第2話 今日も勝手な上司
「それよりアン。オメエは定時制中学の宿題以外はゲームしかしねえんだな?まあ、最近は『お友達』のカラシニコフさんよりそっちの方がお気に入りみてえだな。まあ銃が手放せねえアタシが言うのもなんだが、少年らしいいい傾向だから褒めてやるぞ。少年兵上がりは死ぬまで銃が手放せねえもんだとばかり思ってたがそうでもないらしいや。その点はゲーム機は平和に貢献しているな」
自分が銃を常に持ち歩いていることを棚に上げていつもの偉そうな笑顔で警備室をのぞきこむかなめを見ながら誠は心の中でまた始まったとため息をついた。
「そういうわけでこれからはその物騒なカバンではなく、携帯ゲーム機を他にも買ってやるからそちらを持ち歩け。街中でおっさんに女だと勘違いされてケツを触られてもガンケースからアレを出されたら面倒だ。すぐお巡りが飛んできてテメエを逮捕してまたちっちゃい姐御に迷惑がかかる。そもそもいい加減あのガンケースを持ち歩く癖も止めろや。オメエはもう少年兵じゃねえんだ。一機動警察隊員なんだその自覚を持て」
アンが手にしている携帯ゲームを見て後部座席のかなめはニヤついていた。
「あれを手放すのはちょっと……あれだけが僕の唯一の『友達』ですから。それに僕ってかわいいからすぐにバスとかに乗るとお尻を触ってくる人がいるんでその人を脅すのにアレがあると便利なんですよ。ああ、ちゃんとバスの運転手にも銃口を向けて他言無用と念を押しているので問題になることは無いと思いますよ」
アンはそう言って俯いた。それを聞いた誠は、満員のバスで平然とAK47を取り出すアンの姿を想像して寒気を覚えた。
「それに西。オメエもオメエだ。オメエはアンの先輩だろ?しかもオメエより年下はアンしか居ねえ。その自覚を持って先輩としてちゃんとゲーム機なんて下らねえものから足を洗ってひよことの甘い生活を過ごして見せて青春を謳歌して見せろ。そっちの方がよっぽど健康的だ。ひよこも恋を知らねえ遼州人なんだ。地球人のオメエが引っ張って行ってやんなくてどうする?あれだろ?両想いなんだからこのままいっそ……とか考えてるんだろ?それだったらひよこにゲーム廃人だと言う正体がバレる前に行動に移せ。それが同じ地球人の国甲武国出身のお姉さんからのアドバイスだ。分かったか?」
班長の島田に続き、隊公認のカップルとなっている『特殊な部隊』の看護師にして法術研究顧問である神前ひよこの名前を出してかなめは西を冷やかした。
「そんなの別に僕の勝手ですよ。それに人のプライバシーに勝手に踏み込んで下手な邪推をするのは止めてください!甲武は『大正時代の文明で行く』って国が決めたから電気で動くおもちゃなんて無いし……それにひよこさんの前ではゲームなんかしませんよ。ひよこさんの素敵なポエムのために僕も月に一冊は詩集を買って読むようになったんですから!変なアドバイスは必要ありません!」
反抗する西にかなめは冷酷な笑みを浮かべた。
「知ってんだぞ。オメエが東和に配属になった時、赴任祝いだとか言って上官に岡場所へ連れていかれたこと……残念だったな、神前。西は童貞じゃねえんだ。でも、処女と童貞が結婚するのがほとんどの東和国民であるひよこがその事実を知ったらどうなるかな?ひよこの奴、西も純情無垢な真面目な好青年だと信じてるぞ、きっと。それが女を金で買うような遊び人だとバレる。こりゃあ面白いことになりそうだな……」
誠はかなめの言葉に驚きを隠せなかった。
東和共和国の生涯未婚率は極端に高く、生涯処女・童貞率に至っては七割を超えるとも言われていた。
「西、オメエはひよこと付き合ってんだよな。さっきの話を知ったらひよこのファンの連中はどういう反応をするかな……オメエは遊び人認定されることは決定。アイドルであるひよこを弄んだクズ男と整備班の連中はオメエを認定して鉄拳制裁を下す。オメエを一番買ってる島田も『純情硬派』を看板にしている以上、オメエを見捨てるしかねえ。居づらくなるよなあ……さあ、どうする?」
かなめのニヤニヤ笑いはまだ続いている。
「そんな!僕が甲武で女を買ったなんて話はしないで下さいよ!あれは無理やりですよ!それにそんなことがバレたら班長に殺されます!それと僕とひよこさんはそんな関係じゃありません!純粋に惹かれ合ってる仲なんです!お互い、ひよこさんは隊の法術師の能力判定を、僕は神前さんの05式乙型の『法術増幅システム』や様々な法術兵器の管理運用を一手に任されてるんですからお仕事でも話が合うんですよ!」
西は真っ赤になって抵抗した。
「へえ、どんな関係だよ。目的は買った女と同じことがしてえんだろ?正直に言えよ。オメエにひよこのポエムを褒めるだけの歌心があるとは到底思えねえ。オメエのベビーフェイスがキレた島田にボコボコにされるのを見られると思うと楽しくなってくるわ」
相変わらずのいやらしい笑顔のかなめに西は敵意をむき出しにしてにらみつける。
「馬鹿ねえ、かなめちゃん。西君は確かに童貞じゃないけど結構純粋なのよ……まあそれが目的なのかどうかわからないけどひよこちゃんと結婚すれば東和の永住権が取れるじゃないの。平民で士族や貴族に馬鹿にされるだけの甲武に帰らずに東和に居着こうという考えなんじゃないかしら?西君もそっちが目的なんでしょ?正直に言いなさい!上官命令です!」
助手席のアメリアは助け舟になっているのかいないのか分からない言葉を口にした。
「そんな国籍目的の偽装結婚狙いとかでもありません!二人とも国で貧しい暮らしをしているから境遇が似ていて、仕事でもひよこさんは法術研究の隊での第一人者で、神前さんとかの法術対応兵器を管理している僕と仕事が被ることが多いのでそこで惹かれ合ってるだけです!純愛です!島田先輩も『男たるもの硬派であれ』って言ってるじゃないですか!それを守ってるんです!僕もひよこさんも一緒にいるのが楽しいだけの関係なんです!」
西は必死になって言い訳をした。
「まあいいや、西。オメエが国で女を買ったことを黙っていてやる代わりに今日はアタシの機体をきっちり磨き上げろ。汚れ一つ残すんじゃねえぞ。それと詮索されるのも嫌だろうから全部オメエ一人でやれ。ああ、帰りは神前を送るんだったな。じゃあ、神前。オメエも手伝え。神前もアタシの部下だ。上司の機体を磨くのは栄誉なことだろ?感謝しろよ」
かなめは非情にも誠に向けてそう言い放った。
「そんな西園寺さん……あんなでかいの磨き上げるって……何時間かかると思うんですか……」
誠はいつもの勝手なかなめの物言いに呆れ果てるばかりだった。
「それにしてもいつものことですが西園寺さんは勝手すぎますよ!何かというと僕に『部屋が汚れてきたから掃除しろ』だの『バイクのタイヤがヘタってきたから島田を呼べ』だの全部僕に自分ですることを押し付けてきて!たまには自分のことは自分でするくらいのことはしても罰は当たらないと思いますよ?違いますか?」
誠はあまりに理不尽なかなめの態度にキレてそう言い返した。
「なんで甲武一の貴族のアタシがそんな面倒なことをしなきゃなんねえんだよ。神前、いつからオメエはそんなに偉くなったんだ?アタシは自由人なの。貴族で自由人だから無駄な仕事はしたくねえ。そうか、オメエ等お駄賃でも欲しいのか?神前には月島屋一回、西はまだ未成年だから島田行きつけの沖縄そばの店で好きなのを一回おごってやる。これでアタシは上官として二人に仕事を与えてそれに見合う分け前まで与えていることになる。こんな部下想いの上司を持ってオメエ等も幸せだな」
かなめはニヤニヤ笑いながら『スカイラインGTR』の後部座席から誠を見上げた。
「それと、アン!ゲーム中毒や妙な遊びに文句を言う筋合いはねえがちゃんとバッティングの練習はしてるのか!来シーズンからはオメエにも野球部の試合に出てもらうからな!もうオメエの守備位置と打順は監督であるアタシの構想の中に入っているんだ!今年こそ6位から上、Aクラス入りを目指す!今年からは神前と言う左の大黒柱がマウンドに立つんだ。アタシの面を汚して射撃の的になりたくなかったらちゃんと練習しとけよ!」
こたつでゲーム機を弄っていたアンを急にかなめが呼びつけた。
「はい!毎日素振りをしています!ちゃんと整備班の先輩たちに昼休みにノックをしてもらって守備練習もやってますよ。それと僕の守備位置ってどこですか?ライトって……センターの右ですか?左ですか?」
こたつから飛び出したアンはそう言ってかなめに敬礼した。
先週は二日間の日程で急に監督のかなめと自称キャプテンで四番・サードしかやらないアメリアの思い付きで『特殊な部隊』の野球部の合宿があった。
誠はひたすらいつもはサードを守っているもののキャッチングはチーム一うまいアメリア相手にかなりの投げ込みを強制された。
いつもなら『急造キャッチャー』と呼ばれて誠の左腕から放たれる伝家の宝刀であるフォークをまるで捕れない大野と違い、アメリアは捕れはしないものの身体で止めて後逸しないので安心して投球練習に専念できた。
その時、野球の事を何も知らないアンに監督のかなめはライトの守備練習をひたすらさせていた。
『特殊な部隊』の野球部の外野はセンターの走攻守どれでも一流の島田以外の外野のポジションが固定できずにいた。慣れない両外野の守備範囲まで島田が持ち味の快足を飛ばして取りに行くわけだが、ライン間際の打球などはさすがの島田で追いつくわけがなかった。
「西園寺さん。ライトはアンが守るんですか……こいつは確かに足も速いし肩も良いですけど……野球のルールをまるで知らないですよ?」
誠は不安げにそうかなめに尋ねた。
「仕方ねえだろうが。うちであれほど足が速いのは島田以外いないんだから外野で島田にこれ以上負担をかけるわけにはいかねえんだ。バッティングがいまいちだからライトのレギュラーに入れて、打順は八番か九番を打たせる。もうアタシの中じゃ次のシーズンは始まってるんだ」
得意げにかなめはそう言うと後ろを振り返った。
「来たぜ、レフトのレギュラーがでかい身体に合わせてデカい車でご到着だ。アイツは守備には期待してねえ。肩は良いが足が遅すぎる。アイツは六番あたりを打たせて大きいのを期待するつもりだ。アイツは空振りは多いが当たればデカいからな。それに来季のキャッチャーの候補はしっかり決まってんだ。アイツはそのキャッチャーがイップスでも起こさねえ限り絶対出番はねえ!」
かなめの視線の先には黒い巨大なピックアップトラックが停まっていた。その持主が先ほどの『急造キャッチャー』と呼ばれる大野だった。
「本当にアイツは打撃は良いんだがな……だからアイツをレフトに入れる。足こそ遅いがそれは島田にカバーしてもらう。カウラ、車を出せ野球の話はこれくらいにしよう」
野球談議に満足したかなめはいつも通りに自分の気分で運転席でそれを黙って聞いていたカウラにそう命令した。
「相変わらず西園寺は勝手だな。まったく、このアイドリングのガソリン代をどうしてくれる。……それと西園寺、本気で日野をグラウンドに上げるつもりなのか?私は反対だぞ。あの女が絡むと、お前はいつも冷静さを失う。そして結局は言い負かされてその鬱憤を神前で晴らす結果ならうちのチームはエースが戦力ダウンしてキャッチャーが良くなった意味がまるで無くなる」
カウラは諦め半分にかなめをちらちら見ながら小声でつぶやいたが耳のいい誠には聞こえていた。
「カウラさん……それってかえでさんがキャッチャーをやるってことですか?」
これまでの草野球リーグでは、急造キャッチャーの大野のエラーが失点に直結することが多かった。そのため誠は、いい加減キャッチャーもできるアメリアをサードからコンバートしてほしいと思っていた。そんな誠にとって、カウラの言葉はあまりに意外だった。
「神前……今のカウラの言葉は口から出まかせだ。コイツもこんな見え透いた嘘をつけるように進歩したんだ。部下としても上司の成長はうれしいだろ?そういうことだと思え。思わねえと射殺する」
かなめはそう言うと、冬だというのに黒のタンクトップ姿で、茶色いショルダーホルスターを軽く叩いた。
「西園寺さんがそう言うのなら……そう思うことにします」
明らかに銃で脅せば誠が何でも言うことを学習しているかなめだが、そういうかなめの引きつった笑みがカウラのほのめかす程度の発言よりもかえでが次の正キャッチャーに内定しているようにしか誠には見えなかった。
「神前、そういうことだ。私の言ったことは忘れろ。だが、私はあまりいい気分ではないと言うことは神前にも西園寺にも理解しておいてもらいたいものだな」
カウラは愚痴りながらギアをローに入れて爆音を上げて『スカイラインGT-R』を発進させた。




