神の祝福
頭に鈍い痛みが走っている。
ザビトの目覚めは最悪だった。痛む頭と腹が、先程のユウマの攻撃は夢ではなかったことを教えていた。
仮とはいえ、勇者であるはずのユウマが民衆の前で暴行を加えるなんて、前では考えられなかった。
しかも話を一切聞かない、実力行使ときた。
(一番苦手なタイプ~)
腕を動かそうとするが、後ろ手に縄で縛られており動かない。
ザビトは俯いていた顔を上げた。
そこには木製の椅子に座っているユウマがいた。相変わらず、瞳は何も映していない。
「やあ、おはよう。ザビト君」
「良い目覚めをどうもありがとよ」
「喜んでもらえたようで嬉しいよ」
「ラブコールはお姉さまからしか受け付けてないぜ?」
「それは残念。とっておきのを用意したのに」
ザビトがいるのは、どうやら倉庫のようだった。木箱が山積みになっており、遠くからは波音が聞こえていた。
地面に座るように置かれていたザビトは、じゃりじゃりと砂がズボンに擦れていた。
あからさまに嫌そうな顔をするザビトに、ユウマは嗤う。
「その顔良いね。君のそんな顔が見たかった」
「そりゃどーも。悪いけど俺にSMの趣味はねえぞ?」
「あいにく僕にもないねー」
「なんだ、おまんまでも食いたくなったのか? 作ってやろうか? 坊ちゃん」
「うーん、君の料理って美味しいの?」
「男料理舐めんなよ。そこらへんの店より美味しいわ」
ユウマは剣をクルクルと回している。
やりづらい。話しているはずなのに、話していない。ザビトの言葉が一切届いていないような感触があった。
ザビトが苦虫を潰したような顔をすると、ユウマはニコッと微笑んだ。
「ねえ、君は神様って信じているかい?」
突然の切り出しに、ザビトは鼻で嗤った。
「なんだ、信仰の話でもしようっていうのか?」
「ちょっと違うけど、簡単に言えばそうだねー」
「あいにく神は信じないたちでな。祈ってる暇があるなら、自分でつかみ取るタイプだ」
その言葉に、ユウマは驚いたように目を見開いた。
やっといい感触をつかんだ。ザビトは追い打ちをかけることにした。
「神様ってもんがいるなら、大分腹黒だとは思わねえか?」
「……どういうことかな?」
「生きる為には食べなきゃならねえって、それって初めから『争え』『動物を喰え』って言ってるようなものじゃないか?」
「……生と死があるから感謝と情が生まれるんだよ」
「生と死があるから人は奪うんだよ」
理解できない、という風にユウマは首を傾げた。
腕を少しだけ動かしながら、ザビトはユウマに問うた。
「神様が俺らに何をしてくれたよ? 飯? 安寧? 平和? 全部人類が必死に頭働かして掴み取った勲章だろ。なのに何で神様のおかげにしなきゃならない」
「……神様は僕たちに与えてくださっている。生きる術を指し示してくれているんだ」
「結局行き先を決めるのは自分だ。他人じゃねえ。それともなにか、お前は誰かに何か言われたから、勇者やっているのか?」
ユウマの瞳が揺れた。
「違う、僕はただ、主様に喜んでほしくて……」
「他人にゆだねることこそ愚かなことはないぞ。お前、自分で夢を掴んだことがあるのか?」
「ッ!」
「恥じろ。お前はお前自身を殺してるんだよ」
「うるさいうるさい!」
ユウマは乱暴に立ち上がると、剣先をザビトに向けた。
目は怒りに燃えており、カタカタと剣が震えていた。
「僕は、主様は間違っていない!」
「魔王は、生きているぞ」
「ッま、魔王は死んで──」
「生きている。なぜなら“俺が魔王だから”」
「……は?」
ユウマは口を開けたまま、目を見開いた。
ハッタリは、相手の脳のリソースを削ることにある。真実かどうかは、関係ない。
少しでももしかしたら? と思えば完璧だ。
ザビトは、指先でズボンの裏に縫い付けていた魔道具に触れ、髪を一瞬で伸ばした。炭を伸ばしたような黒髪がふわっと靡き、出来上がった。
そして目を黄金に変えた。
伝承にある、『初代魔王』の姿そのものだ。
ユウマは後ろに一歩下がった。
「お前、全世界を騙すなら相手が騙されていることに気づかないほどの嘘をついてみせろよ。お前のはハリボテだ」
「は、ハリボテ……」
ユウマの呼吸が浅くなる。段々過呼吸になっていくのを、ザビトは蔑んだ目で見た。
「そうだ、勇者でもなんでもない、自立も出来ない、ただの喚いているガキンチョだ」
「……」
「お前の『主様』は俺が生きていることを教えてくれなかったのか? お前、良いように使われてたんだな」
「だまれだまれ!」
「かわいそ」
「ッ!」
ユウマが感情のまま、剣を振り下ろす。それをザビトは一切動かず、ただ見つめた。
剣がザビトに触れる瞬間、ザビトは奥歯に仕込んで置いた魔道具を起動させた。
カキンッ!
小気味いい音と共に、ザビトの数ミリ前で剣が止まる。
ザビトが発動させた魔道具は、一時的な防御シールドを張れるものだ。強度はそれほど高くない。
だが、動揺している相手の剣を防ぐことくらいは出来る。
「なっ、無詠唱魔法!? いや、魔力さえ感じない!? どうなっているんだ!?」
ユウマが飛びのいて、ザビトに怯える。
魔力が無いのは生まれつきだ。力差がありすぎて感知できないとユウマは勘違いしたのか、目が正気に戻っていく。
本物の魔王だと思ってくれたのならば、儲けものだ。
ザビトは縄抜けの用法で縄から手を抜け出さすと、ゆっくりと立ち上がった。
そしてユウマを見下ろす。
「お前、弱いな」
「ッあ、あああああ!」
ユウマの周りを、青いバラの花びらが踊る。ユウマは俯くと、腕をだらりとさせた。
諦めてくれたのならば万々歳だが、そうではなさそうだ。
ユウマは再び顔を上げる。
瞬間、ザビトは全部の魔道具を発動させようとしたが遅かった。
「……そっか、はじめからこうすれば良かったんだ。全部、全部、おもちゃにすればよかったんだ。そうだよね、主様?」
ユウマと目が合う。その瞬間、ザビトは曇っていき、だらりと腕が下がった。
「神の祝福だよ」
ユウマがその場で嬉しそうにクルクルと回る。
ザビトの周りを、青い花弁が舞っていた。




