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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第八章 『特殊な部隊』の始まり

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第27話 『特殊な部隊』の始まり

「俺達は隊長には感謝している……まあ、アンタのきれいな顔の写真を見せてくれたこともあるが、他にも……」


 楠木はそう言ってお蔦に向けて話し始めた。


「俺達の任務は敗戦も確定的になった『祖国同盟』の同盟国で自国の治安維持さえままならなくなった遼帝国の治安を維持することだった。その為にはいかなる手段をとっても許される……いや、非人道的で人間の顔をしていない恐怖に満ちたものである方がより効果的だと言うのが甲武本国陸軍の参謀部の助言により遼帝国で当時実権を握っていたガルシア・ゴンザレス元帥の意向だったんだ。隊長が来る前は敵とみなしたゲリラは全員殺した。それもただ撃ち殺すだけでもなかった。上の連中もタダ皆殺しで終わるだけなんてことは望んでいなかったしな」


 先ほどまでお蔦の写真の事を思い出してにこやかに笑っていた目が急に蛇のような殺気を帯びたものに変わった。


「なんだい!あんたそんなひどいことをやったのかい!それじゃあ新さんがかわいそうじゃないのさ!上官の命令は絶対!そのくらいの事をアンタ等は知らなかったとでもいうのかい!それでも甲武の兵隊と名乗るなんておこがましいよ!」

挿絵(By みてみん)

 それまで自分を褒めていた男の語る悪行にお蔦は耐えきれずにそう叫んでいた。


「え?甲武の兵隊さんはみんな立派?ああ、立派な仕事を上がくれた連中も多かったみたいだな。でも、隊長や俺たちにはそんな仕事は甲武の軍の偉い人はほとんどくれなかったけどな……それどころか連中が望んだのはもう二度と逆らうことが思いつかなくなるような恐怖をまだ武器を取っていない遼帝国の遼州人に与える事だった。元地球人で自ら『サムライの国』と呼んで玉砕覚悟で戦う元地球人の甲武軍に対して、そもそも戦場に着く前に兵士の半分が脱落している遼帝国軍の遼州人。それを見た本国の連中は『遼州人は臆病だ』と決めつけたらしいね。兵士ですら戦場から真っ先に逃げ出すような遼州人は臆病だから脅せば何とかなると上の連中は考えたんだろうな。だから連中が望んだ殺し方はより残酷に、生きてきたことを後悔するような殺し方で殺せと言うわけだ。そして二度と周りの同じようなことを考えている連中が歯向かわないようにその死体を徹底的に痛めつけて無残に晒せ。それが俺達の受けた命令だった……だが、その読みは完全に裏目に出た」


 悲しげな眼をして楠木は語り始めた。お蔦には軍や政治の理屈は半分も分からなかった。しかし、人の道を外れた命令だったことだけは嫌でも理解できた。


「隊長の前の二人の隊長。どちらも世間知らずの若造だよ。そいつらは上の言われるがままに任務を遂行したんだ。それは実際に実行している俺達もこいつは馬鹿なんじゃないかと思うくらいに馬鹿正直にそのイカレタ命令を実行に移したんだ。ゲリラの村では一人残らず生きたまま捕らえて広場にそいつらを並ばせた。まずは子供だ。そいつらを両親の前で銃剣で串刺しにして殺す。命令している若造の隊長がまずそれを見て吐くんだからそれを実行している俺達もやってられなかったよ」


 楠木が死んだ目をして語るその言葉にお蔦はつばを飲んだ。


「なんてことだい!そんなことは人のすることじゃないよ!アンタそれでも甲武の軍人かい?よくそんなこと恥ずかしげもなく言えたもんだね!甲武の兵隊は立派だった!そんな話は一度も聞いたことがない!アンタの隊長がおかしかったんじゃないのかい!」


 お蔦は思わず叫んでいた。甲武はもっとまともな国だ。甲武に生まれ育ったお蔦はそう信じていた。


「そうかい?立派な兵隊もいただろうね。ただ戦争に勝つためには上は俺たちみたいな立派でない兵隊が必要で俺たちがそれだったというだけの話だよ。俺達の存在は甲武の軍部でも知ってる人間は少ないし、ましてや新聞に載るような話でもない。軍の上層部にいたって、自分の手を汚さずに済む連中の中には俺達の存在すら知らない奴もいたんだろうね。でも、狂った戦場じゃあこんなことは当たり前なんだがね。続いて家族の前で女たちを辱め、その後に殺した。死体まで見せしめに使った。そんな命令だった。これが俺達のゲリラ狩り……そこまでやったと近隣の村へ触れ回れば臆病な遼州人は誰だって震え上がってあの俺達から見てもイカレタ遼帝国に逆らおうなんて気にならないだろうってのがその筋の専門家の偉いさんの考えたことなんだ。でも現実に起きた戦場での出来事は違った。殺されることが分かっていてもゲリラたちはすぐに立ち上がった。それほど遼帝国の政治はおかしくなってたんだ。その度に俺達は出かけて行って皆殺しだ。それが当たり前の日常になっていた。俺達も一体何のためにこんな非道を犯しているのか訳が分からなくなってきた。ただ命令した連中は机の前に座ったまま、実際に手を汚すのは俺たちだけだった。その罪で戦争が無くなるわけでもない。偉い連中は俺達の非道が足りないとその若造隊長を責め立てる。遼帝国の大使館から帰ってくるその若造隊長の顔色が日に日に青ざめているのを見るたびに非道を命じられている俺達の方が同情したくなってくるぐらいだったよ」


 気が遠くなるような戦場の狂気。お蔦は目の前の楠木の顔が人間のそれには見えてこなかった。


「そんな人間のやる事じゃない作戦を指揮する若造の隊長はそんなことを命じて……結局その重責に耐えられなかったんだろうな。最初の隊長はある日突然拳銃で自ら命を絶った。今思えば当然の話だ。俺だってそいつの命令……いや本国や遼帝国の上層部の命令で女を犯しながらそうしたい衝動に駆られてたんだ。二人目は完全に理性が飛んじまって、まだゲリラが銃撃戦を始めたばっかりだと言うのにそこに日本刀一本持って突撃を掛けて全身に銃弾を受けて死んだ。俺も見ていて思ったがあれは完全に自殺だな。すべての戦争犯罪は戦争にも正義があると信じていた、青臭い青年将校さんには背負うには重すぎたんだよ……そして、その自殺同然に死んでいった隊長の後任として同じような年格好の『三好大蔵』と名乗る中佐が来た。これまでの二人が中尉だったのに、そこにいきなり中佐なんて言う格違いの大物が来た。それが今の隊長だ。こりゃあ、ゴンザレス御自慢の『真紅の粛清者』と呼ばれたクバルカ・ランに負けまいと甲武の参謀部も焦っていると俺達は思ったもんだね。今はあんなかわいらしい姿でこの豊川の街をぶらついてるが、当時は『クバルカ・ランの前に立ったものは死ぬ』と呼ばれてたくらいだからな。あっちの部隊のやり方は俺達よりもさらにひどくって……ああ、これを口に出すのは禁句だったな」


 楠木はそう言ってようやく息をついて笑みを浮かべた。


「俺達もこいつもすぐ自分の下している命令の重さに耐えきれなくなって死ぬに違いないと思って最初は無視してた。そんな俺達を隊長は宿舎の中庭に集合させたんだ。それから先がいかにもあの人らしいところさ……」


 そう言って楠木は遠くを見るような目をして天井を見上げた。


「俺達もこれまでの俺達を獣の様に扱う二人の若造にはうんざりしてた。連中には自分たちの戦争は地球圏から遼州圏を解放する大義があると信じて軍に入って与えられたのが俺達みたいな糞の集団だっていうことで人を見下すことばっかり考えてたみたいだな。俺達だってその若造がそうしろって言うからそうしてたんだ。俺達が望んでしていたことじゃない。その辺りをあの自殺志願者の若造は理解できないから自ら死を選んだ。きっと今回の階級だけは飛びぬけている三好とか言う中佐も同じ轍を踏む。今回の隊長は何日正気でいられるか俺達の間でも隊長の名前が知らされた時からそんな賭けをしていたくらいなんだ。そこにあの隊長は表面上は現在と同じ抜けた調子で急に呼び出しをかけるんだ。俺達は何事かと集まったんだ……そこで隊長はなんて言ったと思う?まあ想像もつかないのが普通だと思うがね」


 楠木はそう言いながらにやりと笑った。

挿絵(By みてみん)

「『おい、お前ら『チンチロリン』くらいは知ってるだろ?とりあえず軍用タバコを出せ。それを賭けて俺と勝負しないか?』そう言って隊長はどんぶりとサイコロを取り出したんだ。俺達はこの隊長は俺達の任務を知っててすでにおかしくなっているんだと思ったね。俺達のやっていることの噂はもうすでに上層部にも知れ渡っていた。上層部はそれを自分たちの指示だったというのにあくまで俺達の暴走だと主張していた。そのことも隊長はすべて知っていた。そんな隊長は俺達の気を紛らわせるためにそんな道化を演じて見せたんだと思ってたが……今の隊長を見ているとあれが全部演技だったかは今でも分からねえけどな。まあ、そのサイコロには仕掛けがしてあって、どう考えても隊長が勝つようになってたって聞かされたのはだいぶ後になってからの話だがね。あの人の吸うタバコの量は昔っから半端じゃなかったから、こんな使い捨ての部隊に送られてくるだけの量じゃ足りなかったみたいなんだわ。あの人は俺達の上を行く悪人だ。食えない御仁だよ」


 楠木の言葉にお蔦は不覚にも笑みをこぼしていた。ここで初めてそれまでのあまりに人の道を外れた所業に言葉を失っていたお蔦の顔に笑顔が浮かんだ。そんな突拍子もないことをするのがお蔦が愛している嵯峨だ。嵯峨ならそんな空気の中でもすべてをぶち壊して何か道を開く。お蔦の嵯峨への思いは楠木のちょっとした冗談でより強くなっていった。


「お蔦さんも知ってるかもしれないけど隊長の日常からして変わっていた。それまでのまるで道具のように俺達を扱う二人の前任者と年格好は変わらないと言うのにまるで俺達よりひどいことをしてきた悪人だと言うようなことを愚痴りながら俺達の話の輪に入ってきた。そして、すぐにタバコを賭けてチンチロリンやらポーカーやら花札になる。俺はどう見ても上流貴族にしか見えない所作のこの若造がなんでそんな俺達みたいな華々しい戦果を挙げて昇進してもせいぜい准尉どまりの下士官で一生を終える定めの下級士族と平民の中間みたいな下々の事を知っているのか不思議に思いながらそれに付き合っていた。そして、最初の出動の機会が訪れた……」


 そう言う楠木の表情が笑いから緊張した面持ちに変わった。

挿絵(By みてみん)

「最初の出動の訓示で隊長はこう言うんだ『十八歳以上の男で抵抗してくる人間は殺していい。それは上層部の意向だから仕方がない。だが、女と子供、それに武器を持たない者には一切手を出すな。もし手を出した奴がいればそいつは俺が斬り捨てる。生き残った非戦闘員は村の奥の寺に集めろ。特に女と子供には数日分の食料をくれてやれ。まあ、他の敵国から支援を受けてるゲリラの部隊が来ればその女子供たちが何をされるかは分からないが何もしないよりはマシだ。それが俺の方針だ。確かに上層部の意向には反しているがその責任をお前さん達が取る必要はない。責めは俺一人が負う。あと、捕虜として処刑する男は全員俺がこの刀で首を刎ねる。そうすればお前さん達の良心の呵責も少しは楽になる。それが隊長としての俺の務めだ』なんてね。俺達は呆然としてそんな隊長の演説を聞いていた」


 楠木は真剣な表情でお蔦に向けてそう言った。


「俺達は少なくとも、悪鬼羅刹の所業からは一歩抜け出せた。確かに人殺しだが、女子供まで皆殺しなんて反吐が出るところだったからな。偽善?そうだよ、偽善だ。だが、偽善でない戦争の正義なんてどこにあるのかね?戦争で語られる正義なんて、どれも誰かを殺すための偽善だ。それでも、女子供を救う偽善なら、何もしないよりましだ。そう教えたのも隊長。だから俺達は全員鬼から偽善者になったというわけ。偽善者の方が少しは人間らしいだろ?あの自殺同然の死に方をした二人の若造は自分は善人だと思っているから自殺するしかなかったね……俺にはそう見えた。だが、自分を偽善者だと思えて戦うことができるようになった俺達は生き延びた訳だ。すべては隊長のおかげだ。この日、初めて俺達は人間の皮を被った鬼から人間に戻ることができた。でも、そのおかげで隊長が今度は鬼になった。なんでこんな人物に罪を覆いかぶせなきゃならないんだ……」

挿絵(By みてみん)

 そう語る楠木の目は怒りに燃え始め、眦からは涙が湧いて出てきた。


「俺達はその日から本気であの戦争を憎むようになった。あの戦争を始めた連中をいつか皆殺しにしてやると……その日まで意地でも生き延びて甲武に帰るんだとね。ただ、その事を隊長に言ったら、『馬鹿なことはよしなさいって……それで俺達が殺した人間がよみがえるの?もしよみがえるんなら俺がお前らを指揮してやるからその時はお願いね』といつもの冗談でいなされて復讐なんぞのためじゃねえ。だったら俺達自身が生きて帰るために、本気で戦争をしてやろうじゃねえかということで俺たちの覚悟は決まった」


 楠木の怒りと嵯峨に救われた安ど感の混じった複雑な顔を見かねたようにレイチェルが楠木の方に静かに手を置いた。


 そして楠木はレイチェルに一度目をやると再びお蔦を見つめて話し始めた。


「もうその頃になると戦況はどん詰まりだ。丁度ゲルパルトの首都ネオベルリンが陥落してゲルパルト第四帝国が降伏して『反祖国同盟』にとって残る敵は甲武とこの遼帝国だけになった。そうなると同時に敵の種類も変わっていった。これまでは訓練されていないゲリラばかりだったが、そのころからは浸透作戦を仕掛けてきた遼北人民解放軍やアメリカ軍の特殊部隊を中心とした屈強な連中ばかりになった。相手が最高練度の浸透作戦部隊だとしてもそれでも俺達は負けなかった。遼北やアメリカの兵隊たちはそんな俺達を恐れて『屍者の兵団』と俺達を呼ぶようになったらしいな。俺達は自分のやってる悪行を嗤って自分たちやあのガルシア・ゴンザレス元帥の手駒のクバルカ・ランあたりからは『特殊な部隊』と呼ばれていたんだが、遼北やアメリカの兵隊連中にはそれでは自分がそんな間抜けに殺されるのが嫌だったんだろうな……隊長が居なければ……隊長が俺達を変えなければ……俺はあの戦いで死んでいただろうな……あの偽善者の二人の若造と同じような方法で。その思いはたぶん俺の部下たちもみな同じだと思う。それがあの人の戦いだ。そしてそれがあの人が今でも背負っている罪だ。隊長が来る前の二人の前任者のように死ななかったが……ただ、心のどこかは壊れてるのかもしれねえな……」


 楠木は落ち込んだような笑みを浮かべてそうつぶやいた。お蔦はすべてを背負いすぎて未だに苦しんでいる嵯峨を思い出して一筋の涙をこぼした。


「今の新さんの部隊も、『特殊な部隊』とか同じ名で呼ばれていたね」

挿絵(By みてみん)

 気が付いたようにお蔦はそうつぶやいた。


「そうだな、その副隊長が今じゃあのクバルカ・ラン本人がやってるんだ。それを見るにつけても世の中ってもんは不思議なもんだな」


 楠木は奇妙な縁が繋がっている事実を再確認したようににっこりとほほ笑んだ。

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