2-9 森の目覚め
(呪いが、二つある……?)
セラフィナは身震いした。あんなものが、二つもあっていいものか。
カティアを倒したことで村は救われたが、もし、呪いが別物であれば⸺。
「村に戻ったほうがいいかしら」
「確証はない。現に村から呪いは消えている」
「偵察か何かだったのかしら」
「俺にはわからん。……いないやつの話だが、ミリエルならわかるのかもな」
いないやつの話をしても仕方がないって言ったじゃない。とセラフィナは少し拗ねたが、確かにミリエルならわかるかもしれない。
「戻りますか、王都」
「そうだな。話を聞くだけ聞いてみるのは、ありだろう」
「でもその前にルメルハインで杖直させて」
「???」
なにを当然のことを……?といった顔でセラフィナを見下ろすヴァルト。
「な、なによ。忘れてるかと思って」
「忘れるわけ無いだろう。お前の大事な杖のためにここまで来たんだ」
「……そうね、あたしの大事な杖のためね」
「もう、あまり気に病むな。仕方がなかった」
「うん……少し眠るわ」
泣き疲れてしまったのだろう。セラフィナは収納から毛布を出すと、包まって寝てしまった。
「敵が出たらどうするつもりだ……まったく」
とは言うものの、セラフィナを見るその目は優しいような、悲しいような。
親友を殺す、それがどれだけの重責だったか、ヴァルトにはわからない。けれど少なくとも、5年前魔王を倒すまでの旅路で、こんなに落ち込んでいるセラフィナは見たことがなかった。
(ゆっくり休めるようにしてやるか)
ヴァルトは馬車を適当な所に停め、辺りの気配を探る。……敵や獣はいないようだ。薪代わりになりそうな手頃な枝を拾い集め、急いて馬車のそばへと戻った。
村を出たときは夕暮れだったが、もう辺りは暗い。セラフィナも寒いだろうと、ヴァルトは一人焚き火を楽しんでいた。
木がパチパチと爆ぜるこの音が、ヴァルトは好きだ。揺らめく火を見つめ、セラフィナとカティアの戦いを思い出す。
確かにカティアには剣が届かなかった。だが、セラフィナが倒したあとは遺体となっており、触れた。これはいったいどういうことなのか。まさか本当に、自身を霧のようにする魔法があるのか?
セラフィナは知らないようだったが、昔聞いたことがある。魔法には、種類があるのだと。
一つ、人の使う魔法。
一つ、神が使う魔法。
そしてもう一つ、魔族が使う魔法だ。
もしあれが神の使う魔法であれば、ミリエルに聞けばわかるだろう。聖教会に属するものは皆、神の魔法を使う。ミリエルも例外ではない。
だが、ミリエルがわからなかったら?それはもう答えだ。魔族の使う魔法だろう。
魔族が使うと言っても人が使うことが出来ないとは限らない。
「まあ、詳しくないから知らんが……」
ぼそっと呟いたその声で、セラフィナが目を覚ました。
「んぇ……んん」
「何だそのだらしない声は」
「おはよお」
「だからそのだらしない声を……」
「おはよ!!!」
「……おはよう」
どうやら挨拶を返してほしかったらしい。
ただ、それだけ。おはようと言ったのに、また眠ってしまった。
「なんなんだ、こいつは」
呆れながらも、ヴァルトの口元は僅かに緩む。夜の帳は深く降り、遠くでは梟の鳴く声がする。
……パキッ
「!?」
ヴァルトは剣に手を置き、すぐさま立ち上がる。
夜目はきかない。しかし辺りを見渡し、耳を澄ます。気配はない、物音もしない。
……気のせいか?
ヴァルトは息を殺し、剣を構えたまま闇を睨む。
焚き火の外は、どこまでも黒い。
視界の端に、揺らめくような影が見えた気がした。だが瞬きをしたときには、もう何もなかった。
剣を下ろしながらも、胸のざわつきは消えない。
(黒い影……まさか)
火に新たな枝をくべ、勢いを増した炎を見つめる。
夜はまだ、長い。
セラフィナはすやすやと眠っている。起こすほどではない。不安を口にしたところで、彼女を余計に苦しめるだけだ。
(明日の昼前にはルメルハインに着く。杖を直したら、すぐに王都へ)
そう心に言い聞かせ、焚き火の番を続けた。
夜が明ける頃、セラフィナは少し目を腫らしながらも、にこにこと起きていた。
「おはよっ」
「あぁ、おはよう」
「えっ、珍しいわね。おはようを返すなんて……」
セラフィナは絶句している。普段は「あぁ」
しか返さない男が、おはようを言った。
「お前、夜のこと覚えているか」
「夜?あたし寝てたでしょ」
「そうだな」
「んん?」
「いや、なんでも。急ぎルメルハインに向かうぞ」
「しゅっぱーつ!」
セラフィナは握りこぶしを高らかに挙げ、元気いっぱいに馬車に乗り込む。
その様子を見ながらヴァルトは火の始末をし、少しあくびをして御者台に乗った。
「ねぇ、ヴァルト。街についたら宿で少し仮眠取りましょう」
「いや、構わん。今日早めに寝ればいい」
「あら、そう?ならいいけど」
などと会話をしながら、ルメルハインに向かう一行。前は行商人とすれ違っていたと思うのだが、全く、誰とも会わない。
ルメルハインに戻ったら伝えなくては、呪いは消えた、と。きっと皆喜ぶだろう。
セラフィナは、うーんと伸びをして小窓から外を眺めた。行きとは違い、鳥がさえずり、小動物が森を駆けている。やはり呪いの影響で近寄れなかったようだ。
「ふふっ、森が元に戻ってよかった」
ルメルハインについたらすぐに宿を取って、杖を直しに行こう。その前に朝食も取らねば、いや、つくのは昼前だから昼食になるのか。などと考えていたら街が見えてきた。
(よし、気を取り直して頑張るわよ。あたしが、カティアの分まで!)
気合十分、可愛さ十分で馬車を降り、ヴァルトと並んで街へと入る。
さっと宿を一部屋取り、以前顔を出した工房に向かう。
工房の扉を押すと、木の香りと鉄の匂いは漂っている。だが、中は閑散としていた。
工具棚にはちゃんと工具が揃っているし、人がいた気配もある。だが、音はない。
嫌な予感がする。
「まさかと思うけど……まだ、杖作れない……?」




