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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第二章 『特殊な部隊』と疑惑

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第8話 そこまで腐ってはいない

 嵯峨は俯いたまま動かず、ただ嵐が過ぎるのを待っているように見えた。だが、誠の予想どおり騒動はこれだけでは終わらない。


 むしろ、あの男がまだ現れていないことの方が不思議だった。


「おい、隊長!アンタを見損なったよ!俺だって悪いことはしてる。だが、公金横領だと?それが大人のすることか!アンタはそんな汚い大人じゃねえと思っていたがどうやら俺の思い過ごしだったみてえだな!アンタも自分の欲のためなら何でもする汚れた大人なんだ!」

 

 誰もがこの場への乱入を予想していた『純情硬派』を看板に掲げる島田を先頭に整備班員の童貞野郎たちが次々と隊長室に押し掛けてきた。もうこうなるといくら広い嵯峨の隊長室とは言えもはや人で一杯で部屋に入れるのは島田一人、残された整備班員達は隊長室の前の廊下で中の様子を殺気を込めた視線でにらみつけていた。

挿絵(By みてみん)

「やっと来たか……こいつが一番ちょろい……」


 相変わらず俯きながら小声で嵯峨がつぶやくのを嵯峨の机の一番そばに立っていた誠だけが聞いていた。


 顔を上げた嵯峨は、女性陣を押しのけて机の前までやって来た島田を見ると、急に笑顔になった。


「今度は島田か?アンの奴ほぼうちの隊の全員にこの話を広めて回ってるんだ……暇だねえ、アイツも。もう俺も匙を投げたよ。もう好きに俺の事を悪く言うがいいさ。すべてはひよこさえくればその疑いも晴れるんだから」


 呆れたような表情を浮かべて殺気立つ隊員達を嵯峨は余裕の笑みを浮かべて見回していた。


「隊長、どうなんだよ!アンタは普段は『駄目人間』だがいざという時はやる男だと俺は思ってたんだよ。それがこの様だ!女が欲しくて公金横領?最低の人間だ!どんなクズの政治家だってしないような悪行を平気でやる男だったんだな、アンタは!それに整備班長として『硬派』売ってる俺としては面子が丸つぶれなんだよ!どうしてくれるんだ!」


 ヤンキーらしく怒りに震える目でガンを飛ばしてくる島田にも嵯峨はまるで気にも留めない様子だった。


「お前さんが『硬派』になったのはランの教育を受けるようになってからだろ?それまでの……ランの教えを受ける前の話……ここにいるみんなの前で全部バラシてもいい?本当に良いの?それで損をするのはお前さんだ。俺には関係ない。俺は知ってるよ……当時お前さんが何をしてたかを……それでも良いの?良いっていうのならいくらでも俺の悪口を言い続けて俺は怒らないよ……ああ、その顔は良いんだ……じゃあ、言おうかな……」


 嵯峨はいかにも何か知っているという顔でいやらしい笑みを浮かべながら島田を見つめた。その目を見ると島田の顔に動揺の色が浮かんだ。


「何が言いてえんだよ……隊長さんよ……」


 強がる島田が明らかに嵯峨に言われるとまずいことがあるのはこの場の全員が隠し事の苦手な島田の強気の表情が一気に崩れるのを見れば分かった。


「相州レディース……女ばかりの暴走族だ。そこの総長……大層美人だったらしいじゃないの……しかも、あの総長は相当派手な遊びが好きだったとか……そこでお前さんが何をしていたか、ここで全部言ってもいいのかな?後悔するのはお前さんだよ。ほら、これだけ話しただけで……もうそこに目を輝かせているアメリアがいる。その目の前でその話をしても良いんだ。アメリア、いろいろ楽しい話になるから期待して良いよ……ね?」

挿絵(By みてみん)

 嵯峨のその言葉を聞くと島田の顔は真っ青になった。一方のアメリアの関心は目の前の嵯峨とお蔦から島田とその嵯峨の言うレディースの総長へと移っているのが誰の目にも明らかだった。


 それまで怒りの顔で嵯峨をにらみつけていた島田の顔が驚愕のそれに変わり次第に青くなっていくのはもはや漫画とでもいうべき状況だった。


「島田君?なんで急に黙って青い顔をしているのかな?俺には理解できないなあ……あんだけ俺を酷い大人扱いしてたんならそんな顔しなさんなって。お前さんも俺と同じ人種なんだと俺が評価してあげようと言うだけの話なんだから。当時の映像まで残ってるとか、残ってないとか……。流出モノのビデオではそこにいるお前さんの顔にはモザイクが入ってるけど、俺はアレのオリジナルの無修正版をデータで持ってるんだ。あれは間違いなくランと出会う前のお前さんにしか俺には見えないんだよね。そんなビデオを業界に流して悦に入るなんてあの総長、かえでと趣味が合うんじゃないのかな?同じ露出癖がある者同士で」


 この言葉がとどめだった。島田は言葉を失ってがっくりとうなだれてその場で膝から崩れ落ちた。誠はその表情を見て島田の過去のやんちゃとそれがあまりに島田らしいと感じて吹き出してしまうところだった。

挿絵(By みてみん)

「何?正人……その総長と何か関係があったの?」


 純朴な笑みを浮かべて島田の現彼女であるサラが島田の肩に手をやった。


 島田はその手を取ると静かに立ち上がった。そして顔を怒りで真っ赤にして目を見開いて部下の整備班員達をにらみつけた。


「おい!貴様等!仕事はどうした!今は勤務中だ!こんなところでふざけてる時間は俺達にはねえんだ!あの手のかかる隊長様の『武悪』の機動データの整理!とっととかかるぞ!」


 誠から見ても明らかに隠し事がすべて嵯峨にバレていることを知って慌てている様子が目に見える島田はそう言って部下たちを追い立てていった。


「隊長、自分のやんちゃがバレると島田の馬鹿の無茶をバラすと脅す……相変わらず悪人だな。まあ、あのかえで並みの変態の総長とアイツを別れさせたアタシが言うのもなんだけどな……まあ、アイツが『純情硬派』を今名乗ってるのはその反動だなんて……このタイミングで全員にバラすなんて……」


 嵯峨の狡猾な手口に呆れ果てたような表情を浮かべたランは苦笑いを浮かべながらそう言った。


「部下の過去のどうでもいい話なんか、私は知りたいんじゃありません!それにしてもお父様……これからどうなさるおつもりですの?ひよこさんが来れば自分の無実は晴れるの一点張り。確かに、私の推論の一つではお父様は無罪ということになります。ただ、その証拠はまだありません。ひよこさんが来なければ、その推論が単に『父を信じたい』という私の願望なのかどうかすら判断できませんわ」

挿絵(By みてみん)

 整備班員達の大集団が隊長室から去ると怒りに震える表情の茜はそう嵯峨に言った。


「だから、お金の絡みでお蔦がここに来たわけじゃないんだよ。これは愛。純粋な愛なんだ。ああ、たぶん茜は愛とか全く信じない質だからお前さんの俺が無罪である可能性とは別の俺が無罪であると言う現象が起こりうると言うことは勉強した方が良いね。とりあえず、お前さんと機動部隊の面々。それと後で運航部の噂好きの女共に説明してもらうためにアメリア。以上のメンツで第一会議室に移動するんだ。そこで色々茜にお願いすることがあるし……結構、俺とお蔦さん達の話は良い話だよ……聞いとくのも悪くないと思うんだ。特に神前にはためになるかも……もしかしたら俺のようにモテるようになるかもしれない」


 ニヤニヤ笑いながら嵯峨はいつもの策士のペースを取り戻していた。


「そうだよ……新さんとアタシ達の馴れ初め……それに新さんのお仲間の若い頃のお話……泣ける話もあるんだから!」


 お蔦は自分達を汚いものを見るような目で見る茜に向けてそう言い放った。


「女を買ったことの自慢にどこに泣く要素があるのかわかりませんが……確かにこんな狭いところでお父様の聞くだけ無駄の言い訳を聞くのも何ですわね。移動しましょう」


 茜は諦めたようにそう言うと先頭を切って隊長室を出ていった。


「神前。アンの奴がどこ行ったか探してきてくれないかな?アイツはあることないこと、隊の全員に触れ回っていらん混乱を引き起こしてる。なんとか止めてきて第一会議室まで引きずってきて頂戴よ。これ以上隊を混乱のるつぼに陥れる訳にはいかないんだ」


 嵯峨はそう言うと誠に手を合わせた。


「はい、わかりましたけど……隊長の自業自得になんで僕が……」


 誠はそう言うと隊長室を出て行く一同に紛れて隊長室を出た。


「アンの奴……こういう噂話になると急に饒舌になるんだな。普段の無口はどこへ行ったんだ。隊長じゃなくても面倒なことだと思いたくもなるよ」


 少しは嵯峨に同情しながら誠はあたりを付けた管理部のドアを開けた。


 中には予想通り部隊の経費計算等を担当しているパートのおばちゃん達に身振り手振りを交えながら話をしているアンの姿があった。


「ああ、神前君!いいところに来た。アン君をなんとかしてくれないかね?僕が隊長はそんなことはしないっていくらアン君に言っても一向に信用してくれないんだよ。『武悪』の移送に関してはすべての経費の把握は僕も出来てるんだ。隊長はそこまで腐ってないよ」


 管理部長室で困ったような顔をしているのは司法局実働部隊の管理部長で背広組のエリート官僚である高梨渉部長だった。部隊運営費用の専門家である東和国防軍のキャリア官僚で嵯峨の信望も厚い高梨をしても嵯峨の女好きと金欠は色に狂った嵯峨による公金横領事件に盛り上がるパートのおばちゃん達を止めることは出来なかった。


「でもあの『駄目人間』の事ですよ……花魁を買うくらいの事はやりかねませんよ」


 うわさ話に歓声を上げるおばちゃん達を置いておいて誠は高梨にそう愚痴った。


「なあに、隊長の父親の方がもっと酷かったんだ。それに今でも西モスレムの王様も……。それに隊長は自分の金は好きに使うが、領民から収められた金には一切手を付けない主義だ。その辺の公私の峻別はしっかりできる人だよ。そのくらいの信頼はしてあげても良いんじゃないかな?」


 誠は高梨の言葉に一瞬呆然とした。しかし、普段の嵯峨の間抜けた顔を思い出すと、どうにも素直には信じられなかった。


「それは皇帝とか王様の話でしょ?隊長は確かに貴族ですけど度が過ぎますよ」


 困った表情の高梨の前を通り過ぎると誠は嵯峨を信じると自分の話を聞こうとしないパートリーダーの白石さんを説得しようとしているアンの襟首を掴んだ。


「おい、予算の管理をしている高梨部長もああ言っているんだ!アンいい加減にしろ。これ以上余計なことを広めるんじゃない!お前のせいで隊は大混乱だ!」


 おばちゃん達の反応を楽しむようにささやき続けるアンの肩を叩きながら強い口調で誠はそう言った。


「そうだぞ、アン。無駄話より仕事をしろ。隊長はそこまで腐ってはいない……俺は信じてる!第一それが事実ならこの隊の島田以外の童貞の男性隊員が浮かばれない!そのくらいのことは隊長も分かっているはずだ!」


 一人、噂話から放置されていた隊の嫌われ者である主計曹長の菰田邦弘がそう言って珍しく嵯峨を庇った。


 ただ庇う方向が誠としても有り難くない方向なのが菰田らしいと言えばらしかった。


「でも……あの隊長ですよ?金があるとすぐ風俗に行く……これまでのあの人がしてきたことを考えたら僕が話したことに間違いはないと思うんですが」


 アンはそう言うと誠を向き直った。アンの言葉にパートリーダーの白石さんをはじめおばちゃん達も大きくうなずいた。


「それも全部隊長が説明するそうだ。隊長がひよこちゃんも交えてお前に直接説明して誤解を解きたい第一会議室に来いということだ。お前も呼ばれている。とっとと来い」


 誠はそう言うと話し足りないという表情のアンを見て誠は本当に人というものは変わるものだと感心していた。


「僕の推測はきっと合ってますよ……間違いありません!」

挿絵(By みてみん)

 一人で正義のスポークスマンを気取っているアンの肩を叩いて落ち着かせながら、誠はそのまま彼を引きずるように第一会議室へ向かった。

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