第7話 誰も隊長の話を聞かない
「西君、その必要はありませんことよ。私はアン君から大体のお話は伺ってお父様がいかに駄目で私の管理が必要かのお話をするためにここに来ておりますので。ですから西君は医務室に直接向かってくださいな。ああ、アン君がこのお父様の非行を私に知らせに来たのは交代の整備班の方がいらしてからですので、アン君は少しも悪くはありませんわ。悪いのは全てお父様です」
西が扉を開けるとそこには金色の長いポニーテールの女性が立っていた。彼女が着ているのは、司法局実働部隊のものと同型ながら、金のモールが付いた制服だった。隊と同じ敷地に置かれた法術対策専門部隊『法術特捜』の警部用制服である。
扉の外に立っていたのは、『法術特捜』主席捜査官の嵯峨茜警部だった。白人女性のような容貌は父親とまるで似ていないが、紛れもなく嵯峨の一人娘である。
「お父様。アン君から事情は聞きました。結論から申し上げますと、お父様の女好きはもう性格ではなく病気です。今から病院へ参りましょう。治療費なら私が出しますから、ご心配なく」
茜はそのまま腕組みをしながらずかずかと嵯峨の元へと歩み寄ってきた。
「なんだい、この異人さんは。随分と態度がでかいじゃないかい。ここは『悪内府』と恐れられた嵯峨惟基憲兵少将の執務室だよ。そんなデカい面をするとは……この異人さんは物事を知らないと見えるねえ。しかも新さんが病気?新さんの女好きは昔からだよ!病気じゃなくてこれは新さんの素敵なところなんだ。でもたぶん今日で新さんの女探しの旅もおしまい。なんと言っても花街の太夫の最上の女の味を知ることになるんだ。それを知ったら他の女なんて抱く気にならなくなるから……ねえ、新さん……あれからアタシも上手くなったんだよ……絶対後悔させないからさ……ね?」
お蔦は茜の怒りに震える口元を見ながら嵯峨に纏わりつくとそんな甘い言葉を嵯峨に向けて言った。すぐに茜の鋭い視線がお蔦に向けられる。
「何をおっしゃっているのですか!父を堕落させるような方に異人呼ばわりされる筋合いはありませんわ!私は間違いなくこの『駄目父』の娘です!嵯峨茜という誇るべき名前もあります!あなたこそどうやってこの東和までいらっしゃったのかしら……まさか足抜け?お父様。あれほど甲武に行っても女は買うなと言って私があちこちに手配したのにその目をくぐって遊び歩いて……そのツケがこれですか?小遣い。今月から無しにしますのでお覚悟はよろしくて?それよりも病院に行きましょう!お父様に今一番必要なのは、医療機関での治療です!」
茜はお蔦に向けては強くそう言い返した後は、誠には死刑執行官のように見える冷たい視線で嵯峨を見下ろした。
「茜、誤解だ!俺は秋に甲武に行ったが花街にも岡場所にも一切行ってない!それにお蔦とはその時は会ってない!お蔦と最後に会ったのも俺が18で陸軍大学校の寮に入る前の話だ!時効だ!俺は無罪だ!それに俺は依存症じゃない!うちで専門医のお世話になる依存症はカウラ一人で十分だ!」
嵯峨は慌ててそう言って娘に頭を下げた。どこまでも娘に生活を管理されることに慣れた嵯峨にはそれ以外の選択肢は残されていなかった。
「異人さんかと思えば娘さん……でも新さんの面影はまるっきりないね。まあ、自分がそう言いたいなら言わせておくよ。それと新さんとアタシが30年ぶりの再会なのも神様に誓って本当のことだよ。新さんとアタシと新さんがそう言う関係だったのは新さんが16歳の時から18の時まで。それから先の話は……後でしようと思ってたんだよ。まあ、色事に理解がある人が多いと聞く異人さんと見かけが同じ割にはまるで禅寺の尼さんみたいな頭の固い人だね。聞いてて嫌になってくるよ」
お蔦はそう言って茜をにらみつけた。茜もまた負けずにお蔦を睨み続ける。
二人の間に流れる険悪な雰囲気を見て誠は嵯峨ならなんとかしてくれると考えた自分の読みの甘さと、あの普段は大人しいアンが、実はこういったゴシップを聞くと誰かに話さずにいられない質だったことを知って自分の間違いに気づき始めていた。
「お蔦さんとか言いましたね……どこの玄人娘か知りませんが、見え見えの嘘は止めた方がよろしくてよ。30年ぶりの再会?どこをどう考えればそんな嘘がつけるのかしら?お父様の見た目が若い理由は私は昔から知っておりますから良いですけど、あなたは甲武の生まれなら地球人ですわよね?それが30年経ってその見た目なんて嘘も大概にしていただかないとさすがの私も怒りますわよ?そもそもあなた。どう見ても18くらいにしか見えないじゃないですか。父はこう見えてもう47です。見た目は確かに若いです……若い?年を取らない?もしかして……神前君。ひよこさんは?」
ここであることに気がついたように驚いた表情を浮かべた茜が誠に向けて法術の専門家であるひよこの事を聞いてきた。
「ひよこさんはいつもの遅刻ですよ。それと隊長が嘘つきなのは前々から分かってたんですけど、その事とひよこちゃんが何か関係あるんですか?隊長の無茶の責任をひよこちゃんに押し付けるつもりですか?ひよこちゃんはどんな怪我でも治せますけど依存症とかの精神的な問題はどうにもできないと思いますよ。現にパチンコ依存症のカウラさんがひよこさんにカウンセリングを受けたなんて話は聞いたことありませんから。それよりいい加減隊長も自分が滅茶苦茶なことをしたと観念してそのすべてを白状したらどうです?茜さんの言う通り隊長は一度病院に行って診てもらった方が良いですよ。病院が嫌ならそういう問題を抱えている人向けのカウンセリングとかもありますし。きっとそのお金は茜さんが出してくれますから安心してくださいよ」
誠も嵯峨の駄目っぷりが分かっていたので冷たくそう言った。もう、嵯峨には娘の茜に徹底的につるし上げられて反省してもらうしかないと誠は考えていた。
「だから!茜も神前もなんでお蔦を見てこの若さが普通のことではないと理解してくれないんだよ!だから法術の専門家であるひよこによる科学的見地による説明がお前さん達には必要なの!お前さん達も『科学的見地から言えば』というひよこの言葉なら俺の言葉より信じるんでしょ?だったらひよこが来るまで俺に妙な犯罪歴をでっちあげたりカウンセリングを勧めてくるのは止めてちょうだい!ひよこに説明してもらえればお蔦が若く見える理由もお前さん達が納得できる形で明らかになるの!お前さんも俺の言うことなんて信じないでしょ?だから科学的根拠が欲しいわけ……でも、アンの奴、あんなに普段は無口なのに実は噂好きなんだな。まもなくこの隊の全員がここに押し寄せてくるぞ……面倒なことになったもんだ。これもまあ俺の若気の至りの自業自得って奴かな……まあ、それもひよこが来れば全部解決することは決定事項なんだけどね」
嵯峨は自分を信じてくれない誠に向けてそう言って大きなため息をついた。
その時茜の背後でドタドタと廊下を走ってくる足音が響いてきた。
「おい!叔父貴が甲武の花街の大店で一番の花魁を買って来たって本当か!さては嵯峨家の至宝中の至宝である家宝の『曜変天目茶碗』を売ったな!アレがオークションに出たら宇宙中の収集家が目の色を変えて飛びつくぞ!いくらで売った?あれは2000億は下らねえ金額で売れるだろうから、しばらくは金に困らねえな!オメエは茶人だと常に言ってるが女の色香には勝てなかったわけか!ざまあみろ!」
乱暴に開かれた隊長室のドアから飛び込んできたのはかなめだった。
満面の笑みを浮かべたかなめを見ると明らかに嵯峨は絶望したように顔に右手を当ててうつむいていた。
「来ちゃったよ……一番面倒なのが……かなめ坊よ、その話誰から聞いた?アンだな……アンから聞いたんだな?」
嵯峨は茜の時よりも明らかに絶望したような表情で弱弱しい視線を笑顔満面のかなめに向けた。
「ああ!アンの奴が全部喋って全員に伝えなきゃって詰め所を出て行った!でも、叔父貴……スケベだとは思っていたがここまでとは!ああ、茜もいたか!オメエはこんな『脳ピンク』の娘の割にアタシが『鋼鉄の処女』と呼ぶほどお堅いからひたすら怒鳴り散らしたんだろうけど……逆にアタシは見直したね。アタシは東都戦争の時は情報収集の為に娼婦の真似事をしていたが、アタシに入れ込んで財産潰した馬鹿をさんざん見てきた。叔父貴もようやくそのレベルに達したわけだ……こりゃあ傑作だ!このスケベ親父!これで『駄目人間』から『スケベ親父』にランクアップしたんだ!立派なもんだ!姪として祝ってやる!良かったな!」
かなめは満面の笑みを浮かべながら自分に鋭い視線を投げてくる茜を見つめた。
誠には、『駄目人間』から『スケベ親父』になることのどこがランクアップなのか理解できなかった。しかもかなめはそのまま嵯峨の隣まで歩いていき、『一番面倒な奴が来た』と言わんばかりの目をしている叔父の肩を楽しそうに叩いている。やはりかなめの考え方そのものが、誠の理解を超えていた。
「おい、茜。オメエがいつまでも小遣い3万円で叔父貴を虐めてるからついにグレちまったんだ!責任感じろよ責任!最低価格の風俗ばっか通ってて色々病気を貰い続けた挙句についにこうなっちまった!たぶん脳が梅毒でやられちまったんだ。かえでが来た時も叔父貴は梅毒の初期だって性病が専門の医師であるリンの奴が言ってたからな!全責任は茜にある!叔父貴!茜を一度しっかり父親として叱ってやれ!」
そのままつかつかと茜の所まで行ったかなめは得意げに細めた垂れ目で茜をにらみつけた。
「かなめお姉さま。私はそうは聞いていませんよ。なんでも昔のお父様のやんちゃの結果こうなったらしいと……」
茜はそう言ってお蔦を見つめた。お蔦は大きくうなずいてかなめを見つめた。
さらに、かなめが開け放した隊長室のドアから乱入してきたのは、機動部隊の面々だった。
「おい!『駄目人間』!ついに落ちるところまで落ちたな!」
軽蔑する視線を送るどう見ても幼女の副隊長クバルカ・ラン中佐は呆れ果てたという視線でちっちゃい身体を伸ばして嵯峨を見上げる。
「隊長、見損ないました」
先ほど嵯峨にパチンコ依存症でカウンセリングを受けている第一小隊小隊長のカウラ・ベルガー大尉だったが、そんなことは棚に上げてカウラは死んだ目で嵯峨を見つめる。
「僕としては望むところなんだけどねえ」
明らかに嵯峨の暴走を非難するために来た二人とは違い落ち着いた表情の『男装の麗人』第二小隊小隊長日野かえで少佐はいかにも男女の駆け引きには理解があると言う態度で嵯峨やお蔦に視線を投げた。
「はい、かえで様は常に正しいです」
そしてそれに付き従うかえでの副官兼愛人のリンの乱入で広いはずの隊長室は一杯になった。
「なんだよ、どいつもこいつも好き勝手言っちゃって……アンの野郎……粋ってもんが分からねえのかなあ。アイツ全隊員に俺の事をふれて回るつもりだぞ。あること無い事広めやがって。困ったもんだ。まあ若かったとはいえ俺が蒔いた種だもんね……仕方がないよね。これで終わる……とは思えないな」
嵯峨は諦め半分にそう言うと嵯峨の隣に仁王立ちしているランに眼をやった。
「ランよ……お前さんが指摘した通り、俺が『駄目人間』で生まれた時から落ちるところまで落ちてるのは認めるよ。でも、これはあくまで俺の青春の光と影が30年……いや、正確に言うと29年の時を超えて巻き起こした現象であって俺が『駄目人間』であることとは、関係があるような……ないような……。そもそも、俺は資金流用なんてしていないよ。俺は手持ちの金は少ないが領民が収めた金を自分一人の快楽の為に使うような腐った男じゃ無いんだ。遼州人であるお前さんには理解を超えてるかもしれないが、これはお蔦の愛のなせる業。つまり俺はそれだけモテていたという事実を証明しているだけなんだ。『愛なんてフィクションにしかねー!』とかいつも言ってるランには理解不能かもしれないけどさ」
弱弱しい口調で嵯峨はランにそう言い訳した。
「そうかい。じゃあ、大店の最高位の太夫を身請けした金はどこから出てきたんだ?アンが言ってた金額をオメエが『武悪』絡みの金を使わずに用意できるようなことは、アタシにも想像がつかねーよーな相当な犯罪行為に走らねーと無理だってことはアタシにも分かってるんだ。説明しろ、『駄目人間』」
ランは静かでいて怒りに震える口調で嵯峨を責め立てた。
「だから誤解だって。お蔦が若く見えるのもひよこが来ればその理由がはっきりと分かるように説明してくれると思うから。それまで待ってよ。俺が若く見えることをお前さんは何にも不思議に思わないでしょ?」
そう言って嵯峨が周りを見回す。
確かにこの場にいる誰もがその事には何の疑問も持ったことが無いので素直にうなずいた。
「だよね?俺と神前が実は二卵性双生児で同い年って言っても俺と神前の事をお前さんが知らなければきっと単純なお前さんは信じそうじゃん。その理由が俺は不死人だってこともランは知ってるでしょ?遼州人の法術師にはそう言う人間もいるとお前も俺も自分自身を見ていつもそう感じている。それと同じことが地球人のお蔦にもある条件が重なることで起きた。そんだけの話なんだってば!その原因は専門家であるひよこの説明を聞けば俺を色眼鏡で見ているお前さんの俺の見方も変わる!それまで待て!」
なんとかその場を収めようといかにも疑いの目で自分を見つめて来るお蔦とかなめとかえでとリン以外に向けて嵯峨はそう言い訳した。
嵯峨が予想していた通り来客はこれだけでは済まず、今度は運航部の面々が乱入してきた。
「隊長が甲武から女を買って来たんですって!どんなプレイがお好みなのかしら!花魁だもの、着衣プレイよね!」
好奇心いっぱいの顔で嵯峨とお蔦達を見比べるアメリアの言葉を聞くともう嵯峨は何を言っても無駄だと悟ったように俯いた。
「隊長不潔です!愛はお金じゃ買えないんです!ここは東和なんです!そんなことが許されると思ってるんですか!」
汚いものを見るような目で嵯峨を見つめる運用艦『ふさ』管制担当のサラ・グリファン中尉の言葉を聞くと嵯峨の肩は細かく震え始めた。
「アメリア!サラ!そんなに騒いだって状況は変わらないわよ!それに隊長の女好きは病気だって前から言ってるじゃないの!」
そして、二人を止めようとする『ふさ』の副長であるパーラ・ラビロフ大尉の姿まで入ってきて部屋は混乱に包まれた。
「そうだよ、みんなが言うように俺は女好きなのは事実だ。それは認める。だが、領民の金に手を付けるほど腐ってはいないのも認めてもらわないと俺も嫌なのよ。それにしてもアンよ……いい加減もう噂を広めるのやめてくれないかな……確かにこの部屋は広いけどこれ以上人が入ってくると洒落にならないよ……もう何とでも言って良いよ。ひよこが来ればすべての誤解は解けるんだから」
嵯峨は俯いて自分を光る目で見つめるお蔦以外の全員から好奇の目で見つめられながらひよこの一刻も早い出勤を願うように一人そう愚痴っていた。




