助けるとは何か。
ゴミ山から本を数冊取り出すと、ザビトは家へと向かった。
本は全て違う言語で書かれている。しかしザビトは数年かけた解読の末、全て読めるようになっていた。
今日はダークエルフの里について書かれた本と、紅眼の勇者という異世界の創作歴史書を読むつもりだ。
本を読むことは好きだった。知らない世界を知れるし、生きる術が詰まっているからだ。
(大きくなったら隣街に出かけて何でも屋をやろう。そして姉さんと小さな部屋を借りて住むんだ)
それがザビトの夢だった。
ボロ屋に帰ると、お姉さんの前には長蛇の列が出来ていた。皆、手に火の付いていない松明を持っている。
お姉さんは一人ずつ下級魔法を使って、火を配っていた。
お姉さんから火を貰った貧民街の人たちが、ザビトの横を通り抜けていく。
「いやあ、ほんとアリーシャさんはありがたいねえ。いつも火をくれて」
「ここいらでは魔法を使えるものがほとんどいないからねえ。使えても一属性魔法くらいなものさ」
「でもアリーシャちゃんは5属性も使えるんだろう? 凄いよね」
「また火を貰いにこよう」
朝からずっと魔法を発動し続けていたのだろう。お姉さんの額には汗が浮かんでいたが、笑顔を絶やすことはなかった。
ザビトにはなぜお姉さんが無償で火を配っているのか分からなかった。お金を貰えば生活はぐっと良くなるはずだ。せめて食料品を貰うだけでも全然違うだろう。
しかしお姉さんは、「この力は皆の為にあるんだよ」といい、決して物を受け取ることはしなかった。
ザビトにはそれがとても不思議だった。等価交換。ギブ&テイク。そういった言葉はお姉さんの頭にはないようだ。
お姉さんは誰でも助ける為、貧民街からの信頼は厚かった。ザビトは外を歩けばいつでも「アリーシャさんとこの弟君」と呼ばれた。
別に悪い気はしなかった。むしろお姉さんが褒められているようで嬉しかった。
でも平気でお姉さんから火を貰っていく人たちを、ザビトはどうしても好きになれなかった。この貧民街は助け合いのようにみえて、実情は持ち得ている人に寄生して生きているだけだ。
誰も、学ぼうとしない。「働きなさい」と言いながら、非効率な労働に汗水を垂らして、自分は頑張っている。なぜ貧困のままなんだと嘆いている。
(頭を使わない奴は、搾取し続けられるだけなんだ)
だからザビトは大人になったら、まず環境を変えようとしていた。健康的な肉体があれば仕事はなんとか繋いでいける算段はあった。ビジネスプランはいくつも考えていた。
ザビトの視界の先で、お姉さんはまだ火を配り続けていた。この優しさが報われる世界であってほしいと、ザビトは密かに思っていた。
しかし、現実とはなんと残酷か。
「おい、魔導地雷の不発弾があって、子供が大勢巻き込まれたぞ! 手の空いてる奴は手伝ってくれ!」
この日を境に、お姉さんの運命は大きく狂うこととなった。
飛び散った肉片。焦げたような異臭。
魔導地雷が爆発した現場は、悲惨なんてものじゃなかった。
まるでそこだけ魔族の襲撃に遭ったかのように、ゴミ山の一部の山がぽっかりと丸焦げに吹き飛んでいた。
巻き込まれた子供は10人以上だろうか。うめき声を上げる子もいれば、息をしていないと一目で分かる子もいた。
ザビトはまだ火の気が上がっているゴミ山を見ながら、欠伸をした。
ここまで大規模な被害が出たのは稀だったが、今までも魔石の魔力が切れていると勘違いした魔導チェーンソーが突如作動して腕を失った子や、トラばさみに挟まれ足を失った子はいた。
今回もただの不運だったのだ。仕方がない。
ザビトは冷めた目で、瓦礫にゴミの混じった水をかける大人たちを見ていた。
子供の方は後回しにされていた。ゴミ山が火事を起こせば、皆が住んでいる住宅街まで火が移ってしまうからだ。
魔導地雷の被害に遭った子たちは、力なく横たわっている。ときどきヒューヒューと息を吸う声が聞こえたが、それさえ段々と弱くなっていっていた。
誰もが、被害に遭った子供たちはもう駄目だと思っていた。
しかし一人だけ、一目散に被害に遭った子供たちに駆け寄る人がいた。
アリーシャ姉さんだ。
お姉さんは、子供たちを一人一人瓦礫から運ぶと、傷口より心臓に近い位置をしばっていった。
周りは誰一人手伝おうとしない。お姉さんだけが、被害に遭った子供たちを助けていた。
しかし、布で縛っても、抉れた肉は元には戻らない。
中には、臓器が焼けこげ、今にも息を引き取りそうな子がいた。
「ごめんね、ごめんね……」
無力なことを、お姉さんも実感していたのだろう。涙を浮かべながら、それでも子供たちの汗をタオルで拭ったりしていた。
一人、また一人と息をひきとっていった。
お姉さんは拳を震わせて、唇を噛み締めながら、それでもタオルで汗を拭い続けた。
また一人、息を引き取った。
瓦礫に水を掛けていた一人の大人が、お姉さんに向けて言った。
「アリーシャ、そこは邪魔だ。どけてくれ」
「でも、子供たちが!」
「このケガじゃ助からない。今は街を守ることが大切だ」
「ッ」
「死体は片付けといてくれ」
大人に蹴られてしまう、被害に遭った子供達。べちゃりと肉が、少しだけ飛び散った。
お姉さんは水晶のような綺麗な瞳に涙を浮かべると、声を震わせて叫んだ。
「まだ子供たちは生きています!」
「アリーシャ」
「絶対に、助けます!」
瞬間、お姉さんの目が金色に光った。
空気が揺れる音とともに、辺り一面に虹色の半円の結界が現れ、青緑色の発光した
粒が被害に遭った子供達の傷口へと集まっていった。
たちまち焦げた皮膚が、再生していった。
臓器が飛び出ていた子も、手足が吹き飛んだ子も、すべて元通りになっていた。
奇跡のような光景に、周囲にいた人たちは動きを止めて、成り行きを見守っていた。
重症の怪我を負っていた子たちが、一人、また一人と起き上がって、目をパチパチとさせている。
自分の身に起こったことが、よく分からないようだ。信じられないと言わんばかりに身体を動かしている。
「神の祝福だ」
誰かがそう呟いた。
だが、お姉さんの目線の先、亡くなった子供達には光は集まらなかった。
お姉さんの金色に輝く瞳から、涙が一筋ぽとり、と落ちた。
次第に歓声に沸く周囲の中で一人だけ、お姉さんは泣き続けていた。




