されど会議は踊る
街中にあるザビトの隠れ家に来ると、マオはようやく息を吐きだした。
隠れ家の中は意外と片付いており、食器や魔導冷蔵庫なども置かれていて、生活感が感じられた。たまに使っているようだ。
机の上には今朝の新聞がポツンと置かれており、公爵と国王が笑顔で握手をする写真が載っていた。
しかし、そんな部屋には見向きもせずマオは座り込む。
「し、死ぬかと思ったぁ……」
「人間は簡単に死ぬが、魔族は大丈夫だろ」
「魔族だって死にます! ほんとにもう!」
プンプン怒っているマオを放置して、ザビトはカーテンを少し開け、外を見る。
外では追っ手たちがまだザビトを探していた。松明を持って、あちこち探し回っている。
初めは一人か二人だった追っ手が、今は何人いるのか分からないほどに膨れ上がっていた。
「人気者なのも泣けるぜ」
ザビトは鼻を鳴らして嗤った。
このアジトがバレるのも、時間の問題だ。次の手を考えなくてはいけない。
「……違う街に行くか」
その言葉に、マオは顔面蒼白になった。
全力で首を横に振って、異を唱えている。
「むむむ無理だよ。人多いだけで泡吹いて倒れそうになるのに、まだ移動もあるなんて! ここで暮そうよ!」
「なら一人で死ぬんだな」
「その時はザビト“も”死ぬんだからね! 私たちの契約、覚えてる?」
ザビトは胸に手を当てると、“脈動しない心臓”に心の中で舌打ちをした。
「わかってるよ、だから俺は全力でお前を守るし、お前は俺を利用すればいい」
なぜザビトの心臓は脈動しないのか、それは──
「お前は俺の“心臓”だからな」
マオが魔法で、ザビトの死にそうになった肉体の時間を止めているからだ。
こんな芸当、人間には出来ない。いや、魔族でも出来る者はマオだけだろう。
多大な魔力量と、魔法知識、それに0から魔法を生み出すセンスがなければ完成しない伝説級の魔法だ。
そんな大魔法を使っているように見えないマオは、部屋の隅っこに蹲りながら、うたた寝をしようとしていた。
追っ手から逃げるのに、大分体力を使ったようだ。元引きこもり魔王様には辛い運動だったのだろう。
しかし容赦なくザビトは起こす。
「おい、移動するぞ」
「やだよぉ~引きこもりに外は辛いよう~やだ~」
あまりにも嫌がるマオ。人と接触するのも、動くのも、もう限界に達しているようだった。むしろここまで持ったのが奇跡のようなものだろう。
だが、ザビトは同情の余地なく無理やり立たせる。
マオはジト目でザビトを睨んだ。抗議の色が色濃く出ている。
「……人の心とかないのかな?」
「あいにく“心は空っぽ”だな」
「……はぁ~」
これ以上言っても無駄と踏んだのか、力なくマオはザビトの後ろをついて行った。
外の喧騒から察するに、まだ追っ手はうろうろしていた。街人の目もあるため、街から出るのは容易ではないだろう。
(物陰を移動するのは、無理。追っ手を撃退して進むのも、無理。屋根を飛び移るのも、マオがいるので無理。となると──)
すぐに答えを導き出したザビトは、次の瞬間には欠伸をして部屋の隅に座り込んだ。
やけにあっけらかんとしているように見えるが、ちゃんと勝算があるからだ。
「ま、マオの魔法があれば何とかなるだろ」
そう睨んでいたのだ。言葉にも吐き出していた。
だが、当のマオはあっさりと言い放つ。
「あ、私今魔法使えないよー」
「……は?」
「ザビトの肉体時間停止に魔力のほとんどを使っているから、他の魔法は発動できないんだよね。時計塔まで逃げるのも、本当大変だったんだから!」
あてが外れ、指を噛んで頭をもう一度フル回転させるザビト。
──一人ならまだしも、二人となると移動の際見つかるリスクは高い。
それに、マオは元引きこもりだからなのか、体力が全然ない。今もフラフラな状態だ。
爆弾などあれがいいが、あいにく今は爆薬しか持っていない。それに関係ない近隣住民まで巻き込むのは、非常にめんどくさい。
出来れば恨みは買わない方が吉だ。最小限で済ましたい。
さて、こんな手札、どうやって切り抜けろというのか。
その時だった。
「おい、この家はもう確認したのか?」
「いや、まだだ」
追っ手の二人組が、ザビト達のいる家の玄関へとやって来た。
二人組はともに若い青年で、片方はピアスを多く付けており、もう片方は黒いグローブを着けていた。
また、二人共足元まであるフード付きの羽織を羽織っていた。
この羽織は、街の警備兵の羽織だ。
街の警備兵は実務の訓練を受けており、モンスターの討伐遠征にも行ったりするほど実力がある。
中級のモンスターならソロで討伐できるぐらい鍛錬されているので、並大抵の人間ではすぐに地に伏せられて捕まるのがオチだろう。
(まさか警備兵とはねー。運が良すぎて泣けてくるぜ)
警備兵を確認したザビトは、素早くマオの身を屈めさせ、扉の裏で耳をそばだてた。
ノックの音とともに、若い青年の声が夜街道に響く。
「すいませーん。今街中で誘拐が起きてまして、ご協力願えないですかー?」
もちろん、ザビト達は返事をしない。
息をひそめて次のアクションを考えていた。
すると、人が来たと分かっただけでマオの緊張が限界突破したのか、マオがぐったりとザビトにもたれ掛かってしまった。
最悪の状況だ。だが、ザビトは冷静に“隙”を伺い続けた。
「入りますねー? 失礼しまーす」
青年二人組が、ゆっくりと扉を開けた。
ザビトはマオに素早く上着を被せる。そして背負うと、青年たちを焦った顔で迎え入れた。
突然現れたマオとザビトに、青年二人組は驚いたようにのけ反り、剣に手をかけた。
さすがの反射神経だ。だがザビトは剣を気に留めず、続けた。
「助けてください! 彼女が、彼女が!」
一見したところ、この家に住む住人にしか見えない、なぜか焦った様子のザビト。
そして頭まですっぽり上着で隠れ、ぐったりと背負われているマオ。
青年二人は何かあったのだろうかと戸惑いながら、ザビトに問いかけた。
「ど、どうしたんですか?」
「恋人が病に伏せてしまったのです! 早く医者に見せないと! お兄さんたちも手伝ってもらえますか?」
「え? え?」
「水が欲しいんだね!? 彼女は水を欲しがっています! すみませんが中に入って、水を汲んできてください!」
「あ、あぁ、分かった」
戸惑いつつ、家の中に入る青年たち。そのままザビトに台所の場所を教えられ、台所へと歩いていく。
部屋の中は電気が付いていなかった。それを青年二人は訝し気に首を傾げたが、ザビトのせかす声で、慌てて水をコップにくんだ。
扉が閉まる瞬間、何かに気づいたピアスの青年が、振り向きざまに呟いた。
「そういえば、お兄さん琥珀色の目じゃ──」
振り向いた先。そこにはマオを降ろし、ナイフを振り下ろすザビトがいた。
慌ててピアスの青年は後ろに避けようとするが、ザビトの一刺しがピアスの青年の腕に軽い切り傷を作った。
「ッ!」
もう一人の黒いグローブの青年が剣を構え応戦しようとするが、ザビトはピアスの青年の背に素早くまわった。
そして片腕でピアスの青年の首をホールドし、剣先を動脈に近づけた。
戦況は、一瞬で決した。ように思われた。
「おっと、下手な行動はするなよ? こいつの首を掻っ切ってしまうぞ?」
「ッ! そうなる前に助けるだけだ」
俊足で近寄る黒グローブの青年。さすが街の警備兵とあって、鍛えられている。
黒いグローブの青年の剣先は、目にも止まらぬ速さでザビトに襲い掛かった。
だが──
「本当に俺を殺していいのか? こいつ、もう死ぬぞ?」
ザビトの呟いた言葉に、黒いグローブの青年は動きを止めた。
死ぬ、という聞き捨てならない単語に、動きを止めざるをえなかった。
計算通りの行動に、ザビトは内心嗤った。
「……どういうことだ?」
「どういうことも何も、そのままの意味だ。俺が使っているナイフには独自の毒が塗ってあってな、解毒薬の調合は俺しか出来ない」
「後で解毒すればいいだけだろ」
「残念ながら即効性だ。ついでに言っておくと、俺も毒の解毒薬は持っているが、瓶をバラバラにしててな。順番に調合しないと解毒薬は出来ねえんだ」
ザビトの言葉に、ザビトに捕まっているピアスの青年は、ガタガタと震えだした。
「た、助けてくれ」と力なく叫んでいる。
黒いグローブの青年は、歯ぎしりをすると剣を収めた。
ザビトは嘲笑う。
「さあ、俺の言うことを聞いてもらおうか、下僕ちゃん?」
ザビトの言葉に、「下衆がッ!!」と黒いグローブの青年は舌打ちをした。




