世紀の大ウソつき
【全世界指名手配】
まさかそんなものに自分がなるとは、琥珀色の瞳の青年──ザビトは“嬉しくて”嗤った。
ほこりが舞う錆びた時計塔内。石造りの螺旋階段を、ザビトは重心を一ミリもずらさず、スキップしながら登っていた。
「まちやがれ、誘拐犯め!」
ザビトの後ろでは、松明を持った大男たちが、一直線にザビトを追いかけていた。
たまに下級魔法である熱気を持った火炎球や、冷気の籠った水流球がザビトの元に飛んでくる。
直撃すれば、ただでは済まないだろう。
しかし、ザビトは鼻歌を歌いながら魔法をよけ続けていた。
「あはは! 本当に俺はツイてる! 最高だ!」
「最悪だ、の間違いですよね!? ね!?」
ザビトの隣では、ぜえぜえと肩で息をしながら抗議の声を上げるブロンドの髪の少女が一人。名前をマオという。
マオは階段を駆け上がっていた。
疲れに染まった表情でも、マオの天使のような容貌に陰りはなかった。むしろ汗が煌めき、魅力が増しているような気さえした。
マオの眼は月光でも見えるほど赤く染まり、光り輝いている。
「誘拐犯め、もう逃げられねえぞ!」
「大人しく女の子を返しやがれ!」
追手の大男たちがザビトに向かって叫んでいる。皆、マオを“取り戻しにきた”のだ。
何を隠そう、マオとザビトは今『逃亡中』なのだ。ザビトが誘拐犯、マオは連れ去られた少女というわけだ。
ザビトにマオが付いてきているのは様々な理由があるが、別にザビトはマオに強制してついてこいと言っているわけではない。
ましてや命なども握っていない。
逃げ続ける中で、マオも気づいたのだろう。
──あれ、何で私はこの人と逃げ続けているのだろう、と。
追っ手に捕まった方がよいのでは? と。
逃げ続け、疲労の溜まった頭ではじいた答えは、正当に等しかった。
追っ手の元に戻れば、美味しいご飯に、ふかふかのベッドで寝られる。しかも追われなくていい。こんな幸せなことはないだろう。
ザビトが気づいた時には、マオは階段を下りる方向へ体の向きを変えていた。
しかし、安々と逃がすザビトではない。すぐさまザビトはマオの首根っこを掴んだ。
「ぐえ!」
「おい、勝手なことをするな。仕事が増えるだろ」
「“誘拐した子”を手放したくないだけでしょう! え、えと、追っ手さ~ん……?」
小声で視線を右往左往させるマオに、ザビトはため息を吐いた。
「そこで人見知り発動するなよ、陰キャコミュ障魔王様」
「うっ」
「それに誘拐犯? 結構だ。お前はもう俺の所有物だ」
「どこに『魔王』を所有物扱いする人間がいるんですか!」
「……ここにいるな?」
あっけらかんと言うザビトに、マオは白目を剥いた。
(使える物は何でも使えってね。これストリートの教えね)
そうこうしているうちに、近づいてくる追っ手たち。なおも逃げようとするマオに、ザビトは一言言った。
「お前、自分が『魔王』だってバレたら勇者や街の人たちに殺されるって分かってるのか? だから俺についてきたんだろ?」
「う、もちろん死にたくないですッ! 当たり前じゃないですか!」
力強いマオの声。そこには生存本能が込められていた。
なら話は早いと、ザビトは続ける。
「魔王城に籠ってた陰キャコミュ障魔王様よ。俺を利用するくらいのあくどさは見せてもらわないとな?」
「ま、魔王の私を脅すんですか!?」
「死にたくないだろ? 『魔王様』?」
何処の世界に、魔王を脅す人間がいると言うのか。勇者さえ、もっとましな人間性かもしれない。
マオは力なく腕をだらんとさせると、涙目で抵抗を止めた。時に諦めることも大事である。
「私、ついていく相手間違えたなぁ……」
ぼそりと呟くマオ。それをザビトは聞こえないふりをした。
(魔王様だろうが何だろうが、全部利用してみせる。姉さんを殺した“紅眼のアイツ”を見つけ出すまでは──)
静かに目を伏せたザビトの元に、複数の足音が聞こえ、追っ手の大男たちが追い付いた。
数は10人以上はいるだろうか。皆斧や剣や槍など、武器を持っている。魔法を使う者もいると考えると、ザビトとの戦力の差は歴然だった。
もう逃げ場はない。
「大人しく捕まれ、誘拐犯!!」
追手の一人が叫んだ瞬間、ザビトは嗤った。
「誘拐犯? 誰のことを言ってんの?」
「お前に決まって──」
「俺が誘拐犯だという証拠は?」
「そこに女の子がいるだろう!」
が、追っ手が指し示す場所に、マオはいない。
追っ手たちは焦った様子で辺りをキョロキョロと見回す。先ほどまでは確かにいたはずなのに、何処にもいない。
「おいおい、証拠も無いのに誘拐犯呼ばわりとはひどいなぁ、俺はただ時計の修理に来ただけよん?」
「そんなの通じるわけが──」
「ほらよ」
ザビトの上着が広げられる。そこにはペンチ・ドライバー・ピンセットなどが所狭しと並べられていた。
これには追っ手たちも驚いた。本当に修理に来た機械士なのかと、皆顔を見合わせる。
誰も動けない中、ザビトは大手を広げた。
「ここの時計は機密製品が多くてね、あまり関係者以外は立ち入らないで欲しいんだけど?」
「あ、あぁ、悪か──」
「そうそうそれと、『誘拐犯』って言葉は俺を呼称するのには足りないな。俺を呼ぶならそうだな──」
ザビトは知らない人ばかりで震えて“クモのように天井に張り付いていた”マオを抱きとめると、時計の修理用扉を足で蹴り破った。
扉はスパーンと飛んでいき、一気に空気が流れ込んでくる。
──肌に突き刺さる風が、やけに気持ちいい。このまま夜景を見ながら一杯ひっかけたいところだが、今はそれどころではない。
ザビトは迷いなく空中に身を半分乗り出すと、唖然としている追っ手たちに向かってニヒルに笑った。
「俺を呼ぶならそうだな、『世紀の大ウソつき』って呼びな!」
そのままザビトは時計塔の上部から、空中へとダイブした。
重力に流されるまま、落ちていく。景色がスローモーションのようだ。
(どこかの遠い異世界では、こういうのバンジーって言うんだっけ? 紐が無いから、ただの飛び降りか)
そう考えながら、ザビトは脇にいるマオに子供みたいな笑顔で告げた。
「地獄に一緒に落ちようぜ、魔王様?」
「いやだああああ!」
二人はただただ落ちていく。時計塔の窓から驚愕した表情で見下ろす追っ手たちに、ザビトは陽気に片手を振った。
そのままは二人は夜の闇に消えて行った──




