2-5 杖の故郷
「今は無理って、どういうこと?」
「材料がねぇんだ。これは特殊な鉱石で出来ていてな、アーロン村まで行く必要がある。だが……」
「待ってよ、アーロン村ってあたしの故郷じゃない」
「おお、そうだったのか!でも、今は行かないほうがいいと思うぞ」
店主は悲しそうな、心配そうな顔でセラフィナを見つめる。セラフィナは既に、嫌な予感がしていた。
「呪われた土地、聞いたことがあるか?」
「そんな気はしていたけど、まさか本当に……」
目指していた呪われた土地は、セラフィナの故郷だったのだ。明確にどの辺りとは聞いていなかった。だから、このルメルハインでも情報収集をしようと思っていたのだが、手間が省けてしまった。
「そうか……お嬢ちゃんの故郷か。……行くのか?」
「当たり前よ!故郷がそんな大変なことになっているなんて。すぐに助けてあげないと」
「どの道、アーロン村に行かねば素材は手に入らんのだろう?行くしかない」
二人揃って行くと言われれば、店主は折れるしかない。店主は徐に立ち上がり、店の奥へと入っていった。
「??」
二人は顔を見合わせ、何が始まるのか?と疑問に思っている。すると、店主がなにやら大きな箱を手に抱えて戻ってきた。
「アーロン村がだめになっちまって、俺達も困ってるんだ。餞別といっちゃあなんだが、この杖を貸そう」
店主が持ってきたのは、紫の石飾りがついた細身の鉄の杖だった。
「あら、素敵な杖ね。でも大丈夫よ、あたしはあの杖以外使う気はないわ」
「道中、素手で魔法を使うのか?威力が落ちると聞いたことがあるが……」
「あたしは普段杖を使うけれど、魔導書適正もあるのよ。だから、大丈夫よ。ありがとう、おじ様」
セラフィナはにっこりと笑って杖を返す。物にも相性がある。借りた杖で魔法が暴発でもしたら大変だ。それならばまだ、魔導書のほうが安定する。
「そうか、お嬢ちゃんがそう言うなら大丈夫なんだろう。本当に、気をつけて行くんだぞ」
「わかっているわ」
「ああ」
二人は店主に手を振ると、くるりと背を向け外に出た。
「アーロン村には明日の朝、発ちましょう」
「魔導具はいいのか」
「またここに戻ってくるでしょ?そのときでいいわ」
セラフィナは少し残念そうにしていたが、それどころではないといった様子だ。
それもそうだ、長年帰っていなかったとはいえ、故郷が呪われていると知って落ち着いてはいられない。
「アーロン村はここからちょっと遠いわね。歩いて2週間くらいかしら」
「馬車を使うか?」
「いえ……行き先が行き先だもの。だれも来てくれないわよ」
それでも二人は、もしかしたら、と手分けして御者に聞いてみることにした。馬車乗り場へ行き、先頭にいた御者に、アーロン村へは行けるか、と聞いてみた。
「あ、アーロン村!?呪われた土地だろう、いくら積まれても行かないぞ!」
「うーん、やっぱりそうよねぇ。……そこをなんとか!」
というやり取りを三度はした。ここでセラフィナはあることを思いつく。
「ねぇ、御者さん」
「お嬢さんもしつこいねぇ!行かないったら行かないよ!」
「そうじゃなくて」
「ん?」
セラフィナは、にやりと言った。
「馬車はいくら?」
◇ ◇ ◇
「セラフィナ。こちらは全滅した。誰も行ってくれないそうだ」
「あら、そうなの。こちらもだめだったわ」
「うーむ。やはり歩くしか……」
「だから、馬車を買ったわ」
「は?」
ヴァルトはあんぐりと口を開け、信じられないといった顔でセラフィナを凝視している。
それもそうだ、節約のために宿の部屋は一部屋しか取らなかったのに、馬車を買うなんて正気ではない。
「何よ、荷物も置けるしいいじゃない」
「誰が御者をやるんだ」
「ヴァルト、あんた馬扱えるでしょ?」
ヴァルトは、はぁ〜、とため息をつくと腰に手をやり、セラフィナに向き直った。
「おまえなぁ、そういうことは相談してから決めるものだ」
「そうね。ごめんなさい」
「うっ……素直に謝られるとやりにくいな……」
ヴァルトは頬をカリカリと掻くと、ため息をついた。
「まあ、過ぎたことは仕方ない。今日はもう遅いから宿に戻るぞ」
「そうね〜、お腹も空いたし。何か名物でもあるのかしら」
◇ ◇ ◇
夕食後、セラフィナ達は宿の部屋で休んでいた。セラフィナはベッドに腰掛け、ヴァルトは窓の外を見ている。
「ふぅー、おなかいっぱい」
「食べ過ぎじゃないのか」
「だって美味しかったんだもの〜」
ふわふわとしたオムレツに、とろりとビーフシチューがかけられたものが、セラフィナは気に入ったようだ。二人前は食べていた。
まあ、ヴァルトは三人前食べたのだが。
「明日からは馬車の旅だ。少し身体が鈍るな」
「その分早く移動できるんだし、鍛錬の時間を設けましょ」
「そうしてくれると助かる」
「はいはーい……よっと。じゃあ、あたし着替えるからあっち向いて」
セラフィナはベッドから降り、荷物を漁り始める。ヴァルトはセラフィナに背を向けてこう言った。
「やはり二部屋取ればよかったのではないか」
「着替えなんて今更でしょ。5年前の野営のときは気にしてなかったじゃない」
「……他の男とはこんなことするなよ」
「しないわよ、ヴァルトだからやってんでしょーが」
「どういう意味だ……」
そうこうしているうちに着替えが終わり、セラフィナはベッドへと飛び込んだ。
「ヴァルト、あんたももう寝るんでしょ?着替えたら灯り、消しといてよね」
「わかった」
ヴァルトは手早く着替えると、部屋の灯りを消した。
「おやすみ〜」
「……おやすみ」
「何照れてんのよ」
「う、うるさい。早く寝ろ」
ヴァルトは寝るときまで軽口を叩かれ、揶揄われている。5年前はこんなに酷くなかった気が……とヴァルトは思ったが、寂しかったのだろうという結論に行き着く。
「まあ、楽しくないとは言わないが」
すーすーと寝息を立てているセラフィナには聞こえていない。ヴァルトも眠りにつこうと、ベッドに横になり、目をつむった。
(ちょっとちょっと!楽しくないわけではないって!あらあらあらあら)
寝たふりをしたセラフィナにはバッチリ聞こえていた。
明日からはアーロン村への旅になる。セラフィナは今度こそしっかり目をつむった。




