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遼州戦記 司法局実働部隊の戦い 別名『特殊な部隊』と『戦時の青春』と『初デート』と  作者: 橋本 直
第五章 『特殊な部隊』の混乱

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第20話 『駄目人間』更生会議

「うわーん!」


 突然の号泣の声に一同は驚いたように突っ伏して泣き出したアメリアを見つめた。誠は我を忘れて感情に流されるように泣き出すアメリアを初めて見たので驚きに包まれた。


「おい、アメリア。どうしたんだ?腹でも痛いのか?」


 茜は嫌味を言い、かなめは笑ったり怒ったりし、かえでは始終納得するなどしてそれぞれ何かの反応があった中で、話の間ずっと無表情だったカウラがアメリアの肩を叩いた。

挿絵(By みてみん)

「なんて良い話なの?これ、落語の長編のいい廓噺になるわよ。しかもそれはもう何百年と語られる古典になるようないい話が!」


 突如絶叫したアメリアを一同は一斉に見つめたが、『面白ければそれでよし』の人であるアメリアの暴走は人の視線などでその方向性を変えるはずも無かった。


「色気あり、笑いあり、涙あり。英雄、奸物、義士、そして美女。客に受けないわけがないじゃないの!そして今、ハッピーエンドでしょ?落ちとして最適じゃない!お蔦さん、この話は甲武の噺家や講談やってる人なんかにしちゃだめよ!連中がこの話を聞いたらその三か月後には鏡都のどこかの寄席でトリを飾っててもおかしくないわよ。この話の大枠は覚えたからちょっと私の師匠に一つ大ネタに仕上げてもらいましょう!」


 もうすでに演目の名前まで考えていそうなアメリアの声にさすがの嵯峨も明らかにうんざりした顔でアメリアを見つめていた。


「隊長!ガチガチの娘さんやあの高嶺の花の安城さんや一向に振り向いてくれない春子さんの事なんて忘れてお蔦さんと結婚しちゃいなさい!これは最高の出会いと別れとすれ違いの物語だわ!しかもエロもある!笑いどころもある!最高じゃないの!」


 アメリアは我を忘れて畳みかけるように嵯峨にそう言った。


「僕としてもそうしてくれると嬉しいな。不死人同士でも、可能性が極めて低いとはいえ子供を持てること自体は、リンやひよこの説明で分かっているんだ。それにいい加減義父上が風俗通いでしかも時々病気を貰って来るとか言うのは、正直僕の体面をかなり傷つけているから気分が悪いんだよ。そのことに関してはたぶんここにいる全員が義父上に反省してもらいたいと思ってるよ。違うかな?」


 かえでは嵯峨をひと睨みするとそう言って笑っていた。


「そうです、私が赴任した時に梅毒の薬を処方していますよね。ちゃんとその時の担当医師としての私の言いつけは守ってますか?確かに今は完治していますが、次にまた感染しても私は責任を取れませんよ?」


 そしてリンも性病の専門医として冷たい視線を嵯峨に投げていた。


「私は認めませんからね!あの屋敷を出てからずっとお父様を見守って来たこの私が言うんです!お父様は自分一人の事すらまともに管理できない人間失格の存在です!ちゃんと自分の事は自分でできるようになってから結婚とかは考えてください!その出会い方を、美しい恋物語のように扱うことも私には……」


 こちらは毅然とした口調で茜はそう言って嵯峨をにらみつけた。


「おい、茜。それはアタシに対する嫌味か?アタシは非正規部隊の時任務で娼婦の真似事をしてた。オメエの従姉は元娼婦ってわけだ。現実を見ろよ。それとも何か?オメエはまだ白馬の王子様がいつか迎えに来ると信じてる脳みそお花畑思考のまさに『鋼鉄の処女』のおめでたい考え方の持ち主なのか?これだからお高く留まった高齢処女は嫌いなんだ」


 そんな茜の言葉が飛び火した先はかなめで彼女は茜に向けて敵意に満ちた視線を向けた。


「西園寺、オメーは茜より一つ上なだけだよな?今の発言にはかなりの自爆があったことだけ教えとくわ。それと『駄目人間』が身を固める話か。いーんじゃねーのか?さっきから聞いてりゃ『駄目人間』の女好きは普通の女じゃ付き合い切れねーくらいだからな。花街の太夫だったらどーにか受け止められるだろ?だったらアタシとしては『駄目人間』が身を固めるにはこれ以上の好機はねーし、これ以上『駄目人間』の問題行動で司法局の偉い人からグチャグチャ言われることもなくなる!これが一番の解決策だ!結婚しろ!『駄目人間』!」

挿絵(By みてみん)

 ランは諦めたようにそう言って嵯峨を見つめた。


「僕は良い話だと思いますよ。二人とも好き合っていたんでしょ?それが時を超えて結ばれる。それも二人とも不死人だから永遠に……僕も戦乱の中を生きてきて数多くの出会いと別れを経験してきました。ここは平和な国東和です。ならここで戦争と無縁な生活をお二人で過ごしていくのは悪くない話だと思います」


 それまで黙り込んで話を聞いていたアンがそうつぶやいた。


「これまでの話の中には私には理解不能な部分が数多くあったが、要するに隊長には責任を取る義務があるらしいことだけは理解した。神前。貴様もそう思うだろ?」


 真顔でそうカウラが尋ねて来るので色恋沙汰をあまり理解していない誠は静かに頷いた。


「僕ですか?僕はモテたことが無いのでなんだか良く分からないですが、とりあえず隊長はお蔦さんと結婚して『駄目人間』を脱出すべきだと思います。僕が隊にいる間にも、隊長は刻一刻と駄目になっています。今が更生する最後のチャンスだと思います。この機会を逃せば隊長は一生『駄目人間』でより駄目になっていくことだけは間違いないんです。ああ、隊長は不老不死なんでしたね。だったら永遠にです。どんどん駄目になって行って人間として最低限のモラルすら守れない救いようのない人間になることだけは間違いないと思うんですが」


 感動的な話なのだろうとは分かる。だが、二十四歳の童貞である誠には、登場する男女関係があまりに濃すぎて最後まで完全には感情移入できなかった。


「隊長!」


 突然部屋の隅で女性の叫び声が響いた。


 それはそれまで必要なことを聞かれるだけの存在として沈黙していたひよこの声だった。ひよこは涙を浮かべ、詩心に満たされた時の彼女が見せる輝いた瞳を嵯峨に向けて立ち上がった。


「これは素敵な話なんです!隊長はお蔦さんに永遠の若さと命を与えた素敵な天使様なんです!」


 そう叫ぶひよこの言葉にはいつものどこかはかなげな雰囲気は無く明らかに確信を込めた情熱のようなものを感じさせた。


「天使ねえ……俺は昔『翡翠の玉座の主となるべき天子様』と呼ばれていたことがあるが……まあそれは今は関係ねえか」


 ひよこの心は『駄目人間』である嵯峨には届いてはいなかった。それでもひよこは続けた。


「その時から今日のこの日は来る運命にあったんです!たとえ戦火が二人を引き離そうとも、どんな運命が二人の間に立ちはだかっても、二人は出会い、そしてこうして巡り合った!これは奇跡ではありません!運命なんです!定められたことなんです!」


 ひよこは思わず我を忘れたように立ち上がりそのままお蔦に近づいていくとその手を取った。


「お蔦さん。どれほど望まない相手に身体を求められても、あなたの心はずっと隊長だけを思っていたんですね!私にはわかります!あなたは純粋な人です!だからこうして隊長の所にやって来た!隊長は確かに『駄目人間』で、信用できなくて、嘘つきで、ケチで、そのくせ金遣いが荒い人間失格の救いようのない存在ですがそれでもこうしてあなたのような素晴らしい女性に思われている。お蔦さん。隊長はあなただけのものです!二人が結ばれることを私は応援しています!これは素敵な詩が書けそうです!ありがとうございます!」


 ひよこの珍しく饒舌にまくしたてる様子にお蔦はただ圧倒されて引きつった笑みを浮かべていた。


「ひよこ、それ褒めてねえぞ」


 あまりにテンションの高いひよこに引いているかなめが思わずツッコムのはあまりに自然なことだった。


「ああ、かわいい髪のお姉ちゃん。そんなに感動されるほどアタシは立派な女じゃないよ。欲もあれば意地もある、ただの花魁さ……所詮、傾城に過ぎないことくらいわきまえてるよ。ただ、アタシの身体が新さんを忘れられないからこうして来ただけで……」


 自分を卑下しながら笑うお蔦の手をひよこはしっかりと握りしめた。

挿絵(By みてみん)

「そんなことはありません!あなたは純粋な人です!そういうふうに謙虚なところが何よりの証拠です!違いますか?」


 部屋の一同は珍しく一人でヒートアップしているひよこに呆れながら戸惑うお蔦に同情の視線を送りつつ半分諦めたような表情を浮かべている嵯峨に軽蔑の視線を送っていた。


「おい、典型的な遼州人でモテないコンプレックスの塊のひよこでさえこんな有様なんだ……茜。もう覚悟を決めろや……オメエの叔父貴に対する給料を全部取り上げるような真似には隊のみんなも迷惑してるんだ。叔父貴は金がなくなるとアタシや整備班の連中に涙ながらに金を借りに来る。やれ、ガスが停められただの、電気が停められただの、水道が停められただの言ってきて金をせびられるこっちの身にもなってみろ。あんなに毎月のようにライフラインが停められる家もあの貧乏アパートでは他に知らねえぞ。そしてその貸した金は絶対返ってこねえんだ。アタシが叔父貴に総額でいくら金貸してると思う?オメエがびっくりするような額貸してるぞ。アタシはいいが整備班の貧乏人はそのうち叔父貴に金を返してもらえないことを理由に以前のカウラみたいに闇金に電話でもするんじゃねえかとアタシも心配してるんだ」


 かなめもタバコを吸い続ける嵯峨を見るとタバコを取り出して火をつけてそう言った。


「かなめお姉さま……私に何を覚悟しろとおっしゃるのかしら?それにお父様が借金をしていらっしゃるなら私に相談してくださいな。お父様の給料をその返済に充てますので」


 茜の声は怒りに震えていた。いくら父に更生を求めてはいるものの天才と言って良い頭脳の茜は最初から嵯峨が悔い改めることなどありえないことは知っていたと誠は思った。それでもすべての金を自由にさせれば父である嵯峨が何を始めるか本当に分からないのでそれを抑えるために誠から見ても経済的虐待にしか見えない境遇に嵯峨を置いていたことも理解できた。


「この部屋の総意は叔父貴が身を固めることで決まってるんだ。叔父貴の月給とボーナス。アタシもたまに自分の給与明細を見るからそれから推察すると叔父貴のそれは相当な額なのは間違いねえんだ。それに甲武国の一代公爵の年金。これもまたそれなりの額だ。オメエは『お父様の老後の為』と言ってため込んでいるが、同盟機構は不死人の定年を廃止した。だから叔父貴には老後は来ねえんだ。そんなに金をため込んで何をするつもりだ?人の金で投資信託で運用して何が楽しい?叔父貴じゃ無駄遣いするのは間違いねえからお蔦さんにその金くれてやれよ。それなら文句はねえだろ?財布を握ってるのはお蔦。お蔦は叔父貴には無駄金を与えない。これが譲歩できる最低限の条件だ」

挿絵(By みてみん)

 かなめはそう言って嵯峨を見つめた。嵯峨は我が意を得たりというように大きくうなずいていた。


「そうだね。義理とは言え娘である僕もそれが当然のことだと言うよ。まあ、それでも茜お姉さまが義父上の給料を搾取し続けると言うのなら僕のポケットマネーで二人の愛の巣を確保することをここに宣言しても良い……リン、それに適した物件の手配は出来たかな?」


 笑顔のかえではそう言って気の利く副官であるリンに目をやった。


「以前から目をつけていた物件があります……かえで様をお慕いなされる甲武の高貴な女性達のためにと思っていたのですが、この機会に隊長がお住まいになられるのならちょうどいいでしょう。なんでもこの前不渡りを出して倒産した中堅金型部品メーカーの社長宅が今競売にかかっています。それを落とせばかえで様の義父上の住まいとして最適な屋敷を押さえられます」


 リンは携帯端末を見つめながらそう言った。


「それは重畳。僕は甲武国四公爵の末席嵯峨家の当主なんだ。家の体面などまるで気にしない義父上の時代はいざ知らず、今の嵯峨家の当主は僕なんだ。だから義父上にはそれなりの住まいと暮らしを提供する義務があると言うのが僕の考えだ。なんでも今は義父上は三食とも期限切れのカップ麺しか食べていないと言うじゃないか。そんな、あの忌々しい菰田を下回る生活環境に義父上を置いておくことを僕は許すことが出来ないんだよ」


 かえでは真剣な表情で、茜との交渉を続けた。


「それはお父様が無駄遣いばかりするからです!あのお屋敷を出てからの臥薪嘗胆の日々の中でもお父様は『使った分は稼げばいいよね』とか言って私をだしに使ってイカサマ麻雀でどれだけあの街のその道で生きている人たちの人生を狂わせてきたか……あの頃は私も子供でしたからお父様と一緒にいられると喜んでいましたが、思い返すとあの世界の人たちの中の相当な数の人がお父様の犠牲になったことだけが想像できます!だから私は賭け事は嫌いなんです!そんな賭け事の為にお金を使う?しかも自分が勝てば相手はどうなっても構わないと言うお父様が?そんな人に大金を預ける事なんて私には倫理的に不可能です!お父様が経済的に苦しいのは自業自得です!それに私は自分より年下にしか見えない女を母と呼びたくはありませんわ!」


 それでも茜は激しく抵抗した。


「そうだな……叔父貴の見事な麻雀での燕返し……アタシが高等予科に入って学校にも行かずに雀荘に入り浸っている時もその雀荘のオーナーがアレは芸術だって唸ってた。いかさまを芸術に変えるってのは大したもんだが、金をかけたギャンブルでいかさま上等の上に娘をだしに使っていざとなったら幼い茜を連れて『娘に飯を食わせたい』と同情を誘って相手を泣き落としで逃げようなんてふてえ野郎だが……ただ、今は叔父貴は生活をかけてギャンブルはしねえから……茜。競輪で100円投票しかしねえ叔父貴が500円投票になるのがそんなに不満か?」


 かなめが茜の嵯峨の屋敷を出てからの暮らしがイカサマ麻雀で支えられていたことをばらすと同時にそれでも今はそれもしないと保証するとなるとさらに茜の立場は無くなっていった。


 ここまで退路を断たれてしまえば誠は完全にこの特殊な女性陣の包囲網を茜の常識的な頭脳で突破することは不可能だと思った。そもそも誠もこの非常識な女性陣の包囲網を突破するどころかそれに触れることさえ最近は諦めかけている。たとえ東和の最高学府の東都大学、通称・東大の法学部を首席で卒業した頭脳をもってしてもこの非常識女の包囲網を突破することは不可能なのは誰の目にも明らかだった。


「私には茜警部の発言は職業差別を含む感情論にしか聞こえないのだが。隊長が身を固めて風俗通いをやめれば変な病気を隊に持ち込む機会は減る。実際、隊でインフルエンザやベルルカン風邪が流行する原因は隊長が風俗街でそんな病気を貰って来るからだ。その点から考えてもその危険性を少しでも避けるために隊長はお蔦と結婚して風俗街から足を洗うべきだ。それとギャンブルを馬鹿にするのはパチンコ無しの人生はあり得ないと考える私のこともこれまで茜警部は口には出さないが見下してきたと言っていることと同義だと解釈させてもらうぞ。茜警部。貴様が管理していた金をお蔦が管理することになるだけの話だ。別に難しい話では無いだろう」

挿絵(By みてみん)

 冷静に情勢を分析していたカウラの言葉に茜はがっくりとうなだれた。


「待って、結婚式の司会と演出は私がやるから!前座時代は結婚式の司会は一番の収入源だったもの……ね?隊長……ここまで決まってるわけ……それと茜ちゃんも……ね?」


 アメリアはカウラの言葉に決着をつけるように笑顔でそう宣言した。


 この時、父と娘の長い経済戦争は、思わぬ援軍の到着によって父の勝利へ大きく傾くこととなった。

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