3-4 エルフの住む街
森を覆っていた禍々しい闇は晴れ、まばゆい陽光がセラフィナの足元を照らしている。
だが、セラフィナの心は晴れなかった。
「あたしの術式が一瞬で」
杖の先を見つめ、セラフィナは小さく零した。
「元々書き換えは苦手な部類だろう。落ち込んでいる場合ではないぞ」
ヴァルトは御者台に戻りつつ、少しぶっきらぼうにセラフィナに声をかけた。
「そうね」と小さく頷きセラフィナは重い腰を上げ、馬車に乗り込む。目指すは世界樹の根元に湧き出る泉の街、ルートウェル。
「5年ぶりのルートウェルね。水浴びできるかしら」
「先の戦闘で消耗した分、少し休んでいかねばな」
魔族が気がかりではあるが、今は考えても仕方ない。まずは当初の目的である王都ヴァルガルドに向かい、聖女ミリエルと呪いの話をしたい。
(まあ、一連の災厄が誰によって引き起こされたのかはおおよそ予想がつくけれど……)
「もう着くぞ」
「はぁい」
ヴァルトの声に顔を上げると、視界の先、巨大な樹冠が空を押し上げるようにそびえ立っていた。
道中、あの変な魔物たちは一匹も見なかった。やはりあの魔族のせいだったのだろう。
「あ」
ふと、セラフィナは思い出した。今から行くルートウェルと言う街には曲者がいることを。
「ねぇ、ルートウェルの人たちってさぁ、5年前あたしたちのことボロクソ言ってきたけど」
「そうだったな」
「今回はすんなり街に入れるかしら」
「それは相手の機嫌次第……っと」
馬車を街の入り口に駐め、先にヴァルトが降りた。辺りを見渡し、安全を確保してからセラフィナが降り立つ。
すると、すぐに街の衛兵が文字通り、飛んできた。
「このようなところに、何用だ。人間」
現れたのは、透き通るような肌と、それは立派な長い耳を持つエルフだった。
その瞳には、隠しもしない嫌悪の色が滲んでいる。
「今回は王都に向かう途中の寄り道よ。少し休ませてほしいの、一日だけでいいから」
「人間の立ち入りは禁じられている。早々に立ち去るがいい」
やはり無理か、と半ば諦めのヴァルトだがセラフィナはめげないことで有名だ。
「そこをなんとか!ほら、森の異変も無くなったことだし……」
「異変だと?……まて、そういえばお前、見たことがあるな」
「あっ、思い出した?あたしセラフィナって言うんだけど。5年前の勇者パーティの」
「……なるほど、理解した。少し待っていろ、入れてやる。許可を得られれば、の話だが」
衛兵は重力を無視したような足取りで、ふわりと跳躍した。そのまま入り口から見える大樹へと飛んでいく。そこに長老がいるのだろう。
数分後、戻ってきた衛兵の顔からは、先程までの刺々しさは消えていた。
「今回は特別に入っていいそうだ」
「やった〜!水浴び水浴び」
「感謝する」
セラフィナはるんるんと小躍りしながら街に入ってゆき、ヴァルトは衛兵に一礼してから後を追う。
「5年前も特別だって言ってたわね。結構緩いのかしら」
「あんまり余計なこと言うと追い出されるぞ」
「あぶな」と口を噤み歩いていると、先程の衛兵と同じ、針で刺すようなチクチクとした視線が刺さる。だが許可は得たので、一行は堂々と大樹へと向かう。長老への挨拶だ。
大樹の根元には、樹皮と一体化したような大きな扉。
コンコンとノックを二回。
扉は開かれない。
「長老様〜?セラフィナです、ご挨拶に伺いました」
しばしの時間のあと、返ってきたのは長老ではなく側近の声だった。
「挨拶はいらぬ、一日休んだら速やかに街を出るように。だそうだ」
セラフィナとヴァルトは顔を見合わせ肩を竦める。やはり歓迎はされていないようだ。
「わかったわ。水浴びはしてもいい?」
「……構わん。だそうだ」
「ありがと〜」
一応お礼を言って大樹を後にする。
「ヴァルト、あたし水浴びいくからね」
「あぁ、おれは食料を調達して馬車に戻る」
「わかったわ。じゃあ、あとで馬車で」
街にいるのになぜ馬車に戻るのか。答えは簡単だ。人の立ち入りが禁じられているこのエルフの里には、宿がない。そのため、セラフィナたちは水浴びをして物資を補給したら、馬車で眠る。形ばかりの「滞在許可」は、実のところ「野宿許可」と同義であった。
(もうちょっと人間と仲良く出来ないかしらねぇ、この種族)
人より遥かに長い年月を生きるエルフは、その生涯で蓄えられた知識と、練り上げられた魔力によって優劣をつける。
彼らにとってセラフィナたち人間は、知性をもった家畜かなにかに見えているのだろう。
(ま、水浴び許可もらったし泉に向かっちゃお)
突き刺さる視線などお構い無しに、案内もなく大樹の根元へと突き進む。
ルートウェルの泉。エルフたちが聖域として守り続けてきたその水は、驚くほど透き通り、そして氷のように冷たかった。
セラフィナはワンピースを脱ぎ捨てると、足の先から少しずつ水の中へと入っていった。
「ふぅ……ちょっと冷たいけど、気持ちいいわね」
先の戦闘で乱れた魔力の残滓が、清らかな水に溶け出していく感覚。その心地よさはだんだんと「重み」へと変わっていった。
「あれ?なんか……」
セラフィナは慌てて一度水から上がり、魔法で収納してあったタオルを取り出した。
「うーん、やっぱり身体が重いような」
気のせいかもと思いつつも、こういったときの勘は外れることもないのでしっかりと身体を拭き服を着た。
「馬車に戻るまえにもうちょっと泉を見ておこうかな。こんなきれいなところ中々来られないし」
近くの切り株に腰掛け、ぼーっと水面を眺める。キラキラと陽の光を反射し、小鳥が水を飲みに来る。平和だ。
「そろそろ馬車に戻ろうかな」
立ち上がろうとした瞬間、ぐにゃりと視界が歪んだ。陽光を反射してきらめいていた泉が、どろりとした底知れぬ闇に見える。
「あ……」
抗う間もなく、セラフィナの意識は急速に遠のいていった。




