第25話 異国をさまよう花魁
お蔦が床を出たのは、嵯峨がすでに隊へ出勤した後だった。
昨夜、意識が遠のくたびに嵯峨の口づけを求めたことを思い出し、お蔦は布団の中でひとり頬を赤らめた。
女郎時代も花街に移り花魁となって太夫と呼ばれてからもお蔦に入れあげ、財産を失った男もいた。その男が戦後には生活を立て直し、以前ほど豪奢ではないにせよ穏やかに暮らしていると聞いた時、お蔦は心から安堵したものだった。
考えてみれば、お蔦が思いどおりに動かせなかった男は二人だけだった。一人は嵯峨。そしてもう一人は、お蔦の顔を見るためだけに座敷へ上がった嵯峨の義兄、西園寺義基だった。
朝、お蔦は嵯峨の部下達の態度があまりに自分の中の嵯峨を見下している原因はその身なりにあると嫌がる嵯峨に剃刀と櫛を手渡している時だった。
冗談めかしてお蔦のいたと言う花街に行きたいと言う嵯峨に『新さんはあそこに足を踏み入れちゃいけないよ……これは嫉妬で言うわけじゃないんだ。新さんのあの街への夢を壊したくないんだよ……だって、もうすでにアタシで味わっているじゃないか……その中の雰囲気は』と言った言葉に間違いは無かったように感じていた。
今まで忙しさで紛らわしていた心の中に開いていた穴が、嵯峨の存在でしっかりと埋まったと言うことは昨日の嵯峨との睦みあいとその間に交わされる何気ない言葉を聞いた時に既に分かっていた。
結局一睡もしなかったことから襲ってくる睡魔を押しのけるようにして風呂に入り、襦袢を着てかえでという嵯峨の義理の娘であるかえでの家臣の鈴木と名乗る洋風の使用人姿の女から髪を結い直してもらいながらお蔦はこれからの事を考えていた。
あの昔の日々は戻らない。ただ、見えない壁があの戦いが終わった後も立ちはだかっている甲武ではなく、この東和で暮らす今の嵯峨はお蔦にも手の届くところにいる。そしていつでも会うことができる。そう思うとこの宿のある千要の街は嵯峨の居る豊川の街から遠すぎて少し不安になってくるのがまるで自分が男を知らない少女に戻ったような気がして思わず頬を赤らめた。
ただ、決断は早い方が良いというのは嵯峨の教えの一つだったことがお蔦の脳裏によぎった。
宿の遅い朝食の膳が下げられ、一人豪華な旅館の部屋に取り残されたお蔦は今日の一日をどう過ごすかについて考え始めた。
「そうさねえ、とりあえず新さんの街にでも行くかね。新さんの居る街……新さんの暮らしている街。あの甲武の鏡都とは一味違う良さが有るんだろうね。これからは一緒に暮らしていくんだ。下見ぐらいしても罰は当たらないよね」
食事を終えたお蔦はそう言うとお蔦も見惚れる少女歌劇の男役のような嵯峨の義理の娘のかえでが手配した貸し切りの旅館からタクシーを呼んで千要駅を目指した。
千要駅は頭上を走るモノレールの駅と地上で二手に分かれる国鉄の駅、そしてさらに奥には私鉄とやらが走っているという複雑に交差してどの電車に乗れば嵯峨の隊のある豊川の駅に着けるのかとお蔦を混乱させたが、なんとか人の流れに乗って歩いているうちに豊川に向かう総部本線のホームにたどり着くとお蔦は自分の顔を物珍しそうな視線で見る東和の市民のことに気付いた。
『昨日は朝、かえで様のメイドとか言う女に髷を結い直してもらったからおかしなことは何もないと思うんだけどねえ……』
お蔦はその好奇な視線の原因が髷の歪みであると思い込んでいたが、この二十世紀末の日本を完全再現した東和では日本髪の女性自体が珍しいという事実には気付いていなかった。
そんなお蔦自身も軍人や役人ならいざ知らず、街を行く女たちが女の命ともいえる髪をバッサリと切って短くして歩き回っている様や、伸ばしていると言ってもとてもお蔦のように立派な髷が結えるほどではない中途半端な長さの髪の女しかいない東和の女がなぜ甲武の普通の女のように髪に情熱を注がずにあんなに無頓着でいられるのか不思議でしょうがなかった。
ただ、東和の夏はコロニー国家で夏でも気温が汗を軽くかく程度の甲武と違って東和の夏はそれは厳しいものだと嵯峨から聞かされていたのでその夏に備えてそんな髪型にしているのだろうとお蔦は納得した。
そしてお蔦も自慢の髪がその地獄のようだと嵯峨が言う東和の夏が来たらどんなことになってしまうのか不安に思って甲武の路面電車よりもはるかに大きい国鉄の総部本線の電車が入線して来る様を見つめていた。
お蔦を乗せた四両編成の青地にクリーム色のラインの入った各駅停車に乗り込むとお蔦の心は踊ってきた。
『昨日はただ新さんに会うんだってそれだけで夢中だったけど……昨日新さんに抱かれて落ち着いてみると……千要という街はずいぶんとさびれた街だねえ……まあ、あの豊川という新さんのいる街はもっと寂しいけどねえ。でもここには新さんが居る。そう思うだけで胸が熱くなるよ』
走り出した列車の車窓の外に広がる田んぼや建売住宅の同じような形の家を見ながらそんなことを考えていた。
三駅目の豊川の駅で降りたお蔦はそのまま改札を出るとそのまま北口の賑やかそうな方に足を向けた。列車なら三駅にすぎない。それでも昨夜まで隣にいた嵯峨が、ひどく遠く感じられた。
そこでも周りからは好奇の目がお蔦に向ってきた。
お蔦から見てどう見ても軍人や役人が上役から仕事の邪魔だから髪型を何とかしろと命にも等しい髪へ、泣く泣く鋏を入れさせられただろうとしか思えない女達の短い髪や、そんな女が当たり前だというようにまるで意識もせずに通り過ぎていく男達の姿を見てお蔦は東和の人間はこの自分の自慢である豊かな日本髪の生まれた地球の血を引かない遼州人の東和共和国の人間なのであるから、そのようなことは当たり前なのだと思ってはいたが、その顔つきだけは甲武の元地球人と同じ顔をした若い女が恥ずかしげもなく短い髪で歩き回る様と、その女が自分を不思議そうに見つめてくる姿がどうにも納得できないでいた。
『なんだよ……アタシの事がそんなに珍しいのかい?東和は遼州人の国で遼州人は『法術』が使えるって言うじゃないのさ。きっとその『法術』とやらでアタシの心を読んで元地球人である私を宇宙人だと思って警戒しているんだろうねえ』
そう思うお蔦だが、周りを見ても自分の心を読んで反応しているような客が一人もいないことに胸をなでおろした。
『確かに見た目は甲武と東和の人間はなぜか同じ……まあ、基本的に遼州人は甲武人と見た目で区別が出来ないからね。新さんも遼帝国の生まれの遼州人だけど、その話は新さんと別れてから聞いた話だからそれくらい区別がつかないんだけどね』
また嵯峨の事を思い出して車窓から外を眺めると豊川のひとつ前の駅でほとんど客が降りていくのがお蔦にも見えた。
『みんなこの駅で降りるんだね……それにしても東和の遼州人は冬だというのに随分とつるつるの寒そうな格好をしているもんだね。アタシも甲武じゃ東和の人間がみんなアタシ達から見てもはしたなく感じるくらいに薄着でなんでそんな男や女が着物も着ずに変な服を着て歩いているんだって思ってたけど……新さんが言うにはアレはTシャツにジーパンという東和じゃ貧乏な若い子がする格好なんだってねえ……甲武じゃあの年頃の男は着流し、女は着物……まあ、どちらも身分や実入りによって格は違うけど、東和じゃ金持ちだって似たような格好をするっていう話じゃないか。そこのところがまだ飲み込めないけど……そこら辺はこれからも新さんに会うたびに教えてもらおうかね』
お蔦はそんな頓珍漢なことを考えながらまだ弱弱しい初春の日差しの中、手にした和傘を日傘代わりにそのままアーケード街に足を向けた。
看板に洋風の文字が並んでいて以前嵯峨に英語の手ほどきを受けるかと聞かれて断ったことを思い出して、どの店の看板にも洋風の文字とカタカナでお蔦の知らない店の名前が記されている様や、大きすぎる店から流れる蓄音機の音楽を聴くと、甲武の大正期を再現した店構えとは違うまるでお蔦の侵入を拒んでいるかのように感じられた。
カタカナは読めるが何を売っている店かは書いていないのでガラス越しにその中を覗くが、その多くの品物がお蔦が初めて見る物ばかりでお蔦は戸惑っていた。
『甲武と東和。やっぱり歩く人の顔は同じように見えてもここはあくまで『異国』なんだね……これじゃあどうすればいいかまるで分からないじゃないのさ。地球圏からは『遅れてる』と馬鹿にされてる東和ですらこんななんだ。地球圏なんぞに出かけていったらどんなことになるんだろうねえ。これだけアタシが入りにくい店ばかり。地球圏とやらの店なんてどうやって入りゃあいいのか見当もつかないよ』
お蔦は心の中でそんなことを考えながら甲武ではまるで考えられない数の自動車が行きかう道や甲武では中心街でしか見ないような信号を珍しそうに眺めていた。
『それにしても小腹が空いてきたねえ……まあ、朝食にあれっぽっちしか食べていないんだから当然の事かもね……でもまあ、東和の人間もお腹がすくだろうからこんな田舎町にだって一杯飯屋の一つもあるだろうさ。なにせ、甲武は東和の文化の元となった国だって新さんが言ってたからね。一杯飯屋や蕎麦屋の一軒や二軒くらいこんな田舎町にでもあるに決まってるよ』
お蔦はそんなことを考えながら食べ物屋を探して道を進んだ。そしてその先に甲武でも見慣れた白いのれん、昼時だと言うのに客の姿すらないうどん屋を一軒見つけてそこに飛び込むようにして入っていった。
「開いてるのかい?それにしてもこの時間だと言うのに客一人いないなんておかしな店じゃないのさ」
お蔦はそう言いながら白いのれんをくぐり小さなうどん屋の中に入った。
甲武の鏡都の日川宿での小料理屋の経験しかないお蔦には讃岐うどん店のようなその店に違和感を感じながらお蔦はそのまま席に着いた。
店の中を見回してみると奥に注文口があり、客が自分で料理を運ぶらしい奇妙な造りだが、客商売というものは人が動いて初めて成り立つことは女郎時代から小料理屋時代までのお蔦の信念ともいえるものだったので店員の誰かが声をかけてくるまでお蔦はそこに座っているつもりだった。
奥で背を向けているでっぷりと太った大男の店主は、お蔦の声が聞こえていないかのようにうどんを茹でているだけでお蔦の方に目をやるそぶりも見せない。
「おい!そこの大きいおじさん!お客が来たんだよ!なんとか言ったらどうなのかい!客が来たんだ!挨拶くらいしな!」
その不愛想に頭にきたお蔦は店主に向けてそう言い放った。
「はいはい、ただいま……」
そう言って出てきたのはかっぽう着姿のお蔦からすれば『異人』にしか見えないすらりとした三十代半ばくらいのまるで嵯峨と一緒に出掛けた嵯峨が好きだというゲルパルトの名女優が主演の昔懐かしい活動写真に出てきそうな美しい金髪の白人女性だった。
「あれまあ、それにしても活動写真の主演がはれるような見事な姿の異人さんだね。アンタが店を切り盛りしてるのかい?それならあんたもあのぶっきらぼうな店主に何とか言ってやんなよ。店主がこんなに不愛想じゃあこの店も潰れちゃうよ。アタシは甲武の鏡都で小料理屋をやってたんだ……客商売の基本は笑顔。そんな事も知らないなんて、本当に何を考えているのかねえ……」
お蔦は金髪のかっぽう着の店員にそう愚痴った。
「ここは地球の讃岐うどんを真似た遼南うどんの店だ。客はまずカウンターでトレーを持って好みのてんぷらを取ってうどんの種類を言って注文をする。それがルールだ。それを知らねえ客は客じゃねえ。客じゃねえ相手にあいさつするほど俺は人間が出来てはいねえんだ」
店主は苦々しげにそう言った。その言葉にお蔦は馬鹿にされた様に感じて立ち上がった。
「まあ、そんなに怒らないで下さいよ。うちの人が不愛想なのは昔からなんでね。甲武の人かい?じゃあうちの人と同じ国の産まれじゃないのさ。それより、アンタはお蔦さんだろ?」
金髪の『異人さん』が流暢な日本語でそう言うのと自分の名前を知っていることに驚きながらお蔦は静かにうなずいた。
「まずは立って、あそこのトレーが積んである所まで行くんだよ」
そう言って金髪の店員はお蔦を店の隅のトレーの積まれた場所まで案内した。
「そしてそこの皿を取って、その上にそこに並んでいる揚げ物を取るんだ。何が良いかい?今日はそうだねえ、この寒い日だ。鶏肉と芋、それに卵なんかがお勧めだよ」
金髪の『異人』は笑顔でそう言ってお蔦の顔を覗き込んだ。
「え?ああ……それじゃあ……それを頼むよ」
お蔦は日本文化を知らないはずの『異人』に日本風のうどんの頼み方をいちいち教えられることに少し驚きと恥ずかしさを感じながらその指示に従っていた。
「それもそこにあるトング……なんて言ってもアンタには分からないんだろうね。そこにある箸の先をつないだような道具で自分で皿に乗せるんだ。それがこの店の流儀さ」
店員はそう言うとお蔦にトングを持たせた。お蔦は恐々、鶏肉とサツマイモ、それに半熟卵を取りそのまま仏頂面を浮かべている店主の前に立った。
「鏡都から来たんだろ?ならかけがいい。お蔦さんは疲れてるだろ?昨日は隊長とあれだけヤッたんだから腹は空いてるはずだからな。大盛にしとくよ」
お蔦に向き直ったものの相変わらず不愛想な店主はそう言うとうどんを茹で始めた。
「おい!亭主!初対面の女に何ってことを言いやがるんだい!それになんでそんなことをアンタが知ってるんだ!アタシが昨日の夜何をしていようがアタシの勝手じゃないのかい!」
これまでの不愛想な態度が気になってお蔦はそう叫んでいた。
「ごめんよ、お蔦さん。この人は昔っからこういう人なんだ。まあ、だからあの隊長と話が合うから昔っからあんな感じのあの隊長の片腕が務まったわけだけどね……じゃあお詫びにイカの揚げたのをサービスしてあげるよ」
お蔦のうどんの丼に揚げたイカを乗せながらレイチェルはそう言って微笑んだ。
店の亭主とレイチェルは明らかに自分の名を呼んでいた。お蔦は自分の名前を知り、昨日の嵯峨との情事まで知っている店主の言葉に驚きながらも静かにうなずいた。
「そりゃあどうも……ってなんでアンタらはそんなにアタシの事を知ってるんだい?昨日の新さんとのことを何から何まで知ってるようなことを言ってるね。アンタはさっきアタシの名前をズバリと言った。不思議な話じゃないのさ!理由を言いな!そのくらいのことをしても罰は当たらないだろ!」
黙ってうどんを茹でる店主を見ながらお蔦は驚きに満ちた顔で隣の話の通じそうな『異人』の店員に話しかけた。
「なあに、アンタが東和へ入った時から、隊長の敵も味方もアンタを見てたんだよ。しかも甲武絡みの敵はアンタと隊長の関係も知っているから少しは動くかと思ったが……さすがの『官派』の連中にも多少は人情ってもんがあるらしいね。それと千要の旅館では今度は地球圏の……こちらはうちの人の部下がどうにかしたよ。そんな風に隊長の関係者がアンタが東和の成畑空港の入国ゲートをくぐった時から護衛が数人付けてある。隊長の事だ。そんなお節介は要らないと断るだろうから隊長には黙ってやっていることなんだけど……勘のいいあの人の事だ。アンタのしている事なんて全部お見通しだろうけどね」
相変わらずの客商売らしい笑顔で『異人』の店員は奥で相変わらず不愛想にうどんを茹でている店主に向けてそう言った。
「まあ隊長が気づいてないわけがねえ。あの人の勘は俺達の及ぶところじゃねえんだ。そうでなけりゃあ俺は遼帝国でとっくの昔に土に帰ってる」
そう言ってでっぷりと太った大柄な店主はゆで上げたうどんにつゆを満たした丼をお蔦のトレーに乗せた。
「隊長?アンタ等何者なんだい?それにアタシが入国した時から監視していたって……アンタ等……」
お蔦はトレーを持ったまま立食カウンターにトレーを運んだ。
「そんな話はうどんを食ってからにしな。ここは本格的遼南うどんの店だ。味は保証する」
それだけ言うと店主は店の奥に消えた。
「うちの人はまだ本当にアンタがお蔦さん本人だということを認めちゃいないね……うちの人、お蔦さんの話をする時はあんな仏頂面じゃないんだよ。まるでテレビの人気アイドルみたいな笑顔になるのさ」
『異人』の店員はそう言って愛想よくお蔦に笑いかけた。
『新さん……アタシのことを戦地ではちゃんと人に話してたんだねえ……』
そんなことを思いながらお蔦はとりあえず言われるままにうどんに箸を伸ばした。
「『テレビ』?なんか東和にはそういう道具があるって聞くけど……そのアイドルとやらも客を取って……それよりこいつは旨いじゃないのかい!こんなにコシのあるうどんは甲武じゃ食べたことが無いよ!」
カツオと昆布の合わせだしに絡められたうどんを口に運ぶとお蔦は驚いたようにそうつぶやいた。
「でもなんでこんな旨い店がこんなに客が居ないんだい?不思議な話じゃないか……もっと繁盛していても良いような気がするんだけどねえ。確かに食い物の旨い東和だからこのくらいの味は当たり前なのかね。出てくるものは人造品や冷凍ものばかりの甲武とは違って食べるものがどれもおいしくて驚かされてばかりだよ」
お蔦はうどんの味に魅せられながらそう言って『異人』の店員を見上げた。
「うちは理由があって繁盛するわけにはいかないのさ。アタシは本国から、うちの人は地球圏から追われる身さ。目立つことは出来るだけしたくないのが本当の所なんだけどね。でもそれじゃあ食べて行くことが出来ないのは甲武も東和も一緒だよ。だからこうして店を出して、その日の暮らしを支える程度の金は稼いでる。それに客なら今の時間はそれほどでもないが夜は結構来るんだよ……いつも同じ顔が」
『異人』の店員の言葉を聞きながらお蔦は旨いうどんを堪能して満足げに箸をおいた。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。アタシの事はレイチェルと呼んどくれ。出身はゲルパルトさ。そう言えばこの顔と髪の色の理由も分かるだろ?日本語が上手いのはゲルパルトも日常会話は日本語だからね……と言ってもあの国でも普段はみんな日本語を話してるんだけどちょっと訛りが有ってね」
そう言うレイチェルの言葉に訛りが一切ないのがお蔦には不思議だった。
「訛りなんて無いじゃないのさ……それにゲルパルトは前の戦争の同盟国だったけど開戦のニュース映画ではなんだかわからない言葉を話してたよ」
お蔦は揚げた芋を口に運びながら不思議そうな目でレイチェルを見つめた。
「ああ、甲武でもゲルパルトのアタシが生まれた地方の訛りは野州コロニー群に行けば聞けるそうだね。うちの人の部下にもそこの出身の奴がいてそいつの前ではアタシも訛りが出ちまうんだ。それを訓練で徹底的に直されたからほとんど訛りなんかないだろ?本国の諜報部に籍があったから東和の情勢を探るために本国で徹底的にそれを矯正する訓練を受けたからさ。隊長が選んだ女なら、これくらい話しても構わないだろうね。まあ、いずれ隊長の事だから私達のことは話すだろうから。ここまでくればアタシ等夫婦が何者なのか……いや、アンタは隊長が前の大戦時に何をしていたのか知らないんだったね。それじゃあ分からなくても仕方がないか」
お蔦はうどんをすすりながら、レイチェルの話を聞いていた。この夫婦は、自分の知らない嵯峨を知っている。
かなめが語った『戦いを恐れなくなった男』。その男がどのように生まれたのかを、この二人は知っている……お蔦の勘は、そう告げていた。




