第67話 手術
第67話 手術
手術は段取りが重要だ。
簡易ベッドを用意して、部屋の真ん中におき、両側に人が入れるスペースを確保する。
ベッドの高さは低いが、立て膝で手術を行えば丁度良い高さになりそうだ。
クッションを下においておこう。
汚れがついてもいいように、ベッドにシーツを敷き、エライザを乗せた。
エライザは深く眠っており、身じろぐ様子さえない。
手術に使うナイフやはさみを台に乗せ、すぐ使えるようにしておく。
ライトの魔法を唱え、頭の上で照明の代わりにする。
僕本体、分身体、エライザとその周囲、道具にクリーン・アップの呪文を唱え、滅菌・消毒の代用とする。
僕が執刀で、分身体が助手だ。
準備万端、さあ手術開始。
前世でなら、この程度の虫垂炎(盲腸)なら、開腹で手術をするにしても、ごく小さな創で手術をするだろう。
しかし、この世界で初めての手術。
しかも、術後に傷が残らないとしたら、大きな創で手術する方が安全で、かつ合理的だ。
僕はエライザの腹部をもう一度確認し、筋肉(腹直筋)の外縁のやや内側に、大きめの切開を置いた。
そのまま皮下脂肪を切開する。
エライザはとてもよく引き締まっており、皮下脂肪は薄く、すぐに筋肉を包む膜(筋膜)にたどり着いた。
途中で少し出血したが、魔力で指先を熱し、出血源を焼灼すると、すぐに止血できた。
電気メスや熱メスの要領だ。
腹直筋を包む膜を皮膚よりやや大きめに切開した。
筋肉が露出した。
これを傷つけないように内側(中心側)に避けた。
すると後方に背中側の筋膜が見えてきた。
この背中側の筋膜の前を通り、裏側から筋腹に流入し、栄養する血管を温存しながら、どうしても邪魔になる枝をシーリングして切離した。
血管のシーリングは茹で卵を作るのと同じ原理で、タンパク質の熱凝固を利用している。
血管を指で強めに挟んで、血管の状態をモニタリングしつつ指先から熱を加え、熱凝固で血管壁同士を一体化させ、出血しないようにシールするのだ。
上手くいった、予定通りに進んでいる。
邪魔するものがなくなった背側の筋膜を、その下に存在する腹膜と一緒に切開し、お腹の中に到達した。
お腹の中を確認すると、予想通り、大腸の盲端部である盲腸はすぐに確認でき、そこから伸びる虫垂を見つけた。
腹水はほとんど無く、汚染されていない。
虫垂は腫脹しているが、破れてはいないし、周囲との癒着はあまりない。
虫垂自身をあまり触らないように注意しながら、虫垂付近を栄養している血管と、それを包んでいる膜(虫垂間膜)や組織を一緒にシーリングし、切開した。
その切開を虫垂の根もと(根部)まで進めていき、虫垂の根部を綺麗に露出した。
虫垂根部を、血管にするよりも、もっと慎重にシーリングした上で切離し、虫垂を切除した。
よし!順調だ。
後は、盲腸周囲にクリーン・アップの呪文をかけて、創を閉じたら終了だ。
いや、待てよ…。
手術の創が外傷と同じで治癒魔法で治るなら、切除部分も外傷と同じで、治るのではないか?
やってみよう。
僕は、虫垂や虫垂間膜のあるべき姿をイメージしつつ、プチヒールの魔法を唱えた。
成功だ。
虫垂は完全に元通りになっている。
念のために鑑定したが、炎症のない状態で、正常な虫垂だ。
やった!
さあ手術も終盤だ。
虫垂周囲にクリーン・アップの呪文を唱えた。
最後に、腹膜と背側の筋膜、腹側の筋膜、皮下組織と皮膚のそれぞれを、プチヒールの魔法で順番に修復した。
お腹につけた創は、完全に消えている。
もう一度、鑑定をしてお腹の中や壁を調べる。
すべて問題なし!
手術終了だ、上手くいった!
僕は分身の術を解き、ライトアップの光を消し、道具を片付けて、周りを綺麗にしてから、スリープの呪文を解き、エライザを起した。
「エライザ、起きて!大丈夫?」
「うーん…、あっレン…。終わったの?」
「ああ、上手くいったよ」
「ありがとう…!!全然痛くないわ!本当に治ったのね。レン、本当にありがとう」
「エライザが元気になって良かったよ…」
「何だか安心したら眠たくなってきた。スキルを使いすぎたのかな…」
「レン、私はもう大丈夫。このまま安心して休んで」
「うん…」
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