綺麗なバラには棘がある。なら、可愛いバラには?
次にザビトが目覚めたのは、街の時計塔の中だった。
カビた匂いに、ほこりのかぶった戸棚。四隅に砂の溜まった石造りの螺旋階段。
壁を触れば、じゃりっと砂の嫌な感触がした。ところどころ緑色の苔も生えている。
扉からは傾いた月明かりが差し込んでおり、数刻ザビトは寝込んでいたことが分かった。
なぜ自分は生きているのか、光線に確かに心臓を穿たれたはずなのに。
疑問に答えるように、小鳥のような声が聞こえてきた。
「よかった、起きたぁ!」
ザビトのそばでは、マオが安心したような顔で座っていた。
額には汗が浮かんでいる。ここまでザビトを運ぶのに、相当な体力か魔法を使ったのだろう。息も絶え絶えだ。
髪も少し乱れていたが、やっぱり天使のように綺麗だった。見惚れそうになる己を叱責する。今は現を抜かしている場合ではない。
(……)
ザビトは再度自分の胸部分を触った。しかしそこには光線に穿たれた後はなく、服も元通りになっていた。
「お前が治してくれたのか? “魔王様”?」
ザビトの問いに、少女は肩をビクッと震わすと、工具類が置かれている棚の物陰に素早く隠れてしまった。そしてまた震えている。
完全に姿が隠れておらず、背中がまるっきり見える状況になっている。
少女は上目がちに、ザビトを見る。
「な、何で魔王って分かって……?」
「今のはカマかけだ」
「!」
「なるほど、魔王様が何で人間界の街にいるのか不思議だが、これだけの魔法使われたら信じるしかないわな。魔王様よ、いや、今はマオって呼ばれてるんだっけか? 治してくれてありがとよ」
ザビトのお礼にマオは首をおもいっきり横に振る。
なんで首を振るのかザビトには分からない。もしかして対価でも要求されるのだろうか? ストリートでは、対価無しの優しさなど存在していなかった。
警戒を強めたザビトをよそに、少女はその小鳥のさえずりのような声で話始める。
「……お礼を、言われるようなことはしてません。だって貴方は私がいないと死にますから」
「どういうことだ?」
「えと、えと」
マオはザビトの顔を見ないで告げる。若干、いや相当言いずらそうだ。
「心臓は再生できませんでした。なので、肉体時間を停止して、死を一時的に止めている状態になっています」
「……そりゃまた、とんでもない魔法だな」
ザビトは自分の心臓に手を当てた。ドクドクと脈動しているはずのそこは、いまは鳴りを潜めていた。冷たい肉塊になった気分だ。
どうやらマオの言っていることは本当のようだ。ザビトはマオの言葉は真実であると飲み込んだ。
マオに聞きたいことは山ほどあった。けれど今重要なのはマオとザビトが“屋敷の外に出ている”ということであった。
つまり、追っ手が来るだろう。バロンドルフがこのまま諦めるとは思えない。
ザビトは近くにあった工具棚からペンチなどを取り出すと、服に忍ばせた。何か使えるかもしれない。一応、いつでも取り出せるようにしておいた。
そして、マオに問いかける。
「俺と付いてくるか、屋敷に戻るか、どうする? もし俺に付いてくるならそうだな、お前が人間界で死なない様に守ってやるよ。その代わり俺の心臓になれ」
「ご、傲慢過ぎないかな!?」
「後、お前には姉さんを殺した犯人を見つける手伝いをしてもらう。心臓になるより安いもんだろ?」
「条件増えてる!?」
ザビトの傲慢さに、思わずマオはツッコむ。
「さあ、迷ってる時間は無いぜ? 魔王様?」
ザビトはそう呟くと、時計塔の螺旋階段を上り始めた。砂利の擦る音が足元から伝わる懐かしい雰囲気にザビトはこのままここで暮してもいいかな、なんて馬鹿なことを考えていた。
小奇麗なところよりも、薄暗いところの方が落ち着く。これはストリートの者の習性かもしれない。
ザビトが螺旋階段を上がったタイミングと同じくして、緊急の街内放送が入った。
『琥珀色の瞳の青年が、少女を誘拐中! 少女を誘拐中! グレードは6! 全世界指名手配である! 手の空いている者は応援されたし! 繰り返す!』
「うえ!? み、見つかっちゃう!」
慌てるマオをあざ笑うかのように、遠くからは追っ手の喧噪が聞こえていた。
ここが見つかるのも、時間の問題だろう。
マオは扉とザビトを交互に見やって、屋敷に戻るかザビトについて行くか悩んでいるようだった。
屋敷に戻れば、追われる生活にはならない。衣食住にも困らないだろう。
ザビトについて行くメリットは、正直無い。とザビトは冷静に考えた。
見ず知らずの人と逃亡生活をし、挙句の果てには心臓の代わりとして魔法を維持しつづけなければならない。
ザビトにメリットのある話ばかりである。ザビトはマオが付いてこなくても、そのまま諦める気だった。
彼女の選択を、そのままシスター(依頼主)に伝えるだけだ。
しかし、マオは最終的にザビトの手を恐る恐る取った。
ザビトは驚いた。メリットなんか何もないのに。返せるものも、持っていないのに。この先は逃亡という、茨の道なのに。
マオは呟いた。
「命果てるまで、私を守りなさい。これは“契約”よ」
──その瞬間、ザビトは悪魔のように嗤った。その顔は魔王のマオも身震いするほどのものであった。
「契約成立だな、魔王様?」
マオは自分の選択をすぐさま後悔したのだった。




