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道参人夜話  作者: 曽我部浩人
第五章 ~ がしゃどくろ
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第2話 外道に関する講義(IN女湯)




 明けて翌日──とある東北の山間にある温泉郷。


 日も昇りきらぬうちに屋敷を出て、現地に着いたのは昼過ぎだった。

 幽谷響(やまびこ)は依頼人に会うと言って何処かに行った。


「先生と姫さんは温泉にでも浸かって鋭気を養っといてくだせえ」


 信一郎に気を遣ったのか──マイルに気を遣ったのか。


 この辺りでもかなりお値段の張る旅館を予約していたらしい。

 幽谷響は異様なくらい気配りのできる男なのだ。


「……誰にでも下手に出るくせに、態度が人を嘗めきってるんだよな」

 いわゆる慇懃無礼(いんぎんぶれい)というやつだ。


「あの、先生……先程から独り言が多いようですが?」

 向かい合っていたマイルに心配され、ようやく信一郎は我に返った。


「いや、何でもないよ。このところ疲れが溜まっていてね。こんなにゆっくりできたのは久々だからさ……」


「そうですか? ならいいのですが……ところで先生」

 いくつかお尋ねしたいことがあります、とマイルは質問してきた。


「ん? いいよ。私に答えられる範囲ならね」


「信一郎先生はれっきとした男性であって、魔道の術で性別を自在に変えられるのですよね? その女体も術によるものだと聞き及んでおります」

「……いきなり核心を突いてくるね」


 白山は勘違いをしていたので、マイルにはしっかり説明しておこう。


「私は基本的に男性だよ。見た目が女っぽくて、肉体を女性そのものに変えられるとしてもね。戸籍の上でもそうだし、生物学的にもだ」


 潜在的な両性具有者(アンドロギュヌス)──という説明はややこしいので省いておいた。

 肉体的にはともかく、精神的に信一郎は男性なのだ。


「では──女性化した状態で女湯にいるのはどのような事情ゆえですか?」


 現在、信一郎とマイルが寛いでいるのは旅館にある大浴場。


 しかも──女湯である。

 源泉掛け流しが売りの大浴場で湯治気分を味わっているところだ。


 湯船でも毅然と正座するマイルがこちらを見据えていた。


 どうやら「不埒(ふらち)な気持ちで女湯に入ってるのでは?」という不信感を信一郎に対して抱いているらしい。


 言い訳でもないが事情を明かしておこう。


「他意はないんだけど……屋敷を出た時から女性化してただろ?」

「はい、それには気付いておりましたが……」


「少し前からなんだけどね、幽谷響からの仕事を受けている時はこの姿……女性化した格好で通すと決めたんだよ」


 以前、幽谷響から受けた仕事の関係者に信一郎の知り合いがいた。

 その時は既に女性化していたのもあって、以前名乗った『源田(げんだ)信乃(しの)』という偽名で誤魔化しておいたのだ。


「それ以来、魔道師としてはこの姿で通すようにしてるんだ」


 幽谷響や流れの魔道師が信一郎の家に出入りしているのはいい。

 近所には『民俗学の研究のため、その筋のスペシャリストを招いている』と説明してある。奇人変人がうろついていても怪しまれないだろう。


 だが──信一郎が魔道師であることは秘密にしておきたい。


 特に大学の先輩である逆神准教授や、その上司である大金教授には絶対に知られたくなかった。


「あの2人にバレたら……どうなるかわかったもんじゃない」

 考えられるケースを挙げてみたが、そのどれもが信一郎には生き地獄。


 温泉に浸かっているというのに鳥肌が立つほど青ざめている信一郎に、マイルも事情をわかってくれたようだ。


「……そ、そんな恐ろしい目に遭わせられるのですか?」

「あの2人は色々やばいんだ。ある意味、魔道師より(たち)が悪い……以来、こうして性別を変えて行動するようになったのさ」


 今の信一郎は源田信乃──とある大学の女史・源田信乃なのだ。


「だからね、別に女風呂を覗きたいとか、女性の裸を見たいとか、そういう低俗な理由で女体化してるわけじゃないんだよ」


「い、いえ、そういうつもりでお訊きしたのではないのですが……」

 マイルは首を左右に振ると、申し訳なさそうに俯いた。


 そういうつもりで聞いたのだろう。

 まだ幼い真面目な少女、表情が誤魔化せていない。


 しかし──男の心理として女湯にいるとドキドキした。


 本格的な春休みが近いとはいえ平日の昼間。

 信一郎たち以外にほとんど人がいないのが幸いだった。


 それでも、目の前にはマイルという極上の美少女がいる。

 しかも全裸でだ。これはいけません。


 信一郎に年下の趣味はない──。

 だが、年下好きの気持ちを理解してしまいそうになる。


 それぐらいマイルは見目麗しい少女なのだ。


 欧州の小国出身という母親譲りの日本人離れしたスタイルの良さは特筆すべきものがある。あんまりジロジロ見ていると危ない気持ちになりそうで恐い。


 不意にマイルが顔を上げたので、信一郎は気まずそうに視線を逸らした。


「そ、それにさ。こう言ったら世の女性たちに失礼だけど、私の場合、綺麗な女性の裸を見たくなったら、今の自分を姿見に映して眺めるだけでいいんだよ。そっちの方がよっぽど興奮する」


「先生はナルシストだったのですが……?」


 女湯で女性の裸を見ても淫らな気持ちにはならない、と遠回しに言ったつもりなのだが、曲解した意味で受け取られてしまった。


 これは信一郎の言い方も悪かったのだろう。


「いや、例え話だからそこまで真に受けられると……この身体はね、私の理想の女性像のリスペクトなんだよ」


 魔道師の中でも五大美女の一人に数えられた──先代『木魂』。

 信一郎の記憶にある、その姿を模しているのだ。


 幸か不幸か──顔は姉弟と間違えられるほどよく似ていた。


「彼女は私の恩人なんだ……彼女はもう二度と会えないところに行ってしまったけれど、彼女から受け継いだ技を使えば、こうして似姿を重ねられる」


 女性になるのは今でも気乗りしない。


「でも、せめて彼女の見た目になれるんならいいかなって思えるし……彼女を身近に感じられるような気がするんだよ」


 魔道師となった自分にできる──未練がましい自慰行為だ。


「だから女性になる時は、必ずこの姿と決めてるんだけど……うわっ! ど、どうしたのマイルちゃん!?」


 信一郎の話を聞いたマイルは、おもいっきり号泣していた

「せ、先生……わ、私は、グス……なんて辛いことを聞いて……ヒック……」


「いや、そんな泣かなくていいから! かなり昔の話だし、彼女が好きだったからこんな身体になっているだけであって、結構気に入ってるとか……と、とにかく! マイルちゃんが気に病むことじゃないよ!」


 感受性の強いマイルを泣き止ませ、話題を変えることにした。


「ほらマイルちゃん、他にも聞きたいことはない? いくつか質問があるって言ってたじゃないか。他にも何か知りたいことがあるんじゃないの?」


「ヒッ、ヒック……では、気を取り直して……」

 意外とすぐに泣き止んでくれた。切り替えが早い子でもあるようだ。


「先生──外道とは何なのでしょうか?」

 これまた核心を突いた質問だ。しかも先程より真に迫っている。


「外道って……あの外道?」

「はい、実は私……まだ外道なる者に出会ったことがないのです」


 これは別に珍しくない。

 外道とはそんなに頻繁に出現するものではない。


 どこぞの幽谷響のように自ら進んで外道を尋ね歩くようなことでもしない限り、滅多に出会すものでもないのだ。


 それでも魔道と外道は縁がある──いつかどこかで巡り会うだろう。


「だからマイルちゃんが見たことがないのも、別に不思議じゃないよ」

「そうなのですか? 私はてっきり外道を斬ることで魔道師として一人前になれるのかと……父上も『斬りまくった』と仰ってましたし……」


 こういう剣呑(けんのん)なところは白山の娘だと思い知らされる。


「幾人かの魔道師とは友にもなりましたし、手合わせをしたこともあります。なので我等の他にどんな魔道師がいるかについてはそれなりに心得ておりますが、外道に関しては全くの無知でして……」


「お父さんやお母さんは何も教えてくれなかったのかい?」


「父上は『そういう小難しい話は先生んとこに行ってから教えてもらえ』と、母上も『龍に関する知識ならば他の追随を許さぬ。しかし、外道については何も知らん』と仰るばかりで……」


「……御両親そろってアバウトだったんだね」


 どうやら似た者夫婦のようだ。

 だからマイルは教師役を求めて信一郎のところに来たらしい。


 他の子たちよりも一足先に来たのはこれが理由のようだ。


 学者という職業柄、信一郎は外道に対しての自己流の見解を持っている。


 それをマイルに教えてやればいいのだ。

 信一郎も講師の端くれ、人に教えるのは初めてではない。


「それじゃあちょっと教えてあげようか、これでも教鞭(きょうべん)()ってる身だしね」

「はい! ご教授、よろしくお願い申し上げます!」


 マイルは姿勢を直すと、湯船に顔を突っ込む勢いで頭を下げた。

 今時の大学生よりも前向きな姿勢、講師として嬉しく思う。


「魔道師に関しては言うまでもないが、おさらい程度に触れておくと……」


 六道輪廻の輪を逃れ、己が求める道だけを歩く──それが魔道。


 唯物論だけでは語れない難題を探求し、形而下では片付けられない形而上(けいじじょう)な難問を追求し、世界の表層を破ることで森羅万象の神秘を解き明かす。


 ──それが魔道師。


「魔道師によって追い求める真理は様々だ。力を、技を、神秘を、知識を……それぞれ追い求めるものが違う。『木魂』である私は生命の探求、『幽谷響』は音界の支配。マイルちゃんやお父さんの通さんの『白山(はくさん)神通坊(じんつうぼう)』は……」


「剣の極意ですね。もっとも、我が白山一族は大天狗の末裔(まつえい)なので、それだけとは言い切れませんが……」


「そう、魔道とは千差万別……しかし、魔道師には共通するものがある」


 それは──この世ならざる力を使えるということ。


 まず、その力があるという事実を感知し、その力に対する手応えを得られるよう感応し、その力を自分の物として扱えるよう感得する。


 これができて初めて、魔道師としての第一歩を踏み出せるのだ。


「この力も呼び方は様々だ。霊力、妖力、神通力、気、マナ、フォース……魔道師によって流派や感得した時の感じ方、もしくは『カッコイイから』って理由で呼び方が異なるみたいだね」


「……そんな適当でいいのですか?」

「共通であっても共通項ではないからね。そこは個人の好みなんだよ」


 この世ならざる力を感得することで、魔道師は自分の道を貫き通せる。


 信一郎が生命を自在に操るのも、幽谷響が音を支配するのも、白山が無限に剣を召還して超常的な剣術を使えるのも、全てこの力に起因しているのだ。


「この不思議な力を仮に『魔力』と呼ぼう。これは魔道師に限ったものではなく、どんな人間でも大なり小なり備えているものなんだ」


 普通の人間でも第六感などの不思議な力が働くことがある。

 これもまた魔力の発露なのだ。


「そして、この『魔力』こそが人間を外道に変える力なんだよ」


 魔道師は修練によって魔力を扱えるようになるまで数年を要する。

 年月をかけることで身体を魔力に慣らして、超自然現象すら引き起こす能力を体得できるのだ。


 では、一瞬にして膨大な量の魔力を身体に流したらどうなるか?


「──その末路が外道なのさ」


 まずは思う。たったひとつのことをひたすらに思い続ける。


 恨みでもいい、憎しみでもいい、怒りでもいい、悲しみでもいい、望みでもいい、欲でもいい、追い求めるもの、渇望するもの、欲するもの…………。


 求めて止まないもの──とにかく、何でもいい。


 単純にして困難、たったひとつの“何か”を極限を超えてなお求める。


 それが精神を砕き、狂気を溶かし、身も心も粉々に壊した時──。


 その時こそ──人は外道へ堕ちるのだ。


「言い換えるならば、魔力の過剰摂取によるオーバーロードだね」

「……暴走のようなもの、ですか?」


「その通り。本来、魔力への適応能力を得るには数年を要するとされている」


 なのに普通の人間が精神力を暴走させて1度に大量の魔力を取り込めば、魔力の過剰摂取によって心も体も破壊されてしまう。


 その破壊された心身を取り込んだ魔力で補おうとするのだが、その際に頼るべき指針となるのが、ひたすらに求めた“何か”しかない。


「……その結果、ひたすら求めた“何か”を得ようとするだけの、人間以上で人間以外の“何か”を求める怪物になってしまうんだ」


 求める“何か”のために自分を捨て去り、異形と化す道を選ぶ。


 ──それが外道。


 ある女性は自分の美しさを保つため、男から精気を奪う化け物となった。


 ある青年は自分の押し殺した本性を解放するため、自分の腹の底に本性を凝らした人格を創り出した。


 ある少年は一目惚れした女性と一緒にいたいがため、液体と化して彼女の身の内に巣食った。


「そういう哀れな存在に成り下がってしまう……それが外道なんだよ」

 一通り語り終えると、マイルは感慨深げに頷いていた。


「なるほど……端的ながらも明快な解説、よくわかりました。先生、ありがとうございます!」


「いやいや、マイルちゃんの理解力がいいんだよ」

 謙遜するとマイルは質問を重ねてきた。


「では、先生や幽谷響はどうして外道を退治しておられるのですか? 聞けば父上に限らず、古今東西の魔道師まで駆り出しているようですし……そこには如何なる理由があるのでしょうか?」


「ああ、それに関しては私も駆り出されてる魔道師の1人だよ。外道を退治して回っているのは幽谷響だけさ。それも外道を退治するのは二の次で、結果的に後始末をしているだけなんだ」


 天を仰ぐように顔を上げた信一郎は、悲しげに呟いた。




「幽谷響はある外道を探している──それは彼の親友(・・・・)らしいんだ」




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