序章 青島葵の談
それはきっと──稚拙な感情だったのでしょう。
幼い頃、父母と死に別れたわたしは祖父に引き取られました。
祖父は山奥で武術の道場を営んでおり、そこにはわたしよりも年上の方々が稽古のために通い詰め、日々鍛錬に打ち込んでおりました。
その方たちは祖父のお弟子さんです。
わたしの祖父は「お師匠様」と呼ばれておりました。
ただ1人、祖父と一緒に住んでいる方もおりました。
その方は道場における師範代のような人だったらしく、祖父の代わりに皆さんの指導も務めてもおりました。
当初、わたしはこの人を好きになれませんでした。
口を開けば罵詈雑言、態度は粗暴、話しても返ってくるのは悪態ばかり。
第一印象は最低を通り越して最悪でした。
こんな人と一緒に暮らすのか、と思うと幼い私は泣きたくなったほどです。
ですが、ひとつ屋根の下で共に暮らすと──印象は逆転しました。
相変わらず口の悪さは酷いものでしたが、彼は幼いわたしの面倒を甲斐甲斐しく見てくれて、どんな手間も惜しまず世話を焼いてくれたのです。
その心遣いは言葉にせずとも伝わってきました。
お弟子さんたちがこの人を慕う理由もわかります。
彼は態度こそ悪人でしたが、寛大な心を持った男性だったのです。
偽善者ならぬ偽悪者、とでも言えばいいのでしょうか?
その魅力に気付いた頃、わたしは彼に心を開いておりました。
初めは両親を失った寂しさを埋めるため、その優しさに甘えていたのでしょう。やがてそれは兄に憧れる妹のような感情へと育ち、それが恋慕の情へと昇華するのは時間の問題でした。
そう──初めは稚拙な感情だったはずなのです。
その感情を種とした気持ちは、いつしかわたしの胸で花開いていったのです。
「お慕いしております──お兄様」




