1-10 解かれた封印
「……でも、あの遺跡、本当に“宝を返すだけ”で済むのかな」
リリアの一言で空気がぴたりと変わる。
「それって、どういう意味かしら?」
セラフィナは嫌な予感を覚えつつ、静かに問い返す。
リリアは視線を落とし、絞り出すように答えた。
「私があの宝を盗ったとき……遺跡全体が揺れたんだ。ほんの一瞬だったけど、何か声も聞こえた気がする」
セラフィナの目が細くなる。
それは偶然ではないだろう。揺れただけならまだしも、声まで聞こえたというのなら⸺。
「封印、ね」
セラフィナはぽつりと溢す。
かつて似たようなことがあった。古い神殿で、ただの装飾に見えた石を一つ動かしただけで、封印が解かれ、眠っていた魔物が蘇ったのだ。
ありえない話ではない。むしろ、よくある話だ。
それこそ——魔王の復活とか。
(ないない、魔王は倒したもの。この手で)
セラフィナは小さく首を振り、リリアに視線を戻した。
「その宝は封印の"鍵"だったものよ。あの遺跡には何かが封じられていたんだわ。そして……それが今、動き出している可能性がある」
「そ、それって……早くしないとまずいんじゃ……」
ロビンは怯えたように両手で自らを抱きしめ、震えている。
その様子を見て、セラフィナは淡々と告げた。
「怖いなら来なくてもいいわよ」
間髪入れずに、セラフィナは言葉を重ねる。
「迷うのはいいわ。でも急がなきゃいけないの、3秒で決めて。3…2…」
「い、行きますっ!!!!」
ロビンは勢い良く言うと、立ち上がりながら腕を振り上げた。
「お前戦えないだろ、無理しなくっても……」
リリアは不安そうにロビンを見つめている。その眼差しに宿っているのは、ただの心配だけではないように見えた。
「確かに僕は戦えないけど、足の速さなら誰にも負けないよ。囮にぴったりだと思わないかい?」
ロビンは再び腰を下ろし、胸を張って誇らしげに笑う。
(この人戦えないのに一人で遺跡に行ってたの……?呆れるわぁ……)
セラフィナは内心、ため息をついた。
その心に広がっているのは、とてつもない不安だ。
戦えない者が一人いるだけで、戦闘の難易度は格段に上がる。自分は魔法使い、火力枠とはいえ、基本は後方支援だ。リリアには宝を元の位置に戻してもらわねばならない。
⸺となれば、やるしかない。
全てを魔法で"片付ける"しか。
「わかったわ。じゃあそれぞれの役割を言うわね」
二人の顔を順に見渡しながら、セラフィナは簡潔に作戦を伝えた。
作戦は単純だ。
ロビンはひたすら走り回って敵を撹乱。セラフィナが全ての石像を再起不能にする。その隙に、リリアが宝を元の位置に戻す。
おそらく封印が解かれた魔獣や、魔族がいるはずだ。
それも⸺セラフィナが倒す。つまり。
「あたしが、めっちゃ、大変ってことね」
セラフィナは自分がやれると信じている。けれど、それでも不安というのはついて回るものだ。
「あの……大丈夫なんですか?一人で敵全てを相手にするなんて」
ロビンが恐る恐る問いかける。
「ふふん、あたしを誰だと思っているのよ」
今度はセラフィナが、胸を張り、笑顔を浮かべながら答えた。
「あたしは、元勇者パーティの魔法使いよ!」
「えぇっ!?」
リリアが目を見開き、硬直している。ロビンもこんな顔をしていたな、とセラフィナはちょっと面白くなってきた。
(今度から名乗り文句、これにしようかしら)
「じゃあ、あたしの戦闘力も把握してもらったし、今日は休むわよ」
セラフィナは宿に戻ろうと、帰り支度を始めながら皆に言った。
「え?今から行かないのかい?」
リリアが当然かのように聞き返す。
急ぐと言っていたから、今すぐ行くのだと思っていたようだ。
「なーに言ってるのよ。しっかり休息を取らないと、身体、ろくに動かないわよ」
身に覚えがある。まだ故郷で魔法を習いたての頃だ。自分はやれると信じてやまなかったセラフィナは、徹夜で魔物退治に出ていたことがある。その際、死に目にあったのだ。
師匠に助けてもらわねば、今頃はこの世にいなかった。
「だから、ちゃんと今日は休むの。明日の早朝、日が昇る前に行くわよ。わかったわね」
それだけ言うと、セラフィナはリリアの家を出ていこうと扉の前で立ち止まる。
「ロビン、あなたも明日走り回るんだから早めに帰りなさいね。じゃ、また明日〜」
セラフィナはがちゃりとドアを開け、出ていってしまった。
取り残されたロビンとリリア。
二人の間に、わずかに気まずい沈黙が流れる。
やがて、ロビンが口を開いた。
「その……元気にしていたかい?僕の母さんも心配していたよ」
「はっ、あんたの母ちゃんのほうが心配だよ。私は大丈夫、この通りぴんぴんしてるよ」
「……そっか。ねえ、また昔みたいにさ⸺」
「一緒には住まねえ」
リリアが食い入るように遮った。
「もう、私はあの頃の"良い子ちゃん"じゃない。私は、盗賊だ」
「でも!それは街の人が仕事をくれなくて、仕方なくやってるだけじゃないか!」
「それでも……」
リリアは俯き、静かに続けた。
「私はもう"良い子"じゃない。あんた達に迷惑はかけられないよ」
言い終わると、リリアはぱんぱんと手を叩く。
「ほら、明日は早いんだ。もう寝るぞ。お前も帰れよ」
「……うん」
ロビンは納得がいかない、という顔をしながらも、それ以上は何も言えなかった。ロビンにはどうしようもできない、それが現実。
でも、悪いのはリリアじゃない。
リリアの親が盗賊だった
それだけで、その娘であるリリアは嫌われている。
ロビンは見たことがある。真っ当に仕事をしようと、街の人に頭を下げていたリリアを。けれど、街の人は一切相手にしなかった。
「物を盗まれたら困るから」
そう言って彼女を避けた。
帰り道、ロビンは肩を落としながら、トボトボと家路についた。
家のドアを開けると、けほけほ、と咳をする音が聞こえた。
「母さん!大丈夫?」
ロビンはすぐさま母に駆け寄る。
ロビンの母は、夕飯を作ろうとキッチンに立っていたようだった。
「ああ、ロビン。おかえり。母さんは大丈夫よ」
「ちゃんと寝てなきゃだめじゃないか」
「でも、あんたが帰りが遅いから。せめてご飯でもと思ってね」
ロビンは唇を噛みしめ、俯いた。
心配をさせてしまった。母親には自分しか頼れる人がいないというのに。
そして、これからまた、さらに心配させる話をしなければならない。
「母さん、明日なんだけど……」
ロビンは今日起こったことの全てを話した。
薬代のために遺跡へ行き、命を落としかけたこと。
通りすがりの魔法使いが助けてくれたこと。
そして、リリアもまた、薬を買うために盗みを働いていたこと。
母は黙って、静かに聞いていた。
そしてすべてを聞き終えると、ロビンの目を真っ直ぐ見つめて言った。
「迷惑をかけてごめんね。でも母さんはね、盗みを働いてまで生き永らえようとは思っていないよ。それに、聖女様なら治せるかもしれないんだろう?」
「確かにセラフィナさんは、聖女ミリエル様なら治せるかもって言ってた。でも、ここから王都までは数日かかるよ。馬車を用意するお金だって……」
項垂れるロビンの肩を、ぽん、と母は軽く叩いた。
「なぁに、この病気が治る可能性があるなら、何日だって歩くさ!お前も一緒に来てくれるんだろう?こんな心強いことはないよ」
そう言って豪快に笑ってみせる母を見て、ロビンの目に涙が浮かぶ。
「っ……いつも、側にいてやれなくてごめんっ……明日ちゃんと、宝を返すよ。そしたら一緒に王都に行こう」
「あぁ、そうしようかね。明日は早いんだろう?もうおやすみ」
「うん、おやすみなさい、母さん」
そうしてロビンは寝床についた。
心の中には、まだ整理のつかない思いが渦巻いている。
それでも、まぶたは自然と閉じていった。
⸺そして、夜が明けた。
◇ ◇ ◇
早朝、セラフィナは街の入り口にぽつんと一人、立っていた。
「ちょっと……早朝って言ったのに誰も来ないじゃない!」
腕を組み、少し苛立った様子で街を見渡している。
「……いえ、早朝としか言わなかった自分が悪いのかもしれないわね。何時に集合ってちゃんと言わなきゃね」
すぐに反省できるのが、セラフィナの良いところだ。思ったことがすぐに口に出るのは、悪いところだが。
ここまで考えて、セラフィナは昨晩のやり取りを思い出した。
(昨日は作戦を伝えて、それであたしは帰って……ん?)
「……集合場所!伝えてないじゃないの!!」
セラフィナは、慌ててリリアの家へと駆け出した。もしかしたら、二人ともそこにいるのかもしれない。
ぜーはーと息を切らしながら、リリアの家のドアを叩く。
「ねぇ、起きてる!?」
すると、直ぐにドアが開き、支度の終わったリリアが出てきた。
「よう、お寝坊さん。あんたが一番遅かったみたいだな」
茶化すように軽口を叩いてくるリリアを、セラフィナは睨みつけた。
「あたしは!街の入り口にいたのよ!」
「集合場所、言われてなかったけどなぁ」
「でも! 1時間前には入り口で立ってたもの、あたしが一番遅いわけないじゃない!」
「はいはい、わかったよ。あんたが一番早い」
「そもそも、遺跡に行くんだから街の入り口で集合するのが一番効率がいいじゃない……」
と、尚もぐちぐちと文句をつけているセラフィナを横目に、リリアは奥に向かって声を掛けた。
「ロビン、セラフィナきたから行こうぜ」
「あ、うん!……よし!頑張るぞ」
ロビンは小さく息を吸い込むと、自分の頬をぴしゃりと叩いて気合を入れた。
「じゃあ、行くわよ。急ぎ目でね」
三人はまだ日も登らない道を、早歩きで進んでいく。
一方その頃、遺跡では⸺。
冷たい朝霧の中、石造りの遺跡は静かに佇んでいた。人の気配も、鳥の鳴き声もしない、沈黙に包まれた空間。
その静寂を、微かな振動が破った。
ぐぐ……と重たい何かが軋む音。遺跡の最奥、封印の間の扉が、鋭い音を立てて開いた。
⸺封印は、解かれていた。
誰もいないはずの遺跡に、異形の影が目を覚ました。




