善か悪か
ホイスルーランドの僻地、ボロ布で作られた家が立ち並ぶ路地裏。
道には生ごみや汚れた布などが捨てられており、鼻をつんざく異臭を放っている。
また、そこら中に紐で掛けられており、服が乱雑に干されていた。
プライバシーの概念は、無い。
ホイルスルーランドは表向きはパレードなどを行う、エンタメが活発な街だが、街の端にいけば貧困に喘いでいる人たちが暮すスラム街になっていた。
ボロボロに擦り切れた服を着た人たちが道の端に座り込んでおり、皆栄養が足りていないのか、骨と皮だけであった。
視界は定まらず、濁っている。こけた頬が痛々しい。
「ぱ、ぱん……」
「みず、みず……」
という声が、何処からともなく聞こえて来ていた。
推定4歳くらいのボサボサの髪の子供が、両手を皿にして、虫が浮いている水たまりの水を飲もうとした。
そこに、声が掛けられる。
「水なら、これを飲むといいよ。はい」
皮で作られた水筒を差し出すのは──勇者・ユウマだ。
子供の目の色が変わる。この地域では精製水を飲むことなど夢のまた夢だ。
どこからそんな力が湧いてきたのか、子供はユウマから水筒をひったくると、水をがぶ飲みした。
「パンもあるよ。どうぞ」
シンプルな何もついていないコッペパンを、ユウマは子供に差し出す。
子供はそれもひったくるように取ると、むしゃむしゃと屑を落としながら食べ始めた。
すると、その様子を物陰やボロ屋の中から見ていた子供たちが、一斉にユウマの元に集まった。
「ぱん、ぱん」
「みず、みず」
皆、手を伸ばしてユウマから水とパンを取ろうとする。
行儀がいいとは言えないが、生きる為に必死なのだ。他人を慮っている余裕などありはしない。
揉みくちゃになったユウマは、何個かパンと水を渡した(盗られた)後、申し訳なさそうに叫んだ。
「パンも水ももうないんだ。ごめん!」
しかし、子供たちのぱん・みずコールは止まない。
結局ユウマは持っている物を全てはぎ取られ、地面に伏した状態になってしまった。
子供たちはユウマの事を一度も見ずに、四方八方に散っていった。
嵐のような一幕だ。
その様子を遠くのボロ屋の陰から見ていたマオは、そばに立っているザビトに向かって話しかけた。
「勇者さん、優しい人だね」
「……そうか?」
ザビトは腕組をしながら、ニヒルに鼻を鳴らした。ザビトには今の光景が、到底優しい物には見えなかったのだ。
「あれはただの“偽善”だろ。本当に子供たちの為を思うなら、その日腹を満たすパンや水をあげるんじゃなく、もっと楽に稼げる方法を教えた方が、生き延びる可能性は高くなると思うがな」
「簡単に稼げる方法?」
ザビトはポッケから財布を盗む動作をした。それを見て、マオはショックを受けたような顔をする。
「何だ、俺の事清廉潔白な神父様とでも思っていたのか? 残念だったな、身も心も俺はストリートだよ」
「……でもザビトはあったかい人の匂いがするよ?」
その言葉にザビトは鼻で笑った。汚いことをして生きてきた自分が、『あったかい』などありはしない。それは“姉さん”みたいな人の事をいうのだと、良くザビトは知っていた。
「俺にもう体温はないはずだけどな?」
「もう、そうやってすぐはぐらかすんだから」
マオはもう一度目に焼き付けるように地面で寝そべっているユウマを見ると、ぽそっと呟いた。
「……人間の世界ってめんどくさいね」
マオの率直な意見に、ザビトは何も言わなかった。
ザビトはユウマを視界に捉えると、ニヒルな笑顔を浮かべた。
勇者には一つ、噂があった。それは戦う時に一瞬、『紅眼』になるという噂だ。
もしかしたら、姉さんの敵かもしれない。
ザビトは短剣に手をかけ、殺気を込める。
瞬間、ユウマが剣に手をかけ、辺りを見渡し始める。
──もしも勇者が姉さんを殺した犯人だった時は、その時は──
世界を救う勇者様だろうが、皆から愛されている勇者様だろうが関係ない。
自分の犯した罪を、自分の命をもって償ってもらうだけだ。
ザビトはユウマから見えない様に隠れると、殺気を収めた。
「さて、偽物勇者様退治といきますかね」
ザビトの発言に、マオは首を傾げた。さらりとブロンドの髪が揺れる。
「あの勇者に話しかけるの? 『お前本当は魔王倒してないだろ~』って?」
「いや、それじゃあ白を切られて終わりだ。もっと大々的に、誰もが『こいつは嘘を言っている』って納得する形で暴くんだ。そっちの方が“面白い“だろ?」
「……本当、ザビトって“面白い”ね? 何がそこまで君に“嘘”を吐かせるのかな?」
一瞬見えた、マオの底光りするような昏い瞳。しかしそれはザビトが認識する前に消えてしまった。




