暗明
翌日も、その次の日も、マオは気に入ったという酒場に遊びに行っていたようだ。
酒場の子供たちとマーケットに出かけたり、料理の練習をしたり、居酒屋の手伝いなんかもしたりしながら馴染んでいるらしい。
その話をザビトはマオから聞いた。
ザビトはといえば、街で情報収集をしながら、『紅眼』を探し続けていた。
しかし簡単に見つかるはずもなく、見つかったものといえば掲示板に張られたお尋ね者となった自分の写真くらいなものだった。
行き詰っているザビトを見かねたのか、マオが「酒場に一緒に行かないか?」と声を掛けてきたので、ザビトは気分転換について行くことにした。
「いらっしゃい! おや、マオちゃん。今日は彼氏連れかい?」
「もうおばちゃん! そんなのじゃないから!」
着いた酒場は、冒険者御用達のようで、剣や杖をもった人たちが山のようにいた。
二階まで席があり、椅子は丸樽、机は年季が感じられる木製のものだった。
お客は皆樽ジョッキを持っており、並々とつげられた酒を昼間から飲んでいた。
冒険者なんかは、和気あいあいとダンジョンの話をしていたり、モンスターの話をしていたり、はたまた恋愛話なんかをしていた。活気あふれる良い酒場だ。
「マオお姉ちゃん、いらっしゃーい! 今手伝い中だからちょっと待っててねー」
12歳くらいのウェーブがかった髪の女の子が、マオに話しかける。酒場の子供だろう。樽ジョッキを何個も両手で持ち、お客さんの間をすり抜けていっている。
マオは店主のおじちゃんに近づくと、料理を運ぶのを手伝い始めた。いつものことらしく、おじちゃんは「ありがとうマオちゃん。それ3番テーブルにお願いね」と話している。
マオに倣ってザビトもおじちゃんに近づいた。店は満席で、とても忙しそうだ。
「こんにちは。マオがお世話になってます」
「おや、君がザビト君かい。ちゃんと挨拶できなくてごめんね」
「いや、俺らが勝手に来てるんで。店、手伝います」
そういうとザビトは料理をひょいっといくつも持った。並外れたバランス感覚におじちゃんは目を丸くさせると、ザビトに言った。
「君は曲技師でもやっているのかい?」
「そんなもんっす。これどこに持っていけばいいっすか?」
「悪いねえ、それじゃあ15番と22番、30番テーブルにそれぞれ持って行っておくれ」
「了解っす」
マオとザビトは偽名を使わなかったが、本人だとはバレなかったようだ。変装魔道具のおかけである。
夜中まで酒場の混みは続き、ザビトとマオは料理や酒をずっと運んでいた。
途中ザビトが女冒険者に口説かれるという珍事件があったが、マオが凄い殺気を飛ばしまくったので、女冒険者はすごすごと退散した。
それを見て店主のおじちゃんに「付き合いたてかい? 可愛いねえ」と言われたが、ザビトはめんどくさかったので返事をしなかった。
店を閉めるころには空は明るくなり始めていた。ザビトとマオは順番に休憩とご飯を取っていたが、仕事をすると時間が経つのが早いものだ。
「お疲れ様。今日は人がいつもより多かったから助かるよ。これ、お駄賃ね」
店主のおばちゃんに分厚い封筒を渡され、ザビトは一瞬目を瞬かせた。
確実に一日の賃金ではない。不思議に思ったザビトを見て、店主のおばちゃんはこそっと耳打ちしてくれた。
「マオちゃんが手伝ってくれていた三日分も入っているよ。あの子受け取ろうとしないから、兄さんが受け取ってくれると助かるよ」
「……分かった」
労働には対価を。真摯なおじちゃんとおばちゃんのことを、ザビトは信頼に値する人間だと判断した。マオが通うのも納得だ。
視線の先ではマオが酒場の子供と話していた。髪飾りが灯りに反射して、キラキラと眩しく光っている。
ザビトの視線を恋する熱視線と思ったのか、おばちゃんが目じりを下げた。
「それで兄さん、告白はどっちからしたんだい?」
「……告白したというか、されたというか、心臓掴まれて泣け崩しというか?」
「なんだい、気が付いたらってやつかい! 一番燃えるパターンじゃないかい!」
「そっすかね」
それから酒場の子供やマオや店主のおっちゃんも加わり、ちょっとした夜食を食べることにした。
おっちゃんとおばちゃんの話は尽きず、ザビトは居心地の良さを感じていた。
(たまにはこんな時間もいいかもしれない)
アリーシャ姉さんを思わせる酒場の家族に、自然とザビトは笑みを零していた。
ここでなら、『普通のザビト』でいられるかもしれない。そう思ったが──
『しー』
雪の中、血の水たまりに倒れたアリーシャ姉さんと、それを見下ろす紅眼の怨敵の姿が、ザビトの心を蝕んだ。
紅眼が、ザビトに向かって指を立てている。その口元は嗤っているようだった。
(……)
明るい酒場。笑顔のマオ、店主たち。しかしザビトの目は、昏く光るのだった。




