対峙
観客たちの声援に背中を押されながら、ザビトは柵を乗り越え、ステージ上に上がった。
ステージに上がると少しだけピリッと焼けつくような緊張感が支配していた。
その緊張感の主は、ユウマだ。
ステージの中央ではユウマが微笑んで立っている。強者の余裕が感じられた。
緊張感を出している本人だとは、到底思えない。
「よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げるユウマ。
地球という異世界では、試合前に礼をする風習があるという。
しかし、こちらに礼を尽くす義理はない。ここは地球ではない。『オーテル』だ。
ザビトはじっとユウマを見つめると、片手を上げた。
──ぶちかますなら、今だ。
仕掛けにいくことにした。
「勇者さんに質問がありま~す!」
ヘラヘラとした、小馬鹿にした声。
明らかに礼のなっていないザビトの態度に、開始のゴングを待っていたユウマは眉を顰めた。
「……何かな?」
──釣れた。
待ってましたと言わんばかりの笑顔で、ザビトは告げた。
「本当は魔王を倒してないって噂、本当ですか~?」
ザビトの声は、客席まで届かない。ユウマのみ聞こえている。
人は予想外のことが起こると、本性が出やすいと言う。ユウマを揺さぶるにはこれしかないとっておきの質問だった。
ザビトの質問にユウマは一瞬体を固めたが、すぐに調子を取り戻した。
「どこでそんな噂を聞いたか知らないけれど、嘘だよ。僕は魔王を倒している」
「そうなんだ~じゃあ」
開始のゴングが鳴らされた。ザビトはその場に立ったまま、なおもヘラヘラと続ける。
──抉れ。相手の弱点を、もっと曝け出せ。
ザビトは目を細めた。その顔は狂気に染まっており、初めて対峙したユウマは背中に悪寒が走っているような、苦虫をつぶしたような、そんな顔をした。
──抉り出した本心を、木っ端微塵にしろ。
ザビトは言葉の起爆剤を押した。
「何でそんなに弱いの?」
ユウマの眉が、ぴくっと動く。
どうやら“弱い”という単語に、大層反応しやすいらしい。これは“やりやすい”。
ザビトはあくどい笑みを浮かべた。
「誰が弱いって?」
「君だよ君~もしかして自覚ないの? あ、弱すぎて相手の技量が分かんないんだ~! 俺としたことがごめんね~!」
明らかな煽り。ユウマは息を吐くと、冷静にザビトに言い放った。
どうやらこちらの土壌に乗ってくる気はないらしい。
「この試合、すぐに終わらせてあげるよ」
「出来るかな~? 甘ちゃん♪」
ユウマが地面を蹴って、剣を右下に構えた。二人の距離は一瞬でつまり、脱力して武器も持っていないザビトは、ただ剣が近づくのを笑顔で見つめていた。
容赦なく切り上げられる剣は、的確にザビトの胴体を切りつける“はず”だった。
「宿屋のミーシャ」
ザビトの一言に、ユウマは切り上げる動作を止めた。
明らかな隙。だが、ザビトはナイフも構えず続ける。
心底見下した目で、ユウマを見下ろした。
「花屋のエリーゼにパン屋のアンドレア、牧場の娘のマリーに魚屋のキャルロット」
「……」
「あぁ、あと本屋のシャルティアもか! 皆元気にしているか?」
容赦ない悪魔のような囁きに、ユウマは顔を歪める。
言外に、『俺を傷つけたら、彼女らがどうなるかわからないぞ?』と脅しているのだ。
何とあくどいやり方か。しかしユウマには効果てきめんであった。
曲がりなりにも勇者と呼ばれている人間だ。人を盾に取られたら、驚くほど弱い。
「……お前、彼女らに何をするつもりだ?」
「べっつにー? 俺はただ“知り合いの名前を呼んだだけ”だし? もしかして勇者様も知り合いだった? こんな偶然あるんだね~!」
「……外道が、何が望みだ」
ユウマの感情が高ぶり、目が『紅色に染まった』。
途端にオレンジの炎がユウマから沸き上がった。龍にも見えるそれは、意思を持っているかのようであった。
熱波に当てられたザビトの前髪が、チリッと少しだけ焦げる。
──あぁ、会いたかったぜ、紅眼。
ザビトは心底嬉しそうに嗤った。この時をずっと待っていた。10年前、姉さんを殺された時からずっと!
「そうそう!! それが見たかったんだよ!! いやー勇者が紅眼になることがあるって情報は掴んでたんだけどな、アンタ居場所転々としてるじゃん? 中々居場所が分からなくてよー。やっとこのパレードに参加することを知ったわけ」
ザビトはその場でクルクル回る。ステージ上の異様な雰囲気に、会場はざわざわとし始めた。




