詐欺師の誕生
お姉さんの体調が朝から良く、二人で外に出かけようという話になった。
治癒魔法も、その日は使わない約束だった。
久々のお姉さんとの外出に、ザビトは気恥ずかしい気がしながらも、どこに連れて行こうかと意気揚々と考えていた。
お姉さんを家に残し、行く先のリサーチをした。
野菜に果物。洋服に雑貨類。その中でひと際ザビトの目を引くものがあった。
髪飾りだ。
幸せを運ぶと言う、紫の花を象ったそれは、お姉さんの髪に映えそうだった。
お姉さんの髪の毛はまた伸ばし始めたところだったので短いが、髪留めとしても使えそうだった。
何度か逡巡した後、ザビトは靴磨きでコツコツと貯めたお金で、髪飾りを買った。
喜んでくれるだろうか。それとも無駄遣いをして、と苦笑いされるだろうか。
どうせなら、また昔みたいに花の咲いたような笑顔を見せて欲しかった。
ザビトは髪飾りを手で持ち、お姉さんの元へ向かった。
今日は沢山遊ぼう。沢山喋ろう。
そして言うんだ。この街から出ようと。
もう、街を出て暮らす算段はついていた。後はお姉さんの許可があるのみだ。
銀世界に包まれた貧民街を、走って進んで行く。
吐く息が白く、肺がきりきりと痛んだが、それよりも早くお姉さんに会いたかった。
進む。進む。後は角を曲がれば、自宅だ。
ザビトは年相応の笑顔で、無邪気にターンをかました。
そして──
「……え?」
目の前に広がっている惨劇に、ザビトは言葉を失った。
ザビトとお姉さんが住むボロ屋の玄関の前で、お姉さんが誰かに腹を腕で貫かれていたのだ。
まるで映画のような、現実味のない風景。
しかし血だまりが、雪で白くなった地面を赤く染めていき、否が応でも現実であることを知らしめていた。
お姉さんの腹を腕で貫いている『誰か』は、白いコートを着ていた。顔はフードで見えない。
腕が引き抜かれる。
バサッという音とともに、お姉さんがその場で倒れた。それと同時に赤いしみが、じわりと海のように広がっていく。
お姉さんを腕で貫いた『誰か』は、お姉さんを見下ろすと言った。「君が聖女として持て囃されたら困るんだよ」と。
声に魔法の意識阻害が掛かっているのか、男の声なのか、女の声なのかザビトには分からなかった。
ただ、目の前の光景に呆然として動けなかった。
──ポトリ。
『誰か』の腕から、血が滴り落ちる。それがやけに鮮明に見えた。
──ポトリ。
また血が、赤が、落ちていった。
「……あ」
やっと絞り出した声は、蚊の鳴くように小さな声だった。しかし『誰か』には聞こえたらしい。
ザビトの方を振り返ると、『誰か』はゆっくりと口元に人差し指を立て、しーっとした。
殺害現場を見られたのだ。普通なら、ザビトに襲い掛かってもおかしくはなかった。
しかしザビトのことは取るに足らないとでも言わんばかりに、『誰か』はコートを翻すと、何処かへ歩き去って行った。
……それから何時間経っただろうか。
我に返ったザビトは、一歩また一歩とお姉さんに近づいた。
足が地に引っ付いたように、重たかった。何処を見ても、赤が広がっていた。
震える手で、ザビトはお姉さんに手を伸ばす。
その拍子に、買ったばかりの髪飾りがどろりとした血の海に落ち、ザビトをあざ笑うように赤く濡れた。
消えていく街の喧騒。音が無い世界に、ザビトは一人ポツンといた。
指先に触れたお姉さんの肌は、氷のように冷たい。
何度確かめても、冷たいままだ。鉄を触っているような感触だけが、ザビトに伝わる。
ザビトは『誰か』が歩き去る瞬間に見えた、紅眼を思い出していた。
脳裏に焼き付いて離れないそれは、ザビトから笑顔を、幼さを、奪った。
そして残ったのは、深い憎しみだけだった。
──ユルサナイ。
そう呪文のように呟いたザビトは、冷たくなったお姉さんを抱き、泣きながら紅眼を探しだす手段を計算し始めた。
何度も何度も、計算をした。
そうしてザビトは『詐欺師』になった。




