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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第一章 『特殊な部隊』の朝

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第3話 帰ってくる伝説の捕手

 カウラの『スカイラインGT-R』の後ろからは大野の大型の黒いピックアップトラックが現れた。運転席から顔を出した大野はにやけた表情で誠の後ろに隠れている西の顔をのぞきこんだ。


「おい、聞いてたぜ、西。オメエは女を知ってるらしいじゃねえか。うらやましいねえ……後でどんなだったか教えてくれ。俺もモテない遼州人で童貞だからな。ああ、モテる地球人に生まれたかったねえ……まあ、甲武じゃ平民の男は口減らしで殺されることもあるとか西園寺さんが言ってたが、俺は長男だから口減らしには遭わないらしいからな。教えろよ!他の連中には内緒にしといてやるから。特に班長とかには」

挿絵(By みてみん)

 大野が最初に口にしたのは、案の定その話だった。


「大野先輩……その話は終わりにしましょうよ……前の部隊の技術士官の人がそういう遊びの好きな人で、一度無理やり連れていかれただけですから。それに隊長みたいにそう言うことに慣れていそうな人なら別ですけど……あまりいい思い出なんて……それでも聞きたいですか?きっと後悔しますよ」


 西は照れつつ腕力では絶対にかなわない相手である同じ整備班員の下士官の大野にそう答えた。


「西も嫌がってるから止めましょうよその話。特に島田先輩には内緒ですよ。そんなことより、大野先輩がレフトを守るんですか?確かにこのところの勤務後の練習ではずっと外野の守備練習をしてましたもんね」


 誠は西がこれ以上大野の口撃で火だるまになるのは見ていられないのでそう言って話題を変えた。


「そうだよ。俺の打撃は西園寺さんも捨てられねえ。なんでも今度良いキャッチャーが入るから安心して守備の負担の少ない外野を守って打撃に専念してくれだってさ。西園寺さんも西園寺さんだ。一体誰なんだそのキャッチャー?いい加減俺達にも教えてくれても良いじゃねえか。……アメリアさんの訳がねえよな。あの人絶対にサードのポジションは譲らねえから。でもそんなキャッチャー合宿には来てなかったぞ。誰なんだ?神前。オメエは西園寺さんのお気に入りだから知ってるんだろ?教えてくれよ」


 大野はダウンジャケットの襟を弄りながら上目遣いに誠に聞いてきた。


「良いキャッチャー?そんなの聞いてませんよ。あれじゃないですか?アメリアさんは趣味の事で年中金欠で嘆いてますから、お金持ちの西園寺さんが大金渡してサードを諦めるように説得したとか。そうするとサードは誰が守るんだろう?ああ、パーラさんはキャッチャー以外の全ポジション守れるとか言ってたからパーラさんが入るのか。それなら納得だ」


 誠は大野の言葉のその部分が気になって仕方なかった。


 誠は後期リーグから参加し、六試合に先発して五勝一敗、防御率1.06。リーグ屈指の球速と多彩な変化球を操る注目の左腕だった。


 それでも、まだ本来の投球ではない。最大の決め球であるフォークを封印していたからだ。ストレートとほとんど変わらない球速から鋭く落ちるその球を捕れる捕手が、今のチームにはいなかった。


「恐らく今度の異動で明石中佐が戻ってくるんじゃないかな……あの人なら確かにあれくらいの球は平気で捕るからな。あの人は甲武の六大学野球では『史上最強の鏡大の四番捕手』と呼ばれた打棒と堅実なキャッチング、そしてあの体格にふさわしい人間離れした肩の持ち主だったからな。クバルカ中佐が異動で来て本局勤務になったから野球部からは外れてるけど、あの人は根っからの野球好きだから。西園寺さんが声をかければ喜んで本局の仕事をサボって試合に出てくれるんだろうよ」

挿絵(By みてみん)

 大野は確信を込めた口調でそう言った。


 司法局実働部隊の副隊長で機動部隊長を兼任するクバルカ・ラン中佐の前任者が現司法局本局外部交渉担当部の部長の明石清海(きよみ)中佐だった。


 誠も何度か会ったことがあるが二メートルを優に超える大男で、常にサングラスをかけ、私服はやくざ同然で関西弁を話す明石にある種の畏怖を感じていた。


「明石中佐ですか……あの人やくざみたいで怖いんだよな……そんな人とバッテリーを組むの?サインを出されたらどんな嫌な球でも首を振れないですよ」

挿絵(By みてみん)

 誠は冷や汗を流しながらそうつぶやいた。


「明石中佐は『ワシはパイロットなんじゃ!事務仕事なんかできるか!とっとと『特殊な部隊』にワシを戻せ!』とか本局でごねてるらしい。あの怖い面で睨まれたら上層部もうちに戻さないと後が怖いんだろ?良いじゃねえか。あの人は最高のキャッチャーだぞ。しかも、班長なんか比じゃねえ長距離ヒッターだ。これで打倒『菱川重工豊川』の準備が整ったわけだ。西園寺さんはAクラスというが、俺は明石中佐が戻れば少なくとも三位、うまくすれば万年二位の千要マートを倒すことだって夢じゃねえ。まあ、うちは出動があるから不戦敗が多くなるからそれだけが心配の種だけどな」


 大野はそう言うと明るい笑顔を誠に向けた。


「甲武六大学の伝説的なバッター兼キャッチャーなんて……明石中佐ってそんなに凄いバッターなんですか?確かにあの体格……パワーはありそうですけど」


 誠には、明石はどう見てもやくざにしか見えない怖い大男というイメージと、草野球中にバックネットに突っ込んで大けがした間抜けという伝説しかイメージが無かった。


「あの人は前の戦争が無ければ甲武の最高学府『鏡都大学』初の職業野球選手になってたかもしれない人物なんだぜ?うちに半年近くいるのにそんなことも知らなかったのかよ。甲武出身で野球好きな西園寺さんとあれだけ仲良くしてるのにそんな話題も出ないなんてお前は西園寺さんとどういう関係なんだ?西園寺さんは明石中佐が転属になるって決まった時、隊長の事を大真面目な顔して銃で撃ちまくってたからな。まあ、全弾かわした隊長も凄いけど」


 大野はまるで自分のことのように情熱的に誠に話しかけてきた。


「西、お前も甲武国出身だったよな。そんな話聞いてる?」


 誠は西に向けてそう語りかけた。西はそこで一度口を閉ざした。


 カウラの車が去った後の守衛所には、大野のピックアップの低いアイドリング音だけが残っていた。


「ええ、甲武では男の子はみんな野球好きですから誰でも知ってる有名な話ですよ。鏡大は六大学野球では万年全敗の最下位が定位置なんですが、明石中佐が入った年には三位に入ってます。しかも春季、秋季ともに三冠王は明石中佐。新聞でも僕の見ていた時代でも鏡大で良いバッターが出ると『不動の四番明石の再来』と呼ばれるくらい伝説の人ですから。今でも職業野球の球団から誘いが来ているとかいないとか……明石中佐は『わしももう40に手の届く年やで。普通なら引退や』とか言って断ってるらしいですけど」


 西の言葉に誠は耳を疑った。東和にも東都六大学野球というものがあるが、同じように東和の最高学府である東都大学は万年最下位だった。その加盟している六大学野球リーグは数ある大学リーグの最高峰とされていて、そこの三冠王は普通ならプロ野球のドラフト一位に指名されるのが当たり前だった。


「なんでそんな人が司法局なんかに……戦争か、やっぱり」


 世事に疎い誠でも20年前の『第二次遼州大戦』のことが思い出された。


 明石の年齢から考えれば恐らく学業途中に学徒出陣で出征したことは十分考えられる。以前も、明石が自分を卑下して『学徒兵上がり』と言っていたことが思い出された。


「あの戦争が明石中佐のプロ野球選手としての未来を閉ざしたのか。時代は残酷だな。でもそんなすごいバッターなら戦後にプロのチームのスカウトとかが手を出さなかったのか?あの人はパイロットだろ?歩兵だったら手りゅう弾の投げすぎで肩を壊すなんてことは考えられるけど、年中出撃に備えて訓練して体力を鍛えていたパイロットなら戦後にいくらでもプロから誘いくらいあってもいいのに」


 前の戦争とは全く無縁だった東和共和国の国民である誠は不思議に思って西にそう尋ねた。

挿絵(By みてみん)

「明石中佐は特攻隊だったんですよ。学徒出陣で地球圏の植民惑星の……ああ名前は出てこないな、その守備隊の一員として大戦末期は常に人間魚雷に乗る訓練ばかりをしていたそうです。結局終戦まで出撃命令は出なかったから生きて戦争から帰って来たんですが……」


 自分の国の屈辱と非人間性を象徴するような出来事を語る西の口は重かった。誠も甲武国の異常な戦闘隊である特攻隊の存在は知っていた。


 甲武国は敗戦が誰の目にも明らかになると対艦魚雷にコックピットを付けた兵器を大量生産し、それに兵士を乗せて体当たり攻撃を行った。


 東和の歴史教科書で読んだ二十世紀の日本軍の特攻そのものだ、と誠は思った。敗色が濃くなれば最後は精神論に頼る。元日本人が築いた甲武も、結局は同じ道をたどったのだろうか。


「毎日、確実な死を待つ生活に耐え続けて、明石中佐は戦争前と同じではいられなくなったんです。明石中佐は戦争から帰ると実家の将軍家の墓所がある名刹として知られる寺にも帰らず行方不明になったそうです。戦時中は中断してた職業野球も再開することになって、即戦力のキャッチャーが欲しいということでどのチームのスカウトも明石中佐を血眼になって探したらしいんですが見つからなかったそうです。明石中佐も当時のことは何も話してくれません。西園寺さんが銃で脅して聞き出したところによると鏡都を逃げるように出た明石中佐は、播州コロニーというところで闇屋の鉄砲玉としてやくざのまねごとみたいなことをしていたと僕は聞いていますよ」


 暗い調子で言う西の言葉に明石のあまりに過酷な人生が思われて誠の心は沈んだ。


『やくざの真似事か……だから、あんな目をしているのか……みんな今の姿にはその理由がそれぞれあるんだな。他人から見たら僕もそうかもしれないけど』


 誠はそう思ったが、口には出せなかった。


 戦争とは無縁な国である東和に産まれたことを喜びつつ、明石の荒んだ目つきにも理由があったのだと、誠はようやく理解した。


「そんなだからな!明石中佐が四番でキャッチャーなんてことになったらうちの打線は『菱川重工豊川』以上のものになる!神前のフォークも投げ放題だ!期待してろよ!」


 大野はそう言うとピックアップトラックを発進させた。

挿絵(By みてみん)

「投げられるんだ……フォークが……これで本来の僕の野球が出来る……」


 誠はその思いで顔が自然とにやけてくるのを感じていた。

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