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異世界詐欺師 ~魔法が使えない俺は、嘘だけで世界を騙す~  作者: エース・レッド


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白銀の世界

 ──雪の降る、地図にも乗らない貧民街。


 銀世界に染まったゴミの散らかる街の中を、一人の少年が走っていた。


「こらああああ! またお前かザビトおおおお!」

「……」


 まだ幼いザビトだ。手足は骨と皮しかないほど細く、頬はこけて骨が浮き出ていた。


 ザビトは“たった一つのパン”を手で持ちながら、必死に走っていた。


 吐く息は白い。身体は栄養が足りず、鉛のように重い。


 一歩一歩走る度に命を削られているような、そんな感覚がした。


 迷路みたいな貧民街を右に左に縦横無尽に走るが、言っても子供の足だ。


 すぐにザビトの後を追いかけていた髭面の大人に捕まってしまった。


 じたばたと暴れるザビトの首根っこを掴みながら、髭面の大人は苛立たし気に唾を吐いた。


「ったく、お前も懲りないな。お前にうちのパンは取れねえよ」

「……」

「そんなにパンを食いたきゃ、金を払って買ってきな。出来ねえならとっととくたばれ、ガキ」

「……」


 ザビトは髭面の大人の言うことを無視して、パンに思いっきり顔を近づけて、かぶりついた。


 それをみた髭面の大人はザビトを地面にぶん投げると、思いっきり蹴った。


 途端、ザビトの視界がチカチカと白くなる。息が上手く、吸えなくなる。


「がはっ!」


 ザビトは血を吐き出すと、その場に蹲った。しかし髭面の大人の怒りは収まらない。


「ったく、食い意地はりやがって」


 2・3度蹴りを入れられ、意識を失う。次に目が覚めた時には、ザビトは雪の上に寝転がっていた。


 身体の上に雪が積もっている。数刻気を失っていたようだ。


 胃の中から吐き気が込み上げ、吐くものも無いのに吐いた。血が混じっていたような気がする。


 ぼんやりを周りの物を見ると、二重になって見えた。


(……また、盗めなかったな)


 ザビトは知っている。このまま横になっていれば、明日には痛みが少しはましになっていることを。


 道端で横になっていても、誰も気にも留めないことを。


 人の世は、優しさなんてものはない、ということを。


 けれど、そんな中でも信じられるものはあった。


「ザビト!」


 鈴のような声が聞こえたかと思うと、一人のお姉さんが現れた。


 ブロンドの長い髪に、海を集めたようなサファイヤの瞳。アリーシャ姉さんだ。


「あぁ、こんなに怪我をして! 体も冷え切っているじゃない。今助けるからね」


 お姉さんはザビトを薄い布で包むと、廃材を集めて作った、今にも壊れそうな家もどきへと連れて行った。


 雪が凌げるだけで、身体の冷えは少しだけましになったような気がした。


 ボロ屋の中には他に子供たちが大勢おり、皆捨てられていたオーバーサイズの服を着ていた。ところどころに汚れが目立っている。


 子供たちは寝転ばされたザビトの元に集まると、身体をつんつんつついた。


 しかし痛みに耐えるザビトには、反応することが出来ない。


 お姉さんは拾い集めてきた木を使い、下級魔法で貴重な火を起こすと、雪を錆びた鍋の中に入れ、溶かして水にした。


 そして擦り切れたタオルを取り出すと、水に浸しザビトの吐いた血が付いた顔を、拭いていった。


 しばらくすると子供たちは興味を無くしたのか、ばらばらと雪の中へと出かけて行った。


 貧民街で子供が亡くなることは珍しくない。ザビトの惨状は、皆見慣れたものであった。


「ザビト、大丈夫だからね。今晩隣のおばあちゃんが帰ってきたら、傷を見てもらおう」

「……いい、民間療法されるだけだし」

「民間療法? ザビトは難しい言葉良く知ってるね。いつもゴミ捨て場から本取って来るもんね」

「……」

「この前は異世界? とかいうところの本読んでたんだっけ。面白かった?」

「……どこの世界も、そう変わらないよ」


 ザビトは寝転んだまま、懐から“コッペパン”を取り出した。お姉さんの顔が驚愕に満ちる。


 さっき店主に取られたパンは、あえて取らせたフェイクだ。本命は懐に入れていたコッペパンだ。


 ザビトは震える手でパンを割ると、片方をお姉さんに渡した。


 パンを食べるのは2日ぶりだ。その間ずっと草を煮詰めて作った雑穀スープで腹を満たしていた。お姉さんも同じ食事だ。お腹が空いているはずである。


 しかしお姉さんは受け取らなかった。そっとザビトの手を押し返す。


「ありがとう、ザビト。それはザビトが食べなさい」

「……」

「お姉ちゃんはお腹空いてないから! ほら、元気でしょ?」


 そう言ってお姉さんは力こぶを見せようとしてくる。だが服で隠れていても、お姉さんの枝のように細い腕は力こぶがあるようには見えなかった。


 ザビトは力なくパンを口に放り込んだ。時間をかけて食べていく。


 たまにコッペパンを水でふやかして、かさましして腹持ちを良くさせる。


 食べている間中、ずっとお姉さんは頭を撫ででくれた。


 それが何だか居心地が良くて、でも気恥ずかしくて、ザビトはずっとお姉さんの顔を見なかった。


 雪は貧民街を冷やすように降り続けている。しかしザビトの心はずっと温かった。

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