黄金の魔法陣
「な!?」
目を見開いているユウマと、マオの気持ちは多分同じだっただろう。
ザビトは洗脳魔法をかけられたはずだ。なのにザビトは平然としていた。
マオはザビトを見上げる。ザビトの瞳は、いつの間にか紅色から黄金に変わっていた。
「ザビト、また騙したね?」
マオのジト目に、ザビトは両手を広げる。
悪びれる様子は全くない。むしろ楽しんでいるようにさえ見える。
「騙したとは人聞きの悪い。ただの“イタズラ”だよ」
「ほんとにもう。だからオモシロイんだけど」
「そりゃどーも」
仲睦まじい二人の姿に、ユウマは唇を震わせた。
剣先をザビトに向けるが、動揺を隠しきれていないのか照準が合っていない。
「馬鹿な、君は洗脳されたはずじゃ……!?」
「おう、ちゃんと洗脳はかけられたぞ。でも──」
ザビトはニヤリと嗤った。
「どうやって心臓止まった人間を洗脳するんだ?」
「んな!?」
ユウマは聞こえた言葉が信じられないのか、目を何回も瞬かせていた。
「心臓が止まっているだ
って!? そんなの、動けるはずがないだろう!」
「それが出来ちゃうんだな。魔王パワーで」
嘘は言っていない。その魔王パワーを使っているのは本当はザビトではなく、マオなのだが。
ザビトの隣でマオは腕を組みつつ、どや顔をした。もちろんどや顔の意味はユウマには伝わっていないが、まあいいだろう。
ザビトはマオの送ったプレゼント(心臓)を、最高の形で使っている。
マオは微笑んだ。
次にどんな風に驚かせてくれるのか、楽しみで仕方がない。
ユウマはザビトを睨みつけると、剣に魔力を込めだした。
血のように赤黒く発色した剣は、元の神聖さを失い悪に身を染めたように見えた。
「……洗脳が効かなかったのならば、今ここで君を倒すまでだよ」
「それは出来ねえな。だってお前弱ぇもん」
「ッ!」
肌を焼き付ける殺気がユウマから流れ込んでくる。
雨はいつの間にか止んでいた。空に太陽が顔を覗かせ始め、葉っぱに付いた雨粒や地面の水たまりがキラキラと光っていた。
ユウマは地面に足をめり込ませ、一歩でザビトの前に飛び上がった。
目にも止まらぬ速さで、剣がザビトに振り下ろされる。
しかしマオはザビトを助けようとしなかった。いや、“助ける必要が無かった”。
『偽物の勇者め! 俺達を騙してたんだな!』
どこからともなく聞こえてきた声に、ユウマは動きを止めた。
そして、死人のように顔を青ざめさせ、手から剣を零れ落とした。
声は、ザビトの手元のカードが映すホログラムから聞こえてきていた。
『信じてたのに! 魔王は生きてたんだ!』
『女の子をなぜ勇者が殺そうとするんだ! 守る側だろう!』
『ずっと俺らは騙されてたんだ。あのニセ勇者、いやペテン師に!』
『俺らの献上金を返せ!』
ホログラムには、どこかの街の暴動が映っていた。
皆、斧や槍などの武器を持ち、勇者ユウマに対する抗議をしている。今まで勇者万歳と祭っていたのが嘘のようだ。
目の前の映像が信じられないのか、勇者の仮面が剝がれたことを受け入れないのか、ユウマは首を振った。
「嘘だ、嘘だ! こんな偽物の映像、信じない!」
「嘘じゃねえんだな、これが」
ザビトは手元にあるカードで、映像を切り替えた。
それはまた違う街だった。今度は勇者の銅像が民衆に壊され、粉々にされている。
また別の街では、薪をもった民衆が列をなし、城に突入しようとしていた。
その城は勇者と故意にしていることで知られている、民衆からも慕われているはずだった城だった。
「お前の『真実』は、バッチリきっちり全世界放送済みよん」
ザビトは手に持っているカードをぴらぴらとさせた。それはザビトがケロリから貰ったという、通信機だった。
まさか全世界の通信魔法をジャック出来る優れものだとは、マオは知らなかった。
つまり、ユウマの嘘は全世界に白日の下にさらされたということだ。
ようやく状況を理解したのか、ユウマは首を何度も振った。
「あ、あああ。僕は勇者だ。勇者なんだ」
「吠えてろよ、負け犬」
「うあああああああ!」
ユウマの激高とともに、辺りに突風が起こる。
木々は根元から引き抜かれ、倉庫は音を立てて今にも飛び散らんとしていた。
明らかに異常事態だ。
「僕は勇者だ……僕は勇者だ……」
ぶつぶつと一人ごとを言うユウマの周りに、赤黒い模様が浮かび上がる。
「おいおい、こんな街に近い場所で神聖魔法ぶっぱなす気じゃねえだろうな? 街ごと吹き飛ぶぞ?」
ザビトは突風の中、冷めた目でユウマを見た。
しかしユウマにもう声は届かない。赤黒い魔法陣はどんどん複雑な模様を描き、上空へと浮かび上がっていった。
巨大な魔法陣は円を膨らませていき、マオやザビトの上空だけでなく国さえも覆うようなデカさになった。
──こんなもの発動したら、天災どころではすなまい。厄災だ。
マオは冷静に魔法陣を分析した。これに対抗できるような魔法を打てる人間は、そうそういないだろう。
伊達に勇者と言われていたわけではない。力は本物だ。
マオが魔法陣を見上げていると、ザビトが特に取り乱した様子もなく、マオに聞いてきた。
「マオ、あの魔法陣どう思う?」
「うーん、さすがはニセ勇者って感じかな。発動されたら国一つ滅ぶんじゃない? まあでも──」
マオは平然と告げた。
「私には全然及ばないけどね」
「……そうか」
ザビトはそれだけ聞きたかったのか、マオに向き直るとじっとマオを見つめた。
ユウマの魔法を止められるのは、現状マオだけだ。
しかしマオはザビトに魔法を使っているため、他の魔法を発動することが出来ない。
ならば、どうするか。
ザビトの言わんとすることが、マオには伝わっていた。
──本当、ザビトといると飽きないよ。
マオはザビトを抱きしめると、目を瞑った。
「“おやすみ”、ザビト」
瞬間、ザビトの身体がぐらりと揺れる。
ザビトへの魔力供給を止めたのだ。つまり、ザビトの心臓は“止まった”状態となった。
全身に魔力が溢れるのを感じながら、マオは誰にも聞こえないような声で呟いた。
「ここで博打を打つのは君くらいなものだよ、ザビト」
ザビトが完全に死んでしまうまでに、決着を着ける。
マオは空に手を翳すと、黄金の魔法陣を幾重にも展開した。
「魔法はこうやって使うんだよ」
そして赤黒い魔法陣が発動すると同時に、マオは黄金の魔法陣を発動した。




