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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第八章 『特殊な部隊』の始まり

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第28話 隊長を人間に戻す者

「俺たちに対する遼北人民解放軍とアメリカ軍の見方は、それを境に変わった。連中は甲武と正面から戦うつもりはなかった。遼帝国の生活インフラを精鋭の浸透部隊に破壊させ、国家を内側から自壊させようとしたんだ」


 そう語る楠木の言葉にその強敵との戦いを生き延びたという誇りの色はお蔦には見えなかった。


 ただ、希望も無く戦い続けるしかない戦場。そこでこれまでは実力は無いものの自分たちの誇りの為に戦っていたゲリラたちから、ただ国家の命令で望みもしないこんな場所までやってくることになった精鋭部隊が敵に置き換わったというだけの話だった。


 そして嵯峨や楠木などの死すら恐れない自分を死んだ者思っている兵士の銃弾に当たってこれまでの訓練の成果も生かせずに無残に殺されていく敵兵への同情の色までにじんでいるように感じられた。


「俺達はね、自分のやってることを自虐的にとらえて自分たちの部隊を『特殊な部隊』と言って笑いあっていたんだが、連中は俺達の戦闘能力と先を読んだような隊長の指揮を見て恐れをなして俺達を遼北もアメリカも、競うように俺たちの排除を狙った。隊長を頭脳として迎えた俺達は連中を相手にする頃にはもう甲武陸軍の上層部や遼帝国のあの皇帝を傀儡にして自在に操っていた遼帝国軍の最高指導者ガルシア・ゴンザレス元帥が望んだような見せしめ部隊なんかじゃない存在になっちまっていた。まあ、ガルシア・ゴンザレスは金でどうにでもなる男だ。そしてガルシア・ゴンザレスの言うことなら何も考えずにすべて実行に移す、今のあのちっちゃい副隊長を知っている俺から言わせるとまるで別人のクバルカ・ランの直轄部隊はガルシア・ゴンザレスがもう動く必要が無いと言えば自然と止まる。でも隊長が金では動かないのはアンタも知ってるだろ?だから俺達を潰さない限り遼帝国を自壊に導くことは不可能だって連中は考えたらしいんだ。連中にとってはクバルカ・ランの率いるゲリラ狩り専門部隊以外は弱さで知られる遼帝国の正規軍なんかよりも俺達を壊滅させることこそが最大の任務にすり替わっていったんだ」


 楠木はそう言って話を続けた。お蔦にとってどんなに落ちぶれようが見捨てない男である嵯峨がどこまでも人の道を踏み外した楠木達を見て放置しておくほど弱い男だとは思っていなかったので、楠木の言葉には当然のようにうなずくしかなかった。


「連中は俺達を『屍者の兵団』と呼ぶようになった。そもそも俺達の多くは軍籍を剥奪されたいわゆる『戦死者』扱いされてた連中なんだ。敵前逃亡や命令無視の罪でうちに来るなんて言うのは当たり前だ。俺自身が馬鹿な命令しか出さずに無駄に同僚を死なせて逆にその死んだ戦友をあしざまに罵る上官が前々から気に食わなくて、作戦行動中に自殺行為としか思えねえ突撃命令を出しておいて自分だけ逃げようとした上官を殺した男なんだからそんなことを言えた義理じゃねえがな。まあ、武士の情けって奴で家族には『名誉の戦死を遂げた』と報告されてるってことは、戦争が終わって甲武に戻った奴から聞いてなるほど軍も考えたもんだと思ったね」


 苦笑いを浮かべながら楠木はそう付け加えた。


「要するに俺達は使い潰しても親も兄弟も妻も子ももうすでに死んだと思っているどんな命令を下されて死んでも、誰の良心も痛まない『軍籍外の寄せ集め部隊』だったってことだ。それが俺達の境遇に初めて心を痛めた隊長の出現で当時の遼帝国に存在する部隊では……お前さんも見たろ?『特殊な部隊』のちっちゃい副隊長。あのクバルカ・ラン直轄の精鋭部隊『飛将軍禁裏守護隊』に並ぶ精強部隊に生まれ変わったんだ。そんな死んだ連中が自分たちの絶対不敗と思われた特殊浸透作戦部隊を次々と壊滅させていく……奴等にとっては恐怖だっただろうね。ただ、遼北が遼帝国との不可侵条約を破って南下を始めると俺達の任務は変わった……」

挿絵(By みてみん)

 そこまで言ったところで店じまいの作業を終えたレイチェルが割烹着を脱いで楠木の肩を叩いた。


「新さんがアンタらをまともな軍人に戻したことは分かった。そしてその方法がいかにも新さんらしいことも納得できた。でもねえ、アンタ。軍事の素人に何を話してるんだい?」


 熱く嵯峨と自分たちの戦いを語り分かってくれると思っているような顔をしている楠木を見てつい呆れたようにお蔦はそうつぶやいた。


「そんな難しいことを言っても戦争のイロハも知らないアタシに分かるわけないじゃないのさ。とりあえず、新さんのおかげでアンタらは人間に戻れた。そしてその新さんの人を見る目と喧嘩上手によって遼帝国でも最精鋭の部隊と呼ばれるようになった。そう言う風に思えばアタシの考えはアンタのそれとあまり外れてないんだろ?レイチェルさん。アタシの理解は合ってるかい?」


 話題がお蔦には難しい戦場の話になろうとしたときにお蔦は話をずらしてレイチェルに目を向けた。


「ああ、お蔦さんの考えは合ってるよ。それくらい分かれば良いんじゃないのかい……まったく未だに前線部隊の副官気分が抜けてないんだから……これだから何年うどん屋の亭主を務めても軍人の血が抜けないのさ」


 レイチェルはまたいつもの癖であの戦争の時のことを思い出して語りだした自分の夫に半分呆れてそう言った。

挿絵(By みてみん)

「そうだな……道理でうどんがいくら旨くっても店が繁盛しないわけだ。それも俺の魂……いや、俺と隊長と、ほかの部下たちの魂は今でもあの遼帝国の一見遅れた農村にしか見えない村が焼けていく様の中に居るんだ。その魂をこの東和に引き戻してくれるために、今も隊長は働いている……俺の後輩達、あの野心を隠せなくなったガルシア・ゴンザレスがクバルカ・ランを手に遼南共和国を打ち立ててあの大陸を破壊し尽くすのを止めた第二期『特殊な部隊』や今の第三期『特殊な部隊』が活躍したと聞くたびに俺は罪の意識が消えたような気がしてきているんだよ。一つ罪が消えるわけじゃない。それでも少しだけ息ができるような気分になれるのは間違いないんだ。まあ、そんなまっとうな戦争をしていた後輩たちがいくら頑張ったところで、確かに俺達のしたことは消せないけどな」


 そう言うと楠木は店の奥に目をやった。お蔦の記憶に間違いが無ければそちらの方角の海を越えた向こうには嵯峨や楠木達が戦った遼大陸が浮かんでいるはずだった。


「すべての俺達に関して話し合われた文書は焼却処分されて甲武の偉い人は記録から消したらしいが、遼帝国の地面には隊長が来る前に俺たちが殺した女子供の骨がいまだに俺達がやったことの証拠としてあの遼帝国の広大な大地に埋まってるんだ。その事実まで偉い人達は消そうとしているが……確かに消せるかもしれねえがそれを知ってる俺達が生きている間はそれは無駄なことだな。そして隊長は不死人だからその事実を知っている隊長が永遠に生き続ける限りその事実は誰が何と言おうが証人付きでしっかり残るわけだ。だから、そんな隊長が見込んで育てて何かをしようとしている今の後輩の連中には頑張ってもらいたいよ。それが先輩である俺から言えるたった一つの言葉だ」


 楠木はそう言ってこれまでの真剣な表情を少し崩した。


「まあね、手段を選んで戦争なんかしたら負けるってのは隊長がいつも言ってた言葉だからね。まあ昔はそう言っていたが、今は手段を選んでも勝つ方法を探しているらしいね。少なくとも俺の後輩たちは俺達のような目に逢ってないからそうなんだろうな。そういう意味では甲武の偉い人の考えも理解できるが……そんなことがやりたきゃ自分の身内にやらせりゃいいのに。それよりお蔦さん。アンタなら隊長をあの地獄から連れ戻せるかもしれない。俺も……あの戦争の後しばらくは東和に身を隠していたんだが、その時レイチェルと出会ってね。お互い似たような境遇で意気投合したレイチェルのおかげで心の半分はあの思い出すのもうんざりする地獄から足を洗いつつある。これまで隊長は俺みたいに一つの所にとどまって同じ女と暮らしを分かち合い続けるような判断が出来ずにいた。確かに隊長の責任が重いってことはその副官だった俺でも分かるが、俺自身がレイチェルと暮らすようになってから自分が変わったことが分かるように、隊長にもその同じ道を歩いてもらいたいんだ。女が治してくれるなんて話じゃねえ。ただ、一人で抱えなくて済むってことだ。今だって護衛の部下が言うには同じ風俗の同じ女の所に通ってるみたいだけど……俺が見た所隊長は全ての女にそれが出来ると半分思ってるみたいだが、実際お蔦さんから聞いた話じゃまるで治って無いってことはその女じゃ無理だってことだな。こんなことを言ったら隊長の事だから『野暮は言うんじゃねえよ!余計なお世話だ!』とか言いそうだが、俺自身の実感でそれ以外の方法が俺には思いつかないんだから仕方がねえな。だから……頼む。なんとかあの隊長を地獄から連れ戻してくれ。それだけが俺の願いだ」

挿絵(By みてみん)

 楠木はそう言うと大きな体を折り曲げて頭を下げた。お蔦はそれまで仏頂面から笑顔、そして急に真剣になったと思えば頭を下げる楠木の巨漢を見つめながらしばらく言葉が出ずに黙り込んでいた。


 その黙り込んだお蔦の前で楠木は頑として上げようとしなかった。弱り切ったお蔦がレイチェルに目をやると腕組みをしながらレイチェルはお蔦が次に何を言うのかを微笑みながら見つめていた。


 ようやく覚悟がついたお蔦は楠木の後頭部を見ながら叫んだ。


「アンタ何言ってるんだい!どうしようもなくなった新さんを支えてくれた恩人に頭を下げられるようなことはアタシには出来ないよ……アタシは楽しかったころの新さんしか知らない女だよ!頭を上げとくれ。地獄にいた新さんを支えたアンタから、何も知らなかったアタシが頼まれる筋合いじゃないよ。アタシにできるのは、これからの新さんのそばにいることだけさ……アタシは……そんなアタシに……」


 頭を下げて来る楠木に戸惑ったようにお蔦はそう言った。


「いや、もうアンタの中では覚悟が決まってるように俺には見えるね。それなら俺達汚れた男の話は止めにしようや。俺も昔の事は思い出したくもないし、隊長もそんな話を今更持ち出したところでうんざりした顔をして俺を馬鹿野郎呼ばわりしてお終いの話だ」


 そう言ってようやく頭を上げた楠木は思いついたように手を打って隣に寄り添うレイチェルを見上げた。


「そうだ、レイチェル。お蔦さんにこの街を案内してやってくれねえかな?お蔦さんはちょうど俺が甲武に帰れなくなってこの国に来た時の俺とおんなじ身の上だ。そうなったら色々困ることがあるっていうのが甲武生まれの人間がこの東和で生きていくには必要があるってことは俺自身が一番よく分かっているからな。お蔦さんも同じ顔つきの人間がまるで違う格好をしてまるで違う街を歩いている東和の風景にはびっくりしただろ?俺もそうだったんだから間違いねえ。お蔦さんも甲武生まれの人間が東和で生きていくのに何を知っとかなきゃいけないかっていうことの話なら素直に聞けるんじゃねえのかな?」


 お蔦に下げていた頭を上げた楠木はそう言うとレイチェルの顔を見上げた。


「そうだね。アンタがこの東和に来た時も東和に近い暮らしが送れるゲルパルトで育ったアタシから見ても結構笑える……いや、そんな顔するんじゃないよお前さん。でもあの東和やゲルパルトでは当たり前のものを指さして首をひねるアンタの顔が本当におかしかったんだから仕方ないじゃないのさ」

挿絵(By みてみん)

 そう言って笑うレイチェルを見てお蔦もこの店に来る間に戸惑う様子をレイチェルに見られていたらと思うと急に頬が染まって恥ずかしさが湧いてきた。


「でも、アンタももうすっかり東和の人間と区別がつかないぐらいこの国に馴染んじまってるじゃないのさ。そう考えると数年ここで同じ水を飲めばお蔦さんもすっかりこの東和の人間……隊長と同じような人間になれると思うよ。そもそも甲武と東和。住んでいる人の顔形はそっくりでもあまりにも文化が違いすぎるからね。確かに甲武は元地球人の国で東和は遼州人の国だと言うことはお蔦さんも知っているかもしれないけれど、それ以上に色々とお蔦さんが勉強しなきゃいけないことは山ほどあるのさ。だからそれに慣れるにも良いだろうね」


 嵯峨の居るこの国に慣れる。そして共に生きていく。その為にこの国とこの街を知る。その案内人が出来たと思うと心強く感じるお蔦だった。


 そんなお蔦を見てレイチェルも柔らかい笑みを浮かべた。


「それじゃあお蔦さん、行こうか……隊長はどこに行ってもすぐに馴染んでそこの住人みたいな顔が出来る人間だからそういうところまで気が回らないから。アタシならゲルパルトと言う遼州圏でも違う星から来た人間だ。そんなちょっとした違いで戸惑うことだって分かっているつもりだよ。分からないことがあったら何でもアタシに聞いとくれよ」


 レイチェルは三角巾を外し、割烹着を脱いで店の隅に畳む。


「何から何まで……本当にすまないねえ。これも新さんの導きだね。二十九年間新さんを待ち続けたのは決して無駄じゃあなかったんだ。確かにここまで来るのにも本当に大変で……甲武では当たり前のことが東和じゃまるで通用しないんだ。これが異国暮らし……でも見た目が同じで同じ言葉を話しているのにどうしても違うっていうのがアタシみたいな女には全く理解できないんだよ。でも頑張るよ。アンタたちを人間に戻したという男を最後に人間に戻すのがアタシの役目だとアンタは言いたいんだろ?その覚悟はしっかりできた。ただ、アタシがあの人を地獄から引きずり出してやるなんて大それたことは言わない……いや、言えないよ。だけど、新さんがそこから帰ってきた時に、帰る場所くらいはアタシが作ってやることだけは約束してやるよ。だから安心しておくれ。そしてアタシがこの新さんが根を下ろした東和の事をすべて腹に収める。アタシはそう決めた!」

挿絵(By みてみん)

 お蔦は元気よくそう言って楠木に微笑みかけた。楠木はお蔦の色気にやられて顔を赤くして目を背けた。


 一方のレイチェルはあまりに景気のよいお蔦の言葉にレイチェルは半分呆れながら店の奥へと上着を取りに行った。


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