1-11 遺跡の最奥
誰も、口を開こうとしなかった。
三人は遺跡の前に立ち尽くし、ただ沈黙を共有していた。
「……行くわよ」
最初に動いたのはセラフィナだった。
慌ててその背を追う、ロビンとリリア。その二人の表情には、隠しきれない不安と緊張、そして少しの高揚感があった。
封印が解かれた今、この遺跡は"敵地"だ。
セラフィナ達は、意を決して敵地へと踏み込んだ。
「いい?あたしの指示は絶対に聞くこと」
セラフィナが小声で囁くと、二人は、こくこくと頷く。
指示と言っても、大したことはしない。
全てをセラフィナが片付けるしかやりようがないのだ。セラフィナが作った隙を見逃さないように、声をかけるだけ。
セラフィナは用心深く、少しずつ進んでいく。後手に回るわけにはいかない。リリアは『石像群』と言っていた。何体の石像がいるかわからない状態で、考えなしに最奥に向かうわけにはいかないのだ。
(こっちは……いないわね、よし)
順調だ。順調すぎる。
もういくつか角を曲がり奥へ進んでいるが、一体も遭遇しない。
(変ね……ロビンを助けたときは入り口から近いところにいたのに。まるで奥に誘い込まれてるようだわ)
三人は戦闘することなく、入り組んだ石畳を進み、そろそろ最奥かというところまで辿り着いた。
「……近い。何かがいる、気配がするわ。二人とも、あたしの後ろにいなさい」
リリアは緊張した面持ちで、ロビンは今にも泣きそうな顔で、セラフィナの背後に固まる。
今いる場所は、最奥の間の2つ前の部屋だろう。目の前の扉を開けば、次は最奥の間の扉があるはずだ。
セラフィナは万が一に備え、杖を構えた。
ゆっくりと、扉を開ける。
その瞬間⸺。
ドゴォォン!!!
けたたましい破壊音と共に、右手側の壁が、内側から吹き飛んだ。
「っ!? 右よ!」
叫ぶより早く、石片が四方へ飛び散る。リリアはロビンを庇い、咄嗟に伏せた。
視界を覆う粉塵の中から、異形の影が現れる。
それは、獣とも人ともつかぬ形だった。
四足で這いずるように現れたそれの身体には、岩のような鱗と、封印の刻印が施されている。
その目は、紫に光っていた。
「こいつが封印されていたってわけね」
セラフィナは、ちらりを後ろをみやる。
二人は全く動けないようだ。
(気圧されてる……まずいわね。まずはこいつの動きを止めないと!)
セラフィナは即座に詠唱を始めた。
「動かないでよねっ!……封鎖結界⸺《アブソリュート・リミット》!!」
魔獣の四方から、光の線が檻のように囲む。閉じ込められた魔獣は、なんとか出ようと暴れまわっている。けれど、光に触れるとダメージを受けるようで、魔獣は苦悶の咆哮を上げた。
「効いてる……でも、長くは保たないわ」
《アブソリュート・リミット》は高位の拘束魔法だ。魔力の消費は大きく、維持にも集中力が必要だった。
「今のうちに……!」
背後の二人に叫ぶ。今なら封印の宝を戻すことができる。そう思った、その時だった⸺。
ゴッ……ゴッ……
石が擦れるような、耳障りな音。
いや、それだけではない。床が震えている。まさか……。
「石像……!こんなにいるの!?」
10体はいるであろう石像達が、セラフィナ達の周りを囲み始めた。
(拘束したままじゃ攻撃できないわ……でも、やるしかない。あたしが)
額に汗を滲ませ、唇を噛みしめる。自分が下手なことをすれば、全員終わりだ。
「二人とも!動きなさい、死ぬわよ!!」
その声で、ハッとしたように我に返る。
ロビンは慌てて立ち上がると、囮になるために全速力で走り出した。
「!? はっや……」
地面を蹴る音すら、聞こえない。
ロビンの足は、想像していたより遥かに早かった。どう走れば、その速度が出るのかセラフィナには理解不能だった。けれど、この速度なら石像には捕まらないだろう。
リリアは、宝を握りしめたまま、セラフィナの少し後ろで機を伺っている。
「拘束を外すわよ!ロビン、捕まらないでよね!」
「わかったよ!!」
セラフィナは拘束魔法を解除し、すぐに詠唱を始める。
(まず石像をやらないことには、話にならないわ……高火力の広範囲魔法で叩き潰す!)
セラフィナは一瞬目をつむり、魔力を解き放つ。
「凍てつく風よ……全てを切り裂きなさい!」
「氷嵐!!」
セラフィナを中心に、氷の刃が現れる。その刃は嵐のように空気中を駆け巡り、石像を粉砕していく。魔獣にはあまり効いていないようだか、氷の嵐に阻まれ、セラフィナに近づけずにいた。
「うわぁ!?」
迫りくる氷の刃に身の危機を感じ、立ち止まってしまったロビン。
「ちょっと、止まったら当たるわよ!」
セラフィナは怒声を上げる。ロビンに当たらないように繊細な魔力コントロールで氷の刃を飛ばしているのだ。止まられると、逆に当たってしまう。
「ひぃぃぃ……!」
ロビンは泣きそうになりながらも、走り続ける。
(6……7……いいわ、順調に石像が倒れてる。これで石像全部片付けてから、魔獣を封印する!)
セラフィナは気を緩めることなく、石像を破壊していく。ロビンが十周は走りきった頃だろうか、ついに、最後の一体となった。
ドガッ……
「よし、石像は全部やった!あとはあんただけよ!」
魔獣の鱗の隙間には氷がびっしりと詰まっている。あまり効いていないと思ったが、案外ダメージは入っているのかもしれない。
セラフィナは杖を構え直し、ロビンは走り続けていた。
ちょこまかと走り回るロビンが目障りになったのか、魔獣の視線がセラフィナからロビンへと移る。
「ちょっとっ……もう、体力が……」
ロビンが倒れるように座り込む。すかさずリリアが短剣を片手に、ロビンの前に立ち塞がった。
魔獣の左腕が唸りを上げて、ロビンをめがけて振り下ろされる。
「《エレクトロ・スナイプ》」
セラフィナが即座に雷の矢を放つ。
魔獣とリリアの間を雷光が閃き、魔獣は忌々しそうにセラフィナを睨みつけた。
「そうよ……あんたの相手は、このあたし!」
囮はいなくなった。もう、正面から戦うしかない。二人を庇いながらの戦いに、セラフィナの鼓動は速くなる。
(この流れならいけるわ……一撃で!)
焦りも緊張も全てを置き去りに、セラフィナは杖を固く握った。
「封印が解かれたばかりだってのに、悪いわね」
「最後の一撃、見せてあげるわ!
《オーロラ・ノヴァ》!!」
魔法陣から放たれた七色の光の束が、遺跡を裂きながら、魔獣の咆哮ごと焼き尽くした。
やがて閃光が消えたとき、そこにあったのはセラフィナの勝利だけだった。
セラフィナは腰に手を当て、堂々と立ち尽くす。
「ふふん、さすがあたし、やるときはやるってね。……ちょっとほら、拍手拍手!」
軽口を叩くセラフィナを、呆然と見つめるロビンとリリア。
まだ、勝ったという実感が無いようだ。何が起こったのかわからないといった顔をしている。
「もしもーし、聞いてる?あたし、勝ったんだけど」
「え、あぁ……え?うん、すごい、ね」
リリアはようやく少し飲み込めてきたようだ。辺りを見回す。ボロボロになり転がっている石像、骨すら残らなかった魔獣の痕跡。
ロビンも、息を整えながらきょろきょろと見回している。
「え?全滅してる!!」
「いやだから、見てなかったの?あたしの活躍を」
「見てました」
「そうよね?拍手は?」
ようやく、ぱちぱちと拍手をし始めた二人の目には涙が浮かんでいた。
「僕、倒れ込んだとき、もう終わったと……」
「本当だよ、急に立ち止まるからびっくりしたぜ」
二人は抱き合って肩を叩く。その様子を、セラフィナは微笑ましそうに見つめていた。
「さて、宝を返しましょう。もう、封印する魔獣はいないけれど、盗んだものは返したほうがいいわ」
「そうだな。もう、こんなことはごめんだ」
三人は最奥の間へと続く扉を開け、ようとした。
「ねぇ、扉ごと、祭壇吹き飛んでるんだけど」
リリアは少し飽きれたようにセラフィナを見る。
「いやだって……まあそりゃ、火力高いの打ったし……」
「どこに宝を戻すんだよ」
「……。そう、それは討伐報酬!貰って帰りましょう!」
「えぇ……」
セラフィナは名案!と言うように、ぽん、と手を叩きにこやかに言った。
ロビンは苦笑し、リリアは困惑。
けれど、その顔は晴れやかだった。
◇ ◇ ◇
街に戻り、セラフィナはひと粒の宝石を取り出してこう言った。
「その宝とこの宝石、交換しましょ」
「え、なんでだ?」
そんなことする意味がわからない、とリリアは訊ねる。
「盗品売るわけにいかないでしょ?それに、その宝が何なのか調べる必要があるわ。私の宝石なら売っていいから、薬代にしなさい」
「そんな……貰えないですよ!」
ロビンが声を上げる。自分たちは、報酬をもらうようなことは何もしていない、と。
「いいのよ、あんたたちはよく頑張ったわ。あっ、薬代より馬車代にしてミリエルに治してもらったほうが確実ね」
「えっ」
「紹介状を書くわ。あたしの頼みなら聞いてくれるはずよ」
セラフィナはささっとレターセットを取り出し、聖女ミリエルに宛てた手紙を書いた。
「はい、これ。王都にある聖堂に行って渡せば通してくれるわ」
「本当に、いいんですか」
「いいのよ〜!ほらほら、病気治してあげたいんでしょ?」
ロビンはおずおずと手紙と宝石を受け取る。
その目からは、感激の涙が流れていた。
「あなた、すぐ泣くわね」
「ぐすっ……だってぇ……」
「ほらほら、泣かないの。じゃあ、あたしはもう行くわね」
セラフィナは二人に背を向け、歩きだそうとする。その背中に、二人は驚いて声をかけた。
「え?もう行くんですか?」
「あたしにはやることがたくさんあるのよ」
「掃除、か」
「そうよ。今この瞬間も、どこかで困っている人がいるかもしれないの。立ち止まってるわけにはいかないのよ」
二人は名残惜しそうにセラフィナを見つめる。
「ふふっ、また会えるわよ。きっと」
セラフィナは振り返り、大きく手を振った。
「じゃあね、二人とも。お幸せに」
ロビンとリリアはその言葉に顔を真っ赤にした。
「そ、そんなんじゃねえよ!そんなんじゃ……」
セラフィナはくすくすと笑いながら、街を後にした。あの様子なら、きっと大丈夫だろう。
「さーて!次の街では何が起こるかしら?」
セラフィナはワクワクと、だが緊張感を持って街道を歩く。
(呪われた土地に魔王の残党……次の街で話を聞いてみよう)
セラフィナの旅は、これからが始まりだった。




