世界を騙すのは誰か。
8ゲーム目。
次のゲームもザビトはベラドンナより先にタブレットの選択をした。
ベラドンナに向けて、観衆の中にいる協力者から合図が送られてくる。
(勝つには『不倫相手(3人)にメッセージを送る』をしないといけないのに、ここで『友達にメッセージを送る』を選択した? 勝ちを捨てたのかしら)
違和感を感じる。
ただこの違和感が何なのか、ベラドンナには分からなかった。ザビトが簡単に試合を放棄するとも思えない。
(イカサマがバレている? いや、バレていたとしても相手は確実に“選択をしているのだ”。それが覆ることはないわ。つまりアタシは『ダウトなし』を選択すればいいだけ、何も迷う必要はないわ)
なのになぜ、こんなに胸がざわつくのか。
ベラドンナは歯噛みしたまま、タブレットを操作して『ダウトなし』を選択した。
「選択が出そろいました」
ゲームマスターはタブレットに目を落とした。
観衆の唾を飲む混む音が、やけに響いた。
「ベラドンナ様『ダウトなし』を選択、ザビト様『不倫相手(3人)にメッセージを送る』を選択。結果、ベラドンナ様マイナス3ポイント、ザビト様プラス3ポイントとなります」
「んなッ!?」
思わずタブレットを落とすベラドンナ。
ザビトはその様子を見て目を細めた。
「ごちそーさま♪」
ゲーム前半までとは打って変わって余裕綽々なザビトの態度に、ベラドンナは嵌められたのだと気づいた。しかし何をされているのか、全く分からない。
動揺したまま、ベラドンナはザビトに食って掛かった。
「可笑しいわ! 貴方は確実に『友達にメッセージを送る』を選択したはずじゃ!?」
「ん~? 何で俺が『友達にメッセージを送る』を選択したって分かったのかな? おばさん?」
「ッそれはッ!」
「ほら、タブレットを持ちなよ。まだゲームは続いているんだからさ」
ヘラヘラと笑い始めたザビトが、今のベラドンナには悪魔にしか見えなかった。
世界を敵にしながら逃げ続けている嗅覚の良さは、伊達ではなかったのだ。マオがザビトについていく理由が、ベラドンナには分かったような気がした。
どこまでも、計算づくなのだ。この男は。
今の合計ポイントはベラドンナ0ポイント、ザビト2ポイントとなり、ザビトが逆転した。
「それでは次のゲームに参ります」
混乱したベラドンナをそのままに、次のゲームを告げる合図がなった。
9ゲーム目。
ベラドンナは冷静さを失っていた。無理もない逆転されたのだから。
(落ち着いて、落ち着いて。今まで通りやるのよ。アタシが勝つにはこのターンで『不倫相手(2人)にメッセージを送る』にして次のターンでダウトをするか、『不倫相手(3人)にメッセージを送る』をして次のターン、ダウトするかのどちらかよ。でも相手はそれを見越してダウトをするだろうから……考えろ、考えろ)
怖い顔をしているベラドンナを見て、ザビトはご機嫌である。
容赦なく、ベラドンナのウィークポイントを抉って来る。
「おばさん、自分が攻めるのは好きだけど、攻められると弱いな。ドエムじゃん」
「うるさい!」
「ハハハ! いくらでも考えていいぞ。いくらでも、ね」
ベラドンナはすがるように協力者の方を見た。協力者は困惑しつつも、『ダウトなし』と合図を送っていた。ザビトはすでに選択を決定済みなのだ。
(もしかして先に選択していることに意味がある? ということは合図が盗まれていて逆の選択をしている? いや、それはできないはずよ。これだけ観衆がいる中でゲーム中に相手の協力者を探すのは至難の業よ。また、分かったとしても合図が何なのか分からないはず。とすれば今までのは全部ブラフ?)
冷や汗と香水が混ざり、甘い香りが広がる。周りの男たちは目をハートにしていたが、ベラドンナはそれどころではなかった。
爪を噛んで考えているベラドンナを見て、ザビトが楽しそうに口を開く。
「あれあれ~? な~んだ、強気にいけないの~? それだと俺を綺麗に着飾るのは難しいぞ、おばさん?」
「ッそれは貴方じゃなくマオちゃんよ。それにいい加減おばさんっていうのやめなさい」
「あ、そっか。ごめんごめんおばさん!」
「このクソガキが、シバくぞ」
「ハハハ!」
ベラドンナが魔法を練り出したところで、すかさずゲームマスターが間に入った。
「この試合は私が進行を務めさせていただいております。試合放棄はザビト様の勝ちとなりますがよろしいですか?」
「どきなさい、クソガキは性根から叩き直さないといけないわ」
「では、ザビト様の勝ちということでよろしいですね? まさか黒龍の翼の幹部ともあろうおかたが、約束を反故にはしませんよね?」
「……フンッ!」
イライラが収まらない。
ベラドンナは気持ちを静めるように観客を見て、ふとマオを視界に捉えた。
そこで、違和感が根拠となって、形を伴う。
マオの動きが、明らかに『何かを操作している』ものだったのだ。しかも動きが、ザビトのタイミングとやけに似ている。
ベラドンナはすかさず、このタブレットは異世界の本物のタブレットと似たような構造なのか? と疑問に思った。
説明書というものは、隅から隅まで読んでいる。推測が正しければ──
ベラドンナはタブレットの設定画面を触る。すると、そこに『画面共有』の項目があることに気が付いた。
瞬間、ベラドンナはニヤリと笑った。
(なるほど、全て合点がいったわ。相手の選択が合図と違う結果になっていたのは、“タブレットを画面共有して選択を入れ替えていたから”なのね)
それを裏付けるように、マオを見るとタブレットを操作していた。
つまり、本当のゲームプレイに使われているタブレットは“マオが持っているタブレット”だったのだ。ザビトは画面にタップをしていたが、画面に触れているだけで選択権はなかったということだ。
ベラドンナは妖艶にタブレットで口元を隠して、ゲームマスターに声を掛けた。
「ゲームマスター、マオちゃんも机の前で操作してもらってもいいかしら? この二人互いのタブレットを画面共有しているわ」
「ッ!?」
球に名前を呼ばれて驚くマオ。
ゲームマスターはマオを見ると、さらりと告げた。
「かしこまりました、マオ様、机の前に来てください」
「……ついにバレちゃったかぁ~」
マオは机の前に来ると、タブレットをザビトとシャッフルした。どちらが本物のプレイヤータブレットか分からなくしたのだ。
「俺たちは今から同時に選択画面をタップする。これはルール違反じゃないだろ、ゲームマスターさん?」
「はい、大丈夫です」
そういうと、ザビトとマオは息の合ったタイミングでタブレットをタップした。これで選択はどちらか分からない、と思われたが、ベラドンナは心の中で高笑いした。
(本当にマヌケね、この二人。坊やの使っていたタブレットには油性ペンのような傷が背にあった。つまり傷のないほうがプレイヤータブレットってこと! 二人は私がプレイヤータブレットがどちらであるか分かっていることに、気が付いていない!)
協力者から、二つ分の合図が送られてくる。ザビトは『ダウト』、マオは『ダウトなし』を選択していた。そして傷のあるタブレットは“マオが持っていた”。
(坊や、悪いけれどゲームセットよ)
ベラドンナはタブレットで『不倫相手(3人)にメッセージを送る』を選択した。もはや疑いの余地はなかった。
少し間が空き、ゲームマスターが手元のタブレットにチラリと目線をやり、口を開いた。
「それでは、選択が出そろいましたので結果を申し上げます」
ごくりと唾を飲むマオ。その顔は先ほどの楽しそうな態度とは違い、緊張に包まれていた。
ベラドンナの香水を上書きするように、マオの太陽のような優しい香りがふわっと辺りに漂った。
「ベラドンナ様『不倫相手(3人)にメッセージを送る』を選択、ザビト様『ダウト』を選択。結果、ベラドンナ様マイナス3ポイント、ザビト様プラス3ポイントとなります」
「え……」
ベラドンナの小さな呟きが、酒場に響き渡った。




