1-9 宝を盗んだ女盗賊
女盗賊の家は、街の北のはずれにぽつんと建っていた。さして広くもない庭には、雑草が生い茂り、長らく手入れがされていないことが一目でわかる。家は大きくはないが、小さくもない。一人暮らすにはちょうどいいサイズだ。窓にはカーテンが引かれ、中の様子はわからない。
セラフィナは、扉の前で足を止める。
(この中に、問題の女盗賊がいる……かもしれない)
視線は家へと向いているが、意識は先程のレストランでの会話に戻っていく。
◇ ◇ ◇
「……今のあたしは世界のお掃除係。散らかした人には、ちょっとだけ話を聞かせてもらわないとね」
そう呟いたセラフィナに、ロビンは少し怯えたように目を丸くした。
「そ、それって……その女盗賊に会いに行く、ってことですか?」
「ええ、そうよ。彼女が宝物庫……遺跡の宝を持ち出したことが、石像が人を襲う原因になっているのは間違いないわ」
セラフィナは頷き、淡々とそう言った。
そもそも、盗みを働くという行為自体がセラフィナには許せなかった。どんな理由があっても、人の物を奪っていい理由にはならない。ロビンも、例外ではないのだ。
「あなた、その女盗賊の家は知らないの?」
「えっ!?えーっと……」
目は口より物を言う。その目は語っていた⸺家を知っている、と。
「そ、じゃあ案内してちょうだい。助けたんだもの、これくらい付き合ってくれても良いわよね?」
セラフィナは少し意地悪そうに微笑んでみせた。その笑みを見て観念したのか、ロビンは項垂れて言った。
「もちろんですとも……」
◇ ◇ ◇
そうして、今この家の前にいる、というわけだ。
セラフィナは一度、大きく息を吐いた。
(さて、お掃除係開始といきましょうか)
コンコン、と扉を叩く。しばらくすると、ぎぃ。と音を立てて扉が開いた。
現れたのは、茶髪を一つに結んだ若い女性だった。少し薄汚れたシャツに、穴のあいたズボン。だが、鋭い目つきは油断無く、腰にはしっかりと短剣が吊るされている。
「……誰?」
女性は怪訝そうに目を細めた。
けれど、その目はすぐに見開かれる。
「……え?ロビン?」
目線はセラフィナではなく、彼女の後ろにいたロビンに真っ直ぐと向けられていた。
「や、やぁ、リリア。久しぶりだね」
ぎこちなく手を上げるロビン。
一方、リリアと呼ばれた女盗賊はまだ警戒している。
「なに、あなた達知り合いだったの?早く言ってくれれば良かったのに」
「実はそうなんですよ、幼馴染なんです」
「そ。とりあえず、あなた……リリア?話を聞かせてもらえないかしら」
セラフィナは腕を組みながら問いかける。
リリアはゆっくりと視線をセラフィナへと戻した。
「話って何さ」
「あたしは今世界のお掃除係をやってるんだけどね。あなたが近くの遺跡で散らかした件について聞きたいのよ」
リリアの肩が、わずかに揺れた。
「私がやったとは、限らないでしょ?」
「じゃあ否定するの?」
「……」
セラフィナの視線を正面から受け止めきれず、リリアは目を逸らす。やがて、小さく息を吐き、ぽつりと口を開いた。
「私が、やったわ」
ロビンが驚いたように、リリアを見た。
「どうして、そんなことを……」
「ちょっと、なんであなたが驚いているのよ。噂で聞いたって言ってたじゃない」
「あくまで噂じゃないですか!僕は信じてなかったんです!」
重い空気の中、リリアが口を開いた。
「あんたの……あんたの母ちゃんには世話になったからさ。薬代を、と思って……」
「……え?」
「っ……、だから!あんたの母ちゃんの病気を治してあげたかったんだよ!」
これにはセラフィナも驚いて、口をつぐんでしまった。
二人とも、動機は同じだったのだ。ロビンの母親のために、盗みを働いていたのだ。
「あの宝、換金出来れば薬代になると思った。でも、ちょっと惜しくなって手元に残してたんだ。そうしたら……」
リリアは唇を噛みしめた。
「噂を聞いた人たちが遺跡に向かって、次々と行方不明になったのね」
「そう……私のせいだ」
セラフィナの目には、リリアは反省しているように見えた。
「どうして宝を返しに行かなかったの?」
「持って帰ってくるだけでも、命からがらだったんだ。あの石像群の中、最奥まで行って宝を置くなんて、私にはとても出来やしないよ……」
そこまで言って、リリアはセラフィナから目を逸らした。
しばしの沈黙。
セラフィナは、ふうっと息をつき、リリアの肩に手を置いた。
「事情はわかったわ。じゃあ、お掃除といきましょう」
「掃除……?」
「あなた一人じゃ無理でも、二人、三人居たら大丈夫かもしれない。そうでしょ?」
そして、軽く笑って言った。
「大丈夫、あたしがついてるわ」
リリアは目に涙を滲ませた。
ずっと後悔していたのだろう、何人も何人も、行方不明者が出る度に自分を責めたのだろう。
あの日、あの場所から、宝を持って逃げ出してしまったことを。
ずっとそれが、心に刺さったままだったのだ。
「今度は一緒に行きましょ?このあたし、魔法使いセラフィナが、あなたを守る盾になるわ」
「いやいや!魔法使いが盾になってどうするんですか!?」
すかさずロビンがツッコミを入れる。
「あっ、それもそうね。じゃあ後ろから魔法を撃ちまくるわ!!」
少しだけ頬を赤らめて、恥ずかしそうに笑った。
ロビンは、僕が囮をやります!と意気込んでいる。
そんな二人を見て、リリアもつられて笑ってしまう。
「……ありがとう」
その目には、もう涙は滲んでいなかった。
「よーし、じゃあ作戦会議しましょう!リリア、そろそろ部屋に入れてもらえるかしら?」
「あっ、すまねぇ、ずっと家の前で立ち話をさせてしまって」
三人は家の中に入り、それぞれ適当な場所に腰を下ろす。
「じゃ、役割を決めていくわよ」
「……でも、あの遺跡、本当に“宝を返すだけ”で済むのかな」
リリアの呟きに、二人が顔を見合わせた。




