出会いに意味があるならば、それは……
部屋は天蓋付きベッドと、アンティークな机と椅子、それに引き出しがあるだけのシンプルな部屋だった。
明かりはついていない。
月明かりだけが差し込む中、カーテンの一部が異様な膨らみを伴っていた。
「?」
ザビトが不思議に思っていると感じ取ったのか、バロンドルフ公爵が答えた。
「あのカーテンに隠れているのが、この前買った奴隷の『マオ』だ。極度の人見知りでな、人が来るとすぐに隠れてしまうんだ」
ザビトはカーテンに近づいていく。
足音が聞こえたのか、カーテンがぶるぶると震えて怯えているようだった。
(これが本当に姉さんを殺した紅眼か?)
半信半疑でザビトは丸くなっているカーテンを開いた。
そこに座り込んで頭を抱えている少女──マオを見た瞬間、ザビトは言葉という言葉を失った。
さらりと流れる、女神さまも羨むようなブロンドの髪。一度見たら離せない、血を集めたような瞳。そして桜色の唇。
全てが完璧であった。神様がいるのならば、きっと彼女を最高傑作として作り出したのではないかと思う程、浮世離れしていた。
「……ッ」
ザビトはハッと我に返ると、マオに話しかけようとした。
だが──
「来ないでええええ!」
マオが叫んだと同時に、ザビトの意識が一瞬途切れる。
次に意識が戻った時には、カーテンの裏に少女はいなかった。
急いでザビトが辺りを見回すと、今度は布団が山のようにこんもりとなっていた。
ザビトは無言で、布団をはぎ取ろうとする。するとまた意識が途切れ、戻った瞬間にはマオは別の場所に移動していた。
(……)
ザビトはポケットの懐中時計で時間を見ると、再びマオに近づいた。そして意識が途切れた後、もう一度ポケットの時間を見た。
(……時計と体内時計の時間差が、10秒ある?)
これはおかしい。ザビトはマオに興味がわいた。
魔法を使っているのは確実だろう。しかし、認識疎外の魔法ならまだしも、時間停止の魔法など聞いたことがない。
使えるとすれば、おそらくそれは──
ザビトは再びカーテンの後ろに隠れ、震えているマオに向かって、今度はカーテンを捲らずに話しかけた。
「怖がらせて済まない。私は君と話がしたいんだ」
「……っ」
「なぁ、一度でいいから“私”を信じてくれないか?」
優しい音色。しかし、少女の震えは止まらない。
よほど人間に恐怖があるのか、昔嫌なことがあったかのどちらかだろう。
なおもザビトは続けた。
「怖いのならば、そのまま聞いてくれ。もしも君にここを出たいという意思があるのなら──」
ザビトは窓に一目散に走ると、ナイフの切っ先で窓を割った。
パリンという、軽快な音が響き渡る。
割れたガラス片に、少女の紅眼が一瞬だけ映った。
その瞳はやはり殺人鬼には見えず、浮世離れした美しさがあるだけだった。
(綺麗だな)
そんなことを思っている暇はないのに、ザビトはその瞳に囚われそうになっていた。
窓が割られたと同時に、バロンドルフ公爵が目を見開く。
「んな!?」
本当にザビトが王立警備隊特殊科の人間であると思っていたようだ。突然の出来事に対処出来ていない。
キラキラとガラスの破片が飛び散る中、ザビトは外へダイブした。
破片が目に入らない様に、手を目の前でクロスした後、人を抱えるようなポーズをした。
ダイブする直前に、少女に向けて叫ぶ。
「俺の腕の中に飛び込んで来い!」
瞬間、意識が途切れる。戻った時には、腕の中にはマオがしがみついていた。
勇気を出して、来てくれたようだ。
まだプルプルと震えているが、必死にザビトを掴んでいる。
ザビトはマオを抱きしめると、話しかけた。
「……お前、魔族だろ? しかも相当強い」
「ッ!」
「少しで良い、浮遊魔法を俺にかけてくれ」
「わわわわ、浮遊魔法!? えと、えと」
マオは目を瞑ると魔法をかけた。詠唱はなかった、それだけで高位の魔族であることが伺える。
魔法をかけられた途端に、ザビトの身体が重くなった。
「え」
ザビトが驚いた瞬間、ドシーンという物凄い音を立てて、ザビトは地面にぶつかった。
一瞬、何が起きたのか分からなかった。骨がミシリと嫌な音を立てて、悲鳴を上げていた。
体が鉛のように重くなったことを確認すると、これは少女の魔法であると判断した。
「……お前、何してくれてんだ。早く元に戻せ」
思わずガンを飛ばすザビトに、マオは目をぐるぐると回しながら、叫ぶ。
「ご、ごごごごめんなさぁいいいい!」
そして再度魔法をかけた。
──気づくとザビトは、窓を飛び降りる直前に戻っていた。
時間が巻き戻ったのだ。
腕の中には、マオはいない。ガラスが割れ開放的になった窓から、風だけが吹き込んでくる。
湿っぽい木の匂いが、やけに鼻についた。
「貴様、何してんだ!」
扉の先からバロンドルフ公爵が、詠唱をして光の線を放った。
しかしザビトの眼にはもう、マオしか映っていなかった。
どうして時間魔法を使えるか。どうしてそんな魔法が使えるのに捕まっているのか。どうして人を怖がっているのか。
どうして。どうして。疑問は尽きない。
ただ一言、ザビトの口から洩れた疑問は、
「お前、何者だ……?」
だった。
その答えを聞く前に、ザビトの胸をバロンドルフ公爵が放った光線が貫いた。




