第5話 新さんを訪ねて
「しかし、交代まで暇だな……この中途半端な時間というのがどうにもやりきれない」
誠はこたつに入ることもできずに守衛室の窓枠に頬杖をつきながら隣の工場の敷地を眺めていた。
隣の工場『菱川重工業豊川工場』はこの地域の工業地帯の中核をなす巨大な工場だった。
隣接する菱川重工業豊川工場は、かつてランから『落ち目の工場』と呼ばれていた。だが、駄作機とされた05式が誠の手で戦果を重ねたことで状況は一変した。今では改良型の配備や後継機開発が検討され、取り壊された重機工場の跡地には新たな開発施設まで建設されている。
自分の戦いが工場一つの運命を変えた。その事実を、誠はいまだに実感できずにいた。
重装甲、重火力に加え、近接戦闘での反応速度や姿勢制御……いわゆる運動性は高い。しかし重量ゆえに、戦場を駆け回るための直線速度と機動力は絶望的だった。結局その致命的な欠点である機動性が問題視されて05式は東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーのコンペに負けて『駄作機』の烙印を押された。しかし、誠が活躍した『近藤事件』をはじめとする数々の実戦で、その重装甲、重火力、高運動性という機体特性は運用次第では最強のシュツルム・パンツァーとなり得ることを証明した。東和陸軍は、すでに納入が始まっていた07式の制式配備計画を白紙に戻していた。そして本格的な次期主力機が決まるまでのつなぎとして、05式改良型を配備する案が再検討されている。
誠が05式の改良型について考えている間にも、一台のタクシーが工場の連絡道路をゆっくり近づいていた。
まだ機体が配備されていない第二小隊にもその05式改良型の先行試作機三機が配備されることになると誠は聞いていた。さらに現行の旧式化した02式の後継機として05式のコンセプトをベースにした試作機の開発が始まるということで、取り壊された大型重機製造ラインの跡地に巨大なシュツルム・パンツァー開発施設が新たに建設されているという。
誠は自分がこの工場を『終わった工場』から『期待される工場』に変えたという自分のやった行為に正直戸惑っていた。
「05式の改良型か……どんな機体なのかな……05式の弱点はなんと言っても機動性だよな。かえでさんは空間制御の法術で機体を加速させてその機動性を補うことが出来るから良いけど、残りの二人にはそんな力はないからな。今度の改良型では、エンジンの強化や出力配分の見直しで機動性を補ってくるのだろう。でも、そんなことなら僕の機体も第二小隊が本格始動してくれたら一時期機体を隣の工場に預けて後付けで改造して機動性を上げてくれればいいのに。あの鈍足は操縦してて腹が立つんだ。でもその改造をする予算がうちにはないから。あの『人類最強』の法術師のクバルカ中佐の機体に『法術増幅システム』を増設した時だって三か月待たされたんだし……所詮この世はお金でどうにでもなるのかもしれないな……まあ、うちにはそんなものないけど」
誠はまだ来ないかえで達第二小隊に配備されるという改良型に対する期待に胸を膨らませながら工場の連絡道路を眺めていた。
ぼんやりと工場の全景を眺めていただけだった誠の視界に一台のどこにでもあるありふれたタクシーが走っているのが入って来た。
しかし、工場の敷地はそもそも関係者以外立入禁止のはずである。タクシーが走っているということは非常に珍しいことだった。
「誰だ?あれ。今日、司法局の本局からお偉いさんが来るなんて……西!今日の午前中に誰か訪問客があるなんて予定はあったのか?そういうのは前もって確認しておかないと駄目じゃないか!」
誠はゲームに夢中の西に向かってそう叫んだ。西は面倒くさそうにゲーム機を置いてこたつから這い出ると来客予定表のあるテーブルまで這っていった。
「そんな予定聞いてませんよ……でもなんでそんなこというんです?偉そうな高級乗用車でも近づいてきてるんですか?それに朝からうちみたいなところを視察する偉いさんなんていませんよ。どうせうちは『特殊な部隊』ですから。こんなところに朝からくるような暇なお偉いさんなんて誰もいませんよ。どうせ今作ってる隣の工場のシュツルム・パンツァー開発センターの建設工事の監視に来た隣の工場の関係者でしょ?僕たちがどうこうすることなんて何もないですよ」
西は不審そうに誠にそう言ってきた。
「いやあ、まっすぐこっちにタクシーが近づいてきてるんだ……あ、停まった」
タクシーは隊の通用道路の前で停車した。誠は不審そうにそのタクシーを見つめていた。
タクシーからは和服を着た若い女性が降り立った。しかもその頭を見ると日本髪を結っている。いくらかつての日本を真似した国であるここ東和共和国でも日本髪の女性など、滅多にいるものではない。たまたま、誠は東都の下町の出身なので、実家の剣道場の近くをちょっと自転車で走っていたりすると本物の日本髪を結った『芸者さん』に出会うこともごく稀に見かけることがあったのでその日本髪がかなり本格的なものであることくらいは遠目からでも察することが出来た。
「タクシーから芸者さん?なんだ?また隊長が馬鹿やってわざわざ東都から隊に芸者を呼んで昼からお座敷遊びでもするのか?そんな金、あの月3万円で生活している貧乏人の隊長にあるのかな?そんなすごいオートレースの穴を当てたら隊長なら大騒ぎ……いや、西園寺さんが言うには隊長は絶対大穴は買わないって言ってたから芸者遊びができるような勝ち方をするわけがないって話だから……じゃあ何?」
若い芸者はタクシーの支払いを済ませると真っすぐ守衛室に向かってきた。
隊長が芸者を呼んだのだろうか。だが、嵯峨は月三万円で暮らす貧乏人である。そもそも、勤務先へ芸者を呼ぶ時点でどうかしている。
「あの人は本当に何を考えてるんだ?だからラン中佐から年がら年中『駄目人間』って呼ばれるんだよ……」
女は十八歳ほどにしか見えなかった。薄化粧の白い顔は息をのむほど整っているが、切れ長の目には人を射抜くような強さがある。本格的な日本髪と華やかな和服が、その若さよりもむしろ貫禄を際立たせていた。
「それにしてもかわいい……というかまさに『美少女』って感じだな。だんだん近づいてくるな……笑顔だよ。そんなにあの『駄目人間』に会えるのが嬉しいのかね……あの人『熟女マニア』だから30代後半から50代前半までの女にしか興味はないとか言ってるけど、結局若い女が良いんだ。まったく『駄目人間』は何を考えているのやら」
誠は呆れながら近づいてくる芸者を見つめていた。テレビで見るような白粉を付けているわけではなく、化粧は薄く、若いその肌の艶に誠は息をのんだ。
「ちょいと、兵隊さん?すまないね」
薄い化粧越しに見える色白の澄んだ肌と整った面差しの中に気の強さを感じさせる瞳が目立つ芸者が誠に声をかけてきた。その様子はとても見た目の年齢からは考えられないほど、落ち着き払った雰囲気をまとっていた。
「芸者さん?うちは『司法局実働部隊』だから兵隊さんじゃなくてお巡りさんの方が良いと思うんだけど……」
女の強そうな刺すような口調に気の弱い誠はおどおどしながらそう答えた。
「そんな難しい話はどうでも良いんだよ。それにアタシは芸者なんかじゃないよ。それより、新さんだ。いるんだろ?ここの隊長さんは?今日も来てるんだろうね?早く案内しな」
相変わらずの気の強い口調で女は馴れ馴れしく誠にそう話しかけてきた。
「隊長が芸者を呼んだんですか?今は勤務時間中なんで……」
誠は隊長である嵯峨のわがままに付き合わされるのは御免だとつっけんどんにそう返した。
「そんなことはどうでも良いんだよ!お蔦が来たと言えば分かるはずだから!兵隊さんは黙って隊長さんの所まで案内すればいいのさ!まったく気が利かないねえ……甲武の兵隊さんもそうだが、兵隊さんや警官ってのは庶民を見下すことしか考えちゃいない。この東和でもそうだ。まあ、甲武の警官は日本刀をぶら下げていつでも逮捕してやるぞって感じで迫ってくる威圧感は感じないけど、東和の警官も道順を聞いただけでアタシの顔を見て嫌な顔をしやがるんだ。警官はそれが仕事だろ?仕事だったらそれをちゃんとこなす。税金でおまんま食ってるんだから当たり前の話じゃないのさ」
お蔦と名乗った絶世の美女と言って良い芸者は誠を鋭い目つきでにらみつけてそう叫んだ。
「ちょっと、神前さん、神前さん」
誠は背後に人の気配を感じて振り返るとそこには難しい表情をした西が立っていた。
「ちょっとすいません」
誠はお蔦の迫力から逃げるために西について守衛室の奥に引っ込んだ。アンも事の珍しさに興味を感じたのかゲーム機を置いて誠達についてきた。
「神前さん。あれは甲武の玄人女ですよ。……いや、売春婦って意味だけじゃありません。あの日本髪と着物、それにあの物腰。かなり格の高い花街の女です。甲武生まれの僕が言うんです。間違いありません。それに尋ねてきた相手がそういう女がこれ以上なく大好きな隊長なんですから。全部当てはまるじゃないですか。神前さんも僕がそう言えばだいたいわかるんじゃないですか?西園寺さんから甲武のそういう嫌な部分については聞かされてるでしょうから」
西の言葉に誠は唖然とした。東都の下町から芸者を呼ぶならいざ知らず甲武から女、しかも売春婦を呼ぶとは司法局実働部隊隊長である嵯峨惟基特務大佐がいかに『駄目人間』とは言え自分の想像を絶するレベルだと誠は確信した。
「しかもあの色香……きっと花街の花魁の太夫……どころかあれだけの女なら花街でも相当な売れっ子ですよ……甲武には何でも相撲の番付で評判を決めるような風習があるんですが、あの人は最低でも東の大関、もしかしたらそれ以上……あれを身請けできるのは、甲武四大公家か、よほど所領に余裕のある武家貴族くらいですよ」
西はそう言っていやらしい笑みを浮かべた。
「身請け?あれだよね、身請けってその店から女を買い取るってことだよね?それって合法……なんだよね、甲武では。確かゲルパルトの研究施設から盗み出された『ラスト・バタリオン』としてそういうところにいたリンさんもかえでさんに身請けされたとか言ってたし。でもお金持ちのかえでさんならまだしも隊長は小遣い3万円の人だよ。そんな金あるわけないじゃないか……それとも甲武は物価が安いって聞いてるけどそんなに安いの?」
誠は甲武出身で誠よりははるかに甲武の事情に詳しい西にそう尋ねた。
「確かに甲武は物価が安いですが、花街の花魁を身請けするとなったらそれこそ東和の大企業の社長でも簡単には出せない額ですよ……それこそ目玉が飛び出るくらいの金がかかります。でも僕たちの目の前には、それほどの大金が動いてもおかしくない女がいる。神前さんも現実を認めた方が良いですよ。隊長はそう言う人だったということです。あの人の女好きは病気の域に達していた。いつもクバルカ中佐が言ってるじゃないですか。『目で見たリアルだけが真実だ』って」
西の言葉に誠は呆然とした。確かに女好きで知られる嵯峨だがいったいどこにそんな金があったのか。誠はそれが不思議でならなかった。




