等価交換
お姉さんが治癒魔法を使えるようになったという噂は、瞬く間に貧民街に広がった。
「アリーシャ、足が痛いんだ。治しておくれ」
「アリーシャ、子供が高熱を出したんだ。診てくれ」
「アリーシャ、義足じゃなくもう一度歩きたい。足を生やしてくれ」
「アリーシャ、目が見えないんだ。治るかね?」
「アリーシャ」「アリーシャ」「アリーシャ」「アリーシャ」
今日もお姉さんの前には、治癒を求む長蛇の列が出来ていた。
しかしお姉さんは笑顔を絶やすことなく、一人一人治していった。もちろん無償で。
お姉さんは言っていた。「この力は、皆を癒すためにきっと神様がくれたんだわ」と。
お姉さんの想いに応えるように、治癒魔法は発動し続けてくれた。
だが、魔法には体力と魔力という限りがある。
治癒魔法を使い続けたお姉さんの頬は段々と骨が浮き出るようになり、目の下にははっきりと隈が見えていた。
どう考えても、力の使い過ぎだった。皆それを分かっていた。
けれど、治癒魔法を求める声は、列は、止まない。
お姉さんは魔法を発動し続けた。
いつしかお姉さんは『聖女』と呼ばれるようになっていた。
その名声は数か月後には隣の町や、はたまた山を越えた国にまで波及し、お姉さんの元に治癒を求める人が山のように押しかけて来た。
お姉さんは会いに来た全ての人を追い返そうとせず、無償で治癒を施し続けた。
中には傲慢にも、お姉さんを娼婦扱いしようとする者さえいた。デブで気品のない貴族や商人もお姉さんの元に集まってきた。
皆、お姉さんに感謝などしなかった。むしろお金に変えようと、目を光らせていた。
そんな者達さえ、お姉さんは手を差し伸べ続けた。
そしてお姉さんは、魔法を使うのと比例するように元から細かったのに、さらにやせ細っていった。
ザビトから見れば、治癒奴隷と何が違うのだろうと思った。
無償ではなく、せめて金貨を貰うべきだ。それが出来ないのであれば、食料を貰うべきだ。
しかしザビトの助言を、お姉さんは聞こうとしなかった。
人からは望まれるのに、食べるものは無かった。
ある日、数日ご飯が食べれない日が続いた。ザビトは空腹で痛む胃を抑えながら、またパンを盗みに行こうとした。
お金など、1銭も残っていなかった。
しかし、お姉さんが「待ってて、ご飯買ってくるから」と言い、ボロ屋を出て行った。
胸騒ぎを覚えたザビトはこっそりとお姉さんの後をついて行った。
お姉さんは貧民街で有名な古物商に行くと、そこで何か店主と話していた。
売るものなどもう、家には残っていないはずだ。
ザビトが不思議に思っていると、お姉さんは錆びた鋏を取り出し──
自分自身の長いブロンドの髪を、迷いなく切り落とした。
パラパラと、数本地面に髪が落ちるのを、ザビトはスローモーションのように見えていた。
何が起こったのか分からなかった。ブロンドの長い髪は、お姉さんがいつも自慢して、大事に手入れしていた宝物のはずだ。
それを、切り落としていた。
お姉さんは髪を店主に渡すと、小銭をたった数枚だけ受け取り、そのまま食料を売っている場所へ向かった。
ザビトはその場から動けなかった。ただただ髪の切られる瞬間が、頭の中に張り付いて消えなかった。
数刻経って家に戻ると、パンを手にしたお姉さんが、幸せそうに「はい」とパンをザビトに差し出した。
お姉さんの分のパンは、無かった。ザビトはパンを受け取って、短くなったお姉さんの髪を見ながら、パンに噛り付いた。
無力な自分がただ憎かった。何もすることが出来なかった。
その日食べたパンは、やけにしょっぱく感じた。
季節が流れ、また貧民街に肌を貫くような冷たさを伴った雪が降り始めた。
お姉さんの元には相変わらず治癒を求める長蛇の列がなされていた。
変わったことと言えば、ザビトの背が少し伸びてきたこと。そして、
「……ありがとう、ザビト」
お姉さんはベッドに寝たきりになったことだった。
ザビトは人形のように横たわるお姉さんに、くんできた水を手渡した。
度重なる魔力酷使で、お姉さんはついに自分の足で歩けなくなっていたのだ。
しかしお姉さんはベッドに寝転びながら、片手を差し出して治癒魔法をかけ続けていた。
皆、お姉さんの体調が悪いことは把握しているはずなのに、誰も治癒を止めようとはしなかった。
むしろ、ちょっと指を切っただけでお姉さんのもとにやって来るようになった。
お姉さんはそんな軽傷さえも力ない笑顔で治し続けていた。
(ほんと、くだらない)
何が奇跡の魔法か。何が聖女か。
ただ酷使され続けているだけではないか。
ザビトはお姉さんのところに並ぶ列を、殺意の籠った目で見た。
そんなある日のことだった。




