罪と罰
ザビトは酒場の手伝いをしている最中、酔っぱらった冒険者たちにゲームに誘われた。
「『恋人ゲーム』?」
「あぁ、今この街で流行っているゲームでな、異世界の『タブレット』を使って行うゲームなんだ。簡単に言うと、相手が恋人にメッセージを送ったのか、浮気相手にメッセージを送ったのか当てるゲームだな」
とりあえずやってみないかと言われ、店主に許可を貰ってザビトはゲームをした。
しかしこれが中々難しい。1対1でやるゲームなのだが、ザビトは一勝もできなかった。
「ふむ。奥が深いな、このゲーム」
「だろう? もう一戦やるか?」
「ああ、頼む」
もう一度タブレットの画面に目を落としたザビトは、次は店主のおっちゃんと対戦した。
結果は惨敗。
ザビトはタブレットを地面に叩きつけてやろうかと思ったが、借りものなので我慢した。
店主のおっちゃんがタブレットを持ちながら、ザビトにどや顔で鼻を鳴らす。
「いつでも再戦受け付けるぞ、ザビト君」
「じゃあ今お願いするっす」
「おいおい、負けず嫌いかよ」
冒険者たちに囲まれながら、ザビトはゲームに勤しんだ。
程なくして、マオと酒場の子供が帰ってきた。二人はゲームに盛り上がっている様子を見ると、やれやれといった顔をした。
「もう、料理の提供止まってるじゃん、お父さん!」
「あと一戦。あと一戦だから」
「お父さん!」
酒場の子供に引きずられ、店主のおっちゃんがキッチンに戻った時だった。
酒場の入口から、複数人のガタイのいい男が入ってきた。皆顔や腕に傷があり、黒いサングラスをかけている。
そして一様に、背中に『黒龍の翼』の紋章が入ったフード付きのコートを着ていた。
「おい、あれって……」
酒場が一瞬にして静かになる。皆、入ってきた黒龍の翼のメンバーたちを凝視していた。
──酒場に黒龍の翼がなんのようだろうか?
頭が自然と警戒モードに切り替わる。
ザビトがちらっとマオを見ると、マオはずっとタブレットで遊んでいた。初めて見る機械に興味津々のようだ。今は黒龍の翼が来ている張り付めた空気のはずなのに、マオの周りだけいつも通りだった。
──平静を乱した方の負け、か。
ザビトは黒龍の翼のメンバーたちを席に案内しようと歩き出した時だった。
黒龍の翼のメンバーたちが一斉に、店の入り口に向けて頭を下げ始めた。
異様な光景に、ザビトは足を止める。
コツ、コツ。ハイヒールの歩く音が聞こえる。
店の入り口から入ってきたのは、一人の紅いドレスを着た女性だった。
前髪を真ん中で分けたロングの黒髪に、胸元まで開けたドレス。そして目を引くのはドレスからチラ見する豊満な胸だ。胸の辺りにホクロが見え隠れしていて、妖艶な雰囲気を醸し出していた。
女性を目にした瞬間、酒場にいた冒険者の男たちの時が止まった。
「何て綺麗な人なんだ……」
「美しい、美しすぎる……」
「胸の動悸が収まらねえ……」
男たちは次々と視線を奪われ、目をハートにする。女性は髪を靡かせると、席を練って歩き、冒険者の男たちと頭を下げる黒龍の翼のメンバーたちの前を闊歩した。
女性が歩く度に甘い蜂蜜のような、脳の蕩ける香りが漂い、酒場の酒と煙の匂いを吹き飛ばしていった。
女性は酒場のど真ん中で立ち止まり、周りを見渡すと呟いた。
「美しさって罪ね」
まさに女王、この場の支配者。
誰もがその女性の美しさに、見惚れていた。
ただ一人、いや二人。ザビトとマオだけは、いつも通りであった。
「ザビトー、画面戻らなくなっちゃったー」
「後でな。お客様、団体のご予約でしょうか? 今席の方は混んでおりまして」
ザビトの動じていない態度に、女性はほう? と呟くとザビトに近づいた。
そしてすっとザビトの頬に手を這わせてきた。
瞬間、甘い香りと共に、ザビトの頭に警報機が鳴る。
──この人は、アブナイ。
なにが、と説明は出来ないが、“実力者”であることを直感的に感じ取っていた。
しかしザビトはおくびにも顔に出さずに、笑顔を張り付ける。
「……すみません、顔に何かついていましたでしょうか?」
「……ふふ、貴方良いわね。私の部下にならない?」
妖艶に目を細められるが、ザビトには背筋に氷を当てられたようなヒヤッとした感じがした。
命綱無しで綱渡りをしているよな、そんな緊張感が支配している。
選択を間違ったら、そこでジ・エンドだ。ここは“名もなき村人A”を装い、躱すのがいいだろう。
ザビトは困ったように眉を寄せて、首を傾げた。
「すみません、僕には荷が重すぎるかと……」
「あら、そんなことないわよ? むしろピッタリじゃないのかしら、“ザビト”ちゃん?」
名前を言われ、ザビトは心の中で舌打ちをした。どうやら『誘拐犯のザビト』であると、バレているらしい。
女性はふふっとまた笑うと、ザビトの顎をなぞった。
「アタシの名前はベラドンナ。ザビトちゃんと遊びたいところなんだけどね、今日は他の用事があってきたのよ」
ベラドンナはキッチンの方を見ると、店主のおっちゃんとおばちゃんを見やった。
「あまりお金の催促は美しくないのだけれど、ちゃんと躾もしないと他に示しがつかないわ。貴方たち、今月のお金の用意は出来たのかしら?」
「そ、それは来月まで待ってくれるって話じゃ」
「気が変わったのよ、今すぐ払いなさい。それが出来ないのであれば、店を畳みなさい」
「そんな!?」
おっちゃんは今にも泣きだしそうな顔で、頭を抱えていた。
ザビトは頭の中にある情報をすぐに引き出した。
イグニースは表向きは工芸の発達した国だが、実情は裏社会の組織に牛耳られている犯罪組織の温床になっている国だ。
街の人びとは献金を収める代わりに、店などを行うことを許されている。
最近では黒龍の翼が国を支配したと噂で流れていたが、どうやら本当だったようだ。
「も、もう少しだけ待っていただけませんか。もう少しだけ」
「あら、アタシに意見するの?」
「そう言うわけでは!」
誰も口を挟もうとしない。冒険者たちさえ黒龍の翼が相手となるのは分が悪いと分かっているのか、歯を噛み締めて成り行きを見守っていた。
──まあ、裏社会に支配された国じゃ、こんなこともあるよな。
ザビトは冷めた目線で見る。すると、酒場の子供がベラドンナの前に立ちふさがった。
「あ、あの。もう少しだけ待ってください! お金は必ず払うので!」
「……貴方に用はないんだけれど」
「お願いします!」
酒場の子供は必死に頭を下げた。しかしベラドンナは一切見ない。
「お願いします!」
「……鬱陶しいわ」
刹那。ベラドンナは酒場の子供を容赦なくはたいた。
酒場の子供はバランスを崩し倒れる。子供の持っていたポシェットからは、花冠が床に呼び出していた。
慌てて酒場の子供は花冠を拾おうとするが、その花冠をベラドンナは容赦なく踏みつけた。
ぐしゃっ。
花のつぶれる音が、やけにはっきりとザビトの耳に届いた。
花冠は、マオと一緒に作ったものだろうか?
よほど大事なものだったのか、酒場の子供は目を涙で潤ませながら、花をかき集めていた。
花弁一つに至るまで、必死にかき集めていた。
「だから子供って嫌いなのよ」
そう言って、ベラドンナは店主のおっちゃんとおばちゃんのところへ行こうとする。
それを──ザビトが止めた。無意識の行動だった。
ザビトは店主のおっちゃんに目で合図すると、ベラドンナに向き直った。
「おい、アンタ。俺とゲームをしないか?」
「ゲーム?」
「なに、簡単な恋人ごっこだよ。簡単な、ね」
ベラドンナは腕を組むと、ザビトを見やった。女王のような風格で、ザビトの言葉を品定めする。
「面白い提案だけど、そのゲームを受けてアタシに何の得があるのかしら?」
「俺が勝てば、店のお金の支払いは来月まで待つ。アンタが勝てば──」
ザビトはベラドンナを真正面から見つめた。
その瞳は一切の曇りが無く、澄んでいて綺麗だった。
「俺はアンタの部下になる」
「……ほう?」
ベラドンナは口元をニヤリと歪めると、楽しそうに嗤った。
「その言葉、待ってたわ」
クモの巣に捕まったような感覚が、ザビトを襲った。
きっと、今店に来たのも、店主のおっちゃんやおばちゃんにお金の催促をしたのも、子供の花冠を潰したのも、ザビトを釣るための“餌”だったのだろう。
ザビトはまんまと、相手の罠にはまったわけである。
思い通りに事が運んで、ベラドンナは嬉しそうだ。
しかし知ったことではない。
ザビトはぐしゃぐしゃになった花冠を一度ちらりと見ると、持っていたタブレットを顔の横に掲げた。
「さあ、化かし合い(ゲーム)を始めようか?」




