後ろの少年だぁれ?
マオは自分の目を疑った。
ステージ上にある檻に入れられた魔族の子供たちは皆、ボロボロの布切れを着ており、手足に分厚い手錠と足枷を付けられていた。
手錠と足枷の先には魔法封じの魔石が付いた錘が付いており、魔族の子供たちは生気のない瞳でぼんやりと辺りを見ていた。
すぐにマオはステージに向かおうとした。しかしザビトが腕を掴み、止める。
「……何で止めるの? 子供たちが買われそうになってるんだよ?」
マオの殺気を、ザビトは飄々とした態度で受け流す。
通常の人であれば気絶してもおかしくはない殺気だが、ストリートで殺気に慣れ切っているザビトには効かないようだ。
ザビトはステージをちらりとみると、マオに告げた。
「闇オークションなんざ、珍しくもないだろ。アンタは人間を綺麗って思っているかもしれねえが、実際こんなもんだ。善性なんて糞くらえだよ」
「だからって、見過ごせって言うの!? まだあの子たち子供だよ!?」
「飯がくえりゃ万々歳だろ。奴隷だから可哀そうっていうのは早計だぞ?」
ザビトの言葉に、マオは言葉を詰まらす。
間違ってはいない。間違ってはいないが、それでいいはずがないと、マオの心が叫んでいた。
追い打ちをかけるように、司会者が壇上に現れ、ハイテンションで商品の紹介を始めた。
「皆様お待たせしました。今回の大目玉はなんと! 魔族の子供達だああああ!」
その声と同時に魔族の子供たちに電流が流され、魔族の子供たちは意図せず角と黒い皮質の羽根を出した。
痛みに耐える声に、会場のボルテージは嫌なほど上がった。
「さあさあ憎き魔族たちであれば、法律など無問題! 奴隷を保護する監査官も動きません! 我ら人間の最大の敵を痛めつけ放題です!」
司会者の弁舌に席に座っていた観客たちは、一斉に罵言を魔族の子供たちに浴びせかけた。
やれ人間の敵だの。やれ悪魔の子だの。やれ殺せなど。一度噴き出た悪意は止まらない。
再度ステージに向かおうとするマオを、ザビトが止めた。
「……止めないで、ザビト」
「今のお前に何が出来るんだ? 魔法も使えないだろ?」
「それでも絶対に助ける。私は“魔王”だから」
子供たちの悲鳴が、ずっと鳴り止まない。今この状況にも、子供たちの命は削られようとしていた。
会場にいる人は誰一人として助けようとしない。当たり前だ。相手は魔族の子供なのだから。中には魔族に家族を殺された人もいるだろう。
しかし、そんなこと知ったことではない。
怒りに震えているマオを、ザビトはやれやれといった顔で見下ろした。
「無茶と無謀をはき違えるなよ。今のアンタじゃ、ボディーガードに取り押さえられて終わりだ」
「……」
「もっと賢く生きろよ。じゃないと早死にするぜ?」
ザビトの助言にマオは唇を噛むと、肯定した。
「……そうだね。じゃあ、一番手っ取り早い方法を使うよ」
マオはザビトの胸倉を掴んで顔を引き寄せると、耳元で囁いた。
驚いたザビトの顔が、やけにはっきりと見えた。
「あの子たちを助けて。これは命令よ、ザビト」
「……」
魔道具を着けて目の色を変えているはずのマオの目が、紅色に変わった。
──絶対に助ける。あの子たちを、元の魔界に返すんだ。
それが今の私の、魔王の務めだ。
マオの決意を感じ取ったのか、ザビトは愉快そうに口の端を上げると、マオの目線にしゃがみ込んだ。
「悪いな、俺にその命令を聞く義理はねえんだわ。俺は魔王の配下じゃないからな?」
「ザビト!」
「ははは! ちょっくら便所行ってくるわ。あ、ステージに上がってもいいが、ボディーガードに締め出されたら本当に何も出来なくなるぞ? 流石にそれはまおーさまも分かってるよな?」
「ッ! ザビトのバカ!」
裏切られた気分だった。
マオに睨みつけられながら、ザビトはトイレに行った。
魔族の子供たちの鑑賞会は続く。司会者が大仰に両手を広げた。
「魔族の子供たちはこの後0時より競売にかけられます。皆さまそれまでぜひ吟味なさってください」
会場にいた人たちがゾロゾロとステージに近寄り、檻に入った魔族の子供たちを凝視した。
魔族の子供たちは抵抗する気も起きないのか、虚ろな目で虚空を見つめていた。
緑色の髪の子。ピンク色の髪の子。オレンジ色の髪の子。みんな魔族の気配を感じる。
マオは不思議に思うことがあった。
どこで魔族の子たちは人間に捕まってしまったのだろう。魔界に入れば、人間はそうそう入ってこないはずなのに。
魔力の弱い人間であれば、魔界の瘴気だけで死んでしまうはずだ。なのになぜ?
(まさか勇者が手を引いてる?)
それにしては、あのユウマとかいう勇者は人畜無害そうであった。
闇オークションに手を貸したりなどしないだろう。
だとすれば、誰が手引きしているのか。かなり人間でも強い部類に入る人物のはずだ。
刻一刻と、オークションの開始時間が迫る。
一分さえ長く感じる。マオは手を握しめ過ぎて、血が出ていることにさえ気が付いていなかった。
──絶対、助ける。
マオの熱い視線を感じ取ったのか、一人の魔族の少女が、マオに視線をやった。
そしてその目が驚愕に見開かれる。
口元が、音にならない声で『まおうさま?』と動いていた。
マオは口元に人差し指を立ててしーっとすると、視線だけで『待ってて、今助けるから』と伝えた。
その想いは伝わったのか、魔族の少女は静かに頷いた。
ふとマオが動こうとすると、腰に何かついていることに気が付いた。
マントに隠しつつそれを見ると、腰にあったのは『魔導銃』だった。
(いつの間にこんなもの……まさかザビトが渡したのかな?)
これがあれば暴れられる。会場がパニックになっている間に、子供たちを助ければいい。
マオが魔導銃に手をかけた時だった。
会場の照明が落とされ、明かりは司会席のスポットライトのみとなった。
「それではこれよりオークションを開始します。順番に競売にかけられますので、皆さま振るって競り落として──」
「ちょおっと待ったあ!」
司会者の声を遮るように、声が響き渡る。声の主はトイレから戻ってきたザビトだった。




