すべては必然に動き出す
街を出る、数刻前──
フォルカナで何でも屋を営むザビトの元には、色んな依頼が舞い込んでくる。
『ゴブリンの心臓を集めて欲しい』
『隣町まで荷物を運ぶ際の、護衛をしてほしい』
『行列の出来る回復薬を、代わりに買ってきてほしい』
などなど、今日も今日とてザビトの元には依頼が来るのだが、依頼の中にはもちろん危険を伴うものもあるわけで──
「『知り合いの紅眼の少女を取り返してほしい』、ねぇ~……」
懇意にしている孤児院から入った依頼は、まさにその代表格のようなものであった。
幸薄そうなシスターが直々にザビトの下宿している宿までやって来て、依頼内容の書かれた書類をザビトに手渡したことから話は始まる。
何でも、シスターと孤児院の子供たちが広場で遊んでいる間に、孤児院に遊びに来ていた少女が奴隷商に連れ去られたらしい。
そしてそのまま街の貴族に売られた、と。
貴族は『お金を払ったら少女は戻してやる』と言っているらしいが、街外れの辺鄙な孤児院では、到底払える金額ではなかったようだ。
もしお金を払っても、金額を吊り上げられるのがオチだ。悪徳貴族に常識は通じない。
ザビトはシスターから話を貰ったその日の夜に、貴族の屋敷に向かった。
屋敷のそばにある、一般的な時計塔と同じくらいの高さがある木に登り、敷地内を見下ろす。
手入れされた庭木に、キラキラと月夜に反射する精巧な噴水。
松明が何か所か灯されており、剣を持った大柄の男たちが、屋敷を囲むように見張りをしていた。
見張りの数はざっと十数人は超えていた。流石貴族様だ。
木の上から索敵をしていたザビトはこれは近づけない、と即座に判断した。
(夜に紛れて少女に近づくのは無理、となると……)
残るは正面突破。
しかしザビトには“武力”がない。魔法が蔓延るこの世界で、ザビトは基礎魔法さえ使えないのだ。
あるのは手製の爆薬や、毒を塗った針などの投擲類。煙幕。後は回復薬が少々。
他にも細々としたものはあるが、どれも“武器”として複数を相手にすることはできない。
取り敢えず態勢を整えよう、そこから作戦を考えようとしたところで、見張りをしている男二人から、聞き捨てならない情報を入手した。
「おい、主が奴隷商から買った女の子、今日が“バラす日”らしいぜ」
「もうかよ!? よっぽど主は気に入ったんだな」
「ちぇ、バラす前にちょっとだけ貸してくれたらいいのによぉ」
「ばっかおめえ、今の主に聞かれてたらたまったものじゃないぞ!」
「やべ、聞かなかったことにしてくれ」
──悠長に作戦を考えている暇は、残されていなさそうだ。
ザビトは急いで木から降りると、髪をワックスでオールバックにし、噂話をしていた男たちに近づいた。
「誰だお前!!」
「顔を見せろ!!」
男二人の顔が、松明で灯される。
一人は布を頭に巻き、無精ひげを生やしていた。
もう一人は長い髪をポニーテールにして、歴戦の猛者のような威厳を漂わせていた。
二人はどうやら荒事に手慣れているようだ。剣を真っすぐにザビトに向けている。
ザビトは両手を上げて敵意が無いことを知らせると、人好きのする微笑を浮かべたまま男たちに話しかけた。
「私は王立警備隊特殊科の者です。奴隷の契約手続きに不備があったため、確認に参りました」
男たちは顔を見合わせると、ザビトに剣を向けたまま答えた。
「特殊科って何だ? そんなものあったか?」
「こんな夜遅くに確認? 通信魔法で明日連絡したらいいだろう?」
口々に出てくる疑問に、ザビトは微笑したまま手帳を見せた。
そこには顔写真と、王立警備隊特殊科の所属であることが書かれていた。
もちろん、これは偽造手帳である。王立警備隊に特殊科などない。
「特殊科は貴族様関連や公に出来ない案件を請け負う機関です。今のままでは貴殿の主が捕まってしまう為、早急に参った次第です」
「捕まるだと……?」
不穏な言葉に反応した男たちは、訝みつつ、屋敷の主を呼びに行った。
数刻もしない内に、屋敷の主──バロンドルフ公爵が庭にやって来た。
身なりの良いダークグレーのタキシードを着ており、指にダイヤがいくつも煌めいている。
バロンドルフ公爵はザビトの前に来ると、葉巻の煙を吐いた。
(こいつが主か……)
「お初にお目にかかります、王立警備隊特殊科のアーサーと申します。夜分遅くに突然訪問したご無礼をお許しください」
ザビトが手を差し出すが、バロンドルフ公爵は無視した。
葉巻から煙を燻らせながら、ザビトを上から下までじろりと見定めている。
流石の危機感だ。ザビトは心の中で舌打ちした。
「王立警備隊って言ったが、お前は街で何でも屋をしているザビトって奴じゃないか? 噂はよく聞いているぞ」
その言葉に、ザビトは眉毛をピクッと動かした。
「何でもウソツキのクズ野郎だが、依頼達成率は100%の凄腕って話だ。餌食になった貴族や有力連中は数知れないとか」
「ふふ、何か私に探られて嫌なことがあるので?」
「……お前何しに来やがった」
敵意を露わにしたバロンドルフ公爵に、そばに控えていた男たちが一斉に剣を引き抜き、ザビトに向ける。
剣の切っ先が頬に触れそうになりながら、ザビトはなおも微笑を止めなかった。
その場で恭しく頭を下げると、バロンドルフ公爵に告げた。
「私の本業は“こちら”です。何でも屋ザビトは仮の姿ですよ、伯爵」
「……そんな言葉信じるとでも? 冷やかしなら今すぐ帰れ」
「ナンバー:2021」
ザビトがぼそっと呟いた言葉に、バロンドルフ公爵は一瞬目を開けた。
「何を言っているんだ?」
「機密文書トートリック。改ざんに貴方は関わっていますね?」
「何のことだ? 言いがかりはやめてくれ」
さすが悪徳貴族。揺するのにはビクともしない。
ならば──
ザビトは笑顔で大嘘を吐いた。
「貴方が“バラした”子の中に、王様の隠し子がいたことはご存じで?」
「……何?」
「その様子だとご存じなかったようですね。貴方の知らないことも私は知っている。それは王立警備隊特殊科だからです」
「……特殊科……」
「新しく入手した奴隷の元に案内していただけますね、公爵?」
「……チッ」
バロンドルフ公爵は苛立たし気に舌打ちをすると、玄関へと歩き始めた。
そのあとをザビトは涼しげな顔でついて行く。
エントランスに入ると、豪勢なシャンデリアがザビトを出迎えた。
真正面に中央階段があり、まっすぐ伸びた階段が二階手前の踊り場を経てT字に分かれており、赤ベースに金の刺繍がされたカーペットが敷かれていた。
階段下の左右には白と黒を基調としたメイド服を着たメイドたちが、キッチリしたお辞儀で並んでおり、皆端正な顔立ちをしていた。
バロンドルフ公爵は迷いなく二階に上がると、廊下の奥へと進んで行った。
突き当りの扉の前まで来ると、バロンドルフ公爵は言った。
「見るのは構わないが、触れることは許さない。仕事が終わったらさっさと帰ってくれ。あと子供のことだが──」
「あぁ、もちろん口外しませんよ、安心してください」
ちなみにナンバー:2021と言う言葉が何を意味しているのかは、ザビトは知らない。
普段の情報収集の中でたまたま引っ掛かった言葉だったのだ。
ようは、ハッタリである。
(戦いは始まる前に終わってるものよん)
ザビトは心の中で昏く嗤った。
そうこうしている内に、扉がゆっくりと開かれた。




