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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第二章 『特殊な部隊』と疑惑

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第6話 三十年ぶりの再会

「隊長、本当に金がないと思います?それは財布の中身の話でしょ?甲武生まれの僕からそんなことを言わせるなんて残酷な人ですね、神前さんは」


 西は諦め半分に誠に向けて話を続けた。


「え?残酷って事実だろ?あの人の財布の中身に札が入っていることなんて滅多にないのはお前も認めるだろうが」


 そう言い返す誠を見る西の目が明らかに軽蔑のまなざしに変わった。

挿絵(By みてみん)

「あのですねえ、こんなことまで僕に説明させるんですか?あの人が僕の生まれた国ではそもそも僕が顔を合わせることすらかなわない甲武四大公家末席の前当主なのは神前さんも知ってるでしょ?あの人の財布の中身がほとんどないのはただ単に手持ちがないだけですよ。泉州コロニーの収入は、隊長の手元に入る現金を管理している茜警部じゃなくて、隊長自身が直接管理してるそうです!」


 もうすでにどちらが年上なのか分からないというような顔で西は誠に向けてそう言ってきた。


「だって……隊長のお金は全部茜警部が管理してるって……」


「あの人は隊長に現金として入ってくるお金、一代公爵の年金とか!内大臣の官位の官給とか!甲武陸軍憲兵少将の給料とか!うちでのお給料とかを管理しているだけです!隊長が日野少佐に譲らなかった泉州コロニーのお金がどうなってるかなんて茜警部も知らないそうですよ!神前さんの社会常識の無さはクラウゼ中佐じゃないですけどこれまでどうやって生きてきたのか僕も不思議に思えてきますよ……それに『武悪』の維持費、どこから出てると思います?」


 ここまで年下の西に軽蔑した口調で言われると誠も腹が立ってきたが、言われたすべての事実を一度も嵯峨の金を全面的に管理していると思い込んでいた娘である法術特捜主席捜査官の嵯峨茜警部に聞いたことがなかったので頭を掻くしかなかった。


「その泉州コロニーに集中している軍事工場からの税金の徴税権は隊長が握ってるんですよ。それを隊長の被官たちが運用して……今ではその金額は甲武の国家予算レベルの額だと西園寺さんが言ってました。あのうちの予算じゃとても運用まで持ち込めない『武悪』の運用資金もそこから出てるんですから。だから色香に目が眩んだあの人なら何をしでかすか分かりません。あの『武悪』を稼働状態まで持って行くのにかかるお金に比べたら花街の太夫の一人や二人身請けしてもおかしくないんです」


 西は確信を込めてそう言った。


 05式など比でない高品位シュツルム・パンツァーである嵯峨の専用機『武悪』が隊に導入されてから二月が経過していた。その手のかかることと高性能なことは誠も知っていた。そしてその価格が一国の軍事予算すら揺るがしかねない額であることも、また誠の知るところだった。起動するたびに消耗部品が発生する高品位な『位相転移式エンジン』に特殊な材質を使用しているため経年劣化の激しい特注の『法術増幅システム』。どちらも維持費だけで司法局全体の予算を食いつぶすほどの金のかかるコストパフォーマンスゼロの機体が嵯峨の専用機『武悪』だった。


「それに九月に隊長は『殿上会(でんじょうえ)』で甲武に行ったじゃないですか。たぶんその時あの女を指名して身請けしたんですよ、きっと。神前さんにも分かりやすく言うとあのクラスの太夫を身請けするとなるとお金だけの問題じゃなくってそれこそ東和で言えば人気絶頂期のアイドルが突然引退表明するようなものですから、その迷惑への詫びとして各所に挨拶とかするでしょうから今になったんでしょうね……それにしてもあの人の金の使い方はどうかしてますよ。月3万の小遣いしかないのにほぼ毎月風俗に行ってる。整備班にそういうのが好きな先輩がいるんですが、その人に聞いたらどんな安い店でも30分で8千円とかかるらしいじゃないですか。それにあの人のオートレースに突っ込んでる金。あの人の財布の中身はまさに『ブラックボックス』ですね」


 西の愚痴ももっともなことだった。


 甲武国の最高意思決定機関である『殿上会(でんじょうえ)』で、嵯峨は四大公家末席、嵯峨家当主の地位を養女に迎えたかえでに譲るためと言って甲武に行ったのは事実だった。


 確かに金のある時はここ東和でもまず最初に風俗に行く嵯峨である。甲武だったら花街で女を買うことくらいはやりかねない。しかも、殿上貴族で多くの荘園を持つ嵯峨なら花街の最上級の店で最高の花魁を買ったところで何の不思議もない。そして先ほど西が言った通り嵯峨自身は9月まではこのクラスの花魁をごく普通に身請けできるレベルの上流階級の人間である四大公家の身分にあった。


 誠は、日頃『金がない』『金が嫌いだ』と言っているくせに、結局は莫大な金で自分の欲を満たした結果が目の前のお蔦なのだと思った。西の話を聞けば聞くほど、もともと『駄目人間』だと思っていた嵯峨への軽蔑は深まるばかりだった。


 そんな誠と西の好奇の目が気に障ったのかお蔦は急に右手を振り上げた。

挿絵(By みてみん)

「いつまでアタシを待たせれば気が済むんだい!兵隊さん、何を内緒話をしてるんだよ!男だったら堂々とアタシにも聞こえるように話しな!そんなに内緒話が好きだなんてあの新さんの部下として恥ずかしいよ!アタシは新さんに会いたい一心でわざわざ甲武から来てやったんだ!そんな女心も分からないなんてモテないよ!この薄らトンカチ!」


 お蔦はそう言って守衛室の窓ガラスを叩いた。


 その様子を見て西はうなずくと覚悟を決めたようにお蔦に向かって行った。


「おい!女!ここは司法局実働部隊だ!遼州の平和を守る要の場所なんだ!隊長が何を言ったか知らないがそんなところに貴様のような怪しい女を入れるわけにはいかない!とっとと帰れ!ここは貴様のような身元もよく分からない女が出入りしていい場所じゃないんだ!ここは司法局実働部隊なんだ!武器も機動兵器もあるんだ!身元も分からない人を勝手に入れられるわけないだろうが!」


 西は強気に任せてそう言い放った。その言葉にお蔦の顔が美貌から鬼女のそれに変わった。


「へえ、その決まりきった平民の女に浴びせる台詞をすらすら口にできるところからして……アンタは甲武の出だね?しかもアタシみたいな上玉とは手を触れることもできない貧しい平民の出だ。その態度を見ればわかるよ。兵隊になれたってんで庶民を見下してるんだ……まったく甲武の面汚しだね。その点、アンタなんかと比べると、新さんは違うね……あの人は高貴な身分だからね。アンタみたいな平民出のガキとはまるで女に対する態度が違う。しかも高貴な生まれにもかかわらず誰とも同じように接することが出来る優しい心の持ち主。アンタもその部下なんだからその心根を見習いな!」


 頬を赤らめながらお蔦は西に流し目を送った。西は豹変した女の態度に動揺し、明らかに助けを求めるような視線を誠に投げてきた。


 西ではお蔦には勝てない。誠はそう判断すると立ち上がった。


「西、お前の負けだ。お蔦さんとか言いましたね?隊長に会えば帰っていただけるんですよね?それだけだったらあの人はいつも暇を持て余してるんでご案内します。アン、交代要員の先輩が来るまでここにいろ。僕と西であの人を隊長室まで案内する。隊長があの口車で何とかしてくれるはずだ」


 誠はそのまま睨み合っている西とお蔦の所まで来た。


「この原因は全部隊長だろ?じゃあ、僕達がここで揉めても疲れるだけだ。全部あの『駄目人間』に押し付けてやる。それに隊長ならきっとこの状況をなんとかしてくれるはずだ。あの口から先に生まれてきたような減らず口はこの女と互角かもしれないが、隊長にはたぶんこの女のはるか上を行く策がある。一緒に行くぞ」

挿絵(By みてみん)

 誠は未だに納得できない表情の西に向かって小声でささやくと西の手を引いて守衛室を出た。


「まあ、そうかい。この甲武の平民出の融通の利かない兵隊さんと違って、こっちの大きな兵隊さんは話が分かるねえ。さすが進んだ国である東和の兵隊さんは融通が利くよ。甲武の貧農の倅とは器が違うね。アタシも新さんに会うまではこの甲武の兵隊の恥さらしと同じ体を売るだけの女だったが、それを変えてくれたのが新さんなんだ。そんな新さんの部下なのにいつまでも甲武の百姓のねじ曲がった根性が抜けないなんて……アタシはしばらく新さんのお世話になるつもりだからアタシの爪の垢を飲ませてやるからそれでその根性を直してやるよ!でも……久しぶりに新さんに会えるんだ。楽しみだねえ。早く会いたいな、新さん。もうあの人も50に近いんだ。さぞ渋いおじさまになっていることだろうねえ」


 お蔦はそう言って何かを思い出すかのように冬空の雲一つない空を見上げた。


『あの隊長が『渋いおじさま』?どう見ても僕と同じくらいの若造にしか見えないんだけど……たぶんこの人今の隊長の姿を見たら腰を抜かすぞ……ってなんでこの人は隊長の今の姿を知らないんだ?『殿上会』からまだ半年しか経ってないぞ。そんな急にあの殺しても死なない不死人の『駄目人間』が老け込むなんてことはあり得ない……どこかおかしいな……この人何者なんだ?』


 明らかに誠の決定に不服そうな西とお蔦と名乗った女を連れて誠は歩きながらお蔦の言葉の意味を理解しようと必死になって考えるが答えは出なかった。


 お蔦は明らかに呆れたような表情でいかにもお役所というコンクリート造りの本部棟を見上げた。


「それにしても貧相な建物だねえ……あの甲武では知らない者はいない『鬼より怖い悪内府』と恐れられたお方が隊長を務める部隊の本部にしちゃあ酷すぎやしないかい?それにここは連戦連勝、向かうところ敵なしの『特殊な部隊』の隊舎なんだろ?だったらもっと豪華でもいいじゃないのさ。甲武の軍の施設が汚いのは分かる。あの国は敗戦国だからね。でもここは宇宙で一番の金持ちの国である東和共和国だろ?だったら甲武国の『稀代の策士』と呼ばれたたぐいまれなる才能の持ち主の公爵様のためにもっとマシな建物を建てるくらいの気の遣いようもできるだろうに」


 誠に付いてくるお蔦はコンクリート打ちっぱなしの本部棟の建物を見上げるとそうつぶやいた。


「お蔦とか言ったね。余計なことを言わないように!軍の施設は常に質実剛健!機能さえしっかりしていれば見栄えなんてどうでも良いんだ!これは隊長もいつも言ってることだ!よく覚えておけ!」


 お蔦に対して警戒感むき出しの西はお蔦にそう言うと誠に目くばせした。その目は玄人女には絶対に心を許すなと誠の目からも分かるようにしっかり書いてあった。


 お蔦は自動ドアが開くのを珍しそうに見つめた後、誠たちについて階段を上り隊長室のある二階にたどり着いた。そこまで隊の面倒な人間に出会わなかった幸運を誠は神に感謝した。


「失礼します」


 三回ノックした後、誠は隊長室の扉をおもむろに押し開けた。どうせ私財だか公金だかも分からない金で女を買った疑惑のある『駄目人間』である。今更遠慮などする必要を誠は感じなかった。


「おい、いきなり朝から用事かい……ってなんでこんなところに玄人女が……しかも俺が若かったら飛びつきそうないい女じゃないか?神前、気が利くな。お前が冬のボーナスを叩いて男やもめの寂しい俺のために甲武から呼び寄せてくれたの?出来た部下だね。何なら俺が手を回して少尉への任官を上申してやろうか?でも、俺は残念ながら熟女マニアなんだ。30代中盤から50代前半の熟女だったらそうしてやってもいいけど、娘より若い女は……どうだろうねえ……」


 隊長の巨大な机でぼんやりと誠たちを見つめていた嵯峨の視線はいかにも女好きの嵯峨らしくお蔦に注がれた。お蔦を玄人女と一目で見抜く嵯峨の目を見て誠はやはり嵯峨も甲武国の遊び慣れたそういう種類の人間なんだと改めて思った。


 そんな中、お蔦の顔は一瞬驚きに包まれた後、すぐに歓喜に満ちたものへと変わるのを誠は見逃さなかった。


「新さん!新さんかい!立派になっちゃって!会いたかったよ!……って新さんずいぶん若いじゃないのさ……もっと渋い将軍様になってるもんだと思ったのに!どう見てもこの身体の立派な兵隊さんのお兄さんくらいにしか見えないじゃないのさ!でも、その面影。どう見ても新さんだね!もうあれから30年だよ!会いたかった!本当に会いたかった!」


 お蔦は遠慮もなく誠と西を押しのけて嵯峨に向かって歩み寄った。そしてそのまま誠たちが見ているのにもかかわらず椅子に座る嵯峨に情熱的に抱き着いた。

挿絵(By みてみん)

 誠はどう見ても江戸時代の女性が東和らしい20世紀末の日本警察の幹部のような制服を着た嵯峨の胸に飛び込んでいく様はあまりにシュールだと思うと同時に多くの疑問が頭に浮かんできた。


『え?この人30年とか言ってたな?この人はどう見ても僕より年下に見える……よな?そして隊長は47歳だっていつも言ってるよな?隊長の見た目が僕と同じくらいなのは不死人だからだ。そして隊長は遼州人の法術師……不死人でもなにもおかしいことはない……でもこの人が住んでいたのは甲武……地球人の国だ……じゃあこの人は何者なんだ?』


 その疑問は誠の脳内で巡るばかりで自分では解決できそうにないのでこういう時に疑問に答えてくれる可能性の高い嵯峨に疑問符だらけの視線を向けた。


「あのー……俺にお金はないよ。きっと甲武のそういう店から来たんでしょ?所作で分かるよ。俺はかつてそういうところによく出入りしてたから。それにしても見覚えがあるようなないような……30年?どう見ても二十歳にすら見えない今売れっ子のそっち関係の人にしか見えないんだけど……ちょっと話が見えないな……さすがの俺も君の言う言葉に混乱しているんだ。少し考える時間をくれないかな?」


 嵯峨は美女に抱き着かれて鼻の下を伸ばしながらも不思議そうな顔をして懐かしそうな目で自分を見つめる絶世の美女に目をやった。


「なんだい!その態度は!本当に新さんは薄情だね!アタシのことを忘れたとは……あの誰もを黙らせるような切れ者だったあの頃の新さんはどこ行ったんだい!何度アタシを抱いたと思ってるんだい!田川宿の相模屋!そこで二番人気の女郎をしていたお蔦の名前!覚えていないとは言わせないよ!」


 お蔦は強い口調で嵯峨に向けてそう言った。お蔦の言葉を聞いて嵯峨は何かを思い出したように手を打った。


「田川宿の相模屋……そうなると……もしかして俺の記憶にある通りのお蔦さん?でも……あれからもう30年になるんだよ……ああ……なんとなーく理由は分かってきたよ……まあそれはそれとして遠いところわざわざ大変だったね。年季が明けたのかい。いや、あれから30年だもんな。年季はもうとうに明けてるか。それにしても何の連絡もよこさずに俺の所に来るなんて……連絡くらいくれれば俺としても対処のしようがあったのに……」


 嵯峨はうれしいのか戸惑っているのか複雑な表情でお蔦を見つめた。そして急に緊張した面持ちで西に目を向けた。


「西、茜(あかね)を呼んできてくれ。それとひよこだが……どうせ遅刻だろ?医務室に行って机にメモを置いて第一会議室に来るように手配してくれ。大至急だ!茜に会ったら『これは法術に関する重要な話だ』と伝えろ!俺の所に女が来たなんて言うなよ!急げ!」


 嵯峨の言葉を聞くと西は敬礼をして隊長室を飛び出していった。


 そして、嵯峨は再会の感動から涙を流さんばかりのお蔦から見えないように静かに俯いてニヤリと笑った。


「俺は策士なんだよ……こんな絶好の機会を逃すわけにはいかないよね。これは茜と本気で対決して今度こそ勝利を勝ち取ってようやく茜に財布を握られる生活から抜け出せるかもしれない!」

挿絵(By みてみん)

 そう言うと嵯峨は、ようやく戸惑いが薄れ、懐かしい知人との再会を素直に喜ぶような笑顔を浮かべた。

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