番外編1 ただザビトとマオがイチャイチャする(したかった)だけの話3
ザビトとマオの前に、白い丸テーブルが突如出現した。
どこにでも売ってあるシンプルなテーブルだ。変わったところと言えば、テーブルの上に小瓶が置かれていることくらいだろうか。
──小瓶?
目を細めるザビト。
小瓶には、ピンク色の液体が入っていた。
マオが小瓶を手に取って、ラベルの文字を読み上げる。
「『ラブポーション』……?」
特に効能などは書かれていないようだ。
ザビトはやけに静かなテキストの様子に、頭の中で警報が鳴り出した。
──これは、アブナイ。
どんな作用があるのか。副作用は何なのか。適正容量はどのくらいなのか。そもそも飲むようなのか、人に向けて作られたものなのか、全てが分からない。
あえてテキストは情報を隠しているのだと、ザビトは苦々しい気持ちになった。
(……しくったな)
相手が見えない状況で、煽るべきでは無かった。しかし反省している場合ではな
い。ここから出る方法を考えなくてはいけない。
「マオ、一旦状況をせいり──」
「ん?」
横を見れば、すでに瓶の中身を飲み干していたマオがいた。
ザビトは目を見開くと、素早くマオの頭を両手で挟んだ。そして端的に告ぐ。
「吐け」
「え? え?」
「今飲んだもの、全て吐き出せ」
マオの頭をシェイクしようとするザビトだったが、一歩遅かった。
甘い香りが辺り一面に漂い、マオの目がトロンと落とされていた。
──ヤバイッ!
危機を察知したザビトはポーチの中にある解毒薬をマオに飲ませようとしたが、その手をマオによって止められてしまう。
そして──
「……ザビト?」
脳の奥まで痺れるような甘い囁きが、ザビトを捉えた。
潤んだ瞳に、桜色の唇が少し湿っぽく濡れていて。ブロンドの髪がさらりとマオの頬にかかっている。
それがいつもよりやけに色っぽく見えて、視線の在りかに迷って。
そんなザビトを捕まえるように、マオがゆっくりとザビトに手を伸ばした。
触れられた頬が、熱を帯びたように熱くて。自分にはもうどうすることも出来なくて。
ザビトは自分の気持ちが分からないまま、硬直してしまった。
そのまま二人の距離はゼロ距離になっていき、そして──
「……お腹空いたぁ~!」
「だよな、分かってた」
「ザビトぉ~お腹すいたよーう!」
胸の中に飛び込んできたマオを受け止めながら、ザビトは大きく息を吐いた。
──今のは危なかった。……危なかった? 俺は一体何を考えていたんだ?
ぐずるマオを宥めながら、ザビトは引っ掛かりを覚えていた。
それを上書きするようにテキストが動き始める。
『なんで薬が効かないんだ! イチャイチャするはずだったのに!』
「悪いな、ウチのお姫様は薬が効かない特異体質なんだ」
「いえーい! 特異体質のお姫様でーす!」
指でブイを作るマオを、ザビトは諦めたような顔で見ていた。
『くそう、こうなった奥の手を──』
「で、マオよ。魔力探知は出来たか?」
「バッチリだよ~。良い“暇つぶし”になったね」
『え?』
ザビトとマオは同時に閻魔様も逃げ出すあくどい笑みを浮かべると、後ろに振り返って『何もいない空間』、いや、何かを凝視して話始めた。
「これだけの大規模魔法となりゃ、制約は色々あるわな~? 例えば『しゃべることが出来ない』とか、『複数人で発動しないといけないとか』」
「『魔力量によって時間に制限がある』とか~、『自分の想像できる現象しか起こせない』とか~、『魔法の発動中は無防備になる』とか~」
『『術者は作った空間内にいないといけない』とか』
『……』
何もないはずの空間が、蜃気楼のようにうねる。
それは複数人おり、慌てているのか皆逃げ出そうとしていた。
しかしザビトは指パッチンすると、“先程マオに吹っ飛ばされた時に仕掛けた魔法道具の落とし穴”を起動させた。
そこに面白いように“揺れた空間“が落ちていく。何とか落とし穴に落ちなかったものは、マオが「えいやー」と投げたペイント弾が次々と当たり、隠れ場所を失っていた。
マオはペイント弾を当てた人たちに、そしてザビトは落とし穴に落ちた人たちに向かって、ニッコリ微笑むと、悪魔の宣告をした。
「随分俺達を好き勝手してくれたじゃねえの。今度は俺からのプレゼントなんてどうだ? 大丈夫、心底“可愛がって”やるよ」
震えあがる術者たち。すぐに術者たちは空間魔法を解こうとしたがそれよりも先にザビトが動き、術者たちはザビトとマオの“オモチャ”にされたのだった。
術者たちを土下座させ、空間魔法を解いてもらった後。宿屋へと帰る途中のこと。
ザビトは隣でご機嫌なマオを横目に見ながら、術者たちからお詫びとして貰った(カツアゲした)今晩のおかずのことを考えていた。
(豚のチャーシューを貰ったから、合うお酒が欲しいところだな。つまみ料理も作るか)
マオは酒豪なので、今日は呑みの日だと言えば喜んでその場で回り出すだろう。
意識が遠のいていたので、ザビトはマオの変化に気づくことが出来なかった。
トボトボと道を歩いている時だった。
マオは突如ザビトの前に躍り出ると、首を傾げた。
「ザビトって私の顔が良いって思ってたんだ?」
「ん?」
「そんなこと考えてたんだ?」
返答に迷ってしまう。しかし本心など、話す気はないし自分でもよく分かっていない。
ただ、普通に顔が良いと思っているだけだ。
ザビトは興味なさげを装いつつ、マオに返答した。
「まぁ、顔が良いわな」
「ふーん? じゃあさ、ザビト」
夕日が、オレンジ色に煌めいていた。
逆光の中、マオは聖母のように綺麗な微笑みを見せた。
「私たち付き合えるかもね?」
「…………は?」
一瞬何を言われたか分からず、固まってしまうザビト。
しかしその様子を見て、マオは悪戯が成功した子供のように、ザビトをつっついた。
「あれ~? もしかして本気だと思った? 照れちゃった? 照れちゃった?」
「……うぜぇ~」
「あはは! ザビトってば可愛い~!」
マオを無視して、歩いて行くザビト。マオが後ろから軽快なステップでついてくる。
今日のつまみはきっと、マオの大好物が出ることだろう。
そのことを、マオはまだ知らない。




