洞察×洞察
「うわあああ! 凄い凄い!」
マオがカジノの内装を見た瞬間、子供のようにはしゃぎだす。
カジノの中は、一言で言えば豪華絢爛であった。高級そうな赤い絨毯に、そこら中に置かれたどこのものかもわからない壺、部屋を彩る大輪のフラワーアレジメントたち。
そしてルーレットの台や、ストッとの台などが所狭しと並べられており、どこの席も8割方埋まっていた。
中にはジャンパンをもったまま話すのに夢中になっている人もいて、遊戯以外を楽しみに来た人もいるみたいだ。
会場中にスロットの音楽やジャズの音楽が流れており、一つのBGMを作り出していた。
また、黒と白の制服を着たディーラー達が至ることに立っており、客を楽しませていた。
すぐにでも賭けを始めようとするマオの首根っこを引っ張りながら、ザビトは浮かれている遊戯者たちを見て回った。
「おうおう、皆さまお揃いで夢心地かい? 泣けるね」
冷え切ったザビトの目線に、マオはぷくーっと頬を膨らます。
「ザビトもその夢心地に今から入るんだよ?」
「悪いが俺は現実主義者だ。夢には興味ねえよ」
「夢を忘れた瞬間、人は生きた屍になると思うけどな」
「生憎俺はすでに屍だな」
マオの言葉に軽口を叩いて、ザビトは会場の奥へと歩いて行った。
喧噪の中を、マオはカルガモの親子のようにザビトについて行く。
ついて行く中で見知ったゲームを見つけて、マオは大はしゃぎでザビトに話しかけた。
「ここで資金を集めるんだよね? 取り敢えずブラックジャックに少額賭けてやってみる? まずは様子見しないとだよね」
「いや、ブラックジャックはしない」
「え?」
「それに、賭けるのは一回のみだ」
「え?」
何とも大胆な決定に、小額から賭けた方がいいとマオは異を唱えたが、「俺の金だが?」というザビトの一言ですべて説き伏せられてしまった。
その後もしぶるマオを、ザビトは首根っこを掴んでずるずると目的地へと引っ張っていった。
会場の奥は通常のカジノでは見ないような遊戯が執り行われており、掛け金も段違いなのだ。たまに大賭けした人が現れているのか、会場内で「おぉー」というどよめきが起こっていた。
会場の奥に向かうと、そこにはVIPルームへ続く黄金の扉もあり、ボディーガードが厳重に警護していた。
ザビトにずるずると引きずられながら、マオはぽつりと呟いた。
「この扉の先……」
「どうした?」
「いや、この扉の先なんだけどね」
マオが誰にも見られない様にスマホに文字を入力すると、ザビトに見せた。
『“魔族”の気配がするよ』
「……ほう?」
興味深い話だ。マオとザビトがVIPルームを凝視していると、どこからかカエルのパーカーをきた少女がやって来た。
カジノに子供がいるとは珍しい。人懐っこい笑顔で話しかけてくる。
「お兄さんたち、VIP客じゃないケロね? VIPルームに興味があるケロ?」
独特の喋り方をする少女だ。ザビトは警戒心を持ちつつ、質問に答えた。
「あぁ、一攫千金狙おうかと思ってな」
「良いケロね! VIPルームに入るには、1億円が入会費で必要らしいケロ。お兄さんたち持ってるケロ?」
「いや、そんな大金は持ってないな」
「じゃあ諦めるしかないケロね、残念ケロ」
しょんぼりとする少女に、ザビトはあっけらかんと答えた。
「1億だけでいいのか、安いな」
「……ケロ?」
「なあ、あそこにあるゲームをやりたい。掛け金は10憶で」
ザビトの指さす場所には、人が一人もいない廃れた遊戯場があった。
屋台のラーメン屋さんのような風貌で、椅子が5つだけあり、カウンター越しにはまな板や寸銅鍋が見えた。
カエルのパーカーを被っている少女は目を白黒させると、ザビトに問いかけた。
「何で私に遊戯をやりたいって言ったケロ? 私、“ゲームを楽しんでいるだけ”ケロよ」
「とぼけるのはよせよ。“シャルテナ・アグリットのオーナーさん”?」
オーナーと言われ、少女の肩が一瞬ビクッと動く。手元が少し奇妙に動いた後、少女の動揺はすぐに消え、子供のような笑顔に変わった。
「ケロ~オーナーに見えたケロか? 嬉しいケロねえ~。けど残念。オーナーじゃないケロ」
「へえ、さっきVIPルームの前にいるボディーガードが、アンタに合図送ってたけどな。『VIPルームに興味ある客有』って」
「……ケロ」
「ついでに言うと、アンタが現れた途端、ディーラーたちが一斉にアンタを見てたぜ。まあ一瞬のことだったから、気づかない人がほとんどだっただろうけどな」
ザビトの鋭い指摘に言うことが無くなったのだろう。
少女は顔を俯け、身体を震わし、そして──
キラキラに輝いた目で、ザビトを見上げた。
「お兄さん中々の洞察力ケロ! 良いケロ、10憶でゲームしようじゃないかケロ。私の賭博場においでケロ」
スキップをしながら賭博場に向かう少女。その姿をボディーガードもディーラーも誰も止めることはせず、ザビトが言っていた『オーナーである』ことが真実味を帯びた。
マオは目をパチクリさせながらザビトに問いかけた。
「さっきの合図とか視線とかって本当?」
「ん? あぁ、ハッタリだ。こんな大きなカジノじゃ、合図くらいあるだろうと思ってカマをかけたんだ」
「うわぁ……」
ドン引きしているマオを横目に、ザビトは遊技場に向かった少女を見た。
見た目は子供にしか見えないが、『裏の者』特有の凄味があった。あれは一戦や二戦死線を潜り抜けてきた者ではないだろう。歴戦の猛者だ。
賭博こそが生きる道のような、そんな雰囲気を感じた。
(やりずらいったらありゃしねえな。俺と同じ“匂い”がするぜ)
ザビトは相手の掌に乗ったような感覚になり、舌打ちをした。
「あのオーナーは俺がハッタリかけてるのも全部見越して、賭けに乗ってくれたみたいだな」
「全部バレてたの!?」
「あぁ、分かってたと思うぞ。手元で周りの従業員に合図してたからな」
ザビトは苛立たし気にさも当然のように言うと、マオはヘラリと笑った。
「なら、ザビトが勝つね」
「……その根拠は?」
「んー? 魔王の感!」
マオは意図せずザビトを鼓舞すると、少女が待つ遊技場へと歩いて行った。
ザビトは大きく息を吐くと、思考を整理した。
(同類に出会って、少し乱されていたかもしれない。どんな相手だろうが、いつも通り使える手札を全て使って勝つだけだ)
最善を尽くせば、自ずと結果はついてくる。そういうものだ。
(それにせっかくの賭け(ゲーム)だ。楽しもうじゃないか。そうだよな、まおーさま?)
ザビトは無意識に上がる口角を、隠しもしなかった。
マオはその光景を振り返って直視し、本当にザビトが仲間で良かったと背筋を震わせたのだった。




