3-6 王都のパンケーキ
ガタンゴトンと揺れる馬車の中で、セラフィナはひとつ、疑問に思った。
「ねぇ、ヴァルト。どうしてファルマ村を出たの?」
「魔物が出たからだ」
ヴァルトはあっけらかんと答えたが、セラフィナは納得がいかない。
「魔物くらい、どこにでもいるでしょ?」
「そうではない。見たこともない魔物が現れたんだ。何かおかしいと思ってな」
そう言われたセラフィナは今までを振り返ってみた。そういえばネブラバイトと戦った気がするが、あんなに強い魔物はホプの村周辺で出たことはなかったと思う。
「あちこちでおかしなことが起こってる気がするわね。ミリエルは何か知っているかしら」
「今から会いに行くんだ、直接聞けばいい」
それもそうね、と頷いたセラフィナは杖の先をトントンと指で叩く。本人は気がついていないが、考え事をしているときの癖だ。
馬車は街道を走り始める。しばらくすると、見慣れた王都の城壁が姿を現し始めていた。
「やっぱり馬車を買って正解だったわね。こんなに早く王都に着くなんて」
「結果的には良かったな」
「ミリエルは元気にしているかしら」
「さあな、神官は忙しいらしい」
そんな他愛もない会話をしているうちに、馬車は王都の門前へと止まった。
「俺は馬車を指定の場所に停めてくる。先に入っていつものカフェで待っててくれ」
「いつものカフェって……え!パンケーキが食べたいって覚えててくれたのね」
「昼時だからな、俺も腹が減ってるだけだ」
「ふふん♪パンケーキ〜♪」
悩みなど忘れてすっかりご機嫌になってしまったセラフィナの足取りは、靴底から喜びが伝わるかのように、軽い。
セラフィナが門をくぐったのを見届けて、ヴァルトは王都馬車発着所へと向かった。
なんの問題もなく馬車を停められたので、セラフィナの待つパンケーキの美味しいカフェへと歩みを進める。
「5年前の旅中も、あのカフェのパンケーキが食べたいと騒いでいたな。そんなに美味しいのか……」
甘いものは苦手だが、それはそれとして、人をそこまで魅了するパンケーキは気になってしまう。
ヴァルトは悩みながら人混みを躱し、ようやくカフェへと辿り着いた。
いつものカフェの、いつものテラス席にセラフィナはいた。
「おそーい!はやくはやく、注文するわよ!」
「すまん。思ったより人が多くてな」
言い訳をしたが、メニュー表を食い入るように見ているセラフィナの耳には届いていないようだ。
「いつものベリー……なんとかじゃないのか」
「今期間限定が出ているのよ、そっちにするか迷っていて」
メニュー表をちらりと見ると、確かにあった。レモン香る爽やか柑橘パンケーキなるものが。
「俺が期間限定を頼むから、お前はいつものを頼め」
「半分こするってこと!?正気なの
パンケーキは甘いのよ?」
「どっちも食べたいんだろう」
「はい。お言葉に甘えます」
セラフィナはすぐに手を上げ店員を呼ぶ。そしてパンケーキを二つ、ミルクティーとコーヒーを注文。
セラフィナはにっこにこである。
「甘いものを食べるのに、よく甘いものが飲めるな」
「苦いものは美味しくないじゃない」
「まだまだ子供か……」
「はい?もう成人してますけど?」
軽口を叩き合っていると、運ばれてきたのはふわふわのパンケーキ。
沢山のベリーがパンケーキの周りを囲み、ホイップにもベリーソースがかかっている。
ベリーミックススペシャルの名に相応しい煌めき。セラフィナのテンションは上がりに上がっていた。
「これよこれ!旅に出たくなくなる理由その一よ!」
ヴァルトの元にも、柑橘パンケーキが運ばれてきた。
輪切りにされたレモン、オレンジが乗っており、控えめのホイップにはオレンジソースがかけられている。
セラフィナを見ると、もうすでにバクバクと食べすすめていた。
ヴァルトは意を決して一口。
ふわりとした生地に、柑橘の爽やかな香りが広がる。思っていたほど甘ったるくはなく、レモンの酸味が後味をすっきりさせていた。
「意外と、想像していたより甘くないな」
「でしょ?食べてみたら食べられるものよ」
「コーヒー飲んでみるか?」
「いらない」
"食べてみたら食べられるものよ"この発言はどこへ行ったのか、即答したセラフィナはこれみよがしにミルクティーを飲んでいる。
半分ほど食べすすめ、お互いのものと交換。
「……甘いな」
今度は口いっぱいに広がるベリーの甘酸っぱさに、ヴァルトは思わず眉を寄せた。
「これすごい爽やかね、こっちも美味しい〜」
セラフィナは嬉しそうに柑橘パンケーキを頬張っている。
ヴァルトはコーヒーを頼んでいて正解だったと、心の底から思った。
なんとか食べきった二人。少し休憩してからカフェを出た。
「さて、行きますか。ミリエルのところ」
「すんなり通してくれるといいがな」
「大丈夫じゃない?前に夜中に行ったときはすんなりだったわよ」
セラフィナが王都を離れる際、仲間集めに会いに行ったときは顔パスだったはずだ。
二人は並んで神殿へと向かう。
それにしても今日は人が多い。神殿への道も、人で溢れかえっている。
「おい」
「ええ、みんな怪我してるわね」
「なぜこんなに怪我人が?なにかあったのか」
特に聞いていない、とセラフィナは首を振った。
この王都で何かが起こっていることは間違いなさそうだ。
ごった返す神殿前を抜けると、神殿の中は、いつもの静謐さとは打って変わって騒がしかった。
治療を受ける人々、駆け回る神官、運び込まれる担架。怒鳴り声も聞こえてくる。
「一体何が……」
「セラフィナ!」
呼び声に振り返ると、そこには疲労困憊のミリエルが立っていた。
「ミリエル!一体何が起こってるの?」
ミリエルは一瞬だけ口を閉ざし、それから周囲を確認するように視線を巡らせた。
「……ここでは話せない、セラフィナの家に行こう」
王都で起こっていることはただの魔物騒ぎではない。そう感じさせる表情だった。
セラフィナ達は頷くと、ミリエルを連れて神殿を後にした。




