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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第五章 『特殊な部隊』の混乱

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第21話 外堀を埋めるかなめとかえで

「あのー皆さん?アタシは新さんのいい人にはなりたいけど妻になりたいとは一言も言ってないんだけどね。アタシは所詮平民なんだ。しかも身体を売ってた女さ。そんなことくらいそこのお高く留まった方の新さんの娘さんに言われなくても分かってるんだよ。いくら甲武一の太夫と呼ばれた矜持があっても公爵様のお后様なんてアタシには無理な話さ。太夫として誰にも引けを取らない自負はあるよ。でも、公爵家の奥方が何をするものなのか、アタシには何一つ分からないんだ。そんなアタシにとってどうせ新さんは手の届かない人。でも遠くからでもいいから見つめていたい。それがアタシの今の願い。そんな願いを持っちゃいけないのかね?アタシは?」


 お蔦はあまりに手際よく自分の運命を決めていくかえでの態度に引き気味にそうつぶやいた。


「僕は君が身体を売っていたことなど少しも気にしていないよ。僕は過去の職業で人の価値を決める趣味はないからね。それと平民の身分が気になるのかい。まあ、僕の義母上になる方だ。相応の身分は必要かもしれないね。かなめお姉さま、なんとかならないかな?武家の身分なら僕はいくらでも思い当たるんだけど、あの馬鹿な征夷大将軍の麗子に頭を下げる思いを何度もすると思うと虫唾が走るんだ。たしかに義父上の幸せを考えればそのくらいのことはしてあげるべきだろうね。絶家になっている国持大名クラスの上級武家貴族の家格ぐらいは手配できるが、それも面白くないね。どうせ武家が大きな顔をしている軍人になると言うわけじゃ無いんだからなら、あの麗子の馬鹿に頭を下げないで済む公家の家格の方が良いと思うんだ。公家となると管理をしているのは西園寺家だ。その当主であるお姉さまなら何でもない話だと思うのだけど」


 かえではそう言ってかなめに目をやった。


「おい、そういうのが得意なのはかえでだろ?何も軍務につかねえし役人にもならねえでただ名字が欲しいだけなら公家も武家もねえだろうが。それこそリンの時みたいにうまくやれば良いだろ?リンだって当時は戸籍すら持たねえ人形扱いで最下級の女郎屋に居たのを中級士族の渡辺家の家名を継がせたんだから」


 かなめは面倒くさそうに妹のかえでに向けて言った。


「あの時は軍人である僕の副官として武家の家名が必要だったからあの馬鹿な征夷大将軍の田安麗子に下げたくもない頭を下げてその家名を譲ってもらったんだ。今、あの馬鹿な女の名前を言ったね……名前を聞くだけで嫌な気分になってくるよ。でもお蔦さん……いや、もうすでに義母さまと呼ぶべきなのかもしれないね。この場合は武家である必要はないと僕は思うんだ。軍人なら武家であった方が人のつながりやそういう派閥もあるからその中であなたの力量を生かすこともできるだろうから色々便利だけど、ただ甲武四大公家末席を退いた一代公爵の妻としてはそんな必要はないんだから。なら公家の家名を預かっている西園寺家の当主であるお姉さまに頼むのが一番だと僕は思うよ」


 かえでは相当その田安麗子なる人物の事を嫌っているらしく苦々しげな表情を浮かべたが、すぐにそれを切り替えて微笑みながらかなめを見つめた。


「そうか……確かに武家であると言うことで軍でデカい顔をしている連中にはイヤな思いしかねえ私から見てもかえでの言うことも一理あるな。それに元々公家の家自体が少ねえからって武家貴族が甲武の国父田安高家が喜びそうな本来武家が持つにはふさわしくねえ官位を持っているのが今の甲武だ。だから公家の家を再興するのはアタシにも悪い話じゃねえな。ちょっと待てよ。ネットに接続して検索するわ……あった。有名どころで行くと菅原と清原が空いてるな。菅原は伯爵家、清原は侯爵家だ。どちらもここ五十年以上前に跡継ぎが絶えて絶家になってる。お蔦、菅原蔦と清原蔦。どっちを名乗りたい?菅原はあの天神様の家。清原は枕草子の作者の清少納言の実家だ。どっちも叔父貴の家の格からすると似合いだとアタシは思うけど……どっちにする?」

挿絵(By みてみん)

 お蔦は、目の前で自分には理解不能な最上級貴族の会話を繰り広げる姉妹を、目を白黒させて見つめていた。


「菅原と清原ねえ……天神様と女文豪……名前は知っちゃあいるけど、アタシとしては別に苗字なんて名乗ったことも無いから分からないよ。それに伯爵と侯爵って……どっちが偉いんだい?」


 お蔦にはそう絞り出すようにして声を出すのが精いっぱいだった。


「まあ、アタシのおすすめは清原かな。じゃあ、そうしよう。四大公家筆頭の西園寺家当主のアタシが名跡再興を推薦する。次の『殿上会』でも少納言以上の官位を持つ人間ならこのことに文句を言える権限はあるが、そいつらだって叔父貴の女だと言われたら断れねえ。誰にも文句は言わせねえ。お蔦。オメエは今日から清原蔦だ。分かったか?未来の関白の決めたことだ。早速、西園寺家の家人達に連絡を入れて手続きを取らせとくわ。あんなのアタシが望めばどうにでもなる話だから。礼なんていらねえから気にすんなよ!」


 かなめは明らかに自分が良いことをしているという確信を込めて無理やりそう言った。お蔦もまたその強引なかなめのやり口にただ首を縦に動かすことしか出来なかった。


「おい、茜。オメエは東和の一市民だ。甲武に来れば一代公爵の娘の平民。それがオメエの今の立場なんだ。その点今アタシがそう決めたからお蔦は甲武の公家貴族の清原家当主清原蔦女侯爵様だ。つまり、オメエは甲武ではお蔦の言うことに逆らえねえんだ。今じゃほとんど死文化してるが、形式上はお蔦に粗相を茜がしたらお蔦の使用人の『サムライ』がお蔦の命で『上意討ち』にして良いって言う法もあるしな。それにお蔦にも貴族年金は出る。いくらオメエが叔父貴の小遣いを絞り上げてももう無駄って訳だ……分かったか?」


 かなめのその言葉に呆れてかえでとの会話を聞いていた茜は陥落したようにがっくりとうなだれた。


「あのー皆さん。俺の意見とかは何か聞いてくれないのかな?俺はこの事件の一方の当事者だよ……確かに俺の給料が俺の所に来るように配慮してくれたのはうれしいんだけど……それと俺がお蔦を好きなのも事実だけど……いきなり結婚で、家名を勝手に動かして、そんなことかなめ坊なら制度的にやれちゃうのは事実だけど……俺の意志は無視?俺の意志とは関係なくそんなことを決めて良いと思ってるの?俺の立場は何にも無しなんだ。勝手に物事決められると俺としてはまるっきり立場が無いんだけど……なんとなく今神前のいつも味わっている気持ちが分かった気がする。ああ、こんな感じなのね。この姉ちゃんたちに何か話を任せると……こりゃあ神前も苦労するわけだ」

挿絵(By みてみん)

 女たちのやり取りを黙って聞いていた嵯峨がようやく口を開いた。


「隊長、諦めろ。もうオメーは完全に包囲されている。オメーがまだ安城に未練があるのは百も承知だが、所詮は縁のない話だったんだ。オメーには素人女は縁が無いということだ。そうして一生普通の女とは無縁なまま生きろ!」


 ランは戸惑う嵯峨に向けて死刑宣告をするようにそう言い放った。


「そうですよ、隊長。安城さんが隊長にまるで気がないことは誰が見ても明らかだったんですもの。まあ、切れる同僚で、洞察力とかで見習うことが多い先輩、同じ司法局の実力行使部隊の隊長と言う関係。それが隊長と安城さんの関係のすべてです!いい加減諦めてお蔦さんと結婚しなさい!」


 今度はアメリアまでもが傷心の嵯峨の心に塩を塗りつけた。


「アメリア……お前さんもそこまで言うか?普通。でもさあ、俺も男として押しかけ女房をそのまま素直に受け入れましたなんてのは粋じゃないと思うんだよ。もう少し時間をかけて……その間に再び心と身体の相性を確かめ合ってだね……って!なんだよその目は!その汚いものを見るような目!ちょっと傷つくんだけどな……」


 抵抗しようとする嵯峨を見つめる女性陣の目に明らかに動揺しながらそう言って周りを見回した。


 ランはその鋭い視線で嵯峨の覚悟を促していた。アメリアは冷ややかな目で安城に振られた嵯峨を嗤っていた。かなめは自分の配慮を無にするのかと嵯峨をにらみつけた。かえでとリンは自分たちの功績を褒めて欲しいと期待の視線を送っていた。ひよこは相変わらずお蔦の手を握りながらまばゆい視線を嵯峨に投げた。アンは訳も分からず結婚という言葉の響きに惹かれて嵯峨を尊敬の目で見つめていた。


「あのー、僕も……いきなり再会したその日に結婚を決めるのはいささか急すぎるような……」


 誠はそう言ってはみたものの、全員の視線が自分に突き刺さるのを感じて口をつぐんだ。


「神前の言う通りだぞ!俺とお蔦さんが離れ離れになってからもうだいたい三十年だ。もしかしたらそれぞれの心に行き違いがあるかも知れない!それを確かめるためにある程度の期間が必要だ!それは戦略的にも意味のある話だ!策士である俺が言うんだからこのことだけは間違いない!」


 嵯峨は誠の何気ない一言がもたらした一瞬の隙を見逃さずそう言い放った。


「やっぱり今の言葉を聞く限りお父様は何処まで行ってもお父様なんですね……ここまで来てもまだ逃げようとする。『駄目人間』はどこまで行っても『駄目人間』なんですね……私が今諦めようとすると今度はお父様が別の意味で諦めていない。往生際の悪さもここまで来ると一種の芸ですわね」


 諦めていた茜は嵯峨の発言を聞いてさらに深いため息をついた。


 そんな自分の立場の無さの中、まるでそれを気にしないように居住まいを正すと嵯峨はお蔦に向き直った。


「話は変わるけど……それにしてもお蔦さん。俺と一緒になるってことはこいつらの母親みたいな存在になるって意味なんだぜ?この『特殊な部隊』の人格破綻者の心の支えになる存在。それが俺の妻になるには必要な覚悟だ。いきなりわけもわからずに東和に来たお蔦さんにそんな覚悟をしろと言うのは酷なのは百も承知だが、それだけは俺としては譲れない一線なんだよ」

挿絵(By みてみん)

 嵯峨は急に引き締まった表情を浮かべて気障な調子でお蔦にそう言った。その様子があまりに型にはまっていたのでそれまでお蔦の手を握っていたひよこも引き気味に自分の席に戻っていった。その口調に誠は『要するに責任は取りたくない』という嵯峨の本心を見て心底呆れ果てていた。


「そりゃあどういう意味なんだい?アタシは確かに清原とか言うお公家様に今さっきなったらしいけどそれと関係あるのかい?」


 お蔦は嵯峨の真意が分からず戸惑いながらそう言った。


「ここの皆に俺の言葉が逃げ口上に聞こえるのは分かってる。でもこれだけはお蔦さんにも理解してもらいたいんだ。俺はこいつら……司法局実働部隊の隊長としてその隊員全員の命を預かってる。だが、俺も万能じゃない。俺を助けてくれる誰かが必要だ。そして不死人も不死人を殺せるような強力な法術師と戦えば死ぬ。いついかなる時だって俺だって死ぬかもしれない。いや、『最弱の法術師』であって敵の多い俺にはその可能性は常にあるんだ。その時こいつらの心の支えになってやれる女じゃないと俺の傍には居られない……正直、俺の最初の妻だったエリーゼはそんな女じゃ無かった。ただ、お蔦さんは違うと思う。アンタは色々人と接して人を見る目を付けてきた女だ。その資格は十分にある……だからその覚悟をしてほしい……それだけが俺からのお願いなんだけどね。妻になるかどうかは、その後に二人で決めるってことで」


 そういう嵯峨の言葉は珍しく真剣だった。そんな嵯峨に見つめられたお蔦は恥じらうような戸惑うような顔をして誠達この部屋の『特殊な部隊』の面々を眺めた。


「アタシには兵隊さんやお巡りさんの理屈は分からないよ……でも人の心の支えになる。それは花街で太夫をしていた時からのアタシの矜持だ。そんなことくらいで良いのならやってやってもいいよ……なんと言っても愛しの新さんの言葉なんだから……」


 お蔦ははっきりとした口調で嵯峨にそう言った。


「そうかい、そりゃあ良かった……ところでリン。タクシーの手配くらいしてるんだろうな?」

挿絵(By みてみん)

 急にそれまでの真剣な表情から『駄目人間』の顔に戻った嵯峨はリンに声をかけた。


 ほんの一瞬、部屋が静まり返った。


 その瞬間この場のお蔦以外の全員が嵯峨はどこまでも嵯峨なのだと改めて理解した。


「当然です。かえで様から、隊長なら必ずそうおっしゃるだろうと言うことで話がまとまった場合に備えるよう命じられていました。まもなく到着の予定です。旅館の方もすぐにチェックインできるように手配してあります」


 リンの手回しの良さに感心すると同時にこの場に居るかえで以外の人間はあきれ果てたような目で嵯峨を見つめた。


「おい、『駄目人間』。お天道様はまだ上ったばかりだ。それを今の時間から何をする気だ?アタシのような幼女にはとても言えない内容のことをしようとしてるな?言え……つまらねえことだったら今からアタシの席まで行って『関の孫六』を取ってきて叩っ斬るからな。アタシはちょうどオメーの首を落とせる『強力な法術師』の一人だ……覚悟しろよ?」


 ランは汚いものを見るような目で嵯峨を見つめながらそう言った。


「無粋だねえ、斬るだなんて。ランちゃんは……そりゃあ、身体で分かり合うのがお蔦さんと俺との一番のコミュニケーション手段だもの。じゃあ、俺は早退するから。ラン、後のことはよろしく頼むわ。結局、俺は何も悪くなかった。俺は一つの素敵な感動の物語の主人公だった。そうここにいない連中に伝えといてよ。じゃあ、お蔦さん。昼間っからってのも燃えるんじゃない?明日の朝までしっかり楽しもうじゃないの♪」


 完全に『駄目人間』モードに突入した嵯峨は笑顔でお蔦の手を取った。


「ここの皆さんは新さんとアタシを結婚させたいみたいだけど、アタシは結婚は急がなくても、まず一緒に暮らしてみればいいんだ。でも、その暮らしが早く始まるのはアタシとしても大歓迎さ。新さんは花街の太夫とは無縁だと言ったねえ……花街の太夫がどんなものなのか。新さん……楽しみにしていな……ふふふ」


 お蔦はそういうとそのまま立ち上がり会議室の扉に向かった。

挿絵(By みてみん)

「おい!『駄目人間』!オメーがそういう人間なのは昔っから知ってるが、せめて休暇申請を書いてから行け!」


 ランの叫びに軽く手を上げて無視して嵯峨はそのままお蔦と二人で手を取り合って会議室を出て行った。


 

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