2-6 呪われた土地
早朝。セラフィナとヴァルトは馬車に乗っていた。ヴァルトが手綱を引き、セラフィナは隣に座って髪をブラシで整えている。
「今日はなんだか天気が悪いわね」
「そうだな、雨が降りそうだ」
空は厚い雲に覆われ、朝だというのに薄暗い。馬車の車輪がぬかるみに足を取られ、時折がくんと揺れる。
「ねぇ、なんか道悪くなってない?」
「ルメルハインを出てから少しずつな。それに、獣も魔物もいない」
「生きている感じがしないわね」
鳥も動物も、魔物すらもいない森を駆ける馬車。これは明らかな異変だ。
セラフィナはブラシをしまい、前方を見据える。
(呪われた土地、アーロン村……)
アーロン村はセラフィナの故郷だ。7年前、王都にある魔導学校に入学するために村を出てから、一度も帰っていない。
(こんな形で、村に帰ることになるなんてね)
セラフィナはすぐに魔法を唱えられるよう、魔導書を片手に持つ。もう既に異変は起きている。いつ何が出るか、わからない。
そう思ったけれど、馬車が村につくまで何も起こらず、魔物も出なかった。
やっと着いたその村は、異常だった。
にこにことした笑みを貼り付けたまま動かない人。
延々と、すでに耕してある畑を耕し続ける人。
炭鉱前で殺し合いをする人々。
「何が起こっているの……?」
「どうなっているこの村は。おい、なんの呪いかはわからないのか」
セラフィナは周りを見渡す。人々はちゃんと生きている。けれど、みんなどこか様子がおかしい。
呪われた村。そう聞いてはいたが、故郷の異常な雰囲気に動揺が隠せない。
「おい、しっかりしろ」
「……! えぇ、ごめんなさい。少し調べて回りましょう」
二人はまず、畑を耕す老人に声をかけてみることにした。
「あなたは……ルークおじさん!ねぇったら!あたしよ、セラフィナよ!わかる?」
「あ……あぁ……?あー……」
老人は虚空を見つめ、ただ声を漏らすばかり。
「だめね、話にならないわ。聞こえているかもわからないし……」
「呪いの核となる存在がいるはずだろう。それを探さんことには解決のしようがないぞ」
「そうね、何がこの村を呪っているのか調べないと」
手分けしたほうが効率はいいのだが、セラフィナは現在杖が無く、本来の実力を発揮できない。そのため、ヴァルトを前にして村を回ることにした。
「この家はいつもパンを焼いていた……あっちは炭鉱に行く人たちの家ね。村の中でちょっと区画が決まっているのよ」
「ふむ」
「懐かしいわね。仲の良い幼馴染もいたのよ、無事だといいけれど……」
「そうだな」
さして広くない村を二人でじっくりと見て回る。皆、からくり人形のように同じことを繰り返している。そこでセラフィナはあることに気がついた。
「この人たち、人じゃないわね」
「どういう意味だ。人にしか見えんが」
「これ、幻影だわ。実体はあるけれど、本人たちじゃないのよ」
ヴァルトはじっくりと、目の前で岩を掘り続ける人を見る。
……人にしか見えない。警戒しつつ触ってみるが、たしかに実体はある。だが、反応がない。繰り返し、繰り返し、同じところを掘り続けている。
「まあ、確かに人かと言われるとそうは思えなくなってきたな」
「呪いの根源が見せているのね。何がこの村を呪っているのかさっぱり……でも」
「何か心当たりがあるのか」
セラフィナはうーんと、首を傾げる。
「さっき炭鉱前で殺し合う人たちがいたじゃない?その中の一人、結構な守銭奴なのよね」
「なるほど。鉱石を独り占めにでもしようとしたか」
「そういった人の負の感情から呪いが生まれることもあるわ。その方向で探っていったほうがいいでしょうね」
そう言いながらセラフィナはどこか嫌な予感がしていた。幼馴染の姿が見えないのだ。
訃報は入っていないから、生きているはず。
(きっとどこかに幻影がいるわ……大丈夫よ)
「次は井戸の方へ行ってみましょう。……あの子がよくそこで水を汲んでいたから」
二人は村の端にある井戸へと歩みを進めた。だが、探している幼馴染はそこにはいない。
「ああ、まず家に行かないとね。家はすぐ近くにあるわ」
2,3分ほど歩いた先に、こじんまりとした一軒家。幼馴染は母親と二人暮らしだった。
「入るわよ〜。あれ、いない……」
そこには暗い顔で台所に立つ母親しかいなかった。
「じゃあ、次は先生のところに」
セラフィナと幼馴染は、老魔法使いによく魔法を教わっていた。幻影はそこにいるかもしれない。
「魔法婆さんはさっき見た気がしたけど……あっ、いたいた。花畑にいたのね。でも……」
そこにも幼馴染の姿は無かった。
(あと探していないのは炭鉱だけ。確かにたまに遊びに行ったりしたけれど……ううん、全部探さないと)
村の奥、真っ暗な炭鉱に二人は足を踏み入れた。松明の火が全て消えている。
セラフィナは一つ一つに火を灯しながら、ゆっくりと歩みを進めていた。
「中には幻影がいないんだな」
「そうね、なぜかはわからないけど」
少しの言葉を交わしつつ、辺りを見回した。そのとき。
「セラ……フィナ………」
微かだが、確かに聞こえた。聞き間違えるはずがない。
「カティア!!」
薄暗い炭鉱の奥に顔が浮かんでいる。だが、声をかけるとすぐに消えてしまった。
「待ってよ、カティア!」
ようやく見つけた幼馴染。けれどその姿はもう無い。
「かくれんぼか、全く。すぐに探すぞ」
「えぇ……わかっているわ」
これまでの幻影とは違う。声をかけると消えた。ほかの幻影はそんなことなかった。これが何を意味しているのかはよくわからないが、カティアが呪いの鍵となっているであろうことはわかった。
「人の負の感情から生まれる呪い……カティアがそんな感情を抱いているはずが……」
「人の感情はわからんものだ。たとえ大事な者であっても」
ヴァルトの言葉に、セラフィナは唇を噛み締めて俯く。思い出していたのは、一緒に魔法を教わっていたときのことだった。
◇ ◇ ◇
「カティア!今日も魔法婆さんのところにいくでしょ?」
「あ、うん……行くよ、もちろん」
セラフィナはカティアの手を取り駆け出す。魔法婆さんに教わるのは日課のようなものだった。セラフィナも、カティアも、魔法が大好きだった。
「魔法婆さん!今日も魔法を教えてよ!」
「今日も来たのかい?全く、わたしも暇じゃないんだけどねぇ」
そういってぶつくさと文句を言う割には、いつも楽しそうに魔法を教えてくれる。
セラフィナとカティアは並んで座り、座学を受けたり実戦形式で訓練していた。
「セラフィナは飲み込みが早いねぇ」
「ふふん、当然よ!あたしは偉大な魔法使いになるんだから」
「カティアも石を使う魔法が上手になったね」
「あ……ありがとう、ございます」
目に見えてわかる、実力の差。けれど、当時のセラフィナにはわからなかった。ただ、二人で魔法を教わるのが楽しかったのだ。
カティアは、どう思っていただろう。
いつも褒められるのはセラフィナが先、カティアはおまけのようなお褒めの言葉をもらうだけ。
上位の魔法も教えてもらえず、基礎的な訓練を繰り返すだけのカティアは楽しかっただろうか。
「ねぇ、カティア。あなたも王都の魔法学校に行くでしょ?」
「え、魔法学校?」
「知らないの?王都にはすごい魔法使いの先生がいるらしいのよ!そんな人に魔法を教わったら、とっても楽しいと思うの!ね、一緒に行きましょう?」
「あぅ……でも、私は」
「大丈夫よ!一緒に試験受けましょうよ、あたしたちなら合格間違い無しよ!」
「……うん。わかったよ、セラフィナ」
「やった!それでこそ、あたしの親友よ!」
思い出したのは、そんな会話。一緒に行こう、そんなことも言ったっけ。でも現実は甘くなかった。セラフィナは合格、カティアは不合格。それが受験の結果だった。
◇ ◇ ◇
(思い出せるのは、ここまで。このあとのことはよく覚えていないわ……)
セラフィナは苦い顔をしていた。過去の自分はなんて脳天気だったんだろう。謝らなければならない。そのためには、探し出さないと。
「セラフィナ、次はどこへ行く」
「奥に、行きましょう。この、炭鉱の奥に」
なんとなくだが、予感がした。カティアは奥にいるのではないかと。
二人はゆっくり、ゆっくりと足を進める。魔物は今のところ見ていないが、出ないとも限らない。警戒は解かずに、奥へと進む。
そこには、大量の鉱石と、カティアの姿があった。
カティアの瞳が、微かに光った⸺それは、かつて見た笑顔とは少し、違っていた。




