45.剣術大会
始まりは、彼のひと言だった。
『フィオナ先輩!絶対見に来てくださいね!』
とても良い笑顔でエンジはそう言ったのだ。
2年に1度、王都で開催される国1番の剣術大会。それにエンジたち剣術部も出場するらしく、私たちはいつものメンバーで見に来たのである。
国中の剣士たちが集まるそうで、だいたい王家騎士団とウィスタリア騎士団の一騎打ちのようになるが、たまに流れの傭兵などが優勝して盛り上がるのだそう。
参加資格は16歳以上の王国民。前回開催時は15歳だったというエンジは、今回が初めての出場で、とても浮き足だっていたように思う。
個人戦でのトーナメント式なので、同じ所属でも当たるらしい。婚約者のフリードがウィスタリア騎士学校所属のクレアも、彼の1回戦の相手は同じ学校の先輩だと言っていたそう。
「そういやドエトルは参加しないのかな」
学院生用に設けられた観覧席に座ったとき、ブラッドがそう聞いてきた。
「ドエトルさんも出るみたいだよ。フリードさんがそう言ってた」
「……その割に今朝、やる気なさそうだったけど」
ドエトルは朝早くに出たのか、私は寮で彼とは会っていない。けれどブラッドは会ったらしく、思い出しながらそう言っていた。
「あっ、始まるよ!」
貴賓席の中央に国王が現れて、開会の宣言がなされた。
会場中が一斉に上げた歓声と拍手の音はけたたましい。皆の熱気が伝わってきた。
陛下の隣、王妃殿下と反対の席に、アルバートとエレーナ、そしてロベルトの姿もある。
「エレーナ、もうすっかり王族ね」
堂々たる態度でとても様になっている友の姿に、私も背筋が伸びる思いがした。
大会の総参加者数は300人。4リーグに分けられ、競技場も4分割して予選リーグが進められていく。どうやら予選リーグでは時間制限があるらしく、決着が着かなかった場合はまさかの腕相撲で勝敗を決めるそうだ。
そして決勝リーグに進めるのは、各リーグ上位者4名ずつの合わせて16名だ。予選を突破するだけでもう名誉である。
「あっ!あの人うちの騎士団の第3隊隊長だよ!」
クレアは自領の騎士団と親睦が深いようで、知っている顔を見つけると楽しそうに報告してくれる。
私も観戦に集中したい。せめて学院生を見つけて、彼らが勝てるように祈りたいところである。
が、集中できない理由がひとつある。
「……うん?どうしたの?」
「い、いえ、なんでもないわ」
左隣に座るブラッドに、チラ見したことがバレたらしい。彼は小首を傾げた。
そう、ブラッドである。彼の存在によって、いまいち観戦に集中できないのである。
図書館での一件からまだ数日しか経っていないこの状況で、落ち着いていられるわけもない。表面上は平常を装っているものの、ブラッドがひとたびこちらに近づけば、明らかに動揺するのだ。
ここの席順でさえ、本当はクレアが間に入ってくれると嬉しかった。けれど当たり前のように私が真ん中なのである。
幸いなことは、ブラッドがずっと今まで通りの対応で居てくれていることだ。まぁ、そのおかげで周囲に変化が伝わることもなく平和なのだが……クレアにすらまだ話せていない。
とまぁ、内心は大いなる嵐が訪れているところだが、顔は作れる。私も少し成長したということだろうか。
「あら、ついにエンジの番ね」
4分割された競技場のこちら側、左手前の試合場に制服姿のエンジが現れた。対戦相手はウィスタリア騎士団員。顔が見えない位置にいるのでわからないが、比較的若そうだった。
相手の方をじっと見つめて集中する姿は、普段の喜怒哀楽がはっきりした彼とはまるで別人のようだった。
審判の合図で試合が始まる。
エンジと対戦相手の騎士は、始まった瞬間、互いに間合いを攻めにいった。
そして騎士の方から一閃が入る。しかしそれをエンジは見切っているらしく、容易にかわした。
「相手はうちの騎士団員だね、あの人よりエンジくんの方が勝りそうだよ」
クレアの読み通り、騎士よりもエンジの方がいささか余裕のありそうな顔をしていた。初めての出場だというのに、なかなか肝が据わっている。
騎士が幾度も攻撃を仕掛ける中、エンジは反撃はせずにそれらをかわしていく。
だが、徐々に追い詰められているのは騎士の方だった。
少しずつエンジに間合いを詰められていて、下がりきれなくなるたび騎士が攻撃を繰り出す。完全に攻撃を出させられている状態だ。
「もう勝負はついてそうだね」
隣のブラッドがそう言った。私は試合から目は離さず、こくりと頷きだけを返す。
試合は動いた。
エンジが騎士の一太刀を剣の腹でいなし、一気に鍔元まで詰め寄る。
そのまま相手の首へ剣を立てた。これにて勝負ありである。
「おぉ~」
クレアが嘆息した。なんとも鮮やかな試合運びであったと、うんうんと頷いている。
エンジと騎士はお互いに礼をして、試合場から出ていった。
「とりあえず1回戦は勝てたね~!」
たくさんの試合を見て既に興奮気味のクレアは、嬉しそうに言った。負けたのがウィスタリアの騎士であることは、今だけ忘れているかもしれない。
焦りは何事においても良くない。きっとあの騎士は、学生相手に負けるわけにはいかないという、プレッシャーが強かったのかもしれない。
それが結果を残せなかったのだから、やはり平常心というものは大切だと思った。
……私も今だけはブラッドのことは忘れて平常心でいよう。
午前の予選が終わり、午後からは決勝トーナメントが行われる。
16人で行う決勝トーナメントは、予選と違って競技場全体を試合場としているようだ。制限時間までに決着が着かなかった場合も、延長戦が行われる。
さらに、予選のように観客の目が分散せず全員が注目するだけに、圧も緊張も大きく変わるだろう。騎士には剣の技術だけでなく精神も必要だというのは頷ける。
さて。この剣術大会、決勝に残るだけでも名誉らしいが、学院生が2人も勝ち上がったことで学院の観客席が沸いている。毎回1人が残れば良い方で、2人も残った今回は史上初の快挙だそうだ。
勝ち上がったという学院生は、エンジとドエトルさんの2人。さすが、剣術部のエースとウィスタリア次期領主だと思った。
「いや~、フリードさんは残れなかったねぇ~」
「残念だったわねぇ」
クレアが伸びをしながら言った。あまり本気で残念がってはいないようだった。
なぜなら、フリードさんは予選の3回戦で、王家騎士団の役職クラスの人と当たっていたのだ。相手のさすがの経験値を見せられた試合になったが、それでも2回勝っているのだから大健闘である。
決勝トーナメント開始のため、1回戦の2人が試合場に現れた。その途端、会場内からわぁっと大きな歓声と拍手が沸き起こり、会場が揺れたように感じた。
「へぇ、騎士学校の人は1人残ったみたいだね」
ブラッドが選手の1人を見てそう言った。
「でも知らない人だなぁ。1年生とかかな?」
1年生で決勝に勝ち上がるその強さも驚きだが、1年生以外の顔は見たことあると言わんばかりのクレアの顔の広さも、とんでもないことである。
決勝トーナメントは延長戦も交えながら進んでいった。
ドエトルさんは、1回戦で剣が折られたことで勝負がつき、敗退。意外にも満足そうな顔をして試合場を去って行き、次の試合が始まる前に観客席へとやって来た。
「いやー、負けちまったわー!」
「お疲れ様。まぁ、決勝まで残るなんてそこそこやるよね」
ブラッドの切り返しは中々に辛辣だったが、それでも2人は穏やかに話し始めた。
最近気づいたのだが、ブラッドとドエトルさんは仲良くなっている。初めはちょっと険悪なぐらいだったのに、いつの間にやら冗談を言い合う仲らしい。
準々決勝では、騎士学校の生徒も力及ばずの結果となった。相手は騎士ではなく傭兵らしき人だった。全く型にはまらない剣技に翻弄され、勝負が決まったようである。
そしてエンジはというと、準決勝まで勝ち上がっていた。
「すごいわね、学院生としては初なんじゃない?」
「いや、確か過去には学院生でありながら優勝した猛者がいたっていう記録があったよ」
ブラッドが思い出しながら言った後、ドエトルがあっさり打ち明けた。
「あぁ、それうちの母親だわ。親父より強いしな」
その場にいた全員は、きっと同じ光景を考えていただろう。ーー公爵を剣で捩じ伏せる、公爵夫人の姿を。
そうこうしているうちに、エンジの試合が始まった。
相手は、フリードさんを倒した傭兵の人。彼は学生とよく当たるようだ。
初めに攻撃を仕掛けたのはエンジだったが、あっさり防がれ反撃される。しかしエンジも一歩後ろに飛び退き、すぐさま切り返した。
正面からのは左にいなし、そのまま左から切りつけたのは身を翻してかわされた。左サイドにいた相手は足払いを掛けてくるが、エンジは軽やかに避けて上から斬撃を打ち込む。
それを相手は転がってかわすと、再びエンジの懐に剣を差す。エンジは剣で剣を弾いてかわした。
どちらかがどちらかに攻撃を仕掛ける度、会場中から歓声が上がる。けれど防いで反撃に転じると、もっと大きな歓声や笛の音が鳴り響いた。
「拮抗してるね~~!」
「実力はどちらも互角、ってとこかな」
しばらく両者、攻めては防がれの激しい打ち合いが続いた。
しかし打ち合いが続いて数分後、エンジも相手も息が上がってきた頃だった。
相手が横から切りつけ、エンジの脇腹の隙を狙う。エンジもそうはさせるかと相手の剣を防ぐために左側に注意を寄せる。
しかし相手の動きは、フェイクだった。
一旦剣を引っ込めたかと思うと、その後目にも止まらぬ速さでエンジの首もと目掛けて鋭い突きを入れた。
勝敗が決まった。
わあっと、観客たちの声が会場内に響き渡る。そして両者の健闘を称える大きな拍手が沸き起こった。
「負けちゃったねぇ~」
「惜しかったわね」
私もクレアも、拍手をしながら言葉を交わした。
まるで今のが決勝戦だったかと錯覚してしまうほど、歓声と拍手が鳴り止まない。
そんな中、エンジも相手の傭兵の人も、観客たちに向かってお辞儀をしたり手を振ったりしていた。
次の準決勝が始まる頃には拍手は落ち着いたが、先の試合の熱が収まらないのか、試合は大いに白熱した。
そして決勝では、エンジに勝ったあの傭兵の人が、相手の王家騎士団員を倒して優勝した。
「いや~、今回もすごかったねぇ!」
うきうきした様子のクレアが、私の手を掴んで振りながらそう感想を述べた。目はキラキラと輝いていて、よほど楽しかったのだと、表情は語っている。
「私は観るのは初めてだったけど、楽しかったわ」
エンジのひと言がなくてもクレアに連れて来られていたかもしれないが、観にきて良かったと言えた。
大会が終わり、学院寮に戻った私たちはドエトルさんとエンジの健闘を祝うべく談話室に集まった。
それぞれ軽いお菓子と飲み物を手に、乾杯や拍手でお祝いの意を表す。ドエトルさんは嬉しそうに感謝の言葉を口にしながら、祝いに来る人たちに対応していた。
一方で、大会4位のエンジは笑顔でお礼を言っているものの、どこか浮かない顔をしていた。
「お疲れ様」
「大健闘だったね~」
「ありがとうございます、フィオナ先輩、クレア先輩」
エンジのことだから、優勝を目指していたのかもしれない。いや、普通に考えて出場するなら上を目指すだろう。
「はぁ、悔しいです、あんなとこで負けるなんて」
エンジは笑顔を崩して泣きそうな顔を見せた。
「曖昧に言うとためにならないからはっきり言うね。私から見れば、2人の間に技術とか力の差はなかったよ。でも、確実に経験の差があったと思うの」
「経験の差……」
険しい顔で言ったクレアに、エンジはひとつ頷いた。
「だから、これからももっと鍛練を積んで、色んなことを経験して吸収して。そしたら君はきっと、あの傭兵さんだって倒せるような強い人になれるから」
私は剣に関しては全くの素人なので、クレアのようなアドバイスはできない。ただ横で聞いていただけだが、彼女の言うことは最もだと思って頷いた。
「……そうですよね、わかってはいました。目標を達せなくて落ち込んでましたが、そんな時間だって勿体ないですよね」
エンジは目を瞑ってふぅと小さく息を吐くと、すっと顔を上げた。ついさっきまでとはまるで別人のように、すっきりした顔だった。
「よし、俺、これからもたくさん修行します!それでいつか、隣には立てなくても認めてもらえるよう強くなります!見ていてくださいね、フィオナ先輩!」
「え?えぇ、頑張ってね。あなたならきっと成れるわ」
突然名指しで見守り係を任命され、一瞬戸惑った。だが、エンジの未来を応援しない理由はない。
「ねぇ、エンジくん、あっちの子達もおめでとうって言いたいみたいだよ」
エンジがいつもの晴れ晴れとした表情に戻って安心したところで、クレアがふと集団の方を見やる。
私も彼女に倣ってそちらへと目を向けると、下級生の集まりがエンジを待って、まだかまだかとそわそわしていた。
「わ、すみません、ちょっと行ってきます!」
エンジは私たちにお辞儀をすると、集団の方へと元気に歩いて行った。
「や~、私たちももうすぐ卒業だからねぇ」
「そうね」
困ったようにクレアは笑う。
いつまでも下級生ぶって頼るな、というクレアの心の声が聞こえた気がして、私も困った笑みを浮かべるしかなかった。
「よぅ」
「あら、ドエトルさん」
見計らっていたかのようにタイミング良くドエトルが現れる。
しかし彼は、もう今日の出来事を忘れたように神妙な顔をしていた。
「悪いけど、ちょっと話があるんだ。少しフィオナを借りてもいいか?」
急に何だろうと首を傾げた。
クレアの方を向くと無言で頷いたので、私は承諾の返事をした。そして談話室を出ていくドエトルさんの後を追いかけた。




