3-7 神官たちの隠し事
「ただいまぁ」
ガチャリと扉を開いたセラフィナ。続いてヴァルト、ミリエルも扉をくぐる。
「座れるところあんまりないから、適当にベッドとか座って」
セラフィナは手を洗いながらそう言うと、お茶を入れる準備をし始めた。
「お構い無く」
ミリエルはそういうが、やはり疲労の色が消えない。かなりの人数の治療に追われていたのだろう。
まもなくして、三人分のお茶を淹れ終わったらしく、セラフィナがテーブルにコップを置いた。
「さて、それじゃあ神殿で何が起こってるのか教えてもらうわよ」
いつになく真面目な顔をしたセラフィナが、ミリエルを見つめる。
ミリエルはその瞳を見つめ返すと、こう言った。
「まず一つ、王都近郊で未確認の魔物が大量発生している」
「大量発生だと?いつからだ」
「ここ最近だよ。セラフィナが王都を出てから」
未確認の魔物が大量発生。穏やかではない。
「その魔物は強いのか?」
「いや、強さ自体はそこまで……ただ数が多いから押し負ける冒険者や商人たちがたくさんいてね」
「それだけ数が多いんじゃ、冒険者の数も足りないんじゃないかしら」
「商人の護衛も足りないだろう、このままでは物流も滞るな」
部屋は静まり返ってしまった。意外にも、この沈黙を破ったのはミリエルだった。
「実は、それだけではなくて」
ミリエルは重々しく口を開く。
「神官達は、大量発生の原因を突き止めていながら、王に報告を上げていない」
「なんですって?職務放棄じゃない!」
「まて、何か理由があるんじゃないのか」
傷ついている人がたくさんいるというのに、報告をせず魔物の対処を冒険者頼りにしているのは一体なぜなのか。
ミリエルはしばらく言いづらそうにそわそわとしていたが、意を決してそれを言葉にした。
「お金だよ」
「金?」
こういう流れでは嫌な言葉だ。セラフィナたちは先を促す。
「神殿で治療を受けるには、お布施が必要なのは知っているよね。今、治療を望む人は本当に多いんだ」
「つまり、怪我人が増えれば増えるほどお金が集まるから魔物を減らしたくない、ということね」
「最悪だな」
またも部屋は静まり返る。二人が何を考えているのか、ミリエルには手に取るようにわかる。だからミリエルは、言われる前に言い出した。
「僕は王に報告に行けなかった。ずっと神殿の奥に閉じ込められていて、治療をひたすらやらされていたんだ」
辛そうに、そう口にするミリエル。セラフィナは最早いらいらを隠そうとは思っていなかった。
「はぁ?この世界の聖女様に随分舐めたことしてくれてるのね」
「落ち着け。ミリエル、監視もいたのか?」
「そう、監視がいたから抜け出せなかった。今日はたまたま普段より怪我人が多くて、監視も治療に行っていて……本当に運が良かったんだ」
「なるほどね……それで、その原因っていうのは?」
「魔素だよ。僕達が魔法を使う際に魔力に変換している、あの」
「魔素なんてどこにでもあるじゃない?」
セラフィナは少し混乱していた。確かに魔法を使う際には、空気中の魔素を魔力に変換していることは知っている。
だが、それと魔物の大量発生がどう結びつくのか理解が及んでいなかった。
「魔物って倒したら魔素に還るでしょ?つまり、魔素があるところに魔物が出るんだよね」
「今回大量発生ということは、魔素が大量にあるということか」
「そうだね、そしてここからが本題なんだ」
ミリエルは一度お茶を口に含み、落ち着いて話す。
「僕達が倒した魔王は強かったね」
「あ……」
これは最悪なことだ。セラフィナはすぐに理解した。
「魔王を倒したときの魔素が、世界中に充満している、ということね」
「そう、セラフィナも旅の間で何かおかしなことはなかった?」
セラフィナはすっかり忘れていた呪いの件や、ネブラバイトが近くの村に出たことなどを簡潔に話した。
「そう、やはり。僕達が魔王を倒したことで、魔素の均衡が保たれなくなってしまったのかもしれない」
「じゃあ、魔王を倒したのは間違いだったというの?」
「そうではないだろう。魔王のせいで苦しんだ人たちは救われた」
「でも今こうして世界に異変が起きるなんて……」
三度目の沈黙。魔王を倒す、それだけを考えていた。それだけしか、考えていなかった。
魔王を倒したあとのことは、誰も考えていなかった。
「仕方ないよ。そもそも、魔素の研究が進んだのも最近のことだし……誰も気づかないよ、五年前の段階では」
「そうね、ここで悩んでいても仕方ないわ。まずあたしたちがやることは一つよ」
セラフィナは立ち上がると、こう言った。
「リオネルに、会いに行きましょう」




