へ逃がす。すれ違いざまに浅く傷を増やし、相手が行き過ぎればすぐに距離を取り直した。
1度、2度と繰り返してもフォレストボアは止まらないが、血は確実に流れている。急いで仕留めようとせず、このまま傷を増やしていけばいい。
4度目の突進を避けた直後、フォレストボアが予想より早く身体を返した。頭を振るようにして牙が迫り、完全には避けきれない。
「っ!」
胸元へ強い衝撃が走り、コウイチの身体が数歩後ろへ押された。息を詰まらせながら反射的に距離を取り、胸へ手を当てる。
痛みはあるものの、牙は身体まで届いていなかった。胸当ての表面には深い擦れ跡が残っているが、その下まで裂けてはいない。
「……作っといて正解だったな」
防具がなければ、擦り傷程度では済まなかったかもしれない。以前より安全になったことは確かだが、それで攻撃を受けていいことにはならない。その違いを勘違いするつもりはなかった。
フォレストボアはまだ動いている。コウイチは呼吸を整えて槍を構え直し、深く刺さず、無理に追わず、相手の方から来させることを徹底した。
何度か突進をかわしながら傷を重ね、動きが鈍ったところで首元へ槍を入れる。深く入った手応えを確認すると、今度もすぐに引き抜いて距離を取った。
フォレストボアは数歩よろめき、そのまま地面へ崩れた。
しばらく動かないことを確認してから、コウイチはようやく息を吐いた。前回よりは明らかに余裕があり、槍も失っていないし、予備の武器も使っていない。
それでも無傷ではない。
「安全って言うには、まだちょっと早いか」
少なくとも、前回のような賭けではなくなっていた。
フォレストボアを《アイテムボックス》へ収納して森を戻り始めたところで、少し離れた場所に新しい蹄跡を見つけた。先ほどとは別の個体らしい。
胸にはまだ鈍い痛みが残っているため、無理をしてまで戦う理由はない。ただ、1匹だけではたまたま上手くいった可能性もある。仕入れとして安定するか確かめるなら、もう1匹だけ試してみる価値はあった。
ただし条件は決めておく。単独であること、周囲に逃げられる空間があること、そして少しでも不利だと思えば戦わないこと。その条件を満たさなければ、追う必要はない。
痕跡を辿った先には、条件に合うフォレストボアがいた。コウイチは距離を取ったまま《鑑定》を使う。
【フォレストボア】
種族:魔物
Lv:7
HP:71/71
MP:6/6
STR:19
VIT:16
AGI:10
DEX:9
INT:3
MND:6
【スキル】
《突進》Lv1
MPは39から37へ減った。
先ほどよりSTRが1高いが、数字だけを見れば大きな差ではない。コウイチはそれを頭に入れ、槍を構えた。
◇
最初の突進は、先ほどとほとんど同じだった。正面から受けず、足を使って横へずれ、すれ違う瞬間に肩へ浅く槍を入れてすぐに引き戻す。
2度目も同じように処理できたため、少しずつ感覚を掴み始めていた。ところが3度目、フォレストボアが突進の途中で速度を落とした。
「……?」
先ほどまで真っ直ぐ進んでいた巨体が、コウイチが横へ動いた瞬間に進行方向を変える。反応が一瞬遅れ、大きな頭が横から迫った。
コウイチは咄嗟に左腕を上げ、同時に身体を後ろへ逃がした。牙が腕当ての表面を擦り、革が削れる音とともに衝撃が腕へ伝わる。それでも皮膚までは届いていない。
さらに下がり、木を挟むようにして距離を取った。
「……同じじゃないのか」
同じフォレストボアで、同じLv7。能力値も大きく違わないのに、動き方まで同じとは限らなかった。
考えてみれば当たり前の話だ。人間だって、同じ体格や能力だからといって、まったく同じ動きをするわけではない。《鑑定》で数字が見えるようになったことで、知らないうちに数字へ頼りすぎていたのかもしれない。
「見える数字は、答えじゃないってことか」
腕には痛みが残っているが、問題なく動かせる。相手の動きが読めないなら逃げてもいいが、先ほどの一撃で特徴を1つ知った。突進の途中で向きを変えるなら、それを前提に距離を取ればいい。
コウイチはもう一度槍を構え、今度は最初から横へ大きく避けず、相手が途中で進路を変えることも考えて、さらにもう1歩動ける位置を残した。
フォレストボアが突進し、途中で速度を落として向きを変える。予想していたコウイチはさらに半歩下がり、頭が自分の前を通過したところへ槍を入れた。
浅い傷だったが、それで十分だった。その後も急いで仕留めようとはせず、相手が一度見せた動きを必ず繰り返すとも決めつけないまま、少しずつ傷を増やしていく。
何度か攻防を重ねるうち、フォレストボアの動きは明らかに鈍くなった。最後の突進をかわして首の付け根へ槍を突き込み、確かな手応えを感じたところですぐに引き抜く。
巨体は数歩進んだところで脚を崩し、そのまま地面へ倒れた。
コウイチはしばらくその場を動かなかった。呼吸は荒く、胸も左腕も痛む。それでも前回とは違い、何を失敗したのか、次に何を警戒すればいいのかが分かっている。
倒れたフォレストボアを収納した瞬間、身体の奥から熱が広がった。
【レベルが上がりました】
【Lv】6 → 7
【HP】62 → 70
【MP】41 → 47
STR:17 → 19
VIT:18 → 20
AGI:18 → 20
DEX:22 → 25
INT:22 → 24
MND:20 → 22
レベルアップとともに身体の疲れが薄れ、左腕に残っていた鈍い痛みも軽くなった。
コウイチは数字を確認してから周囲を見回した。身体は楽になり、MPも47まで戻っている。この状態なら、もう1匹戦えるかもしれない。
そう考えた瞬間、自分で首を振った。
2匹倒せたから、3匹目も倒せる。
そんな考え方を始めたら、いつか死ぬ。
今日はフォレストボアが仕入れの対象になり得るのか、それを確かめに来ただけだ。以前よりずっと戦えることは分かったが、まだ完全に安全とは言えない。それなら今日は十分だった。
「……帰るか」
コウイチは森の出口へ向かった。
◇
冒険者ギルドへ戻ると、解体所へ今日の獲物を出した。ホーンラビット2匹、グレイウルフ1匹、フォレストボア2匹。
解体を担当していた男が、最後の2匹を見て顔を上げた。
「これ、お前1人で?」
「はい」
「フォレストボア2匹か。Fランクだったよな?」
「まだFです」
男は少し怪訝そうな顔をしたものの、それ以上は聞かなかった。
「何を残す?」
「ボアは牙と、状態のいい皮をお願いします。グレイウルフも皮が良ければ残してください。あとは売れる物は買い取りで」
「分かった」
解体そのものはギルドへ任せる。費用はかかるが、自分でやればその分だけ時間が失われる。今は、自分で慣れない解体をするよりも、状態のいい素材を確実に残してもらう方が重要だった。
しばらく待ったあと、フォレストボアの大きな牙4本と状態のいい皮を受け取った。グレイウルフの皮も悪くない状態で残っている。
以前なら、手に入った素材を見て「いくらで売れるか」と考えていただろう。今は少し違う。
フォレストボアの牙は4本ある。《生成》なら1本から最大3本の櫛を作れるため、すべてをB品質の櫛へ変えれば最大12本になる。数字だけを見ればかなり大きいが、作れる量と売れる量は違う。
以前取引した雑貨商が一度に扱えるのは、自分の店と他店へ回す分まで含めても6本程度だった。今日手に入れた牙だけで、その倍の商品を作れることになる。
しかも、今後もフォレストボアを同じように狩れるなら牙はさらに増える。角製留め具の在庫も残っているし、グレイウルフの皮は加工済みの革へ変えられるようになった。牙や爪についても用途そのものは分かっている。
《アイテムボックス》があるため保管場所には困らないが、だからといって売れない物を際限なく増やせばいいわけではなかった。
ギルドを出て宿へ戻る頃には、今の問題がかなりはっきりしていた。以前は売れる物を作れるかどうかを考え、その次は素材を安全に仕入れられるかどうかを考えた。今は、その両方が少しずつできるようになっている。
だからこそ、別のところが追いつかなくなり始めた。
「……仕入れられる量に、売れる量が追いついてないな」
◇
宿へ戻って夕食を済ませると、コウイチは今日手に入れた素材と《アイテムボックス》の在庫を確認した。
フォレストボアの牙は4本。すべて櫛にすれば最大12本になるが、前に取引した雑貨商が一度に扱える量を考えれば、今すぐ全部を加工する意味はない。
だからといって、そのままMPを余らせて寝るのも惜しい。今のMPは47あり、一晩眠れば使った分はまた回復する。
「……同じ物ばかり作らなきゃいいか」
売れる量に限界があるなら、在庫を1種類に偏らせなければいい。
コウイチはフォレストボアの牙を1本取り出した。すでに売れた実績があるB品質の櫛なら、まったく需要がないわけではない。牙1本から最大3本作れるため、今回は3本だけ作っておくことにする。
【素材補助生成】
対象:牙製の櫛
理解度:88%
使用素材:フォレストボアの牙
最大生成数:3
【投入MP:1】
生成予測品質:C
【投入MP:2】
生成予測品質:B
B品質を3本。
合計MP6。
淡い光が牙を包み、順番に3本の櫛へ形を変えていく。MPは47から41になった。
残り3本の牙は、そのまま《アイテムボックス》へ戻す。売れそうだからといって、全部を同じ商品へ変えるつもりはなかった。
次に取り出したのは、これまで残しておいたホーンラビットの角だった。
角製留め具はすでに何度か売れている。櫛より単価は低いが、その分買う客の幅は広く、少量ずつなら動くことも分かっている。
今回はC品質で6個。
MPは41から35へ減った。
作り終えた留め具を収納すると、今度は小型ナイフを思い浮かべる。
素材なしでもB品質なら1本MP2で生成できる。売れるかどうかはまだ分からないが、ナイフは戦闘だけでなく、解体や紐を切るような日常の作業にも使える。自分の予備として持っていても困らないため、完全に無駄になる可能性は低かった。
4本生成する。
MPは35から27へ減った。
すでに持っている自分用のナイフと合わせればかなりの本数になるが、《アイテムボックス》へ入れておけば邪魔にはならない。必要なら自分で使い、売れる場所が見つかれば商品に回せばいい。
最後に、今日手に入れたグレイウルフの皮を取り出す。
【素材補助生成】
対象:加工済みグレイウルフ革
理解度:87%
使用素材:グレイウルフの皮
【投入MP:1】
生成予測品質:C
【投入MP:2】
生成予測品質:B
防具にする予定があるわけではないため、C品質で十分だった。MP1を使って加工済みの革へ変え、こちらも《アイテムボックス》へ収納する。
MPは26。
まだかなり残っている。
コウイチはもう一度、手持ちの素材と在庫を確認した。櫛は3本増え、角製留め具も増えた。B品質の小型ナイフも揃い、加工済みの革も少しずつ貯まっている。
もう少し何か作ることはできるが、ここから先は同じ物を増やすだけになる。売れる見込みがないのに大量に作れば、それはMPを余らせるのとは別の意味で無駄だった。
「……今日はこのくらいでいいな」
使い切ることが目的ではない。明日になれば回復する力なら、価値へ変えられる分は変えておきたいが、作る理由が薄くなったところから先まで数字を減らす必要はない。
コウイチは生成した品をすべて《アイテムボックス》へ収納した。
森へ行って素材を仕入れ、《生成》で価値を上げるところまでは、自分1人でもできる。だが、その商品を毎回何軒もの店へ持ち込み、少しずつ売って回るとなれば、それだけでかなりの時間を使うことになる。
今までは売る量が少なかったから、それでもよかった。これから仕入れられる量が増えるなら、話は変わる。
「……売る方も考えないとな」
フォレストボアを安全に狩れるかという今日の目的には、完全ではないにしても答えが出た。仕入れは以前より安全になり、作れる物も少しずつ増えている。
その結果、今度は別の問題が大きくなった。
作ることでも、仕入れることでもない。
作った物を、どうやって売るか。
コウイチは《アイテムボックス》の中に増えた櫛、留め具、ナイフ、加工革、それにまだ手をつけていない素材を思い浮かべた。
次に必要なのは――売り先だった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
物語の感想や印象に残った場面など、ひと言でもいただけると今後の執筆の励みになります。




