2-7 対峙
炭鉱の奥、薄暗い空間に鉱石の光がちらつく。そこに立っているのは、セラフィナたちと、カティア。
ヴァルトはセラフィナを守るために前に出ようとしたが、セラフィナがそれを止めた。
「おい、なんの真似だ」
「カティアは魔法使いよ。魔法の対処なら、あたしが」
カティアが攻撃してくるとは思いたくない。けれど、呪いの根源であることには違いない。きっと、セラフィナを攻撃してくるだろう。
「カティア、聞こえる?話をしましょう?」
セラフィナは優しく声をかけたが、返ってきたのは、かつて魔法婆さん⸺先生が褒めていた魔法だった。
積まれていた沢山の鉱石が浮き上がり、セラフィナ目掛けて飛んでくる。
カティアの顔には、誇らしげな笑みが浮かんでいた。私も成長したのだと言わんばかりの、笑みが。
「《ルーンガード》!」
セラフィナは、すぐに魔法防ぐための盾を発動させた。目の前に浮かび上がる淡い紫色の盾は、飛んできた鉱石を次々と落としていく。
「カティア!お願い、やめて!」
叫びにも似た悲痛の声をあげるセラフィナ。
カティアは楽しそうに笑っている。昔見た、無邪気な笑顔とは少し違う、どこか悲しげな顔。
「せ、らふぃな……」
悲しいような、恨んでいるようなカティアの声が響く。どうしてこうなってしまったのだろうか。
「カティア、お願い、戻ってきて……」
ふと、猛撃が止んだ。
すかさず、ヴァルトが切りかかるも、その姿は霧散してしまった。
「くっ、物理攻撃は効かないのか?」
「実体があるといってもそれは呪いだもの。魔法でどうにかするしかないわ……あたしが防ぎきれなかったら、よろしく」
「わかった」
またすぐにカティアの姿が現れる。
何か言いたそうな顔をしているが、声は聞こえず、代わりに魔法が飛んでくる。
「《ルーンガード》」
焦らず冷静に防御をするセラフィナに対して、無慈悲にも魔法を叩きつけてくるカティア。今度は光の魔法だ、前はこんなの使えなかったはずだ。
「あたしが出ていったあとも、魔法の鍛錬していたのね……」
その言葉にカティアがぴくりと反応した。
そして苦痛の表情を浮かべる。
「う……ゔゔぁぁぁぁぁ!!!」
暴走している。あたり一面に石を撒き散らしながら暴風を叩きつけてくる。
「こんな風……!一旦引くわよ!」
セラフィナ達は、一度炭鉱の入り口まで退避することにした。それは、セラフィナの覚悟が決まっていなかったから。まだ、救えるのではないかと。
退避する二人を見つめ、カティアの拳が小さく震えた。その瞬間、頭の中にあの日の光景が蘇る⸺。
◇ ◇ ◇
『一緒に王都の魔法学校に行きましょう!』
あぁ、そんなことも言われたな。私だって行きたかった。魔法が好きだから。
でも、私に魔法の才は無かった。私は不合格だった。
あの日、土の塊を転がせた。母が大喜びしていたのを覚えている。私も嬉しかった。私は魔法が使えるんだ、もしかしたらすごい魔法使いになれるかもしれない。そんな期待を抱いていた。
私には幼馴染がいた。セラフィナと言う。
金の髪が眩しくて、その眩しさに負けないくらい、明るい良い子。薄緑の目をしている。緑の目は嫉妬の目、とか言ったっけ?でもあの子は嫉妬なんてしないんだろうな。
そのセラフィナが、毎日誘いにくるんだ。
『魔法婆さんのところ、いくよね?』
最初は楽しかった。基礎的なことを教えてもらって、段々と魔力も上がって、使える魔法が増えていく。そりゃ、楽しい。でも、私はすぐに思い知らされる。実力の壁を。
『セラフィナはすごいねぇ、もう火を出せるようになったのかい』
『ふふん、とーぜんよ!』
私は火は出せない。水も出せないし、風も起こせない。この間、やっと石を浮かせることができたんだ。
『カティアは……石をこんなに浮かせることが出来るのかい、上達したねぇ。地属性の適性があるのかね』
先生も困っている。褒めるところがないんだ。でも、私は魔法を使うのが楽しかった。こんなことしかできなくても、私には、これしかないから。
それからも毎日、先生には魔法を教わっていた。
今日は少し、葉っぱを浮かせられた。私は物を浮かすのが得意なのかもしれない。
セラフィナにも見てもらおう。そう思って、私はセラフィナの家まで行ったんだ。
『セラフィナ!見てみて、葉っぱを……』
セラフィナは、私の何倍もの数の石を浮かせて遊んでいた。
『あっ、カティア!見て、噴水みたいに石を動かせるようになったの。面白いでしょ〜?』
『う、うん、すごいね!』
すごいね、しか言えないよ。私の得意分野だと思っていたのに。私よりもすごいことしてる。どうして?それは私が褒められた魔法でしょう?どうしてあなたが使っているの?
『ねぇ、カティア。明日も魔法婆さんのところ、行くでしょ?』
『……うん』
私は少し、魔法が嫌いになってしまった。
⸺⸺⸺⸺
『カティア、石を武器にする方法を教えてあげようね』
『石を?』
『そう、お前は物を浮かせるのが得意みたいだからね。いいかい、浮かせるだけじゃだめなのさ。飛ばさないとね』
そう言って先生は実践してくれた。先生はすごい。石を飛ばしただけで木に穴が開いてしまった。
『私にも、出来ますか?』
『出来るさ、お前さんは自分で思っているよりも才があるよ。大丈夫、練習すればきっと上手くなる』
じゃあ頑張ろう。私だってやれるんだ。そう思った矢先だった。
『なになに、石を飛ばすの?あたしもやるわ!』
そう言ってセラフィナは木に向かって石を飛ばしてみせた。穴は開かなかったが、だいぶ傷がついた。
『おや、見ただけで飛ばせるのかい。お前さんは凄いねぇ』
まただ。またセラフィナだ。
私の得意分野のはずなのに。どうしてお前が横から取っていくんだ。私がやるはずだったのに。どうして、どうして⸺。
『カティア?やらないの?』
『えっ、あ、うん。やってみるよ』
一生懸命イメージした。石が木に向かって飛ぶ瞬間を。でも、私には出来なかった。ふわっと浮いて、すぐ手前の地面に落ちた。
『あら、落ちちゃったわね。でも大丈夫よ!きっとすぐ出来るようになるわよ!』
うるさいな。あー、うるさい。
私はそれからも練習を続けた。浮かせて、飛ばして。浮かせて、飛ばして……。
少しずつ、飛距離は伸びた。そんなときだった。
『王都の魔法学校に行きましょう』
はあ、王都の魔法学校ね。実力者ばかりが集まりそうなところだね。で、私に一緒に来い?何を言っているんだこいつは。
これだけの実力差があることに気がついていないのか、無邪気に問うてくる。
イライラした。これだけの差があって、尚、私を友達だと言うセラフィナに。
一緒に行こうと誘ってくれているセラフィナに、私はイライラしたんだ。
でも、私はこう答えた。
『……うん、わかったよ。セラフィナ』
もしかしたら、受かるんじゃないか。そんな淡い希望を抱いて、そう返事をしたんだ。
『やった!それでこそ、あたしの親友よ!』
親友?親友、ね。私の気持ちに全く気がついていないのに、よく言う。
少なくとも、私はこの数日、友達だなんて思っていない。ライバルですらない。だってこんなにも、私は魔法が使えない。
そして、淡い期待は崩れさった。
『不合格』
その文字を見て、涙も出なかった。
そりゃあそうだ。火も水も出せない、風も起こせない。得意のはずの地属性魔法もセラフィナに劣る。光の魔法も闇の魔法も教えてもらえない。
こんな私が、受かるはずがない。
セラフィナ?きっと合格だろう。あの天才が落ちるわけがない。きっと本人の言う、偉大な魔法使いになるだろう。
……私は?私は何になるの?
考えるのも嫌になって。家を飛び出した。
魔法で遊ぼうと思って、いつも遊ぶ、すぐ近くの井戸に行こうと思ったんだ。
『聞いた?セラフィナちゃん、魔法学校に行くんですって。王都らしいわよ、すごいわ〜』
『魔法学校といえば、カティアちゃんも受けたんだったわね。結果はどうだったの?合格?』
家の横の、いつも朝早くからパンを焼くおうちの人に声をかけられた。ぎりぎりと奥歯を噛み締めて、答えた。
『不合格でした』
『あら、そうなの……一緒に行けなくて残念ねぇ』
小さな村だ。噂はすぐに広まった。
『カティアちゃん、落ちたらしいわよ。あんなに毎日魔法の勉強してたのに……』
『セラフィナちゃんと違って才能がなかったのかねぇ?可哀想に』
うるさいうるさいうるさい!!!!
そんなの私が一番わかってるよ!才能が無いなんて、ずっと前から知ってる!魔法を使えもしないお前らに言われたくないよ!!
そうだ、私は魔法が使えるんだ。まだ魔力もそこまで多くないし、使える魔法は少ないけれど、これからもたくさん勉強すれば、きっと。
やっぱり先生のところに行こう。今日も教えてもらうんだ。あいつに、セラフィナに追いつくために。
『先生、今日も教えてください』
『ああ、カティア。ごめんね、しばらくセラフィナにかかりきりになりそうなのさ』
『え?』
『あの子は魔法学校に行くだろう?あそこは格上ばかりいるからね、少しは実力をつけていかないと……』
ほとんど話は聞こえてこなかった。
格上?セラフィナより?
そんな凄いところを、私は受験したの?
馬鹿みたい。受かる可能性なんて1%も無かったんだ。セラフィナより格上がいるなんて聞いていない。知っていたら受験しなかった。
1ヶ月後、セラフィナは村を出ていった。
それからというもの、私は必死に勉強した。母に頼んで魔導書を買ってもらったし、先生にもたくさん教わった。
ねぇ、セラフィナ。私も成長したよ、少しはあなたに追いつけてるかな。ねぇ、セラフィナ。見てよ、セラフィナ⸺。
◇ ◇ ◇
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!」
カティアは頭を振り、叫びながら炭鉱内を鉱石で傷つけていく。
石を飛ばせなかったカティアは、こんなに上手に石を飛ばせるようになった。
「セラ……フィナっ…!!」
先程よりはっきりと、セラフィナを呼ぶ。
「カティア?」
セラフィナが聞き逃すはずがない。
すぐにカティアの元へと駆け寄る二人。
「セラ……フィナ……たす」
「カティア!!」
もうだめなのだ。カティアの憎しみは、呪いへと変わってしまった。村全体を覆い、さらなる負の感情を生んでしまっている。
カティアを倒さなければ、この村は救われない。けれど、カティアを倒すということは……。
「あたしが、カティアを……?」
セラフィナは魔導書を片手に立ち尽くす。
カティアはそんなことは関係ないと言わんばかりに魔法を撃ってくる。今度は火の塊が飛んできた。
セラフィナは、反応できなかった。
「セラフィナ!」
ヴァルトが次々と火の塊を切り伏せる。
「おい!俺だけでは限度がある!なんとかしろ!」
飛んでくる大量の火の塊は、ヴァルトをすり抜けてセラフィナの肩に着弾した。
「っ……。《ルーンガード》」
セラフィナは、最後の盾を構える。そう、これが最後だ。
「火を、出せるようになったのね。さっきは風も……カティア、ごめんね」
セラフィナは手を前に出し、魔力を集中させる。前にはヴァルトがいる。当たらないようにコントロールはしっかりせねばならない。
「カティア、あたしは、あなたを友達だと思ってるわ。……さようなら」
「セラ……セラ、フィナ……あ」
名前を呼ばれ、セラフィナの目には涙が浮かぶ。ここでやらねばならない、確実に。
「《ルーン・オブ・ソル》」
セラフィナが左手を掲げると、紫色の魔法陣が大きく展開し、次第に黄金の光へと変わっていく。
光は天井を透かすように空から差し込み、昼のような明るさだ。暖かく柔らかいけれど、圧倒的な力を持つ⸺太陽のような光。
祈りのように、光はカティアに降り注ぐ。
カティアは暴れることなく、ただそれを受け入れていた。
炎や風の魔力が剥がれ落ち、カティアの影が消えていく。
苦痛の表情は、やがて安らぎへと変わっていく。
「あ…り、がと…う……」
「……!」
それは村を救ってくれたことに対してなのか、自分を浄化してくれたことへの感謝なのかはわからない。だがしっかりと、ありがとう、そう言っていた。
「カティアっ……」
肩の火傷の痛みと、心の痛み。
村を救えたことより、親友を失ったことのほうがつらい。
光が消え、静寂が訪れる。村を覆っていた呪いは晴れた。けれど、セラフィナの胸には取り返しのつかない空白だけが残っていた。
「もう、誰も、こんな思いをしないように……」
俯き、握りしめた拳に、まだ涙が落ちていた。
静かになった炭鉱の奥から、微かに黒い霧が揺れたのを、ヴァルトだけは見逃さなかった。




