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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第八章 ~ 変性女子
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第1話 魔酔館へようこそ




「へ、へ、へ……べっぐっしょん!!」


 幽谷響(やまびこ)は小柄な身体に似つかわしくない豪快なクシャミをした。


「どこのどちら様か存じやせんが、拙僧(せっそう)の噂話でもなさっているようで」

「そこかしこで悪いことやってるんだ。されて当然だろう」


 鼻をこする幽谷響に、信一郎は(とげ)を含んだ言葉をやった。


「へへっ、違ぇねや……ま、噂話される当てはごまんとありやすが、今のクシャミは単なる温度差によるものでございやしょう。なんせこちらはちょいと標高が高いですからね。まだまだ寒ぅございやすよ」


 中部地方──とある山中の真っ直中。


 日本アルプスの絶景が望める山中に信一郎と幽谷響はやって来ていた。


 山と言っても人跡未踏のような鬱蒼(うっそう)とした森の中だ。

 その山を切り開いてベルサイユ宮殿に勝るとも劣らない雄壮な庭園が設けられており、その奥には白亜の宮殿みたいな洋館が建てられてい。


 信一郎と幽谷響は、その洋館の前に立ち尽くす。


「いつ見ても綺麗な御屋敷だね……外壁まで掃除が行き届いてるよ」

「そのために唸るほどメイド雇ってんでやしょう。汚かったら減給もんでさぁ」


 2人がこの洋館を訪れた理由──それは魔道師ゆえの交際(つきあい)からだ。


 六道輪廻に背いて魔道に堕ち、己が道のみを進まんとする者。


 ──それが魔道師だ。


 古来より有識者がその傲慢(ごうまん)さゆえに魔道に堕ち、天狗や鬼になったという逸話(いつわ)が数多く伝えられているが、その正体は従来の教えでは満足できず、魔道という生き方を選んだ異能者たちである。


 信一郎と幽谷響も魔道師である以上、その例外ではない。


 生命を操ることに長けた魔道師『木魂(こだま)』──それが信一郎の魔道。

 ただし、先代『木魂』から半強制的に押しつけられた。


 異能の技術である魔道でも、師から学ぶことで体得していくもの。

 しかし『木魂』の継承とは特殊なもので、能力を後継者に丸ごと譲り渡すという変則極まりないものだった。


 信一郎はそれをほとんど強制的にやられたのだ。


 対して、幽谷響はその名が示すとおり音を司る魔道師である。

 音を支配することに長けた魔道師『幽谷響(やまびこ)』──本名は未だ知らない。


 音を使った催眠や暗示などお手の物。振動や衝撃も操れるという。振動波を利用して物体の破壊もできるらしく、その能力は汎用性(はんようせい)に優れていた。


 どこで誰から習得したのかは知らない。幽谷響も話そうとはしない。


 命と音の魔道師──。

 この2人が一緒にいる理由は腐れ縁としか言いようがない。


 気付けば魔道師の業界でも有名なコンビになっていた。


 これを信一郎は歓迎していない。幽谷響は信一郎に全幅の信頼を置いているが、信一郎は未だに幽谷響を胡散臭(うさんくさ)いチビだと思っているのだ。


「どうして私がこんなチビの相棒にされなきゃいけないんだ……」

「……先生、思っていることが最初から最後まで口から漏れてやすぜ」


 少しは傷ついたのか、幽谷響のツッコミに覇気はなかった。


「先生にとって拙僧なんざ悪友がいいところでございやしょう。名も無きファラオに武藤遊戯、杉下右京に亀山薫、ってな感じの相棒にはなれやせんよ」


「いい年したオッサンが()ねるなよ……そんなことより」

 信一郎は辺りを見回したが、人っ子一人現れる様子がなかった。


「……誰の出迎えもないなんておかしくないか?」

 巨大な門のような正面玄関を見上げたが、そこが開く気配もない。


 広大な庭園、巨大な洋館、大勢の使用人──。

 ここは深山幽谷に創られた豪奢(ごうしゃ)な山中異界なのだ。


 これらを治めるのはたったひとりの若き魔道師。


 魔道師『羅城門』(らじょうもん)朱雀院(すざくいん)ハット──ここは彼の支配領域である。


 この庭園だけではなく、周囲の山々も朱雀院家の私有地だ。

 魔道師は先祖伝来の土地持ちや財産持ちが多いが、朱雀院家のそれは魔道師の中でもトップクラスだろう。


「確かに妙でございやすね。いつもならメイドのお出迎えが……ん?」


 幽谷響の両耳が動く。何者かの接近を感知したらしい。

 信一郎の耳にも聞こえる。巨大な物体が空気を押しのける音だ。


 その数は二つ、正面玄関の両脇に地響きをさせて着地する。


 それは阿吽(あうん)の金剛力士像──ではない。

 天を突くような巨体は仁王像にも勝るが、どちらもメイド服をまとっていた。


 筋骨隆々(きんこつりゅうりゅう)──みっしりとした筋繊維(きんせんい)の塊のような二人組だ。


 ちょっと力めばメイド服が弾け飛びそうな筋肉の密度である。それが2メートル越えの体躯(たいく)を鎧のように覆っていた。


 大木のように太い首は勇猛な闘士の如き相貌(そうぼう)を支えており、199X年に世紀末を迎えた世界で救世主や覇王になれそうな雄々しき面構えがこちらを見下ろしている。その目線を隠すように姫カットに切り揃えられた黒髪ロングのストレートだけが、唯一女性らしさを誇示していた。


 そう、彼女たちはメイド──紛うことなき女性なのだ。


「朱雀院家メイド衆、メイド長補佐──『鬼』の仁王門(におうもん)阿美(あみ)にございます」

「朱雀院家メイド衆、メイド長補佐──『鬼』の仁王門(におうもん)美吽(みうん)にございます」


 初対面でもないのに姉妹メイドは名乗り、雄々しいポージングを取った。

 そんな2人の間にスマートな人影が降りてくる。


「「そして、朱雀院家メイド長──『百々目鬼』(どどめき)(とどろき)真奈(まな)様にございます」」


 阿美と美吽に紹介されたのは、フランクなメイドさんだ。


 双子のメイドは古式ゆかしいオーソドックスなメイド服なのに対して、こちらは艶めかしい二の腕や太股や胸の谷間を大胆にさらした露出度の高いメイド服を着ている。エプロンの飾りもやたらと派手派手しく、下品な言い方をすればフレンチメイドみたいなコスチュームだった。


 特筆すべきは長い腕──しなやかで美しく、磨き抜いた象牙のような肌。


 一般的に見ても美女と呼ばれそうな整った顔立ちだが、寝起きのようなトロンとした瞳、鳥の巣みたいな散らかったボサボサヘアー。

 そこらへんがマイナスになっていた。


「センセ、ちーす」


 彼女は挨拶までフランクだった。

 しかも火を点けてない煙草をくわえたままだ。


 こんな素行不良でも、仕事面では有能なのでメイド長を務めているらしい。


「やあ、相変わらずだね。真奈さん、阿美さん、美吽さん」


「そういうセンセも相変わらずベッピンじゃん。こっちに少し別けてよ、その美貌とか色気とか女らしさとか……あれ、今日は女の子モードじゃねーの? おっぱいないじゃん」


 黒髪ロングのストレートに美女のような女顔。

 おまけに線が細くて華奢で撫で肩、最近では骨盤まで広がってきたのでますます女性的になっているが、信一郎は紛れもなく男なのだ。


 真奈の質問に信一郎は苦笑した。


「アリスちゃんはもう家にいるからね。ここで女性になる必要はないよ」


 以前、信一郎は定期的にこの朱雀院家を訪れていた。


 それはこの家の主人である朱雀院ハットの妹、朱雀院アリスのためだ。


 今年7歳になるアリスは信一郎に亡き母の面影を重ねており、それこそ本当の母親のように慕っていた。だから朱雀院家に来る時の信一郎は女性化して、アリスのために母親役をやっていたのだ。


 そのアリスは本人の希望により、先日から信一郎の屋敷で暮らしている。


「えー? そんじゃあアタシはこれから誰のおっぱい揉みゃあいいのよ?」

「ハハハ、来る度に揉まれていたからね。二度と揉ませるものか」


 胸を揉む動作で残念がる真奈に、信一郎は渇いた笑顔で言ってやった。


「そんなに乳が揉みてぇなら、そこの姉妹の鉄板みてぇな胸でも揉んでなせぇよ」

 幽谷響が唇を釣り上げてからかうが、真奈は素っ気ない態度だった。


「あれ、ヤマビコのトッツァン……いたの?」


「最初っからずっとおりやしたぜ……そういや挨拶でも無視されやしたな」

「小さいから目に入んなかったよ。トッツァンも相変わらず小さいな」


 幽谷響が反論する前に、真奈は一瞬だがこの場から消えた。

「でもトッツァン、財布はデカいからな。そこんとこは好きなんだけどね」


 再び姿を現した真奈の手には、厚みのある財布が握られている。

 それを見た途端、幽谷響は大慌てで自分の懐をまさぐった。


「テメェ、また財布スリやがったな!?」


 ──魔道師『百々目鬼』。


 その昔、人より長い腕を活かしてスリをしていた女がいた。

 ある日、盗んだ財布に入っていた穴あきの貨幣(かへい)が腕に張りついて無数の目となり、女は数多の目を腕に持つ鬼となってしまった。


 それが『百々目鬼』──その号を持つ彼女は、盗むことに長けた魔道師だ。

 人の目を盗んでスリを働くなど朝飯前である。


「ひーふーみー……すげー、七十万も入ってんじゃん。トッツァンお金持ちー♪」

「返しなせえ! メイドがそんなに手癖悪くてどうしやすか!?」


「ケチケチすんなよ、メイドにチップを払うのは素敵なオジサマの義務だろ?」

 真奈は財布から諭吉を数枚抜き取り、自分の胸の谷間へ差し込んだ。


 それでもまだ厚い財布を幽谷響に放り返す。


「坊主に布施(ふせ)するどころかカツアゲするとは……ったく、手癖の悪いのは治りやせんねぇ。これでメイド長ってんだから、まったく……」


 愚痴(ぐち)りながらも幽谷響は取り返そうとはしない。こういうところが甘いのだ。

 2人のやり取りは別にして、阿美と美吽が信一郎に尋ねてくる。


「信一郎先生様……アリスお嬢様は元気でやってらっしゃいますでしょうか?」

「信一郎先生様……アリスお嬢様は粗相などしてらっしゃらないでしょうか?」


 姉妹メイドはアリスの近況を案じていた。


 彼女たちの気持ちはよくわかる。

 なにせ仁王門姉妹はアリスの世話役だったのだ。


 と言うより、常人の10倍の力を持つアリスの相手をできるメイドは、彼女たちだけだったという消去法が正しい。

 それでも彼女たちは愛情を込めてアリスを育ててきたのだ。


 押し寄せる筋肉にたじろぎながらも信一郎は答えた。


「ああ、アリスちゃんなら良い子にしてるよ。マイルちゃんっていうお手本になるべきお姉さんもいるしね。うん、元気にやってる……茜ちゃんとは毎日ケンカしてるけどね」


 大魔道師『白山(はくさん)神通坊(じんつうぼう)』の一人娘──。

 白山・ギガトリアームズ・T・ティアーナ・(まいる)


 業炎の魔道師『火車(かしゃ)』のおてんば娘──。

 火野(ひの)(あかね)


 この二人も高校進学を機に信一郎の屋敷で暮らすようになった少女たちだ。

 おかげさまで幽谷響と二人暮らしだった男所帯は、この春から女の子だらけの華やかなになっていた。


「ここに来ることを話したら、『阿美と美吽によろしく』って言ってたよ」

 アリスの伝言を受け取った姉妹は、分厚い胸板を撫で下ろした。


「良かった……美吽さん、アリスお嬢様は元気でやってらっしゃるようですわね」

「ええ、阿美さん。ひとまず一安心といったところですわね」


 両手を合わせて乙女チックに喜ぶ姉妹から筋肉が盛り上がる。


「わたくしたち、アリスお嬢様のことが心配で……この小さな胸がはち切れそうそうでしたわ」

「わたくしたち、アリスお嬢様の身を案じる余り……姉妹で10㎏も痩せてしまいましたのよ」


 その割には膨れ上がった大胸筋でエプロンドレスが弾けそうだった。


「おい筋肉シスターズ、あんまり喜ぶとまたメイド服破けるから自重しとけよ」

 んなことより、と真奈は背後にある正面玄関の大門を指した。


「さっさとセンセたちをダンナ(・・・)んとこに案内しちまおうぜ──玄関あけとくれよ」


 朱雀院家本館の正面にある大門のような玄関。

 普通に出入りできる通用口もあるのだが、客人は必ずこの玄関からお招きするという決まりがあるため、信一郎も来る度に玄関から通されていた。


 しかしこの玄関、片方の扉でさえ大人十人がかりでないと動かせない。

 それぐらい重いのだ。


「そうですわね、旦那様がお待ちかねですわ──行きますわよ、美吽さん」

「そうですわね、旦那様が待ちかねておりますわ──良くってよ、阿美さん」


 仁王門姉妹は息を合わせ、それぞれの扉を同時に片手で押し開けてみせた。

 これが怪力無双を誇る『鬼』の魔道師──仁王門姉妹である。


「「(みなもと)信一郎(しんいちろう)先生様、並びに幽谷響様の御来訪ーっ!!」」


 門を開けた姉妹は洋館中に響き渡る大音量で来客の旨を伝えた。


~~~~~~~~~~~~~


 鬼──と言えば誰もが連想するのは、『力が強い』という特徴だろう。


 しかし、鬼の特性は怪力だけとは限らない。


 夜明けまでに山を削り取って他に移す鬼、一夜にして暴れ川に頑強な橋を架ける鬼、正直爺さんの(こぶ)を取って意地悪爺さんの頬に移植する鬼、どんな願いも叶える打ち出の小槌を持っていた鬼、たった一晩で千本の刀を鍛え上げた鬼、死者の肉体を寄り合わせて絶世の美女を創った鬼……。


 人間が持ち得ない魔性の技術──ここに鬼の力の真髄(しんずい)があるのだ。


 数いる魔道師の中でも、その叡智を極限まで研ぎ澄ませてきた鬼の魔道師。


 ──それが『羅城門(らじょうもん)』なのである。




“源信一郎先生様、幽谷響様──ようこそ魔酔館(まよいかん)へ”




 魔性をも酔い痴れる館と書いて──魔酔館(まよいかん)


 その玄関を潜ると高級ホテルのような吹き抜けのエントランスホールが広がっていた。そこには美しいメイドたちが2つの列に並んで道を作っており、信一郎たちを出迎えてくれる。


 このメイドたちも『羅城門』の力の一端だった。


 ヘッドドレスも霞むような角を掲げる者、スカートを跳ね上げて尻尾を振るう者、シリコン製の肌を露出させた者、獣の耳を振り立てる者、猛禽類(もうきんるい)の翼を(かざ)す者、鱗の肌をさらす者……人型ではあれど、人間じゃない者が少なくない。


 獣人、サイボーグ、魔人、アンドロイド、亜人……ets。


 およそファンタジーやSFといったフィクションでしかお目に掛かれないような存在が、当たり前のようにそこにいた。

 統一性こそないが、メイド服の女性という点では共通していた。


 彼女たちは『羅城門』によって生み出された改造人間である。


 1から創造された人造生物もいれば、諸事情により肉体改造を施された人間もいるらしい。望むか望まないかは人ぞれぞれだと言うが──。


 人類の科学技術を遙かに凌駕したオーバーテクノロジー。

 それが『羅城門』の誇る魔道師としての異能だった。


「ようこそ先生、お待ちしておりました──それに久し振りだね、幽谷響」


 ホール中央から伸びる大階段。

 途中でホールの左右に階段が別れるため踊り場がある。


 その踊り場に朱雀院ハットが立っていた。


 妖艶とも言うべき容貌の美青年である。


 全てを見透かすような青い瞳に純白の肌、どちらも色素が薄いゆえの配色だろうが神懸(かみが)かっていた。妹のアリスもよく似た体質だが、彼女はありあまる元気さから健康的に感じられた。なのに兄のハットはどこか耽美(たんび)な雰囲気を醸している。


 研究者らしく白衣を羽織っているが、その下はワイシャツにスラックスと平凡な格好をしている。しかし、この館の主人だけあってどれも最高級品のようだ。


「やあハット君、君も出迎えに出てきてくれたのかい?」

「はい、と言えれば可愛げもあるのでしょうけどね……阿美さんと美吽さんの声が聞こえたような気がしたので出てきただけですよ。でなければまだ研究室に籠もっていました」


 ノンフレームの眼鏡の位置を直してハットは言った。

 階段を降りてくるハットに、幽谷響は網代笠(あじろがさ)を外して挨拶をする。


「これは朱雀院(すざくいん)(きょう)……いえ、朱雀院博士とお呼びした方が宜しいでございやしょうか? 御無沙汰(ごぶさた)しておりやす。御身(おんみ)にお変わりはございやせんか?」


「幽谷響、君の慇懃無礼(いんぎんぶれい)さは卑屈なのにとても高圧的だ。そこに変化がないのは君が変わらぬ証明でもある」

 君こそ変わりないようだね、とハットは薄く微笑んだ。


 ハットの横に真奈が付き、その背後には阿美と美吽が控える。

 メイドを従えたハットは信一郎に手招きをした。


「こんなところで立ち話も何です。お茶でも()れさせましょう」

 先生は客間へどうぞ、とハットは手招きする。


 彼に促されるまま、信一郎は後に着いていく。

 それに幽谷響も続こうとしたが、真奈によって行く手を遮られる。


 真奈は長い腕で反対の廊下を指差した。

「トッツァンはこっち──別の用事で呼んだんだよ」

「先生とは別件……でございやすか?」


 幽谷響は怪訝(けげん)な顔をしたが、断る理由もないので真奈の誘導に従った。




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