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1-1 かつての仲間たち

セラフィナはまっすぐに勇者リオネルの元へと向かった。かつての仲間、それも勇者であれば、各地の困りごとを見逃すはずがない。

 リオネルは、王様からの褒美として屋敷と地位を手に入れていた。セラフィナはその屋敷へと一目散に駆け出していった。

 

 セラフィナは息を切らしながら、豪華な屋敷の門を叩いた。すると、執事ではなくリオネル本人が門を開けてくれた。


「よぉ、セラフィナ、久しぶりだなぁ!」


 5年経ったが、あまり変わらない様子にセラフィナは安堵した。


「えぇ、久しぶりね、リオネル。今日は話があってきたの」


「そうだろうな、何もなきゃここには来ねぇだろ。ま、中に入れよ」


 そう言って扉を開けて屋敷へと入っていくリオネルの後をついていくセラフィナ。


 屋敷の中は豪華で、壁には戦いの記念品や勲章が飾られている。

 リオネルはソファに腰掛けながら、ふと真剣な表情になった。


「で、話ってのは何だ?」


 セラフィナは息を整えながら、少しだけ声を潜めた。


「最近、各地で噂を聞くの。黒い霧が出たり、魔王の残党が暴れているとか……」


 リオネルの眉がひそめられた。


「ふぅん……そんな話聞かねぇけどな」


「でも今日だってカフェで聞いたのよ、誰かがやらないといけないことじゃない?」


 彼は光る指輪を弄びながら言った。


「王様から貰ったこの屋敷と地位、もう手放せねえよ。オレはもう英雄じゃねぇ、貴族だ。それに、問題なんて自然と片付くだろ」


 セラフィナの真剣な眼差しを鼻で笑い、軽く肩をすくめた。


「だから、そんな噂話には付き合えねぇ。お前一人でやればいい」


 言葉の端々に、甘ったるい酒の香りが漂った。

 セラフィナは深く息を吐き出し、静かに立ち上がった。


「わかった、あなたは協力できないのね。じゃあ他を当たるわ」


「おー、頑張れよ〜。あ、ちなみにヴァルトは近くの村に住んでるみたいだぜ。こんな良いところから離れるなんて馬鹿だよなぁ」


 そんな言葉を聞きながらセラフィナはリオネルに背を向け、屋敷を後にする。


「全く、どうしてあんなになっちゃったのかしら……」


 リオネルは大雑把な男だったが、あんなに堕落した人間ではなかった。やはり、金と地位は人を変えてしまうのか。他の仲間たちは大丈夫だろうか……次は剣士のヴァルトを当たるつもりだが、近くの村と言っても沢山ある。街の人に話を聞いてみなければ。


 セラフィナは賑やかな市場へと向かい、行き交う人々の中に溶け込んだ。

 あちこちで聞こえる雑談に耳を澄ませ、ヴァルトについて訪ねてみる。


「あなた、ヴァルトっていう剣士についてご存知?」


「ああ、もちろん知っているよ。勇者一行の剣士だろう?今は西にあるファルマ村に住んでいるって噂だよ」


「西のファルマ村ね、ありがとうおじさま!」


 セラフィナはお礼に、と情報をくれたおじさんに飲み物を奢り、うきうきとした足取りで市場を後にした。

 ここからファルマ村までは馬車で3時間もあれば着く。今は朝の11時だから、1時間後に馬車が来るはずだ。

 セラフィナは一旦急いで家に帰り、村へ行くための身支度をすることにした。

 もしかしたら村で泊まることになるかもしれないので、着替えと、魔物が出たときのために杖も持っていく。

 身支度をしていたらあっという間に馬車が来る時間になっていた。


「いけない!急がないと!」


 戸締まりをし、急いで王都の入り口へと向かう。

 王都の石畳を足早に駆け抜け、馬車乗り場へと到着したときには、ちょうど木製の馬車がゆっくりと門の外に入ってくるところだった。


「セーフ!」


 セラフィナは声をかけながら手を振る。


「ひとり、乗せてくださる?」


「もちろん!ファルマ村行きだよ、ちょうどいいところだったね」


 馬車の御者がにこやかに応じると、セラフィナは感謝して車内へと乗り込んだ。

 中には既に何人かの乗客がいたが、皆のんびりとした様子で、目的地までの数時間を静かに過ごす構えだった。


 窓の外を眺めながら、セラフィナはふと、小さな不安を覚える。


(ヴァルト、あなたは変わってないわよね……?)


 魔王討伐の旅で幾度となく背中を預けた仲間。

 寡黙でぶっきらぼうだけれど、真っ直ぐで、誰よりも仲間思いな人。

 リオネルが変わってしまった今、頼れるのはリオネルしかいない。


 胸の奥に、期待と不安が交差する。


 そんな思いを揺らしながら、馬車はゆっくりと西の道を進んでいった⸺。



 ◇ ◇ ◇


 午後3時過ぎ、馬車はのどかな農村へと辿り着いた。

 ファルマ村⸺見渡す限りの水田が広がっており、たわわに実った穂が風に揺れている。

 夏の日差しを受けて、水面はキラキラと光り、カエルの声が遠くから聞こえてきた。

 米の名産地として知られるこの村では、秋の収穫祭には王都からも商人がやってくると聞いた。

 村の入り口では、農夫が腰をかがめて苗を整えており、干してある稲穂の束が家々の軒先に吊るされている。


「ここが、ヴァルトのいる村」


 ヴァルトは5年前、魔物に襲われているこの村を助けた際、お礼にと食べさせてもらったお米の味に感激していた。

 おそらくそれが理由でこの村に引っ越したのだろう。


 セラフィナは深呼吸をして、馬車から降りた。

 王都の石畳とは違う、ぬかるんだ道。足元の草の匂いが懐かしく思える。

 道端には、荷車を押す村人や、田んぼのあぜ道で遊んでいる子どもたちの姿があった。

 通りがかりの女性がセラフィナの姿を目にとめる。


「あら、見ない顔ね?どこから来たの?」


「王都から来ました。ヴァルトという男性を探しているんです」


「ヴァルト?ああ、あの剣の上手いお兄さんね。

 あの人ねぇ、最近見ないのよ。2,3年前かしら、旅に出るって言ったっきり帰ってこなくてね、心配だわぁ」


「え……そうなんですか。わかりました、ありがとうございます」


 セラフィナは頭を下げるとその場を後にした。


 セラフィナは村の景色をぼんやりと見渡した。

 どこか肩透かしを食らったような気持ちだった。

 ヴァルトはここにいると思っていたのに……。


(でも、旅に出たってことは生きているのよね、それは良かったわ)


 村を歩きながら、セラフィナはヴァルトが本当にここにいた痕跡を探していた。

 木造の家が並ぶ静かな通りを抜けると、小さな神社のような建物の前に出た。

 その脇に腰掛けていた初老の男性が、セラフィナに気づいて声をかける。


「お嬢さん、旅人かね?」


「はい、ヴァルトという男性を探していたんです」


「ヴァルトならあの家に住んでいたよ」


 男性が指差したのは、坂を下った少し先にある、ひときわ手入れの行き届いた小さな一軒家だった。


「ありがとうございます!」


  セラフィナは駆け出した。そこにはやはり誰も住んでいないようだったが、確かに人の気配は残っている。軒先には、使い古された剣の柄や、干し草の束、炊いた米の匂いがわずかに残っていた。


(やっぱり、ここにいたんだ……)


 けれど、彼はもうここにはいない。

 セラフィナは家の前に立ち、まるで彼に語りかけるように、そっと呟いた。


「ねぇ、ヴァルト。あなたなら、来てくれるって信じてたのに……」


 静かな風が吹き抜け、セラフィナの髪を揺らす。

 それでも彼を責める気持ちは湧いてこなかった。むしろ、彼らしいと思った。何も言わずに、またどこかへ行ってしまうところも。

 深く息を吸い込み、セラフィナは顔を上げた。


「よし。次は、ミリエルに会いに行こう」


 彼女の足取りはもう、迷いのないものになっていた。


 午後5時、ようやく王都行きの馬車が来たので乗り込んで王都に戻ることにした。

 窓の外を流れていく田園風景をぼんやり眺めながら、セラフィナは膝の上で手を組んだ。収穫前の稲が夕日に照らされ、黄金色にきらきらと輝いている。旅の途中、村の人々が笑いながら田んぼの話をしていたのを思い出す。


 ──ファルマは、いい村だったな。


 あの静けさと穏やかさは、魔王を倒したあとに目指した「平和」というものそのものだった。ヴァルトがそこにしばらく根を下ろしたのも、分からなくはない。

 けれど今はもう、彼もどこかへ行ってしまった。


「……次は、ミリエルか」


 王都には、彼女が所属する大教会がある。平民の出でありながら、その癒しの力と誠実さで信頼を勝ち得た才女。きっと、話をすればわかってくれる──そう思いたいが、セラフィナの胸には一抹の不安があった。


 “教会”という場所にいる以上、彼女ひとりの意思でどうにかなる話ではないかもしれない。


 馬車が王都の城門をくぐる頃には、すっかり陽は落ちていた。街灯が灯りはじめ、行き交う人々の顔も赤らんで見える。あちこちで店じまいの声や、夕飯を求める人々の声が響く中、セラフィナは深くフードを被って馬車を降りた。

 目指すのは、王都の中心部、聖王広場の北にそびえる白亜の教会――神の名のもと、すべての癒しを司る場所。


 そこに、かつての仲間、ミリエルがいる。

 今日はもう遅いし、会えないかもしれない。それでもセラフィナは一度会いに行こうと決意した。


◇ ◇ ◇

 

白亜の教会は、夜の静けさに包まれていた。建物の周囲には信者と思しき人々の姿もまばらで、広場の噴水が小さく水音を立てている。


 セラフィナは階段をゆっくり上り、大きな扉の前で一度深呼吸した。鉄製のノッカーを打ち鳴らすと、しばらくして中からローブ姿の若い神官が顔を覗かせた。


「ご用件をお伺いします。夜分に訪ねてこられるとは……」

「すみません、私はセラフィナ。ミリエルに会いたくて来ました。元勇者パーティの──」


 神官の目が見開かれた。

「……少々、お待ちください」


 扉が閉まり、再び開いたのは五分ほど経ってからだった。現れたのは、変わらぬ清らかさと静けさを纏った女性――ミリエルだった。


 銀色の髪をゆるく後ろで結び、水色の瞳は夜でも曇りなく澄んでいる。神官服の白がよく映えていた。


「セラフィナ……久しぶり。元気そうで、なにより」

「うん、久しぶり。すごく、久しぶり。……会えてよかった」


 二人は、言葉少なに微笑みを交わした。ミリエルが手を差し出し、セラフィナを中へと招く。


 礼拝堂の隅にある控室に通されると、ミリエルは静かにお茶を差し出した。カモミールの優しい香りが鼻腔をくすぐる。


「今日は……どうしてここへ?」

「うん……話したいことがあって。いや、頼みたいこと、かな」


 カップを置き、セラフィナはまっすぐ彼女を見た。


「噂を聞いたの。黒い霧が出る、魔王の残党がいる、呪われた土地があるって。あたしたちで、なんとかしてあげたい。ミリエルならわかってくれるよね?」


「なるほど、そうだったんだね。でも、セラフィナ」


 彼女の声は変わらず穏やかだったが、その表情には微かな迷いが見えた。


「今、僕はこの教会でたくさんの人を癒やしている。子どもたち、怪我人、戦災で家を失った人たち……みんな僕の力を必要としている。それに、ここを離れることは上層部が許さない」


「そんな……」


「セラフィナが言ってることが嘘だとは思っていない。でも、僕がここを離れれば多くの人を見捨てることになる」


 セラフィナは何か言いかけて、言葉に詰まった。


「本当にごめん。でも、僕は行けないよ」


 俯いて唇を噛みしめるセラフィナ。

 苦い顔でセラフィナを見るミリエル。


 そこには重い空気が漂っていた、次に口を開いたのはセラフィナだった。


「そう、わかったわ。それは仕方ないもの、あまり言えないわね。あたしひとりで行くわ」


「ひとりで……途中で前衛を仲間にしないと危ないよ。彼らもいないんでしょ?危険だよ」


 そう、勇者リオネルも、剣士ヴァルトもいない。

 魔法使いセラフィナを守るための戦力がないのだ。


「大丈夫よ、前より魔物はいないし……本当に危なかったら仲間にするわ。ありがとう」


 セラフィナはお茶を飲み干すと立ち上がり、扉に手をかける。


「ミリエル、もし本当に危なくなったら、そのときは助けてね」


「……もちろんだよ」


 ミリエルは即答しなかった。

 それが答えなのだろう。ここから出られないという、答え。

 

「じゃあね、ミリエル。また会いましょう」


 セラフィナは微笑んで手を振った。だがその笑みは、どこか寂しげだった。

ミリエルは何も言えず、ただその背を見送ることしかできなかった。


静かに閉じられる扉の音が、まるで決別のように耳に残った。


 ◇ ◇ ◇


 外はもう夜の帳に包まれていた。

 セラフィナはトボトボと自宅へと戻った。

 倒れ込むようにベッドに寝転がり、ネックレスをいじる。


「誰もついてきてくれないなんて……まあ1人は会えてもいないんだけど」


 これから1人で旅に出なければならない。

 魔法使いとはいえ、前衛がいないと戦えないわけではない。

 準備を、しなければ。


 部屋の窓を開け放すと、夜風が頬を撫でた。

 昼間とは打って変わって静かな夜の王都。

 昼の顔も夜の顔もセラフィナは大好きだ。その全てが、かつて自分が守った"日常"だ。


(魔王がいなくなった今も、世界には掃除しなきゃいけないものがあるわね。穢れた土地、魔王の残党……)


 独り言のような決意が胸に宿る。

 小さなランタンの灯りに照らされて、セラフィナは一冊のノートを開いた。

 そこには書き溜めていた旅の記録がある。

 そこに新たに書き加えていく。


「魔王討伐後、世界の”お掃除係"になりました」

 セラフィナ・メモ


 そう、これはもう1つの冒険。

 自分の意志で始める旅。


 明日、再び世界を歩く。

 この汚れた世界を掃除するために。

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Xから来ました! 堕落、放浪、責任、色々とある様ですね勇者達にも。 世界を救った後の物語も増えて来ましたね。 さてさて、どうなるか! ブクマ、星付けておきました!
Xの企画から来ました! 魔王討伐後にまた事件が起こるなんて…! 当時の仲間が変わり果ててしまっている中、主人公だけが変わらぬ正義感を持っていて、切なくなりました。 執筆、応援してます!
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